第34話


 何があったのだろうかと走って声がする方向へと戻る。

 角を一つ曲がればやはりエレナ先生がこちらへと走っていた。


「あなたたち、無事だったのね。もうっ! 帰る前にダンジョンに鍵を掛けようと思ったらあなたたちの名前が消えてなかったから驚いたわよ」


「一体何があったの?」と彼女が心配そうな目で問いかける。

 俺たちは当然気まずくて視線を彷徨わせた。

 意を決したアレクが口を開く。


「強くなる為にひたすら狩りをしていました!」

「……先生、残業で疲れてる所なのに、ダンジョン走り回る羽目になったのよ?」

「そ、それは……す、すみません。カイト、ほらキミからも……」


 おい、苦しい所で投げるな! 俺も苦しいんだぞ!

 何か言い訳はないか? えっと……あっ! あった。


「すみませんでした。

 ですが俺たちは東部森林の件で強くならなきゃいけないんですよ。報告をしなかったのは謝りますが、人の命が掛かっているので余裕が無くて失念してしまいました」


 その言葉にソフィとソーヤも援護の様に頷いてくれた。

 エレナ先生は深い溜息を吐くと「いいでしょう。事情を聞かせて」と矛を収めてくれた。

 なのでヘレンズの現状と俺の騎士の立場を伝えた。


「……思ったよりも大事ね。私も他人事ではなさそうだわ」

「なんか俺、回復魔法が人の十倍以上の資質があるらしくて……魔力量を増やしてせめて回復で役に立ちたいんです」


 これはガチだ。言い訳ではあるが嘘じゃない。

 あいつらが死にそうな時に魔力が無いのだけはごめんだ。


「なので今日だけで良いんで続けるのを見逃してください」

「いいわ。けど、あなたの力も見せなさい。そこの二人は知ってるけど、まさかおんぶに抱っこでやってる訳じゃないわよね?」


「「違います!」」と憤る二人を手で制した。

 先生に「わかりました」と頷き「じゃ、次も狩り尽くすぞぉ」と気の抜けた感じに声を掛けた。


「ちょっと待ちなさい。魔物が見当たらなかったけど、すべて狩り尽くしてるの!?」

「ええ。なにか?」

「はぁ……あなたたち、それほどやるつもりなら他のダンジョンに行きなさい。

 ここは他の生徒も使うのよ。卒業試験としても使われるの。わかる?」


 そう言われて初めて気がついた。俺たちは『あっ』と間の抜けた声を洩らした。


「まあ、折角だからあなたの力を見る分だけは倒してもいいわ。

 もう遅いのだし……はぁ、上級生への説明が面倒ね……」

「す、すみません……」


 そうして狩りを再開すれば、ビシバシと戦い方へのお説教が吹き荒れた。


「そこっ! 倒す順番が違うでしょう! 敵が強くなれば間が無くなるのよ!?」

「ほらっ! 任せられるからってカバーを怠らない! 癖になるわよ!」

「余裕があるところではスキルをバンバン使いなさい! いざという時、使い所がわからないでしょ!?」


 高速で狩りながらもそうした指導が続く。俺たちは精神疲労をためながらも彼女の言葉に忠実に動き続けた。

 そして、結局ある程度狩り尽くし、十階層から上はほぼ敵が居ない状態となってしまった。

「いい加減帰るわよ」と言われ先生の後を追いダンジョンを駆け上っていく俺たち。

 ダンジョンを出て振り向いたエレナ先生は、何故かご満悦な顔だ。


「あなたたち、スキルを習得したら飛び級させてあげてもいいわよ?

 エリザベス様並の原石だわ。数年後が楽しみね」

「ほ、本当ですか!? じゃあ――――――――」


 その言葉に飛びつくアレクを止めて「必要な時がきたらお願いします」と返す。


「ええ、そのためにも授業でビシバシ鍛えてあげるから覚悟しておきなさい」


 と、綺麗なスマイルで怖い事を言ってエレナ先生は去っていった。


 そしてアレクに釘をさした。強くなる前に上に行こうとするなと。

 そんな話も素直なアレクが相手だからすぐに終わり、明日の予定の話に変わる。


「じゃあ、予定通りここ狩り尽くしたし、寝て起きたら他のダンジョン行くか」

「明日はスキルの日だよ。いいの?」

「あっ、じゃあ午後から行くか。スキルの練習をまた魔物でやろっと」


 そうして月明かりの下、皆で歩いて帰路に着いた。


 そして家に着いたのだが、何故かアレクも一緒に付いて来ている。


「きょ、今日は泊めてよ。こんな時間に帰れないよ」

「大丈夫か? 家の人心配してるんじゃないか?」

「うん。だからさ……泊めて?」


 いやいやいや、だから可愛く言うの止めろって!

