第40話

 すべてを話さねばなるまい……

 そう思っていたのだが、目の前の話すべき存在が顔を上げてくれない。


 アリスちゃんがクスンクスンと静かに泣く度に俺の心が砂場の棒倒しの様に削られていく。

 

「あ、アリスちゃん?

 えっと、大切な話があるから、ソフィアとリズ呼んでもいいかな?」


 二人を呼ぼうと思えばすぐに呼べる。


 あの二人、この家に通信魔道具を置いているのだ。何かあればすぐ連絡しろとのことだから、活用させて貰おうと思う。


「ま、まさか!? 私達を捨てられるんですの!?」

「いや、捨てるって……そんな訳無いでしょ?」


 そもそも拾ってないと言いたい所だが、アリスちゃんには何故かきつい事を言えない。だから早く来てと通信魔具を起動させた。


『『どうしたの?』』


 流石姉妹。別々の通信なのだけど……


「ちょっと大事な話があるから、家に来てもらえない?」


『『すぐ行くわ』』


 即答かよ。でもまあ、ありがたい。

 とりあえずこの固まっちゃってるリディちゃんを再起動させないと。


「えっと、出来る限り守るから、頑張ってね?」

「えっ!? 美人局じゃなかったの?

 てっきり今から私を殺すゲームが始まるのかと……」

「いやいや、そんなんじゃないから。頑張って俺も守るからさ」


 だからリディちゃんも頑張って許してもらえるようにお話しようと伝えた。


「な、なんですの!? 内緒話なんかして、その子を選ぶおつもりなのでしょう?」

「わ、私!? 選ばれ……えっ!? このイケメンに!?」


 なにやら感極まって口元を押さえるリディちゃん。ちょっとややこしくなるから黙っててと言いたいが、言える空気じゃない。


「アリスちゃん、その……あれだ。

 二人を呼んだのはお国の話しだからであって……そういう話じゃないよ?」

「では、先ほどの事はどう説明をするというのですか!?」

「いや、それはね? 俺も男の子だったというか……」


 何故だろう。アリスちゃんにはお前関係ないだろとか言えない。

 何かすっごく悪い事をしている気分。あれかな。お尻触っちゃったりしたし、そのつけかな?

 ならば甘んじて受けるしかあるまい。あれはいいものだ。


「私、カイトさんにキスなんてして貰った事ありません! おかしいです!」


 ええぇ!? と困惑している時、再び戸が開いた。


「……そうね。私もして貰った事ないわ。それで、何の話?」

「実に興味深いお話です。聞かせて頂けますか?」

「いや、そういう話じゃねぇよ。いいから座れって!」


 おっし、こいつらなら好き勝手言える。


 ちゃっちゃか説明してやろうと、二人を交えて何が合ったのかを話した。

 突然殴られて飛んできた子を介抱して回復したらオルバンズ伯爵の娘だった事。

 家の命令で王女を攫いに行けとこっちに来たが、行動に移す前に打ち明けてくれて今はもうこっち側についてくれると言っている事。

 当然、アリスちゃんが泣いている理由は省いたが。


「あら、またお手柄じゃない。これで子爵くらいはいけるかしら?」

「そうね。その線でワイアットに話してみます」


 二人はニッコリと笑みを浮かべてそんな事を言ってるが、そこじゃないんだよ。

 正直、貴族位とかいらんから。


「いや、そういう話じゃねぇよ?

 親に命令されて来たけど、何かする前に思い直して俺にぶっちゃけてくれた訳だ。

 俺も話して貰う時に守ると約束したし、彼女の人権と市民権を保証して貰いたいって話し」


 と、今ではもうすっかり慣れた二人にどうにか頼むわと問いかけた。


「そんなの無理よ? 敵の親玉の家系は根絶やしにするに決まってるじゃない」

「ええ。これはあなたが何を言おうと変えられないわね。仇であり、戦争を仕掛けてきた相手なのよ?」

「その上カイトさんまで誑かして、許せません……」


 えぇぇ……

 いや、言われてみればそれはそうなのだが……それでも覚悟を決めてこっちに付くって決めてくれた訳だし。

 俺の今までの功績全部無しでいいから曲げてもらえないかと問いかけた。


「ダメよ!」

「無理ね!」

「嫌です!」


 あ、そう。


「要するに、俺の功績ってのはその程度か。

 この子は実際には悪いことしてないのにな。そっかそっか。わかったわ。了解」

「つ、冷たく当たってもダメよ!? これはお父様の仇討ちなんだもの!」


 この言葉はソフィアが言うかと思ってたが、口に出したのはリズだった。

 ……お前の仇討ち相手は彼女じゃないだろ?


