第33話


 俺たちは七人でぞろぞろとダンジョンへと赴いた。

 心なしか無理している様に見えるアリスちゃんをシーラットで遊ばせ、モルモーンが怖いというアリスちゃんを戦わせて遊び、初めて見たアプラという魔物の弱さにガッカリしてアリスちゃんに遊ばせ、気が付けば八階層へと到達していた。 


「本当に大丈夫なのだろうな?」とアリスちゃんの身を心配するエヴァン。


 だが俺はここから下を殲滅する予定なのだ。ダメなら帰れとしか言いようが無い。

 なので「心配なら無理やりにでも連れて帰れよ」と告げて先を進む。


「カイトさん、どうしてもお邪魔なら帰りますが……」


 さっきまでキャッキャはしゃいで居たのに凄く寂しそうな顔に変わってしまった。

 あーあ、とその根元に責める様な言葉を掛ければエヴァンはうぐっとダメージを受けていた。


「いや、アリスちゃんは俺が守るから心配ないよ。だから笑顔笑顔!」


「まぁ」と顔を明るくするアリスちゃんに癒されつつ八階層を進んで行く。

 ここの魔物はシルバーラット。鋭利な牙を持つ大きなネズミだ。

 前回大量に集まった所を見た所為でちょっと怖いけど、戦力的には何一つ問題ないはずだ。

 

 魔物を発見して走り出せば、未だにヘイストが切れていない事が確認できた。 

 これ、持続時間凄いな。もう二時間は経ってるぞ?


 どれくらい魔力使うんだろうか。魔力って減ってこないと消費した感覚が薄くてわからないんだよな……

 とりあえず皆に掛けてみるか。

 あー、でも我にって付いちゃってるから無理か?

 いや、ヒールは皆に掛けられるんだし試しに詠唱弄ってみようか。


 ソフィちゃんに実験に付き合ってとお願いしてヘイストの詠唱をした。


「我、女神アプロディーナ様の加護を賜りし者なり。

 我にお力の一端を貸し与え給え。彼の者にヘルメスの如き速さを『ヘイスト』」


 一応いつもの様に黒い魔力が光へと変わり、ソフィちゃんへと伝わった。


「どう? 早くなった感じある?」と早速試して貰えば、スキルを使った時なみの速度が出ていた。

「カイト様、すごいすごーい!」と無邪気にはしゃぐソフィちゃん。

 そして唖然とこちらを見ている面々。


「待て、強化魔法とは自分のみに掛けられるはずだったが?」

「そりゃ、詠唱に我って付いてるからな? けど彼の者に変えたろ?」

「カイト、キミ変えたって……新しく魔法を作り上げたってこと……?」

「んなわけあるか! 一つの単語を変えただけだっつの!」


 いいからお前らにも掛けるぞと、皆にヘイストを掛けて行く。

 どうやら消費量は大した事ないようだ。ついでにとシールドも付与してみた。

 それを全員分掛ければ漸くそろそろ魔力が減って来た感覚を覚えた。

 残り三分の一ってところか。消費量はヒールよりちょっと多いくらいだな。


「くはは、これならば主だって怖くない。さあ、私に敵を!」


 ……意味わからないことを言い出したステラは放置するとして、先生じゃないけどシールドの効果をちゃんと知っておきたいな。


「エヴァン、ちょっと本気で俺を殴ってみてくれないか?」

「なにっ!? ああ、そういうことか。喜んで!」


 おいぃ! 喜ぶんじゃねぇよ! お前、俺のこと嫌いなの?

 そう思っている間に容赦なく顔面パンチが飛んできた。だが、一つも痛くない。

 試しにアレクにも殴って貰った。何故かこいつも顔面を狙いやがる。


 だがダメージは無い。


 ソフィちゃんやソーヤにも試して貰った。

 だが二人は顔は無理ですと言うので肩にお願いした。いや、これが普通だよね。流石俺の騎士たち。


 それでも一向にダメージはない。


 何度か繰り返して貰い効果が切れないままに実験を終了した。

 おお、これは凄いと思っていたらいきなり横から顔を殴られてすっ転んだ。

 い、痛ってぇ……『ヒール』

 なんで俺は今殴られたの、と視線をあげればステラがあわあわしていた。


「だってほら、大丈夫そうだったから、私も試したくって……」

「リーズ、助走までつけて武器でやる馬鹿があるか。柄とはいえ下手したら死ぬぞ」


 マジかよ……もうこいつ無視しよ。お前にはもう何も教えてやらん!


