第23話

 うちの皆と契約を越えた仲になって数日が経った。


 今ではとっくに『おっさんの集い』の治療も終わり、一般の患者を受け入れていた。

 とはいえ、全て口コミだ。

 治療時にどうしても必要としてる人、もしくは一ヶ月前の戦場で負傷した人に伝えてくれという言葉を付け足しているので、人が群がる様な事にはなっていない。

 それでも魔力が余るような事はなかった。待たせるのも一日程度で済んではいるが。


 そんな順調な経営状態が続いていたのだが問題も浮上した。


『何でもするから治療代を貸して欲しい』という人たちがかなり居たのだ。


 例えば、片手を失ったものの一応働けているが、その給金では本当に最低限のその日暮しが精一杯な人。


 働けず、人に世話になっている状態で流石にこれ以上出して貰う事はできない者。


 様々な理由の者が居たが、どれも納得できる理由だった。恐らく条件を守りそういう人にしか話を回さないでいてくれたのだろう。


 そういった人たちの事は、一先ずお金を払える人たちの治療が終わってから改めて考えると告げて連絡先だけ聞いて帰した。

 そして今、二日続けて魔力が余るようになったので、皆で会議しようと集まってもらった。


「とりあえず治してやる事は決めてるんだけど、その条件をどうするかを皆に考えて欲しいんだ」

「当然、対価は得るべきでしょう。

 無料で治療したという事を他に知られるのは大変宜しくありません」


 間髪居れずにアイザックさんが注意事項を皆に告げる。


「ならよぉ、また連帯署名にして魔術契約して働いて貰えばいいんじゃねぇか?

 魔紙の分の上乗せも酷い事にならねぇだろ?」


 まあ、妥当なところだなと一つ頷く。


「そうは言っても、元々職のないものには仕事を作ってやる事から始めなければなりませんよ……?

 最近騎士があまりダンジョンに行って居ないので街中の仕事がありませんから」


 ああ、確かにリックの言う通りだわ。働けって言っても職場は無いですじゃどうしようもない。


「荷運びとかでも使えない? 最近稼ぎになる所に皆、狩り行ってるだろ?」

「いえ、流石に自力で往復が出来る人材でなければあまり意味がありませんね」


 あー、それが出来るくらいなら治すだけで稼げるわけか。

 見回してみてもコルトの発言に異論は無い様子。


「商人組みの方で使いたいとかはない?

 無料で人手ゲット出来るチャンスだけど……」

「いえ、流石にまだ治療院の他に手を付けることもできていませんから……

 ここの人手は十分ですし、外の人間をここに置くのも憚られます」


 無料はダメだけど与える仕事はないか。正直俺としては適当に簡単な事をさせて終わりでいいんだけど、そうすると今度は金払った奴に悪いもんなぁ。


「主よ、給金を出し長期雇用にして人を育ててはどうじゃ?」


 ん? どういうこと?

 ああ、わかったぞ。


「ダンジョン訓練所の役割して最終的にピンはねすればいいって事か」

「うむ。その指南役すら治療したものを当てれば良い。指南を引き受けたものは一月で終わりにしてやっても、後は自立した稼動ができよう」


 流石ホセさん。年食ってるだけある。


「よし、それで行こう。実際、ピンはねなんてできなくてもいいんだ」

「お、お待ちください! 給金を出してはこちらがマイナスではないですか!」

「そこは未来への投資じゃな。主であれば、恩を感じ仕えるものもでよう?」


 いやいや、普通そんな風に思わないよ?

 多分君達、周りの空気に流されちゃっただけだからね。怒られそうだから口には出さないけど……

 あー、でも会社に忠実な人って日本でも結構多かったっぽいし、俺が会社のトップに居るんだから可能性はあるのか?


「まあ、そこまでの人数が居た訳じゃないし。

 もう一軒借りて、俺たちが取ってきた食料分けてやれば大した出費でもないだろ。

 いや、武器防具が痛いな。因みに、うちはどれくらい上がりが出てるの?」


 とアイザックさんに尋ねた。金は全て彼が管理している。

 俺が受け取ったのは、アーロンさんからのお礼分である金貨六枚と大銀貨八枚だけだ。律儀にも後からファイアーボールの分と金貨三枚を持って来てくれたのでその分増えている。


 なので今、手元にあるのは金貨十四枚とちょっと。他は彼が握っている。


「金貨三十二枚と大銀貨二枚になります。

 安心して使えるのは金貨二十二枚と大銀貨五枚、銀貨四枚です」

「皆の給料で大半が飛ぶって考えると迷うところだな。いや、稼ぎの割合考えれば全然余裕なんだけど……移動を考えてるんだし予測で大きな金は使えないよなぁ……」

「しっかり先を考えて下さっている様で安心しました」

 

 うん。それくらいはねー。


「因みに騎士って学校通ってない人はどうしたら登録できるの?