「彼女は年齢的にもそこには一ミリも関わってないだろ?

 俺、そもそも連座とか意味わからん派だし。本人が悪いことしてないのに罪を背負わせるとかありえねぇと思ってるし」 


 思った事を心のままに話せば、次はアリスちゃんが首を横に振った。


「いいえ。この国ではその道理は通りません。

 私が王家の勤めから逃げられない事然り、彼女が敵の大将の娘である事然りです。

 その家で生まれ育ったということはその家の罪も背負うということです。

 それは、オルバンズ家の者を守ろうとする者も同様なのです。考えを改めてください」


 その最後の一言は俺に向けての言葉だなと思った瞬間、一気に冷めた。

 正直、彼女らからしたら無理な我侭言い出したから諌めようとしているのだろう。

 だが、俺にとっては悪いことをしていない奴が死刑とか有り得なすぎて納得出来ない話だ。


 確かに彼女らも戦争で負ければ王家のものとして連座になるだろうし筋は通っているが、それでもここは絶対に引きたくないと言葉を返す。


「そう。じゃあ、彼女を助けると約束した俺も罪人だな。

 俺はこの国の敵になったってことか。

 そういう事ならもういいや。勝手にすれば?」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。何でそこまで拘ってるの?」


 腕を掴もうとするリズの手を払い、端的に言葉を返す。


「別に。俺は助けたい奴を助けようとしてるだけだ」


 そう言ってリディの方へと視線を向ければ諦めた顔で苦笑していた。

 クソ……これじゃ俺が彼女を死地に追いやったみたいじゃねぇか。呼ぶんじゃなかった。馬鹿正直言うんじゃなかったわ。

 ホント俺馬鹿だわ。


「もう話し終わったし帰ってくれる?」

「待って。あなた……まさかこの子連れて逃げる気じゃないでしょうね?」


「はぁ? 何言ってんの?」当たり前だろうとガチで睨みつけた。

 泣きそうになるリズに気まずさを覚えて視線を逸らす。

 その時、ずっと黙っていたリディが口をひらいた。


「そこまでしなくても大丈夫ですよ? 私はもう切り捨てられたんですから。

 貴方が何もしなくても私の命は終わって居たんです。最後に、優しさをくれてありがとうございます。

 私は感謝しています。だから罪悪感を感じないで……

 できれば最後に笑顔を見せてください」


 上手く行かない現実に苛立ったままの顔で「わかった。死ぬ覚悟は出来てるんだな?」とリディアに問いかけた。


「できて……居ると言いたいけど怖いです。凄く……」

「そうだよな……まあどっちでも言う事は一緒か。

 一緒に抗ってみようぜ。頑張ってみるからさ」


 と、震えているリディを抱き上げて部屋を出る。


「ちょっと何処行くの? その子を連れて行ってはダメよ。罪人になりたいの!?」


 ソフィアが目の前に立ち手を開いて止めようとする。


「さっき言っただろ? 俺はもうお前らから見たら罪人だってな。

 好きにすればいいよ。切り殺してみれば?」


 後ろから、アリスちゃんの声がする。


「カイトさん、一時の感情に支配されないでください!

 そんなぽっと出の女、すぐに忘れさせて見せますから!」


 その言葉にカチンと来た。


「お前なんなの? 俺の言葉は聞いてないの?

 これは俺の常識に照らし合わせて有り得ねぇと思うからの行動だと言っただろ?」


 今まで彼女には使った事の無い言葉で言い返せば彼女の足は止まった。


「言っておくけど、まだ貴方には負けないわよ?」


 そう言ってリズは剣を抜いてこちらへ向けた。仲間だと思っていたやつに剣を向けられ、苛立ちがドンドン募っていく。

 俺は、止まらない衝動に声を荒げた。


「はぁぁぁ!? だからやれって言ってんだろが! 切り捨てろって言ってんだよ!