 その前に、家に入れないからじゃなくて怒られるからで泊められるか!

 ルンベルトさんに俺が怒られるだろうが!


 と、アレクに説教すれば彼はとぼとぼ帰っていった。


 学校の時計では陰の五の刻。すなわち二時だ。ヘイストがあって人数も居た事を考えればちょっと討伐数的に物足りないが、アリスちゃんと遊べた事を考えればいい時間だったと言えよう。


 この家は平民が家族で暮らす程度の規模だ。部屋も居間を抜かして四部屋あるからこっちの世界では裕福な方と言えるかもな。

 なので宿の時みたく一緒に寝る必要がない。各々自分の部屋を決めてそこで早々と眠りに着いた。


 そして誰かの呼ぶ声に目を覚ませば、目の前にアレクが居た。


「うおぉぉい。なんでお前はそう勝手に入ってくるわけ!?」

「キミが起きないからだよ!

 こっちはあれからお説教くらってあんまり寝てないのに頑張って起きてきたんだよ!?」


 お、おう。なんかごめん。と返せば「もう、ほら、制服!」と慣れた感じで世話を焼くアレク。それを見たソフィがなにやら警戒心を露にしている。

 ソーヤは精神的に落ち着いたのか、苦笑ながらもこちらを見て笑っていた。


「ほら、早く脱いで」と俺の服に手を掛けるアレク。

 その手を全力で払い「自分でやるわぁ!」と急いで着替えた。


 そして俺たちは揃って制服に着替えて登校をした。

 訓練場の中に入った瞬間、俺は両腕を誰かに掴まれた。


 なんだなんだ……誰だよ?


 と、振り向けば、エリザベスとソフィアだった。

 最悪コンビが何故こんな所に……


「お、お前ら何しに来たんだよ! ここは一年の授業の場所だぞ!

 てかこの手を離せ! 面倒事に巻き込むなって言ってあるだろ!?」


 なんとか振りほどこうとするが、エリザベスには敵わない。なので言葉で訴えかけた。


「あらぁ~、私も言ってあったじゃない。褒賞の時は付き合いなさいって。

 それとお姉様は帰ってよろしくてよ。お好きなダンジョンにでも行って来たら?」

「この人は私とお城に行くの。付き添いなら第一王女の私の方が相応しいわ」

「あらぁ~、彼は平民よ。継承権が低い方がまだしっくりくるんじゃなくて?」


 とりあえずエリザベス、耳元で『あらぁ』連呼は止めろ。なんか責められてる気分になるから。

 しかしもう話が着いたのか。そこは約束だったし別にいいか。お金貰いたいし。


「わかった、行くよ。ソーヤとソフィはスキル覚えて後で俺に教えて。戻ってくるまでは家でゆっくり寝てていいから」


 そう指示を出して、アレクに謝って二人と一緒に訓練場を出た。

 すると後ろからタッタッタと駆け足で近寄る音がした。


「お姉様! なんで私を無視して行くのですか!?」


 プリプリと怒るアリスちゃん。元気そうな顔を見て安心したが、大声を出すのは止めよう。皆扉の影から見てるからね?

 てかステラお前驚いてないで止めろよ。ホントポンコツだなお前。


「アリス、どうして怒ってるの? こいつの褒賞で城に行くだけよ?」

「ええ。気にする事はないのよ。アリスは授業を受けていなさい」


 うん。行くのはいいけどいい加減この手を離そうか?


「嫌です。私も行きます! お姉様二人ではカイトさんの身が心配です」


 そうそう。こいつら止めて?

 何? 私が手を繋ぎます? うん。それでいこう。


「ダメよ。こいつ逃げるもの。アリスじゃ押さえていられないでしょ?」

「逃げないっての! 俺がいつ逃げ――――――――」


 あ、逃げたばかりだわ。


「逃げましたわね」

「逃げたわね」

「そうでしょ?」


 はい。逃げました。もう抵抗しません。

 アリスちゃんも二の句が告げられず、王女三人に囲まれ押さえつけられ、俺は再びドナドナされた。

 乗りなれた人力車に乗り、六人で座っての移動となる。

 

「こうして見ると、やっぱり私の専属護衛って感じね」


 とソフィアが変な事を言い出した。

 確かに、エマさんとステラが居るのにこいつには護衛が居ない。だが護衛を死なせたお前が偉そうに言っていい言葉ではない。

 やっぱりソフィアはソフィアかと思ったのだが、目を向ければきょどっていた。

 自分でも気がついたらしい。


「撤回します。今の私が使っていい言葉ではありませんでした」

「あらぁ~、ご自分の愚かさに漸く気がついたのね?

