第22話

 次の日、アーロンさんに話を付けて、患者に目隠しをさせた状態で回復魔法の実験台に使わせて貰う事になった。


 俺の魔力的に今日最後の一人だろうと思われるところで実験をスタートした。


 今、契約を結んでいるアーロンさん立会いの元、回復魔法習得が授業が行われている。


「はい次!」と古代語の文字を見せ、詠唱の意味を教えながら、習得した三名を除いて全員が患者に向って手を伸ばしている状態だ。


「『ヒール』」

「癒し、とこの古代文字を思い浮かべてそこで魔力放出!」


 そこで皆の手が淡く光り、薄緑色に変わり患者へと移る。


「回復自体は成功だな。腕も結構再生されてるね。

 今度は個別にやって効果の程を計ろう」


 そしてアディも混ぜて一人一人、行って貰う。そして適正が判明した。アリーヤさん、アディ、ソフィちゃんが皆と比べれば効果が高い。

 けど、十回唱えても俺の無詠唱にも及ばない感じだな。


「うーん、一応適正がある人も居たけど、そうでもないかな?」

「ちょ、ちょっと待ってください。これはどういう事です?

 本当は仕上げの確認だったので?」


 と、声を上げたのはアーロンさん。何かぼけっとしてるなと思えば放心していたらしい。

 何が聞きたいのかと問えば「一杯ありますよぉ」と返って来た。面倒だからまとめてお願いと告げつつ彼の話を聞く。


「習得速度が速すぎる。本当に今日からなんですか?

 それに彼らの適正は凄いものですよ?

 ヒールは普通、気休めの僅かに癒す魔法です。目に見えて再生するなど……」

「あー、それ今の実験でわかった事なんですけど、詠唱の意味間違ってたんですよ。

 あと習得に時間が掛かるのも認識に間違いがあるからです。あぁ、それに字もちょっと形がおかしいからかも……

 必要なのは詠唱、古代語とその意味、魔力だけです」

「あの、私も今の説明で試していいですか?」


「いいですよ」と応えて同じ様に文字を見せつつ彼の一言一言に意味を添えていく。

 アーロンさんもアリーヤさんくらいには適正があったようだ。いや、レベル差の問題かも知れないが目に見える程度には回復した。完治には遠く及ばないが。


「じゃ、実験は終わりなので回復しちゃいますね。『ヒール』」


 いつもの様に黒いもやが緑色の光に変わり、一瞬で完治へと持っていく。

 リックが「完治しましたのでこのまま移動します、お手を」と患者の移動をアシストして退室していった。


 何? なんでジッと見てるの?


「いや、何度見てもありえねぇって思ってるだけだ。無詠唱とはいえ早すぎだろ。

 カイトさんはもうちょっと自分の異常性を認識した方がいいぜ?

 それ聞かれた方がびっくりするわ」

「いや、いい加減慣れようぜ? 何度目だよ!」


「そりゃそうなんだけどよ」と言いながらも納得の行かない顔のレナード。


「あのう、その習得方法を買わせて頂けないでしょうか? 団員に是非教えてやりたいのです」

「え? 別にもうわかってるから買う必要ないじゃん。ああ、契約があるからか。

 いいですよ。ハイこれ。好きに覚えさせちゃってくださいな」


 そう言ってアーロンさんに俺お手製の教材を渡した。


「え? お値段の方は……」

「ええぇ……レナード回復魔法習得っていくら掛かるの?」


 と問えば「俺の時は金貨三枚取られたな」と返事が来たので「じゃあ、金貨三枚で」とオウム返しに請求した。


 アイザックさんから「それはいくら何でも安すぎます」と怒られたが、考えて欲しいと前置きして安さの理由を明かした。


「俺は、この町が潰れるのは困る。だから全員癒してから移動するって言ったろ?

 これを広めるのは俺の仕事を減らす事にもなるし、お前らを避難させられる日が早まる事にもなるんだぞ?」

「大変有難くはあるのですが、何故そこまでしてこの町を……?」


 アーロンさんのその言葉に全員の視線がこちらを向いた。


「そりゃ、王国騎士団に恩があることが一つ。

 親友が王国騎士を目指してるから、これ以上被害を出させたくないことが一つ。

 エリザベスとも約束しちゃってるんだよな。ピンチの時は力になってやるって……

 んで、今はうちの従業員の命が掛かってる。

 先ずは態勢を整えてもらう事が最優先だ。

 安くするのは俺にとっては当然の事なんだよ」


 彼の疑問を払拭してやれば「はっはっは、こりゃ参りましたな……」とおでこをペチペチと抑えた。

 イケメンがやっても似合わんな。


「もう『おっさんの集い』を解散させてあなたの傘下に入りたいくらいですわ」

「ちょっと! ギルマスがそんな事言っちゃダメでしょ。何言ってんの!