 でもわかった事もある。

 どうやらシールドはHPがある全身防具の様な方式らしいな。

 それを越えた分はダメージを受けると。


「我、女神アプロディーナ様の加護を賜りし者なり。

 我にお力の一端を貸し与え給え。我にアイギスの盾を『シールド』」


 と、とりあえず掛けなおしてネズミ狩りに勤しむ。

 始めてみれば恐ろしくぬるかったので、再びアリスちゃんに遊ばせる。 


「ほらほら、アリスちゃんそこでえいっとやるんだ!」

「えいえいっ!」


 速度がヘイストで上がっているからか、特に問題は感じない。

 もうこのままやらせる方向でいこうか。シールドがあれば大丈夫だろうし。


「じゃあ、アリスちゃんこのまま一緒にやるから疲れたら言うんだぞ。抱っこしてあげるから」

「はいっ! お願いしますっ!」


 うん? どうしたの両手を広げて……もう疲れた?

 嘘付きにはお仕置きだぞぉ!

 なんて言いながらステラや皆に見えないようにお尻をモミモミしてみた。


「わひゃぁ、ごめんなさいっ! そこはダメですぅ!」

「ふふふ、甘えは許さんからな。次は本当の事を言うのだぞ?」


 アリスちゃんの声色にステラが訝しげな目を向けるが、何かを言ってくる様子はない。まあ、言ってきたらさっきの殴って来た件でボロクソに言ってやるがな。

 しかし、顔を真っ赤にしちゃって可愛いなぁ。


「カイト様……私にも構ってくださいぃ」

「お、おう。当然だ! いつでもおっけぇだよぉ」


 とアリスちゃんにした様に前から抱きしめてお尻を揉む。

「ひゃっ」と声を上げて飛び引くソフィちゃん。お尻を押さえて「もぉ、ここじゃダメですぅ」と小さく抗議する。

 もう今日はこれだけでいいかなと思えるほど至福だったのだが、どうやらソフィちゃんにした行為で皆に俺がアリスちゃんに何をしたのかがバレてしまったらしい。


「貴方、まさか姫様にも同じことを……?」

「相思相愛でも人目が付く所でそういう事するのはダメじゃないかな……」

「私はもう庇わんぞ。キミは少し罰を受けた方がいい。功績で減刑はされるだろうからな」


 ちょっとエヴァン、リアルに言うの止めて。

 アリスちゃん、そんな事しないよね? どうしたの、可愛く睨んで……


「ソフィさんとはそういう関係なのですかぁ?」

「はいっ、そうです!」

「えっ!? いやいや、まだ違うよ?」

「もう少しです!」


 あれぇ? ソフィちゃんがこっちに来てからなんかおかしい。


「と、とにかくだ。俺は強くならなきゃいけないからそろそろガチで狩りを始めよう」


 このままだとカオスな事にしかならない空気を感じて即効で狩りを始めるように方向転換をし、先を進む。

 最初は皆に軽く睨まれたが狩りを続けるうちに皆無言となった。

 ペースに付いて来れないアリスちゃんに疲れが見え始めた。


「じゃあ、そろそろ一度帰るか」とアリスちゃんをお姫様抱っこして皆に声を掛ける。

 その様を見たステラがこちらに武器を構えるが、その瞬間ソフィちゃんとソーヤが前に割り込みステラに剣を向けた。


「おい、元々疲れたら抱っこだって言ってただろ?

 アリスちゃん降ろした方がいい?」

「いいえ。このままがいいです。ステラ、武器を降ろして?」

「不埒な事をしたら切るからね……」


 この状態からどうやって……あっ、おっぱいは触れるか!? お前、天才だな。


「そ、その顔が信じらんないって言ってるの!」

「確かにね。カイトはすぐ顔に出るから……」


 煩いぞポンコツとヒロイン男! 制御が利かないほど可愛いの! 仕方ないの!