 あ、あと登録してなくても稼げる?」

「ダンジョンにて試験を行い、七階層で戦える事を示せば資格を得られます。

 当然ドロップ品関連は売れますが、人からの依頼全般を受けられません」


 僅かでもお金になるのが七階層からだしな。

 ふーん。

 五階層くらいの差があるって言ってたし王都の学校と難易度は一緒なのか。


「他に思いつかないし、武器だけ買い与えてその方向で進めてみるか。

 当然、本人が望めばだけど……」


 そうして連絡待ちの人たちを呼び込み、面接を行った。

 総勢十三名による合同面接。


 本人の意思が無ければ意味がないと彼らに質問を投げかける。


 近いうちに町を移動する事になってしまうが、武器は与えてやるから一階層から狩りを始め、討伐で稼いでみないかと。

 その間の生活は面倒見てやるから本気でやりたいって奴は希望してくれと。


 そこからアイザックさんによる、魔術契約の内容や生活支援の範囲などの説明がなされた。

 したらあら不思議、全員が即効で戦闘指南役として希望した。

 町を移動する事を渋るものが出るかと思ったのだが、そこに触れる者は居ないのか。

 そんな疑問を感じながらも話を進める。


「あれ? 君ら、体が治れば戦えるの?」と問えば。


「ええ、十階層以下であればですが。

 ただ、街中で働いて居た方が稼げたので装備は売ってしまいましたが……」

「この街では一先ず才能がある事を願い騎士を目指すのが普通ですから……」


 と返って来た。

 確かに男の子なら特別な力を一度は夢見てやるよな! と俺は共感してテンションが上がり声も会話も弾んでいく。


「なら余裕じゃん! 一先ず武器の金も生活の金も面倒見てやるから、ある程度稼げる十七階層目指して、出来る所からゆーっくり頑張ってみろよ。二ヶ月で一階層下がるとかでも全然いいからさ。

 何人かで組作って助け合えば余裕だろ? その間で怪我したら治療もただでやってやるし」


 うん。うちの従業員としてなら無料でも何の問題もない。


 表情が明るくなった彼らと詳細を詰めていく。

 一日の狩り時間を最低九時間と言えば青い顔をされてしまったが、急いで強くなるなら時間を延ばして安全にだ。難易度ばかりを上げれば死ぬだけだぞと脅しておいた。

 時間を減らして安全にじゃ時間が掛かりすぎるから許容できないと伝えた。

 拘束時間が九時間でお休みの日も作ったのだから問題ないはず。うちの皆はもっとやってるし。


 その他の事はほぼ質問すら出なかった。


 ありがたいと何度か呟く声が聴こえたので好待遇なのだろう。

 ちゃんと与えた金額以上の回収はさせて貰うんだけどな。


 そうして契約の意思があることを確認できたので連帯署名で魔術契約を結んだ。

 彼らには治療院に関わらせるつもりが無いので秘密云々は入れてない。

 即座に命を奪うものじゃなければ漏れる可能性もあるので最初から伝えないほうがいいという結論になった。相手にとってもその方が良いだろう。


 そうして一般のお客と同じように治療して、武器も望む種類の一番安いものを買い与えた。


「はは、新たな事業がいつの間にか始まってしまいましたな……」


 ああ、そうか。これは商売って事になるのか……


「ヤバイ、税金の事考えてなかった!」

「問題ありません。契約内容に入っております」


 リックがいい笑顔で俺の心配を即座に潰す。最後の方に領主に納める税も自己負担とすると書いてある。流石商人組みだ。良かった契約を任せて……


「ってそういえば、契約書どうやって作ったの?」

「えっ? アーロンさんの時もそうでしたが、普通に契約魔術師に頼みましたよ。

 あの時も、ただここで得た情報を承諾なしに他者に話すことを禁じて貰っただけですし、今回も書く事はほぼ金銭面のことだけでしたから」


 あー、そうか。そうすれば俺の名前入れなくていいのか。レナードが路地裏で言ってたのは回復した奴らを見られたらそこから俺だとバレるからか?


「なぁ、パーティーでどのくらいの階層まで行ければ東部森林で戦えるんだ?」


 皆流石にわからんらしいが、ホセさんはあたりが付くのか一人顔を上げた。


「どうじゃろうな……

 最低でも、ソロで二十階層を越えて居らねばサポートとしてでも話しにならん。

 出来れば三十層まで行ける者ならよいのじゃが……この町だとわしとアンドリューとあやつの所の副団長、あとは領主が抱えとる剣客くらいじゃろうな」


 あれ? ソロの話しなんだ?

 パーティー組んでる人って少ないの?


「ずっと組むってのはあまり聞きませんね。稼げる階層に合わせてパーティーを組んで慣れてくると段々とそこでソロ活動になっていくんですよ。

 次のおいしい狩場に行ける実力が付くまでやって、そこからまた探す感じですね」


 コルト曰く、若手は組む相手を選べるほどの稼ぎが上がらないのだそうだ。宿を取るどころかその日の食費で精一杯なのだとか。


 何故一人の方がいいんだろうかと聞いた瞬間は首を傾げたが、全員前衛だしパーティーを組むメリットが少ないのかもな。


 てか、強化魔法系はないのか?