 ほら、ファイアーボールも付けてあげるから、早く帰って教えてあげて。

 俺は仕事終わらせて早くダンジョンに遊びに行きたいんだから」


 頭にクエスチョンマークを浮かべるアーロンさんに古代語で書かれたファイアーボールの詠唱の横に、共通語で意味を付けてもらってぽいっと渡してほらほらと外に出した。


「ふぅ。いきなり変な事言うから焦ったわ」

「あの、カイトさま……」

「どうしたのソフィちゃん」

「こんなにして貰って……私、重荷になってはいませんか?」


 うるうるとした目で見上げる超絶美少女。


 ちょ! まっ、待って! 泣くの反則!


 回復はしたけど、他は自分のためにって今言ったつもりだけど?

 てか重荷って……めっちゃ軽いよ? 持った事ないけど。ああ、持ってみよう。

 そう思ってソフィちゃんをお姫様抱っこで抱き上げた。


「うん。軽い軽い。一生持っていられるくらいだ」

「ちょっとカイトくん!! だからそういうのは――――――――」


 ん? なんで止めたの?


「わ、私も重荷になってはいませんか?」


 ん? なんで口調変えたの?

 いや……して欲しい事はわかるけどさ、二人同時には持てないよ?


「ちょっと待って。もうちょっとこの感触を……グハッ」


 そう告げれば、俺はソフィちゃんを抱えながら、膝から崩れ落ちる事になった。

 アディのローキック、恐るべし……めっちゃ痛てぇ。


「もうっ! カイトくんの馬鹿ぁぁ!」


 ダッダッダと部屋を飛び出し、二階に上がっていく音がした。


「さっそく喰らったな。気持ちはどうだ?」


 ソフィちゃんを抱きかかえて床に一緒に寝てる俺を、レナードがニヤ付いた笑みを浮かべて見下ろす。


「まあ、これも悪くない」だってソフィーちゃんを抱きかかえて横になってるもの。

 なにやら横になった事で、ギュッと抱きしめられたもの。

 一緒に寝てるみたいで最高だぜ?


「ほうほう。じゃあ今度は私が蹴ってあげよっか?」

「いや、蹴られたことに言ったんじゃねぇよ!?」


 エメリーの言葉に驚きながら返せば、アリーアさんやサラちゃんがなにやらホッとしていた。 


「なぁ、カイトさん。予想外の切り替えしされて、俺を蹴っていいみたいな状況をどうにかしてくれ、って言えなくなっちゃったんだけど……」

「そっかぁ。見下してなければそれも叶ったかもなぁ……」


「そんなぁ」と嘆くレナードと会話していれば、サラちゃんが「そろそろ退こうよ」とソフィちゃんに言った事で幸せタイムは終わってしまった。

 仕方ないと階段を駆け上がり、アディの私室をノックして扉が開いた瞬間に抱き上げて連れ戻し、彼女の定位置となった俺の隣に座らせた。

 そこはベットでアディ、俺、ソフィちゃんでいつもは座っているのだが、逆隣にはサラちゃんが座った。


 なにやらモジモジしている。俺は隣に座るとこういう事をされちゃうのだぞとアディ同様に肩を抱き寄せた。

 そのまましな垂れかかってくるサラちゃん。

 おかしいな。皆まったく抵抗しないどころか受け入れている節がある。


 あれっ……?


 俺、この前決意しなかったっけ?

 こういう事は止めて今は好感度上げることに尽力するって……

 こんなことをしていたら、きっとそのうち見限られるよな。一ヵ月後再雇用とか言っても断られるんじゃ……


「や、ヤバイ。どうしよ?」

「ど、どうしたんですか、カイト様」


 驚いた様にコルトが問い掛けた。


「雇い主の言葉に拒否はしづらいから、過度の接触は控えようと思ってたのに最近止まれない。どうしたらいい?」

「いや、もう好きにすればいいんじゃないかと……」


 ヤバイ、コルトにも突き放された。マジで考え直せ俺!