 そうして四階層までアリスちゃんを抱っこして戻った。

 そこで彼女を降ろして皆に声を掛ける。


「じゃあ、俺たちはまだやるから、お前らは気を付けて帰れよ」

「あっ、僕はそっち行っていいよね?」


 と問いかけるアレクに了承してアリスちゃんたち三人と別れて再び奥へと走る。


「八階層がぬるすぎたから十階層まで降りるぞ。

 そこからは厳しくない限りは殲滅するからそのつもりでな」

「「はいっ」」

「うん。今僕がやってる九階層は結構魔物が減っちゃってるから丁度いいかもね」


 聞けばアレクも俺が居ない間に結構狩りまくったらしい。俺が言ったとおりに出来るだけ早く倒せる魔物を高速で狩っていたら、九階層でも楽にやれるようになったと言う。


「それを延々と繰り返してドンドン階層を下げて行こうぜ。

 三十階層まで行けば東部森林の魔物もやれるらしいからな。

 ダンジョンを変えてでも時間を空けずに狩り尽くしていくぞ」

「いいねいいね。僕そういうの待ってたんだよ。一人だと味気なくてさ」


 さっすがアレク。話がわかるな。

 そうして走り続けていれば十階層へと到達するのはすぐだった。本当に九階層は魔物と会わなかったのでアレクも頑張ってたんだろうな。


 辿り着いた十階層。

 魔物と出会った瞬間思わず俺は「ひぃっ」と声を洩らした。


「ブラックコックローチ通称黒い悪魔だね。やっぱりカイトもこれは気持ち悪い?」

「あ、ああ。飛ばしたいくらい嫌だ。次行かない?」

「ダメだよ! 騎士はこういうのにも慣れないといけないんだ」


 アレクの言葉にソーヤが「なるほど」と頷く。

 どうやら逃げる事は叶わないらしい。


「それにね、一体の強さはそうでもないんだ。数がひたすらに多い。カイトが言っていた方法に一番合う階層なんじゃないかな?」


 そう言ってアレクは一匹目の黒い悪魔をさくっと切り捨てた。

 白いどろどろがぶにゅっと出て手をカサカサさせている。早く消えろよ!


「くそっ、虫系じゃなければ即効で消えるのに……」

「あはは、ここでその言葉は誰もが言うお約束だって先生も言ってたよ」


 なんて割りと平気そうにするアレクを羨ましく感じ、仲間は居ないのかとソフィちゃんの顔を見た。

 彼女も顔色が悪い。仲間だ。何て思っていたのだが……


「黒い悪魔……殲滅です。この世に残しちゃいけない。殲滅、コロス、コロス」

「ちょっとぉぉ! 帰ってきて! そっちに行かないで!」

「そっちとはどっちですか?」


 とニコリと言葉を返す彼女の顔に暗い影が見えた。ダメだ。ここはダメだ。即効で終わらせねば……


「全員広がれ、ローラー作戦で行く。同じ間隔を保ち、自分の前に来た敵を即殺していく。敵を受け持って居ない奴はそのまま先に進むことを繰り返す。

 全力で一秒でも早く、この階層を終わらせる。以上だ! 反論はあるか!?」


 その問いかけに声を発するものは居ない。それどころかもう皆間隔を開けて待っていた。皆気持ちは一緒らしい。

 ならばと、俺もその輪に入りヘイストが掛かった四人での全力の殲滅が行われた。


 それはもう見つけた瞬間全力で特攻だ。


 甘く見ているとこいつらは飛ぶのだ。飛ばれた瞬間はもの凄い勢いで鳥肌が立つほど恐ろしいので、それはもう全力の特攻だ。


「はぁっ、はぁっ、終わったか……」

「はい。恐らくは……はぁっはぁっ……」

「け、けど疲れたね。次の階層すぐ行くの?」


 狩り尽くしたはいいが皆肩で息をするほどに疲労している。


 途中ヘイストが切れて掛けなおしを行ったから、止まるのが勿体無い気もするのだが、流石にこのまま下に行くほど馬鹿じゃない。

 とりあえず、座って休憩&雑談タイムにしようと告げて思い思いに寛いだ。


 ソーヤに荷物から干し肉を出してもらい皆で齧る。


「なるほどね。ソフィさんの言ってたことがわかったよ。毎日こんな努力してれば僕くらいになんてすぐ追いつくよね……これを仕事後に六刻とか、頑張りすぎでしょ」

「僕も最初に話を聞いた時は本当に驚きました。階層を制覇したその足で次に行くと聞いて最初は付いていけるのか不安で仕方なかったです」


 ソーヤはアレクに苦笑を向けて言葉を返している。どうやら打ち解けて来た様だ。

 ソフィも自分が言った事を肯定されたからか、少し表情が柔らかい。

 流石アレクだ。こいつはきっとどこに行っても馴染めるだろうな。そんな安心感を覚えつつ話に入る。


「お前らは勘違いしているぞ。俺は面白いからやってんの」


 今は別に理由もできたけど……


 てか、考えてみろよ。努力した分だけ力が付くんだぞ? それも一生ものの。

 難易度を考えればそれを遊び感覚でできるんだ。そりゃやるだろ?


 と、俺は死んで欲しくない彼らに、この思いを共感して欲しいと力説した。


「そう言われればそうなんだけどねぇ。ダンジョンは人を喰らうもの。遊び感覚で足を踏み入れれば命が無いものと思えって言葉が深く根付いてるから」

「そりゃ、舐めて掛かるのは限度があるぞ?

