第27話


 俺たちは、そのまま領主邸宅まで訪れ、使用人にすんなり応接間まで通してもらえた。

 領主の家族である二人には、話を終わらせるまで別室待機をお願いする。

 自分の家なので頷けば誰が付くでもなく移動して行った。


 そして、ヘレンズ子爵が居るであろう部屋に足を一歩踏み入れようとしたところで思わず足が止まる。


 何故か肌着のだらしない体の中年男が、手枷足枷を装着し土下座スタイルで待ち受けていたからだ。

 ……SMかな?


「お久しぶりね、ヘレンズ子爵。幼少の頃に社交界でお会いしたきりよね?」


 彼の様に何を言うでもなく、笑顔を作り久しぶりに会った友人みたいに挨拶をしたエリザベス。

 その彼女の声に彼は頭を下げたままビクリと震えた。


「も、申し訳、申し訳ございませんでした……この首は捧げる覚悟が出来ております。どうか、然るべき場所で、然るべき捌きをお与えください」

「そうね。それは必要ね。けど、先に話をすべて聞かせてくれる?」

「はい。私の知る限りのすべてをお話します」


 そこで彼は初めて顔を上げた。そして顔が怒りに染まる。


「このぉぉ! この女がぁぁ!」

「ヘレンズ子爵、声を静めなさいっ!!

 それでもあなたは領地を治めるものなの!?」


 彼女は彼の声を遮り、こちらも驚くほどの叱責を飛ばした。

 腕を組み強い視線を向け見下ろしているのが様になっている。


 ……これで俺と同年代って考えるとエリザベスはすげぇよな。 


 そういえばこいつ、自分の責任と向き合って怖いって泣きながらも人に見せずにやってきたんだよな。


 多分、今もそうなんだろうな……


 やべぇ、ただ叱り付けただけなのになんか高感度がめっちゃ上がったわ。

 いやいや、こいつの『あらぁ』はマイナス評価だ。

 うん。総合でちょっとプラスかな?

 でもドキドキが止まらんな。


「大変失礼を致しました……」


 彼は「申し訳ございません。私にはもう怒る資格さえないというのに、怒りで理性が飛んでしまいました」と泣きながら懺悔の言葉を続けた。


 彼は語る。


 自治を半分任せ、それにより何度も交わし履行された契約でハンナさんを信用してしまった事。


 妻と娘が攫われ捜索を『希望の光』に依頼したが『犯人の要望はかなりな希少品。準備をするのに時間が掛かる。その間に貴方が外に出て動いては、家族も貴方も危険すぎる。必ず捉え、無事に返すから一ヶ月間だけ待って欲しい』と言われいつもの様に契約書にサインをしてしまった事。


 その一ヶ月間に『希望の光』経由で領主の名前の依頼を出し、野良騎士を無駄死にさせた事。王都に救援要請を出し、王国騎士団を呼び寄せた事。


 彼女は実は皇国からの間者でこの町を陥れるために最初から画策していた事。


 そして彼は「はっきりとわかっている事はここまでです」と彼は一度話を止めた。

 