 ぐぬぬと決死の思いで二人を離した。


「俺、ちょっと出かけてくる」と部屋を飛び出し「ちょっと! どこ行くんですか!?」とコルトの問い掛ける声も無視して走り去った。


 俺の頭の中は、好感度を上げねばという事で一杯だった。

 じゃなければ、一ヵ月後、他の町に言った時に解散となってしまうかもしれない。

 そう思って武器屋に入り、親父さんに尋ねた。

 きっとこの前一杯買ったらから応えてくれるだろう。


「なあ親父さん、女物の香水と高級石鹸売ってる店教えてくれ!」

「ああん? おめぇ……ああ、この前の坊主か。どうしたんだ?」


 やはり気前良く色々買ったから、話くらいは聞いてくれそうだ。

 彼に思いの丈を爆発させ、従業員を労わねばならんのだと説明し、金は掛かってもいいから良い店を教えてくれと頼み込んだ。

 ついでに安い剣も三本購入した。護衛の皆が武器を持てるように。


「ほぉ、良い心がけだ。いいだろう。貴族様が行く様な店を教えてやる。

 ここらから、北に向ってな、突き当りを右だ。それから――――――――」


 お礼を告げて即効でその店へと走った。


 着いて見れば、確かに門構えから綺麗な店だ。期待できると中に入り、店員の説明を聞きながら吟味していく。

 一人一人合いそうな香りの香水を選び、石鹸の方も一番高級なのを購入した。

 金貨三枚飛んでしまったが、最近稼いだ額を考えれば余裕だろう。

 

 これできっと大丈夫。ダメなら次は服でも買いにくればいい。そう考えて急いで家へと戻った。


 そのまま玄関を駆け上がりそうになったが、おっとっとと足を止める。


 そうだ、雇用者として余裕のある装いで行かなきゃな。さっきはちょっと走ってしまったが、不安が爆発してしまったのだから仕方が無い。

 だが、それを常としてはいけないだろう。

 普段は冷静に、と買った剣を置きゆっくり部屋へと戻る。


「悪いな。ちょっと必要な物を思いついて出てきた」

「ほう、なにやら手に持っているが、それがそうなのかの?」


 お、言い出しやすくなった。助かるよホセさん。


「ああ、そうなんだ。これなんだけど」と買ったものを出していく。


「この小さな箱は一体……」


 コルト達は首を傾げたが、リックやアイザックさんは何かわかっているみたいだ。


「これは石鹸だ。皆にまだ身の回りのものを買う給金も出せてないだろ?

 だから、稼ぎも出たし皆にプレゼントしようと買ってきたんだ」

「しかし、これは随分と高級なものを……

 商売をする身ですから大変重宝するものですが、宜しいのですか?」

「勿論。回復で稼げる事もわかったし、ちょっとくらい出費できる心の余裕が出来たから、良ければ使って欲しい」


 そう言って一人一人手渡した。


「それと、男性陣には悪いんだけど、女性陣にはもう一つあるんだ」 


 あいたテーブルに香水の瓶を並べて彼女達の様子を伺う。

 興味深々になんだろうかと眺めている。


「こ、これもお高い。本当に宜しかったので?」


 流石アイザックさんだ。リックさんは物が何かわかっても値段まではわからない様子。

 わざわざ言うものでもないと一人一人選んだ香水を渡した。


「一応、俺が合うだろうなと思ったのを選んだんだけど、気に入らなかったら飾りにでもしてくれ」

「カイトさん、俺は夜の店でいいぜ。てか一緒に行こうぜ! グハッ!!」


 心なしかいつもより容赦の無い蹴りが舞い、地に伏せるレナード。

 お前……空気読めよ! 俺でもわかるレベルだぞ!


「ただの従業員に贈るには過分じゃのう。ふむ、自分のものだという証かの?」

「じゅ、従業員だからですよ!?」


 ちょっと、ストレート過ぎ。そこまで思ってません! フライングだよホセさん。

 あと、全員分の武器も用意したからと告げればエメリーが嬉しそうに声を上げていた。


「えーと……仕事終わりで丁度良い事ですし、折角ですから皆でこれを使わせて頂きましょうか」


 アイザックさんがそういうと、男どもを連れ添って退室していく。

 リックが良く分かっていないソーヤを連れて、ぞろぞろと出て行った。


 おおう。気を使われてしまった。

 別にそこまでのことじゃないんだけど……


 これ、俺はどうしたらいいのと内心焦りながら「どうかな?」と笑みを送った。


 するとアリーヤさんが俺の前に立ち、騎士の様に跪いた。


「最初から思っていたことですが、カイト様からも必要として頂けているのであれば願いしたい事がございます。

 私、アリーヤはカイト様に一生の忠誠を誓います。

 ですから、願わくば傍らでカイト様にお仕えする事をお許しください」


 そのアリーヤさんの振る舞いを見て、ソフィちゃんやサラちゃんがそれに続く。


「わ、私も正式にカイト様の騎士になりたいです。傍に置いてください!」

「同じく、カイト様に仕えたく思います。どうか、私を受け取ってください」


 そしてエメリーまでもが神妙な面持ちで膝をついた。

 

「貴方を主と定め、我が命と剣を捧げる。この命、主様の為に……」


 待て。何故皆してそっちの方向へ進む。

 俺はイチャラブがしたいのだが……

 これ、どうすればいいのとアディに視線を送れば彼女は溜息を吐いて立ち上がる。

 うん、ちょっと皆を止めてあげて?