 それがお前らの責任って奴なんだろ!? おい、ここでやれないなんて言うなよ?

 例外なんて無いから断ったんだろ!!」


 負けるも負けないも女抱えてるのに勝負になるはずがねぇのに、何言ってんだこいつは。


「なっ!? 何よっ! もしかしてあなた死ぬ気なの!?」

「んな訳ねぇだろがっ!

 切りかかって来るなら抵抗はするがやんなら早くやれって言ってんだよっ!」

「ど、怒鳴んないでよぉ。もぉ何でこんな事になっちゃってんの!?

 無理な事を無理だって言っただけじゃない!!

 国として許すわけにはいかない相手なの!」


 リズのその言葉に少し苛立ちが収まった。


 そうだった。


 無理言ってるのは俺だった。

 だからと言ってハイどうぞと殺されると解ってて引き渡す事もできない。


「ごめん。けど、ここで見捨ててる奴なら多分お前達の事も見捨ててたぞ。

 だからこうなるのはきっと必然ってやつだわ。ここは引く気はねぇよ?」

「一つだけ聞かて……あなた、その子に惚れたの?」

「出会ってまだ半刻だぞ。

 さっきも言ったけど、そこがこれの理由じゃねぇ」


 そう返せば、リズは「そう、わかったわ」といつもの様に返して剣を収めた。

 そして、横に逸れて通してくれた。


「よく考えたら、捕まえたりなんだりは私の仕事じゃないわね。

 今日は疲れたから報告もすぐにはしないわ。貴方の事も言わない。だから……」


 彼女は涙目でジッと見詰め「すぐに帰ってきてね?」と掠れた声で言ってくれた。


「クソ……お前、いい女だよなぁ。わかったよ。また会いに来る。だから泣くな」


 リズに言葉を掛け、ソフィアとアリスちゃんが苦しそうな顔で見詰める中、俺はリディを抱っこしながら家を飛び出した。




 歩く程度には震えが収まった彼女を連れて、昼間の町を歩く。


「さて、逃避行になっちまったけど、どうしようかねぇ……」

「ごめんなさい。私なんかの所為でホントごめんなさい……」


 ひたすら謝罪を繰り返すリディ。

 そんな彼女を宥めて逃げこむ場所に当てがないかと問いかける。


「あの、国を出るならサットーラはどうですか?

 あそこオルバンズと敵対関係ですし……」


 そうなんだ? 確かにそれならリディちゃんを逃がすのに丁度良さそうだ。


「わかった。じゃあそこに向かうにはとりあえず何処に行けばいいんだ?」

「えっと、北から西にだからボルトールに向かいましょう。あっちの方向です」


 その言葉にわかったと端的に返して保存食や地図を買い、道を確認しつつ町の外壁まで来たのだが、俺は思い出した。

 ルンベルトさんに流石に俺の年代じゃ門で止められるぞと言われた事を。

 足を止めてリディにその事を相談すると彼女は「お役に立てるかも知れません」とパァっと表情を明るくさせた。


「少しの間だけ荷物と市民権貸してください。ちょっと待っててくださいね?」


 降ろしたリディちゃんがちょろちょろと走って行くと、駆け足で戻って来て「ほらぁ、行きますよ!」と腕を引く彼女。

 どういう事だと聞く間もなく、門を素通りできた。


「どうやったん?」と問いかければ、商隊の最後尾に付いて行って市民権と荷物を見せて、一度出そうになったところで俺が居ないと騒いでから戻って来たそうだ。

 そのお陰で彼女が門兵に軽く頭を下げる程度で通り抜けられた。

 彼女は「出るときは緩いんです」と頬を緩ませる。


「流石間者。なかなかやるな」

「へへへ。でも本当に良かったんですか?