「恐らくは、王国騎士団が壊滅するほどの魔物を呼び寄せたのもこいつらではないかと……」


 うちの皆や、『おっさんの集い』の面々も凄い形相で彼女を睨んでいる。


「取り合えず、口を開かせてみましょうか。

 皆さん、剣を構えいつでも殺せるようにしてくださいな」


 皆至近距離で一斉に剣を向ける。

 お茶目なアディがプスリと剣先を刺した。彼女も知り合いだったし余計に許せない思いが強いのだろう。


「うぐぅっ……」


 彼女がうめき声を上げるが、誰も止めない。続いてアーロンさんが「ずるいぞ」とプスリ刺した。

 そして連鎖していく。

 何とか逃れようと暴れ続けるが、レナードが頭を強く踏みつけて抑えた。


 その様を見てヘレンズ子爵は嬉しいようにも悔しいようにも取れる凄い形相で、ギリギリと彼女を睨み続けている。


「とりあえず、一周したので一度止めなさい。後はこれの自白次第で再開します」


 そして、猿轡がコルトの手によって取られた。


「話す、全て話します。ですから、慈悲を、お慈悲を……」


 色々な所から血を滲ませ、縛られたまま土下座するハンナさん。元から知り合いなだけに俺も自然と表情を歪まされた。

 そんな中、エリザベスは毅然とした態度で彼女を見下ろす。


「ならば従順に、要らない情報までをも差し出してみなさい。

 その情報の正確さで待遇を考えてあげます」

「ど、どうかぁぁ、契約をぉ!

 契約を交わせば安心してすべてを明かせますからぁぁ!」


 泣き喚き、鼻を垂らしながらの懇願。


 うわぁ、初対面で凛々しい感じがあったから余計に気持ち悪い。

 俺って見る目ないなぁ。これがいい人だと思っていた事が恥かしい。


「これの要望だけは聞いてはなりません。

 この女は口八丁で人を騙し続けてきたのです。

 契約を交わすのであれば、ただ、真実を言わねば死ぬようにとお書きください!」


 ヘレンズ子爵の必死の叫びに、今度はハンナの表情が歪む。


「あらぁ~、お気持ちはだけはわかるわぁ~。

 けど、有益な情報をしっかり流してくれれば恩赦を与えるつもりなのよぉ?

 ふふ、私は実益を取る女なの。

 でもそうね。二人がそこまで言うのなら書きましょうか」


 一人上座にて座っていた彼女の前に、エマさんが魔紙とペンを差し出す。

 すらすらと古代語を書き、四枚の契約書を作成するとその一枚をハンナさんの前へと差し出した。


「これに名を連ねなさい」

「連ねる……?」

「ええ、二人でね?」


 再び書いたものの一枚を抜き取り、子爵にも渡した。

 その文が気になり、俺はちらりと覗きこんだ。


 エリザベス・アーレス・アイネアースが話を聞いて、有益だと思わなかったものは一ヶ月間地獄の苦しみを味わい、後に死す事を女神アプロディーナ様の名の元に承諾する。


 署名



 あらぁ~って言いたくなる様な文だった。実にエリザベスらしい一文だ。

 さてどうするのだろうかと見守る。


 すると、へレンズ子爵が「署名をさせて頂きます」と名を記し、その直後「私は無能です。どうか罰をお与えください」と再び頭を垂れた。


「あらぁ~、私が判断する事よぉ?

 ちゃーんとお話が有益だと思えば許しを与えてあげるわぁ~」


 エリザベスがそういうと、ハンナさんも意を決したように署名をした。


「ちゃんとお話します。すべて皇国の策略です。魔物を呼び寄せたのも、誘拐を企てたのも、ギルド乗っ取りも、野良騎士を騙したのも、すべて私は言われた通りに動いただけです。全部全部お話しますのでどうか、どうかご慈悲を……」

「当然よぉ~? それで、どこの領地なの?」


 そう問いかけるエリザベスの表情がすっと豹変して感情が読めなくなった。

 笑っているようで、何も感じて居らず相手すら見て居ないようにも見える顔に。

 そしてそのまま彼女への尋問を続ける。


「……サットーラです」

「そう、いい子ねぇ? それで、何時仕掛けるって?」

「来年の初めだと……」

「なるほどねぇ……お父様の暗殺もそこが?」

「いえ、そこまでは……」

「あらぁ~、私の聞きたい事に答えられないのかしらぁ~?」

「違います! あの、その、あっ、先を越されたと言って居たことを聞いたことがあります! だから兵を挙げられない様に、経済的な妨害をしていると……」

「それはどこの領地?」

「オルバンズです……」

「よく言えたわねぇ。

 じゃあ、最後にこの紙に署名したら慈悲を与えてあげるわ」


 その紙を渡された瞬間、彼女の動きが止まった。


「あら、早く書きなさいな。この場で嘘をついて居たら死ぬと書いただけでしょう。

 気が変わってしまうかもしれなくてよ?