 けど俺が言う遊びってのは本気でやるもんだからな」


 そう、本当の面白さってのはやっぱり本気で取り組んだ先にあると思う。

 ゲームでも危険な目に遭う時ってのは大抵、調子に乗ったり舐めプした時だ。

 まあ、ボスにたまたま遭遇してって場合もあるけど。


「俺は今自分がここに居る事が凄いと思う。少し前まで八階層でびびってた俺がさ」

「うん。それは僕も本当に思う。

 今でも力を隠してたんじゃないのって言いたいくらいだよ」

「ばっか、考えるのはそっちじゃねぇだろ? 次は二十階層で同じ事言うぞ。

 ほれ、考えてみろ。新米の王国騎士と肩を並べられるくらいの強さだぞ?」


 ホセさんの言が正しければ、王国騎士の下っ端はそのくらいのはずだ。

 あの時月の雫をあげたベテラン連中はもっと上にいけるのだろうが、若手はそのくらいだろう。

 ホセさんが二十階層越えてなきゃ話にならないと言ってて、ルンベルトさんは新人の事を無意味じゃないが大して役に立たないといってたからな。

 あーでもこっちのダンジョンだと二十五階層かも。まあそのくらいはいいだろ。後で調べて教えてやれば。


 当然、王国騎士を目指しているアレクは目を輝かせた。


「そ、それは胸が躍るね……早く次に行こうよ」

「おう。けど無理は無しな?

 危険を感じたらダンジョンを変えて階層を落として楽に殲滅する事を続けるんだ。

 忘れるなよ?」

「そこら辺うっかりするのはカイトの方じゃないかな?」

「いや、嫌味で言ってるんじゃねぇよ?

 これは鉄則。やっぱり下に行きたくなるもんだから皆で注意して行こうって話し」


 だから茶化すなと言えばアレクは神妙な顔で「わかった。忘れない」と深く頷いた。

 話が終わった頃、ソフィちゃんがちょっと失礼しますと小走りに魔物が居ないはずのこの階層へと逆戻りした。

 これはもしや! と俺は小声で「ど、どうしたんだぁ?」と小走りに後を付けようとしたが、アレクとソーヤに止められた。

 アレクは苦笑しながら「キミって人は……」と片手でおでこを抑え。

 ソーヤは「僕が、僕が怒られてしまいます。お願いですから」と涙ながらの懇願をした。


 俺は無言で元の場所に戻り腰を下ろした。


 そして彼女は間を置かずして戻り、再び狩りを再開する。


 十一階層はゴブリンだった。聞けば十二階層もゴブリンらしい。数はめっちゃ多くなるらしいが。

 しかし、こいつらなら楽勝だ。

 発見からのダッシュもいらないから楽だろうと、皆でダンジョンを駆けずり回る。

 その途中、相手がゴブリンになった事で『一閃』の練習をやってない事を思い出した。すべては黒い悪魔の所為だ。

 俺は皆よりも習得が遅れてるし、と早速練習を始めたのだが一発で成功した。


 あれ? マジで?


 と、もう一度やってみるが、普通に上手くいった。

 そして俺は気が付いた。ヘイストのお陰だと。

 スピードが足りていなかったから、ブレーキが掛かってつんのめって居ただけだったのだと。


「へぇ、もう一閃も習得したんだね。流石カイト、早いや」

「あ、ああ。たった今な。ずっと上手く行かなかったんだよこれ」

「そういえば飛燕の方は?」


 と言われてそちらも魔力を込めて試してみる。

 うん。ちゃんと発動した問題無いっぽい。


「あれ? 魔力を纏って発動してないの? 魔力を出そうとする工程が無くなるからそっちのが早いよ」


 え? あっ……確か散らさないように体の近くに置いたまま量を増やすんだっけ……と出していけば、目の前が黒い霧に包まれた。


「あはははは、カイト、出しすぎ出しすぎ。

 魔力が黒いから悪役みたいになってるよ?」

「うっせ! てか、この制御むずくね?」

「そりゃそうだよ。普通はどれも簡単にはできないんだ。

 簡単に習得するカイトがおかしいんだよ」


 その言葉にソフィちゃんさえも頷いている。なるほど。これはズルなしで頑張るしかないな。

 だが、一閃を使えるようになったのは大きい。ヘイストのお陰で飛距離もある程度は出るし、強敵への対策の一手として重宝するだろう。


「よっし、足止めて悪いな。再開しようぜ」


 そうして九階層が終わった頃、後ろから女性の声が聞こえて来た。


「……え? この声、エレナ先生じゃ……」


 なんだなんだ、また何か起こったのかと俺たちは顔を見合わせた。

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