 学校の予定表にもそれらしい名前は無かったからないのかもな。


 となると、本当にメリットが少ないな。魔法職は回数制限が酷そうだし。

 大量に来た時に安全にやれたり、普段も抱える魔物が少なくて済むから楽なくらいか。


「まあ、それでもうちは基本パーティー推奨だけどな。誰かが敵集めて巻き込まれる可能性だってあるし、稼ぎは殲滅速度と狩り時間で勝負だ」

「ああ、俺もカイトさんの手伝いして思ったぜ。強くなるならこっちの方が絶対に早いってな」


 レナードは自分の時と比べて尋常じゃない成長速度にびっくりしたそうだ。

 頑張って一年掛かったのを数日で終わらされて思い知らされたと言って居た。


「俺も一年くらい掛かりましたよ。騎士になるまで……無理して上に行ってはおっかなびっくりやってましたから、あれと比べられないのは当然ですが」


 真面目なコルトもそう言うのだからやっぱりこの考えが正しいようだ。

 まあ、異常に早いのは姫プレイのお陰だけど。


「王国騎士団の副団長は集めて範囲スキルで一層するのが一番早いって言ってたけどな。怪我もするらしいから、あまり推奨したくないけど……」

「こっちじゃそりゃ止めた方がいいぜ。見つかったら捕まっちまう」

「うむ。自分どころか他者をも殺すかも知れん行為じゃからな。やらん方がええ。

 受け持てるからとて集めるすぎるのもグレーゾーンじゃぞ?」


 マジかよ。そういう事先に言って! 大事になる前に知れて良かった。


「あぁ、だから王国の騎士団はダンジョンに鍵掛けて独占してんのか」と呟けば周りの皆も納得していた。

 あん時は俺の話じゃなくてアレクの安全の話だったから説明が半端だったのかも。

 五階層を越えるなって口酸っぱく言ってた理由もそこか!

 ……安全と言えば皆にもレベリングをガッツリやって貰いたいところだな。


「皆、うちに居る間は稼ぎより強くなるほうを優先してくれよな」

「それはもうやってるって。全部面倒見てもらってんだから、今までより断然金が残るしな。そろそろ呑み歩いても大丈夫になってきたくらいだぜ?」


 あそっか。宿代とかもないんだもんな。飯はアリーヤさんが皆の分作ってくれてるし。


「そりゃ良い話だけど、お金使うのはもうちょっと待ったほうが良いんじゃない?

 そろそろ街中の怪我人の治療は終わった頃だろ?」


 そう尋ね見回してみれば、自信を持って頷くものや、ハッとしているものもいる。

 驚いたものもそろそろ移動の時が近づいてきているのだと気が付いたことだろう。


「もう一回話を回してその治療が終われば、移動しちゃっても良いんじゃないかと思うんだけど、どうかな……?」

「あるじ、済まぬがそれに関して話があるんじゃ……」


 顎鬚を弄り、言い辛そうにするホセさん。気にせず言ってくれと話を聞かせてもらう。


「わしは『おっさんの集い』同様に素直に出しては貰えんじゃろ? 

 残って主に情報を届ける役目をするか迷っててな。

 面は割れてないんじゃ。いざという時、強制されることも無いからの」


 力なく笑うホセさんに間髪要れず言葉を返す。当然却下だ。


「ダメダメダメ! 仲間を危険な場所に一人残す様な真似はできません!

 それするくらいなら、王都に戻って話し付けに行くわ!」


 そんな時、玄関のドアノッカーを叩くノック音が聴こえた。


「おかしいですね。

 もう話が付いている相手の治療は全て終わっているのですが……」


 そう、うちは今口コミだけでやっている。大々的に話を回せば、絶対に『希望の光』にはバレるからだ。だから、アポイントメントがあるお客だけを相手にしている。

 戦場に出ていた野良騎士たちで連絡が付く相手は終わっているはずなのだ。

 彼らの間で緊張が走る。


「まあ多分、アーロンさんとかだろ。一番、面が割れてない俺が出てみるわ」


 そう、俺が一番人と接触していない。接触した人の大半は契約で縛ってある。


「お待ちください。わざわざカイト様が出なくとも……」

「まあ、大丈夫そうならすぐ対応変わってもらうからさ」


 そう言って立ち上がると、いつの間にかフルプレートメイルを着込んだホセさんが後ろを付いて来た。

 いらんと言いたいところだが、おっさん連中だろうし居ても平気だろ。


 と、玄関の戸を開けた……


「あらぁ~、やっぱり貴方なのぉ? お久しぶりね?」


 バタンと扉を閉じる。


「主、知り合いか?」

「うん? 一応ね?」


『あらぁ~、遠路はるばる来たというのに、なんのつもりかしらぁ~』


 やっべ、マジやっべ!

 なんでこいつが居るんだよ!


 俺は再び戸を開ける勇気が中々持てず、玄関の戸を握り締めたまま固まった。



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