 書かなければどちらにしても死ぬのよぉ。

 それとも今から本当の事を言えるのかしらぁ?」

「オルバンズです。すべては伯爵の計略です! 暗殺も、すべて!

 署名もします、しますから……」


 そう言って彼女は一目散に名前を書いた。


「もう、言いたい事はない?」

「指示を受けた事は全部伝えました。な、何でも、何でも聞いてください!」

「あらぁ~、聞かないと話せないなんて使えない子ねぇ?

 私、そんな子はいらないわぁ~」


「あぐっ、うああぁぁぁ、ぐあっ……あぐぅぅ」


 体中を掻き毟りながらのた打ち回るが、皆冷たい目線を向けて剣を降ろす様子がない。

 エリザベスが手をパンパンと叩き注目を集める。


「ほら、剣を納めなさい。殺してしまっては苦しむ時間を減らすだけよ? 出来るだけ慈悲の心を持ってたくさん苦しめるよう、泥水でもかけてあげるといいわ。

 ああ、本当に死なせてはダメよ?

 こいつは第一級犯罪者として王都に送らなきゃいけないから。

 必要があれば契約を解いてまた口を割らせる所から始めることも出来るしね」


 そう言って彼女はヘレンズ子爵に向き直る。


「今度は貴方ね。これ程に大きな話は私だけでは裁けないのだけど、聞いた話を纏めれば貴方の罪は命を奪うほどの事では無いように思えるわね。

 ただ、重いお咎めはあるでしょうけど」


 と、少し予想外の沙汰がくだされた。戦地に赴いていた面々は彼女の言葉に眉を顰める。

 けど俺にとっては好印象だ。

 無能が上に立つのは罪だというが、騙された結果で本人も命を捧げるほどに悔やんでいる所を見ると、どうにかして助けて上げられないのかと思ってしまう。


「な、何故、ですか? 私はこれ以上が無い程の失態を……」

「そうよ、大失態だわ。けど、裏切った訳じゃない。そうでしょう?