 それなら城で大人しく謹慎でもしていたらどうかしらぁ?」


 と、嫌味を言いながら追い詰めるエリザベスの頭を叩いた。

 エマさんから殺気を感じるがそれも無視する。非を認めて頑張ろうとする姉を追い込んでどうすると。


「今までの事で思うこともあるだろうけど、いい方向に行こうとしてるのを邪魔してどうすんだよ。また逆戻りして欲しいの?」

「そ、それはそうね。ごめんなさい」


 エリザベスを諌めれば、ソフィアが俺の手をぎゅっと握る。何故か恋人つなぎで。

 離せと引っ張るが彼女ごと引っ張られてこっちに擦り寄ってくるだけだった。

 彼女は振り回されて楽しそうにしているだけだったのでもう諦めた。うん。顔は良いんだ。美少女との恋人つなぎを楽しもう。


「まさかお姉さまって……やっぱりドMですの!?」


 とアリスちゃんがソフィアへ問いかけたのだが、エリザベスの方がビクリと震える。

 その様に思わず俺は吹き出した。


「ぶはっ。ド、ドMに反応した! お前、やっぱりそうだったのか……」

「ち、違うわよ! あんたが変な事言うから! もう、もうっ! このばかぁ!」


 ポカポカと叩くエリザベス。だが俺は今念のためとシールドを掛けてあるのだ。

 お前の攻撃なんて痛くないぜ? と思ったのだが、良く見れば叩き方が優しい。


「あら、エリザベスは彼の力を利用したいだけだと言って居たのに、どうしてそんなに仲が良さそうにしているの……?

 いえ、その前にその年でぶりっこするのは止めて貰えないかしら? 見苦しいわ」

「そうです!

 それに妹の前でそんな幼子の様な真似、恥かしくはないのですか?

 みっともないです!」

「そ、そこまで言わなくたっていいじゃない!」


 エリザベスは二人から責められ、佇まいを直すと羞恥に顔を染めて半泣きになっていた。相変わらずメンタルが弱いな。

 笑ってしまった俺もだが、それだけにエリザベスが不憫になった。


「まあ、良いじゃないか。

 こいつはすっごい頑張り屋さんだし、たまには甘えたくなるんだろ」


 そう言って頭を撫でれば、馬鹿にされたと思ったのか口を尖らせてそっぽを向いた。

 なんだよ。まだ怒ってるの?


「ほら、機嫌直せよ。折角お前と一緒に居て楽しいって思えるようになってきたのに……」


 いや、待て、これはまた元気になって絡まれるパターンでは?

 と思ったのだが、少しそわそわしているくらいで伝家の宝刀である『あらぁ』が飛び出す事はなかった。


「な、なら許すわ。ほら、足を開きなさい」


 な、なんだよ……?

 なんかちょっとエロイ響きだな。


 じゃ、開こうかなぁ?


 と開いてみれば彼女はそこに座りすっぽりと納まった。


「ここは私の定位置だもんね?」

「ああ、そんな事も言ってたな。けど続きもあったよな?

 いいのか本当にそこに座って。うん? 俺は容赦しないぞ?」


 手をワキワキさせて触っちゃうぞぉというパフォーマンスをしてみたのだが、今回は逃げない御様子。どうしたんだ?


「いいわよ。ここでなら……」


 え? ここでならって皆見てるよ?

 もしかして見られたい人……?


「えっ!? お前まさか……Mなだけじゃなくそんな性癖まで……」

「違うわよ! このおばかっ!」


 なんて今では手馴れてきたエリザベス弄りをしていれば、アリスちゃんとソフィアが首を傾げてじーっと見ている。


 それ、なんか怖いんだけど……


「カイトさんはエリザベスお姉様を凄く苦手としていませんでしたか?」

「私の目にもそう見えて居たのだけど……」

「あらぁ~、人の関係など刻一刻と変化していくものですのよぉ?

 こいつは言ってくれたわぁ。私を見ているとドキドキする。聖女みたいだって!」


 折角収まったというのに、また再発しやがった。


「いや、だからお前らのそういうのがめんどくさいんだっつの。

 あー早くダンジョン行きたい」


 そんな風に返しながらも、俺はエリザベスの柔らかさと暖かさと香水の香りを堪能し、さりげなく支えるようにおなかに手を回して肉を摘んでみたが、随分と引き締まっていて驚いた。

 ソフィアとアリスちゃんは細いながらもぷにぷにしてたのに。

 てか俺すげぇな。王女全員のおなか堪能をしちゃったよ。


 よし、次はおっぱ……いや待て、王女でやる必要性がねぇ。早まるな。うん。俺にはソフィちゃんが居る。一緒に寝たがってくれてたしいつかチャンスがくるさ。

 だから間違ってもこいつらに手を出すのは止めよう。


 今ならまだ間に合うはずだ。おなか触ったくらいだし。

 だ、大丈夫、だよね……?


 そんな自問自答を繰り返していればいつのまにかお城へと着いていた。

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