「カイトくんの敵は私が討つわ。だから私の事もちゃんと傍においてね?

 えっと……我が命と剣を捧げる。この命、カイト様の為に……」


 ええぇ……アディなら止めてくれると思ったのに……


 いや待てよ、これは良い事なのでは?

 アリーヤさんなんて一生って言ってくれてるし、ずっと居てくれるって事だろ?

 うん。折角だし受けておくべきだろうな。


「こんな俺で良ければ、これからも一緒に居て欲しい。

 今まで通り、仲良くやっていこう」


 そう返せば彼女達は嬉しそうにこちらを見上げた。

 俺に跪いた五人の美女の上目遣いとか、ヤバイな。

 けど、悪い事してるような気がしてくるなこれ。


 ほら、もう立ってと告げようと思えば、その瞬間ドアの向こうからレナードの声が聴こえてきた。


『大丈夫だって。さすがに昼真っからあの人数とおっぱじめたりできねぇって。

 考えてもみろ、相手はあのブスどもだぞ? しかもあいつ童貞なんだぜ?』


 カッチーン。


「……皆、蹴りの準備はいいかな?」


 そう問えば彼女達は見上げたまま怒気を抑え、神妙に頷く。

 こちらも彼女達の決意に満ちた目に頷き返し、戸が開かれた瞬間、第一回目の命令を下した。


「やってしまえ!」

「「「ハッ!」」」


「バッ、やめっ、うぉぉ!! やり過ぎっ! やり過ぎっ! カイトさーーん」


 そして、この家にレナードの叫び声が木霊した。



 五人の女性に囲まれ、思い思いに蹴られ続けるレナードが動かなくなった頃、さっぱりした顔の男連中が部屋に続々と入って来た。


 丁度いいと、ホセさんに問い掛ける。


「彼女達の忠誠を受け取ったんだけど、これってどういう意味があるの?

 勝手に命賭けられちゃ困るから、聞いておきたいんだけど……」

「ふむ、先を越されてしまったのう。ギルド立ち上げの時に希望者を募ろうかと思っていたのじゃが……」


 え? ギルドって決定事項なの?

 いや、この集まり気に入ってるから別にいいけど。

 そっちより答えを教えて欲しいんだけど……と先ほどの儀式の様なものの意味を聞かせて貰った。


「なんて事は無い。ただ、命を賭して守る存在と定めたという事じゃ。

 命令をせなんだら、お主の命が脅かされん限り勝手に死ぬ様な事も許されん」


 ゆ、許されんって……いや、都合が良いんだけどさ。

 なんか重いね? 


「はっはっは、お主が主君ならば重くはないわい。これほど安心して仕えられる相手はそうは居らぬ。

 わしはもう老いぼれじゃが、それでも良ければ受けて貰えんかの?」


 ホセさんの言葉にコルトも「俺もお願いします」と続き、他の面々も希望した。

 それはもう何故か騎士ではないアイザックさんやリックもだ。レナード以外は全員になってしまった。


 こいつ……動かないけど大丈夫かな? 一応回復してやるか?


「『ヒール』」


 もう一緒に暮らしている間柄なのだし、これから一緒にやって行くのは勿論構わないんだけど……


 あっ、レナードが起きた。


 彼は周りを見回している。そして女性陣から距離を取った。


 てか、ガチで気を失っていたのか!?

 蹴りが本気すぎる。恐ろしいなあの子達……


 しかし、忠誠を受け取る、か……

 普通に仲間としてでいいんだけどな……責任取れないし。


「俺みたいな子供にそんな事言っちゃっていいの?」という疑問と「そこまでする程の事してないけど……」という疑問が強く過ぎり口に出た。


「なぁに、何も怯える事はない。

 ただ、共に生きて行きたいと思わせる相手だっただけのことよ。

 理由の大小は問題ではないのじゃ」


 ホセさんの言葉で大きな不安を感じて居た事を知り、払拭までして貰えた。

 一緒にやって行きたいと意思表明されただけだとわかり「そっか。なら俺も喜んで受け取るよ」と皆の言葉を受け取った。


 まあ、皆がこれからもサポートしてくれるみたいで良かった。


 そんな感想を抱き、俺はソーヤとソフィ、護衛にホセさんを連れてダンジョンへと赴いた。

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