 これはもう既にティターン皇国が起した侵略戦争なの。

 そして貴方は無様にも契約で捕らえられ、その間領地をすき放題されてしまった。

 私の見解ではそう映ったのだけど……貴方はどう思う?」


 何故かエリザベスはその答えを俺に求めた。

 教科書を見て居ない状態でいきなり先生に指された気分だ。難易度高いって。

 だけど……そうだな……


「確かに情報を整理すると、敵国の計略に嵌まって自国にダメージを与えた、って言い方が一番しっくりくるな。

 長い間見抜けなかった落ち度は否めないが、手口の狡猾さや、一切関知していなかったところからから見るに情状酌量の余地はあるってところか?」

「……貴方、結構良い教育を受けているのね。その言葉使わせてもらうわ」

「ちょ、自分で考えなさい! 俺まで呼び出されるだろ!」


 その俺の主張に一瞬笑みを作るがすぐに改め、お外向きの顔でエマさんに「二人を連れてきなさい」と命じた。

「ハッ」と返事をして、彼女はヘレンズ子爵の妻と娘を連れてきた。


 彼は「おお……おぉ……」と咽び泣き、両手を広げると二人も抱きついた。

 お互いを確認し合うように名前を呼び合い存在を確かめ合っている。


「感動の再開の途中で悪いのだけど、これで話が終りではないの」


 エリザベスは「そのままでいいから聞きなさい」と言葉を続ける。


「私はこれから、このことを国に伝えることになるわ。けど先ほど言った様に私の見解で言葉を選び伝えます。

 それと、暫くは沙汰を下せる状態では無いので保留を願い出るつもりです。

 だからその間、貴方は街の建て直しに尽力しなさい。

 私に使える男だって証明し続けるの。その功績も助命嘆願の理由に連ねてあげる。

 だから死力を尽くしなさい。いいわね?」

「ああ……リアム様への贖罪の機会を与えてくださり、深く、深く感謝致します」


 エリザベスは満足そうに頷くと、さも何事も無かったかのように「さ、帰りましょ」といつもの笑顔を浮かべた。


 帰りは何事もなくうちまで戻ってきた。

 何故かおっさん達も一緒に付いて来て、何となくそのまま上げて居間にて全員が集まっている。

 座る場所もなく大半は立っているというのに。


 そんな中、エリザベスがどーんと中央に座り皆に向き直る。


「皆さん、本日は私の命を救って頂いたこと、深く感謝致します。

 この話は後に公にし褒賞を出して貰おうと思うのですが、こいつみたいにそんな事で呼び出すな、なんて思ってる人は居ないと思っていい?」

「おい馬鹿! んな事言ってねぇっての!

 お前らに権力使って付きまとうのを止めろって言ってるだけだろ!」 


 は、はははと乾いた笑いが周りから聴こえてくる。

 あれ? なんでそんな目で見てるの?


「いや、流石我らの救世主さまだな。権力にピクリともしない心を持っておられる」

「アーロンさん? 俺はビクビクしまくってるからここに逃げてきたんだけど?」

「主よ、本気で恐れている相手に馬鹿と言える者はそう居らんぞ?」


 あー、なんで変な視線向けられてるかやっとわかった。

 それもちゃんと理由があっての事だぜ?


「ああ、口の聞き方が悪いのはこいつがマゾだからだぜ?

 そう、俺は喜ばしてやってるんだよ!」


 い、痛っ! こらっ叩くな! 何すんだお前!

 あれ? 尋常じゃない殺気を感じる……何奴!?

 ってエマさん居たんだったぁぁぁ!!

 ヤバイヤバイ、フォロー入れないと殺される。あれは暗殺も辞さない目だ。


「ほ、ほら、でもさ、今日のエリザベスを見て、俺マジで尊敬したんだぜ?

 カッコ良くてすげぇ良い女だなぁって」

「ふぁっ? な、何よいきなり! どうせそこから落とすんでしょ? 止めてよ!」


 いや、落とす気ないし。これで話し終わりだけど?


「おいゴミムシ、どこを見てそう思ったのかしっかり言ってみなさい。

 その本気さで許すかどうか決めます」


 ハァ? あ、はい。言います。だから殺気出すの止めて。


「えっとだな。こいつ、実は怖がりなんだ。本当は戦うのも怖いし人も怖いんだ。

 けど責任感が強いから王女がそれじゃダメだって絶対に周りに見せないんだよ。

 そんな辛い思いして頑張ってる癖に、今度は国の為って奔走して傷つきながらも努力してて、もうまるで聖女の様だってちょっと見ててドキドキしました」


 さぁどうだ!? 一杯言ったから大丈夫だろ?

 おっ、エマさんのご機嫌がなおった。うんうんと頷いて満足気にしている。


「も、もうっ! 恥かしいこと言わないでよぉ!」


 沸騰しているのかな? と思うほどに羞恥で顔が染まっている。

 あまりな恥かしがり方に、こいつ褒められた事あんまりないんかな? と思いつつも、面白い顔なので笑ってみた。


「ははは、顔真っ赤だぞ。聖女さま!」

「う、うるさいわね、ばかぁぁぁ!」


 叫びながら二階へと駆け上がって行くエリザベス。その後をエマさんが追う。

 彼女が居なくなるといつもの場所に皆が座る。

 あれ? 普通お客さん優先では? と思ったが、リックとアイザックさんがいつの間にか椅子を用意してくれていて、彼らはもう座っていた。

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