第41話

 リディとの逃避行を始めて数日が経った。

 最初の晩、突如雨が降り、地図を頼りに近くのダンジョンへと逃げ込んだ。


 ビショビショになってしまったので、常温が保たれているダンジョンで夜を明かそうという話しになった。


 二人で手分けして一階層の魔物を殲滅して、奥の方の行き止まりの部屋を寝床と決めたのだが、昼間のノリでスキンシップをとっていたらどこまでやっても彼女は喜ぶので止まらなくなってしまった。


 俺は、とうとうやってしまった。男になってしまったのだ。


 もう彼女が特別に見えて仕方がない。何より、彼女も俺の事を特別だと体で表現してくれるものだから、もうこの想いを隠す必要すらなかった。

 ストーンウォールという魔法で入り口を封鎖し、俺たちは永遠と愛し合った。

 落ち着いてきた頃、気がつけば保存食が心許なくなっていた。


「そろそろポルトールに行かないと拙いな」

「はぁい。何処にでもお供します。ご主人様ぁ」


 裸でしなだれかかってくるリディ。したくなっちゃうから服着てとお着替えさせて外にでた。


「しかし、汚れちまったな。まさか、あんな悪環境でありながらここまで抜け出せなくなるとは……」

「ごめんなさい。私なんかの汚い体で穢してしまって……」


 ちげぇわ! めっちゃ綺麗過ぎてびびったわ!

 寝具も無しにダンジョンの床でよくもまあ何日もって意味だっての!


 なんてイチャつきあっているとまた始まりそうなので咳払いをして話を戻す。


「まだ食料は一日分はあるけど、ちょっと急ごうか。走るけど、抱っこする?」

「そんな!? 私が抱っこします!」

「それは俺が嫌だっての。じゃ、普通に走るぞ」


 とそこからは持久力マラソンがスタートして、割といい速度で走り続けた。

 ペースは彼女に合わせたのだが、ずっと落とさずに彼女は走り続けた。


 だが、三刻もすれば彼女は苦しそうな表情に変わっていた。


「おい、きついなら言えよ」と彼女を抱き上げて走る。抱きついて耳に吐息を掛けるもんだから、俺はふらふらしながらも必至に堪えて走る羽目になってしまった。

 

 そこから暫く走ったが、リディがもう大丈夫だと煩いので一度止まって休憩しようと提案して地図を広げる。


「今どこら辺だ?」

「えっと、森の間隔を見るに……ここです!」


 ぴっと彼女が指をさした先を伺えば、もう八割は来ていた。

 安堵に表情が緩み、草原に横になる。


 すると再び通信魔具が光る。思わず「またか」と呟いた。


 日に四回くらい連絡がきていて、毎回居場所を聞かれている。

 だが、当然割りと近いダンジョンでやりまくりですなんて言えない。逃走中だから秘密だとごまかし続けているのだ。


 だが出ないわけにもいかないと通信魔具に魔力を送り声を返す。


「ど、どうしたんだ?」

『……いつ帰ってくるんですか?』

「と、当分先だな。問題はないか?」

『大ありです。寂しいので早く帰ってきてください。私が行くのでもいいです』

「だからそのうち帰るって何度も言ってるだろ。今は力をつけろと……」

『今日はあの泥棒猫の声が聴こえませんね。ちゃんと捨てられたんですね?』

「そんな訳無いだろ。一緒に居るっての」 


 と、浮気を心配する彼女からの電話みたいな会話を繰り返し、そろそろ切るぞと通信を終えた。


「やっぱりイケメンは凄いですね。愛人が一杯です」

「何度も言っているが、ソフィは俺の騎士だからな?

 体の関係を持ったのはリディだけだぞ?」

「わかっていますが面倒な事は言いませんよ。私はご主人様の愛の奴隷です。

 捨てないで構ってくれればそれで十分ですから」


 うーむ。一杯愛を囁いているのだが、未だに絶対服従のスタンスを崩してくれない。

 それはそれで最高なのだが、何か違うと首を傾げてしまう。もっとこう、あれだ、俺が想っていることも認めて欲しいんだが…… 

 とはいえ、彼女の本質は自由人だ。

 ふらふら他の男に行かれてしまうのも怖いので中々否定できない。

 だってこの子、イケメン大好きなんですもの……


 俺はもうこの子を絶対手放せない。


 だって、お尻を触っても胸を触っても蕩けた顔で「もっとぉ」って返ってくるんだぜ? 

