第36話
あれから王女たちに捕まり素直には帰して貰えず、家に着いたときにはもう陽の六の刻(午後四時)になっていた。
早朝から城に向かって褒賞のお話は割とすぐに終わったというのに。
お城で近衛兵や従者達が見守る中、『さあ誰を選ぶのか』と無茶を言い続ける王女達。選ばないと言っても帰して貰えない俺。どうしてこれが褒美なのか……解せぬ。
そんなこんなでいい加減帰るとぶっちぎって漸く辿り着いた我が家。
ソフィとソーヤは部屋に居るのだろうかとソーヤの部屋をノックした。
返事は無いが、ソーヤならいいかなと勝手に開けてみれば彼はすやすやと寝ていたのでそっと閉じた。
確かに最近俺たちは睡眠を削りまくってるし、今日はお休みタイムでいいよな。
そういう事ならソフィも部屋で寝ているのだろうと自室へと戻ったのだが、何故か俺のベットでソフィが寝ている。
これは、据え膳!?
ならば男として恥の無い行動をしなければと「ふぅ、疲れた」と荷物を静かに置いて、上着を脱ぎ布団にそっと入る。
くぅ~と小さく寝息を立てるソフィの天使の様な寝顔を見て癒されたまでは良かったのだが……
ここからどうしたらいいんだ?
流石に寝ている子に勝手に何かする訳にも……
てか目を開けた時に嫌がられたり叫ばれたらと考えると恐ろしくて何も出来ん。
まあ俺のベットなのだし、ここまではセーフだろ。
同じ布団に入っているが、特に抱きしめたりする訳でもなく、寝顔を見ているだけだ。俺の部屋の俺のベットで寝ているのだからそれくらいは当然おっけぇだろ。
そうした横になりながら思考をぐるぐる回していればくらっとするほどに強い睡魔が襲って来た。
正直眠いしこのまま寝てしまうか。と俺は心地よさに身を任せ意識を手放していった。
「あなた、これは一体どういう事なの!?」
叫ぶような声に煩いなと目を覚ましてみれば、胸倉を掴まれ宙に吊るされていた。
えっ? ちょっと待て。
なんでエリザベスが泣きそうな顔で俺の胸倉掴んで持ち上げてんの?
「お、おまっ! 何やってんの!?」
「こっちのセリフよ! これはどういう事なの!」
これってどれだよと吊るされたまま首を動かして確認すれば、下着姿のソフィが目を擦っていた。
な、なん……だと……!?
待て待て、昨日寝る時は着てたよ? いや、そんな事より今はしっかりと見よう。
なるほど、ピンク色の下着ですか。天使のソフィちゃんにはぴったりですな。
うぐっ息がなんか苦しくなってきた。こいつ、首絞めてきやがった。
事件だ、殺人事件だ! おまわりさーん!
「どこ見てんのよっ!」
「てか、いい加減離せ。殺す気かっ!!」
そう俺が怒った瞬間、エリザベスが吹っ飛んだ。
えっ? と視線を送ればソフィちゃんが蹴りを出した態勢で止まっていた。
「カイト様になにするんですか!」
流石俺の騎士。よーしいつもの様に抱きしめちゃおうかなぁ……
と、下着姿のままの彼女にハグをしようとしたらするりと抜けられてしまった。
「あの……ソーヤも来るだろうし、服を着させてください……」
「あ、うん。ごめんごめん」
そう断りを入れてベットの片隅に畳んであった服を凄い速さで身に纏い、すっと近づき体を預けて来た。
だが、当然このまま幸せタイムに浸る事はできない。
「私を足蹴にしたわね……いいわ、勝負よ! こいつを賭けて決闘なさい!」
おいおいおい、お前それはずるいぞ! どう考えてもお前のが強いだろ!