 私なんかを助ける為にあそこまでしちゃって……」

「おう。俺の方こそ力及ばずで悪かったな。あれじゃピンチを招いただけだったわ」


「そ、そんな事ないです!!」と突然大声を出したリディ。まだ門も近いので思わず周囲を見回してしまった。


「ご、ごめんなさい。本当の意味では私なんかの為じゃないって事も話しの流れでわかっているんですけど、最後までずっと庇ってくれて凄く心が温かくなりました。

 へへへ、私、貴方の為なら何でもしますからね? もう、完全に服従です。

 奴隷でもいいです。ううん、捨てないでくれるなら奴隷がいい。

 だから私のご主人様になってください!」


 ご、ご主人様? ほう。しかも何でもとな……ロマンが盛り沢山だね?


 なんて思いながらポルトールに続く道を歩いていれば、通信魔具が光を放った。


 これはついこの間再び買った、ソフィとソーヤ向けのものだ。

 ソフィアたちが持って来たのを見て羨ましいと言って居たので買ってやった。正直今金は余るほどにあるし、逆に持ってて欲しいと即決した。


 その光る玉に向けて言葉を放つ。


「どうしたんだ?」

『ぶ、無事ですかカイト様!?』

「ああ。その反応を見るに話は聞いたっぽいな。俺はこのまま一度国外に出るからお前達はそのまま頑張って鍛えてろ」

『そんなっ!? お供します! 今何処ですか!?』

「いやいや、俺は今罪人として逃げてんの。一緒に来る必要はねぇよ。

 こうして連絡は付くんだから、それで今は我慢してくれ」

『嫌です! 一緒に行きます!!』

「いや、お前らは一刻も早く強くならんとダメだろ? 皆の力になるって目標はもう諦めたのか?」


 ごねるソフィを宥めて通信を切り、ゆっくりと歩を進める。またなにやら諦め顔でこちらを見るリディが口を開く。

 

「あの、もしあれなら戻ってもいいですよ?

 ここまでして頂ければ後は自分で逃げますから……」

「えぇ……なんでもしてくれるって言ったのに。嘘なの?」


 定期的に何度も言うのでもう面倒だと、俺は約束で縛ることにした。というかこの約束は重要なものだ。

 破る気ならば早く知りたい。期待に押しつぶされてしまうから。


「ええっ!? しますよ! 何すればいいですか!?」


 よし! 掛かったな!

 だが、まだ釣り上げてはいけない。ゆっくり深く食いつくまで待つのだ。


「じゃあ、手を繋いでゆっくり行こう。

 最近走りっ通しでさ。こういうのも新鮮だわ」


 はいっと手を出して彼女と手を繋ぐ。微笑みかければあたふたして居て先ほどとは打って変わって小さな子供みたいだ。


 彼女を見ているとアンバランスさを強く感じる。


 何故かは知らんが、俺よりも精神年齢が子供の癖に変に覚悟が決まってしまっている。

 いや違うか、諦めが先にきているのか。

 まあ、何にしても出会ったばかりだしな。詰まらん話するより気楽にいこう。

 お互いに疲れちまうし。


「あ、そういえばリディちゃんは戦えるの? 剣を差してるけど……」

「えっと、騎士見習い程度です。ご主人様はどのくらいなのですか?」

「俺は、そうだな……騎士になろうと思えばいつでもなれるくらいかな?」


 そう、ゴブリンなんてもうどれだけ囲まれても余裕で倒せるくらいにはなっている。

 それどころか、もう二十五層とかも皆で行ってみたりしたほどだ。


「それなら、移動中も安心ですね。私が睡眠中に襲われたら対応出来ませんから」

「え? 騎士見習いなんだろ? 基本的に前には俺が出るよ?」

「ダメです! 傷でも付いたらどうするんですか!」


 それはこっちのセリフなんだけど……オルバンズってそういう所なの?

 いや、多分この子がそういう子なんだろうな。


「ふっ、俺を舐めるなよ? そこいらの雑魚なんかには傷一つ付けられないぜ?」

「ふぁぁぁ! 素敵ぃ! あっ、でも実戦はダメです。危ないです」


 おい! 信じてないなこいつ……

 クッソ、悪戯してやる。えいえいっ!


「えへっ、えへへっ。くすぐったいですよぅ」


 ――――っ!? 喜んでいる、だと!?


 俺たちは逃避行だなどという現実を早々に忘れて、まるでピクニック気分のままじゃれ合いながら草原の広がる道を歩き続けた。


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