 まるで妖精の女王様をロリっこに変身させた様な美少女が。

 やばい。また止まらなくなる。早く出発せねば。


「そろそろ行こう。あとちょっとだ」

「はぁい。ご主人様っ」


 そうして再び走り出せば、すぐに町が見えてきた。

 少し高台に居るらしく、町が一望できる。

 のどかな場所の様で、田畑が多く、民家が密集して居る場所は遠めに見える中央だけだった。

 とりあえず、あの中央らへんで買い物して今度はサットーラへ移動だな。

 なんて思いながらも町が見えた事で走る速度も上がり、すぐに町の外壁へと辿り着いた。

 そのまま門番の兵の所へと近寄る。


「随分と若いな。二人だけか?」

「はい。私は騎士見習いでこの方も登録はしていませんが戦えるので」

「そうか、それは士官学校の制服か。

 だが無理は良くないぞ? まあ、無事に着いたんだしいいか。

 ポルトールの町へようこそ。滞在期間はどうする?」


 門兵は気のいい人でフレンドリーに問いかける。その言葉に旅行なので数日で出ることを告げて、念のため二週間でお願いしますと返した。

 その際、初めて通行税というものを支払った。商隊に混ざった時は料金に含まれていて払ってくれていたのだろう。

 銀貨一枚を支払いそのまま中へと入った。


 外から見た通り、立派な外壁とは裏腹に何もなく田畑が並んでいる。

 そこを手を繋いで歩き、街の中心部へと歩を進めた。


 ヘレンズと比べても田舎だなぁなんて印象を持ちつつも、奥へと進んでいけば漸く建物が増えてきて街中に入ったと思える空気になってきた。

 とりあえず宿だなと思ったが、俺は文字が読めないのでリディにお願いする。


「お任せください! ちょっと待っててくださいね?」

「いや、一緒に行くから! 離れちゃダメ!」

「うふふ、はぁぁい!」


 と、独占欲全開で彼女と宿を探せば即行で見つかった。

 早速二日間で一部屋取り、今度は買出しへと出かけた。


「リディはこれが似合いそうだな」

「私、お金あんまり持ってないです。こっちの安いのにしておきます」

「待て待て。俺が買ってやるっての。ご主人様なんだろ?」

「ほ、本当ですか!? た、大切にします……」

「おう。それとだ……野営の為に寝具も必要だよな?」

「えっと……必要ですね?」


 なんてイチャイチャ全開でお買い物をしていれば結構な大荷物になってしまった。

 これから山篭りですか状態だ。

 食料も一ヶ月は戦えますくらいに揃えた。少し買いすぎな気もしたが、これから俺にとっては敵地に入るようなものなのだ。もしUターンする羽目になっても問題ない状態で挑みたかったので仕方がない。


 荷物を宿に置いて俺たちは制服からスーツの様な正装へと着替えて、一番外見が高級そうな店で外食を取って宿へと帰った。


「もう、夢の様です。幸せすぎて死にそう……」


 綺麗なドレス姿でくるりと回る彼女を抱きとめる。


「あんっ、更なる幸せの予感……」

「奇遇だな。俺もだリディ」

「あっ、言い忘れてました……あの、その、本当の名前は、リディアなのです。

 う、嘘ついてごめんなさい。リディは愛称なので忘れてました……」


 恐怖に顔を歪ませるリディを脱がせて押し倒した。


「お仕置きだ。今日は簡単には寝かせないからな」

「はぃ……一杯お仕置きしてくださいっ」


 と、俺は飛びつくようにペットに飛び込んだ。


 そして、長い夜が始まり、俺たちは我を忘れて貪りあった。





 

 カタコトと遠くで聴こえる音がして目を開けた。音に意識を向ければ荷車を引く音だとすぐに分かり、隣で寝ている彼女の顔を弄って遊ぶ。


「うぅぅ、叩かないでください……ごめんなさい……」


 リディアは体を縮こまらせて寝言を呟く。

 俺はほっぺたをぷにぷにしただけだ。

 なんて夢みてるんだよ。とすぐさま彼女を起して問いかける。


「もしかしてリディは兄貴に日常的に虐待されてたの!?」

「えっ!? いきなりどうしたんです? そりゃ良く殴られては居ましたけど……」


 その返答を聞いて少し安堵した。兄弟喧嘩の範疇なのだろうと。


「うちでは殴ったり蹴ったり物を投げたりは日常茶飯事ですから、慣れてます。

 ムカついたらやっても大丈夫ですからね?」


 その言葉に唖然としたあと「アホ!」とリディアを抱きしめた。


「俺はそれから守る立場だっての。

 今度からそんなことされたら俺に言え! 絶対やり返してやるから!」

「ええぇ。大丈夫ですよ。本当に慣れてますから」


 ……そうじゃないっての。お前馬鹿なの?