てかこのままじゃソフィちゃんの身が危険だ。仕方が無い。ご機嫌取りをするか。
さっとソフィちゃんを隠す様にエリザベスの正面に立って笑顔を向ける。
「エリザベス、可愛い女の子のお前がそんな乱暴な事を言うなよ。
てかお前勘違いしてるだろ。ソフィがここで寝てたのは多分寝ぼけてだぞ?」
「えっ? その、いたしちゃったとかじゃなくて?」
「阿呆! そんな訳あるか!」
と、誤解を解けば「えっ? そう、なの? ならいいわ。許します」とエリザベスはすんなり矛を収めて、「朝食にしましょ」とか言い出した。
下の階に降りて居間に入ってみれば、良い匂いがした。
ソーヤが所在なさげに席に座っている。朝から王女が来て困っていたのだろうな。
「ほらっ、折角作ったのが冷めちゃうでしょ!」
え? これお前が作ったの?
色々入ったスープを指して聞いてみたが、彼女はその間にも焼いた肉が挟んであるトーストの乗った皿を並べている。
準備が終わると「出来合いのタレを使っただけね。他は私が作ったわ」と大きな胸を張った。
なんだこれ、女の子が朝起こしに来て朝食を作ってくれるとか……
なんかこいつが特別な女の子に見えてきた……
それに、ちゃんと四人分用意されているのもポイントが高い。
「な、なんか嬉しいもんだな。頂くよ……ありがとう」
「そ、そう? なら良かったわ……」
ツンと顔を背けながらも赤くして髪を掻き揚げる。
流石田舎娘風な容姿のツンデレっ子だ。幼馴染ちからが強い。
そしてスープから口を付けると自然と言葉が漏れる。
「あ、これ旨い……」
「どれどれ。うーん、まあまあね?」
そう言いながらもご満悦な表情を浮かべる。先ほどとは一転して上機嫌だ。
お肉の方も朝からはちょっと重いかなと思っていたのだが、口を付ければさっぱりしたドレッシングの様なタレで、これもまたおいしかった。
「お前、女子力高いな」
「……お褒めの言葉は嬉しいのだけど、ちゃんと名前で呼んでよ。
あっ、愛称でもいいわよ? ふざけたの付けたら許さないけど」
ふむ。確かに頻繁にお前って言ってる気がする。
しかし愛称か。
エリザベスだと……なんになるんだ? エリー?
いや、アニメでなんか居たな……こいつにぴったりなツンツンした姫様が……
「あっ! じゃあ、お前は今日からリズな?」
「あら、まともなのが来たわね。それなら……うん。いいわ」
「じゃあ決まりだ。てかそろそろアレクが来る頃だな。
今日はダンジョンだし気合入れて行かないとな!」
と、ソフィに視線を向けていれば、エリザベスことリズがなにやら不満気にしている。
「なんだよ。一緒に行きたいの?」
「……一緒に行ってあげてもいいけど、その前に言う言葉があるでしょ?」
そう言われて周りを見た。水音が聞こえ、いつの間にかソーヤが食器洗いをしている事に気が付いて、ああその事か。確かに言わねば、と感謝の言葉を贈る。
「あっ、ごめんごめん。美味しかったよ。ご馳走様!」
「ええ、お粗末様。って違うわよ! なんで愛称決めたのに呼ばないのよ!」
「そこ? はは、せっかちだな。……リズ。これでいいか?」
ふふんと口元を緩めた後「あなたが気が利かないだけでしょ」とツンとお澄ましする。
「あの、カイト様? 流石にエリザベス様は私たちと一緒では階層が合いません」
確かに。こいつ普通にアディに勝ってたもんな。
「……別に合わせてあげるわよ。あなたたち、今何階層なの?」
先ほどの件でソフィにきつく当たるかと不安だったが、リズは気にして居ない様子。安堵を覚えつつ、昨日は十二階層でやっていた事を話した。
「あなた、大丈夫なの? 無理はしてない?」
「してねぇよ。緩いくらいだわ。
エレナ先生にも太鼓判貰ったしな。エリザベス以来の逸材だって」
「そうなの!? じゃあ一緒にやるのは何の問題もないじゃない!」
その言葉にお前はどこまでいけるのかと尋ねたら、二十四階層まで行けると言って居た。それもスキルを使わない前提らしい。
スキルを使えばもっと行けるが、一人でスキル使う前提で行くと魔力が切れてヤバイらしく、死にはぐってってからそこ以上に降りた事はないそうだ。
確かにレナードがソロだと十八階層あたりからキツイって言ってたな。
「流石戦姫だな。今日は順調に行っても十五階層までだし、今は別口でもいいぞ?」
「ダメよ! あなた、ダンジョンに入り始めたばかりでしょ。そんな駆け足で降りたら危ないわよ!?」
と怒り出すと、その叱責の言葉はソフィに向いた。あなたも騎士ならば主の無茶を体張ってでも止めろと。
だが、俺たちには俺たちの事情がある。変に心配して止められても困るとリズの言葉を途中で止めた。
「心配してくれるのは嬉しいけど、本当に無理はしてないんだ。
気になるなら先ずは俺たちの狩りを見てからにして貰えないか?」
「……そうね。私が居てあなたの回復があれば早々手遅れになることは無いし。
けど、私が居ないときはダメよ? 勝手に居なくなるのはもう許さないんだから」
いや、だから何でお前はいつもそう彼女面なんだよ。
と、反論しようとしたとき、ドアノッカーの叩く音が聴こえた。ソーヤがさっとお客さん対応に動いて、間を置かず居間に人が入って来た。
アレクだけでなく、アリスちゃんとステラも一緒だ。もう定番となりつつある面子である。
三人は居間に入ると、リズへと視線を向けた。
「お、お姉様!? 何故カイトさんの家にこんな時間からいらっしゃるのですか?」
なにやら、私怒ってますと言った面持ちのアリスちゃん。可愛くプリプリしちゃってまぁ。朝から癒されるわぁ。
「別にただ昨日無理をさせたお詫びに朝食をご馳走してあげただけよ。
それにこいつは今日私とダンジョンに行くの。
貴方は学校でしょ? 早く行ってしっかり学んできなさい」
じっととアリスちゃんはこちらに視線を向ける。
なので、今日は魔法の授業だからダンジョン行く予定だと彼女に伝えれば「私も行きます」と言い出した。
だが、今日は十二階層から下に降りていくつもりだ。
流石にアリスちゃんには厳しいだろう。しかしムキになっている御様子。どうしたもんかと頭を悩ませた。
「あら、それは命の危険がある場所に足手纏いになりに行きますって事なのだけど、本気で言っているのかしら?」
「いいえ! 昨日は八階層でも戦えました! カイトさんと一緒の場所でやるなら戦えます!」
驚いた顔でこちらをみるリズ。双方の理解が追いついていないように見えるので仕方が無いと間に入った。
「アリスちゃんが八階層でも戦えたのはマジだが、俺たちは今日十二階層から下に降りて行くんだ。疲れたら送ってくなんてやってられる距離じゃない。
ステラがポンコツじゃなきゃ同行しても良かったんだけど……」
流石にこいつにアリスちゃんの護衛は任せられん。なんて視線を向ければポンコツちゃんが怒り出した。
「誰がポンコツよ……そこまで言われたら黙って居られないわ。勝負よ!」と。
当然皆の視線は厳しい。ジト目の嵐だ。流石の彼女もそれには困惑している。
「いや、そんな風に護衛より感情優先するからポンコツだって言ってんの。お前はそう言われるだけのことをやらかしまくってるだろ?