 ほっぺをうにうにしながら言えば「家族の皆から馬鹿だと言われます。けど、外の人は気を遣ってくれますよ? 一応伯爵家の娘ですから!」

 と、胸を張って答えた。

 これは益々目が離せないなと溜息を吐く。


「まあいいや。ずっと一緒なんだから俺が守れば良いだけだしな」

「ふふふ、ずっと一緒……幸せな響きです」


 二人して早朝から甘い空気を垂れ流しながらも起き上がり、移動用に買った一般的な服装に着替えた。

 目の前でのお着替えをガン見しつつも俺も着替えて準備をする。


 今日はサットーラへの移動なので、国境越えって普通に通れるのかと彼女に聞いたら、身分の証明と理由がはっきりしていれば大抵は大丈夫だという。


 主に止められる理由は高価な物を持ち運んだり、大人数での移動など影響が大きいものの場合が多いらしい。


 そこら辺も考えてあるから任せてくださいと意気揚々と答えたが、一応聞かせてくれと彼女の考えを聞いた。 


 サットーラは開拓が盛んな地らしい。深部で良いドロップが期待できるダンジョンの周りに宿場町を作り、人を呼び込む事に力を入れているそうだ。

 駆け出しの野良騎士も安定して暮らせるように宿屋の割引などの支援も行っていて、新人がダンジョンで生活するには優しい環境となっているとリディアは語る。


「ですので、若い私たちがちゃんとした騎士になる為の武者修行だと言えばおかしい事はありません。幸い、お互い王都の市民権という信頼度の厚い身分証を持っていますので恐らく止められる事はないでしょう」


 そうした彼女の言を聞いて、納得を得た俺は地図を開き、日程の予定を立ててみた。

 王都からこのポルトールまでの距離を考えるとサットーラ領まではかなり遠く、オルバンズ領の方がまだ近いくらいだ。

 だが、それでも急いで移動すれば四日もあれば着くだろう。


 そう考えた所でふと先のことを考えて居なかった事に気がついた。


「なぁ、サットーラに着いたらそれからどうしようか」

「えっ? お別れじゃないんですか?

 ご主人様は知人にすぐ帰るって言ってましたよね?」

「はぁ? リディはそれでいいわけ?」


 余りに当たり前の様にお別れと言われ、カチンときて軽く睨みつけたがリディは口をへの字に曲げて瞳をうるうるさせた。


「嫌です! 絶対に嫌。けど……そこはどうにもできません」


 思わず彼女を責めたものの、考えてみれば俺がソフィたちの元に戻るには彼女を置いて行くほかない。

 しかし俺はリディと離れたくない。


「何か良い方法ないの?」と問いかけてもあれば即提案していると俯くばかり。

 俺はじっくり考える。どうすれば彼女を連れて戻れるようになるのかを。


 そして一つの可能性を思いついた。


 アリスちゃんたちは言って居た。オルバンズ家の者だからダメなのだと。

 ならば、違う家に入ればいいんじゃないかと。流石に養子になったりして家を出た奴まで殺しはしないだろ。

 その線でリディに再び問いかける。


「確かに、可能かもしれませんけど、貴族の家に入るなんて普通無理ですよ?

 オルバンズの名前も使えませんし……」

「そっか。うん……?

 俺、男爵にしてやるって宰相に言われてんだけど、俺んち入ればいいんじゃね?」

「ええ!? そ、そういえば王女様が子爵にするとか言ってましたね。

 で、でも流石にアイネアース国じゃ、家に迎え入れる申請が通りませんよ……」


 あそっか。そりゃそうだ。

 戦争を仕掛けてくる敵の大将の娘を養子とか嫁にしますなんて言ったら敵宣言して居るようなもんだもんな。

 そう考えると、アリスちゃん達にきつく当たっちゃったのはホント悪いことしたな。

 やる事は変わらんけども、もっと普通な態度で言うべきだった。


 まあ、そこはあとで謝罪するとして。


「じゃあ、サットーラで色々やってみるか。かなり時間掛かりそうだけど……」

「えへへ、一緒に居られる時間が増えて嬉しいです」

 

 そうと決まれば早速行くぞと走って移動するが、彼女はもしお金に余裕があるなら車を買いませんかと提案してきた。

 ダンジョンでも使える小さいやつにすれば雨風も凌げるし荷物も楽に運べる。

 いらなければサットーラで売ればいいと言われて確かにそうだと即買いにいった。


 そして、金貨四枚を支払い詰めれば何とか四人乗れる程度の荷車を買い、町を出ていざ出発となった。


「さあ、乗ってください!」とリディが腕まくりをして引く準備をしている。

 いや、お前が乗れよと思うが、どうせ交代するのだ。最初は俺が乗っても変わらんかと「疲れたらすぐ言えよ」と声を掛けて乗り込んだ。


 ガタンゴトンと音を立てながら人力車は進む。

 だが、ショックを吸収する魔道具が付いているので然程揺れを感じない。

 確かに楽だが、一人で何もして居ない時間ってのも苦痛だな。軽く仮眠でも取るかと寝具を敷いて足を伸ばせる床の方へと寝転がった。

 新品なので床も綺麗だ。これ、土禁にしようかななんて考えている間に眠りに落ちていた。

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