ダンジョンで遊びたい気持ちだけは凄く良く分かるけどさ」
「ポンコツじゃないもん……」
「わかりました! じゃあステラ、私たち二人で十二階層まで行きましょう。
やれる事を示せばいいのです!」
何故か自暴自棄になったアリスちゃん。
出て行こうとする彼女を無理やり振り向かせて優しく頬を張る。
ぺチンと音を立てて手を振りぬけば、彼女は涙目で頬を押さえた。
うぐ、意味無いかなと思うほどに手加減したのに、やっぱり泣くのね……
けどここでほっぽって行かせる訳にもいかない。
「アリスちゃんまでソフィアと同じように護衛を死なせる気なの?」
正直ステラよりも心配なのはアリスちゃんだが、優しい彼女を止めるにはこの言葉が一番だろうと問いかけた。
「うっ、うう……ひっく……だってぇぇ、私だけ置いて行かれたら寂しいんですぅぅ
……やだぁ……おいてかないでぇ」
必死にしがみ付き泣き出したアリスちゃん。
何この可愛い生き物。俺は保護欲に駆られ思わず抱きしめた。
こんな可愛い生き物にこう言われては俺になす術はない。
「まったく、仕方ないなぁ。アリスちゃんだから特別になんだからな?」
「つ、連れてって下さいますの!?」
「ああ、けど言う事を聞かないとダメだぞ? それがどんなことだとしてもだ」
「わかりました! もうお尻触られても構いません。連れてって下さいまし!」
そんな時、アレクが「ああ、やっぱり触ったんだ」と呟いた。
その呟きを拾ったリズがアレクに「なんの話か聞かせなさい」と詰め寄る。
ああ、ヤバイヤバイ。これは話を流させねば! アレクでは負けて話してしまう。
「おい、行くと決まったならいくぞ。付いて来ない奴は置いて行くからな!」
と、アリスちゃんの手を取って走り出すが、行き先を考えて居なかった事を思い出して足を止めた。
「ねぇアリスちゃん、この近くに割りと深めのダンジョンない?」
「街中で深い所ですと、アイネアース再誕記念公園の中にあるダンジョンですわ」
じゃあそこに行こうと返した時だった。
「あら、そんなに急いでどこに行くの?」とソフィアまでもが家に押しかけてきた。
護衛はヘンリーを連れている。
またこいつか。こういうのポジションなんだろうな。
「ダンジョンだ。言っておくが十二階層から下に降りるつもりだから、連れて行けないぞ」
と前もって断りを入れれば「そうですか。寂しいですが今日は遠慮しましょう。気をつけてくださいね?」と殊勝なお見送りの言葉を貰って彼女への印象が少し変わった。
一先ず、方向は同じようなのでそのまま並んで歩き会話を続ける。
「おう、ありがとな。ソフィアはこれからどこ行くんだ?」
「私は図書館で調べものをします。今までの歴史から、仮想敵国への対応がどういったものと変わるのか知っておかねばなりませんから」
ああ、なるほど。そういうの大切だよな。
お前の母ちゃんよりもよっぽど好感持てるわ。
「そっかそっか。ソフィアも頑張ってるんだな。
無理やり付いてくるとか言い出さない所を見て関心したわ。偉い、偉い」
頭を撫でてソフィアと顔を合わせれば、目の下の隈が若干薄くなっていて、表情も晴れやかなものとなっていた。
ニコニコと笑みを返して少し興奮気味に声を上げるソフィア。
「昨日ワイアットに時間を貰い、今後について色々話しましたの。
私は一先ず一文官として動き、自分がどこまでやれるかを見て欲しいとお願いしました」
「へぇ、そしたらなんて?」
「姫としてではなく、一文官としてなら評価を下しましょうと。
題材はお任せしますからレポートを評価する所から始めましょうか、と言ってくれました。
ですので、今日は戦争の事前準備でどういったものがあるのか、有利に進めるには何をしたらいいかを重点的に調べようと思います。
一度目を通した事はあるのですが、あの時は戦争を始めるという視点でしか見ていませんでしたから、もう一度ゆっくり見てみようと思っています」
おお。思ったよりも方向性がしっかり決まってるじゃん。
しかし、こうして厄介な所が減るとやっぱり可愛いなこいつ。
陰キャな感じが強すぎたが、それが若干薄れて眠たげな目の学者系ヒロインぽい感じに見えてきた。
「いいじゃんいいじゃん。よし。俺も応援するって言ったし、ワイアットさんに高い評価を貰えたら、ご褒美になんかプレゼントでもしてやるよ。
あー、姫様じゃ自分で買えるか……」
「いいえ、欲しいです! 頑張りますから絶対ですよ!?」
食い気味の返答に「お、おう」と気圧されながらも答えれば彼女とは道を違える交差点まで来ていた。
ソフィアは再び気をつけてと言葉をかけて意気揚々と手を振り去って言った。
「ソフィアお姉様……終始私たちには一切触れませんでしたわね」
「はい。最近よく無視されます……」
なんて二人は困った顔を向けているが、正直今の行動だけを見ればお前達よりも国の為に動けているからな?
そう思いつつも面倒なので言葉には出さずに記念公園へと歩を進めた。
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