第15話

 さて、先ずは宿だろうと、ハンナさんにお勧めの宿を聞いた。

 親切にも案内までしてくれて、そこで漸く強い安心感を覚えた。


 これで取り合えず王都からの逃走は成ったと。


 アリスちゃんとの学校生活は捨て難かったが、あのままじゃ絶対へんないざこざに巻き込まれただろう。

 弱いままの俺がそんな中に身を置き続けたら高い確立で死んでいたと今でも思う。


 いや、それよりも今はここでの生活だ。先ずは稼がないと。

 流石に宿暮らしじゃ一年も持たないだろ。

 仮にダンジョンがダメだとすると、本当に回復で食っていくしかねぇんだし。


 流石にそうなったら難易度低い所へ移動するけど、それだって金が掛かるしな。


 けどまあそこまでの心配はいらないだろ。

 ハンナさん曰く、立て札立てるだけで客が来るらしいし。


 しかし、回復しすぎる所は隠したい。あと魔力の色も。

 どうやったらいいかな。まずは同業者の仕事を見てみたいところだ。

 取り合えず、買い食いでもしながら散策するか。


 そうして散策を始めたのだが、すぐに困ったことになった。店があっても文字が読めないから入っていいもんだかもわからん。

 外見で分かる所はいいんだが、入る時には勇気がいるなこれ……


 まあ、問題になる事はないだろうが、飲食店とかだったら覗いて出るのとかなんか気まずい。女性服とか売ってる場所だったらもっとだな。


 ここは誰かに聞こう、と思うのだが目的があって歩いている人たちばかりだ。

 暇そうにしている人は居ないものかと何も出来ないままに辺りをふらつく。


 そして最終的に目に付いたのは路地裏にいる浮浪者達だ。

 あいつらなら聞ける。情報料も易いだろ。そう思って近づいたのだが……


 何だこれは……


 奥の方までずっと少し汚れた服を着た人たちが寝転んでいる。

 見れば全員が体のどこか一部を欠損していた。


「……なんだよ、ガキ。見て楽しいのか?」


 荒んだ目の男がこちらを睨み問いかける。彼は片足を根元の部分から失っている。


「これは、月の雫が規制されたからですか……?」


 情報料金は払いますと告げて問いかけた。その言葉に顔を顰めたものの、彼は答えてくれた。


「数人はちげぇやつも居る。俺はその口だがな……けど、規制が解かれるまでには金もなくなってるだろうから晴れて俺も物乞いのお仲間入りだ」

「もし体が治るのなら、俺の仕事の手伝いをしてくれたりします?」


 彼は咄嗟に体を起して這い寄り「まさか、持ってるのかよ!?」と張り詰めた表情で見上げる。


「えーと、そこはまだ秘密です。仕事は秘密厳守ですが、合法的で安全なものです」


 その言葉に「やる! 何でもする!」と即答したので彼に肩をかして人目の着かない所に移動した。

 我、女神アプロディーナ様の加護を賜りし者なり。

 我にお力の一端を貸し与え給え。聖なる癒しを


「『ヒール』」


 さて、何処まで治るだろうかと見てみれば、膝の部分まで回復した。

 今度は詠唱を入れる。


「我、女神アプロディーナ様の加護を賜りし者なり。

 我にお力の一端を貸し与え給え。聖なる癒しを『ヒール』」


 すると、彼の素足が一瞬で現れた。一体どういう原理だよと突っ込みたくなるが、凄い能力だと高揚感も覚える。


「こんな感じで俺は触媒がいらないんです。

 これ、バレたら身の危険を感じるんで、約束をしっかり守って欲しいんですよ」

「す、すげぇ。マジでか……

 それで、それはわかったが、俺は何をさせられるんだ?」


 不安そうに問いかけるが「約束通りできる限りの事はする」と言ってくれた。


「これを商売にしたいんですけど、触媒がいらない事はバレたくないんです。

 そこから一緒に考えてくれません?」


 なんて苦笑いで問いかけてみれば、彼は「そんな事だけでいいのか?」と問う。

 どうやら、危ないことをやらされると思っていたようだ。


「ああ、戦えるなら、ダンジョンの一階層とかでサポートしてくれたらとかも思っていますけど、どっちかでいいですよ。

 えっと、期間を一週間にしましょう。その間色々手伝ってください」

「はぁ? 本当に一階層でいいのか。そんくらいどこのダンジョンだって余裕だぞ」


 おっ、これでダンジョン生活が確保されそうだ。


「あ、自己紹介まだでしたね。俺はカイトっていいます」

「ああ、俺はレナードだ。あんたは雇い主だ。敬語はいい。普通に呼び捨ててくれ」


 そうして彼の服を買い、身奇麗にして美味しい飲食店を教えてもらい、同じ宿をとった。

 自分の服は流石に出してもらったが、一週間の宿はこっちが持つことにした。

 一応少しは持ってるらしいが、その後の事もある。そこは温存した方がいいだろうと気を利かせたのだ。


 その晩、レナードと色々話し合ったのだが、どうやら俺は色々迂闊らしい。


 まず、契約で縛らないうちから回復した事がありえないらしいのだ。

 本当に無理を言われたら逃げようと思っていたと告白された。


 次に、あの路地裏に力が無いのに入って来たことだ。

 あそこはもう後が無い人間しか居ない。何をしてでも金を得ようと思っている奴の巣窟なのだからと。


 そして最後に、秘密にしたいなら俺に見せるべきじゃなかったと彼は言った。


 次からはそういう感じで! なんて返せば「いや、軽いな!」と突っ込みを受けたが、それらアドバイスから彼が本当に真面目にやってくれるつもりがある事がわかって一安心だ。


 そして話は雑談に変わり、彼がソロの野良騎士をやってきたことや、俺がここに来た理由などを話した。


「なるほどな。カイトさんの気持ちはわかるぜ。少なくともここではそれで正解だ。

 話が広まれば、利用しようとする奴が群がってくるに違いない」

「周りにいる人たちは善人だったから、離れ難かったんだけどね……

 そんな訳で、心機一転稼ぎに来た訳。ちゃんと儲かれば給金も出すから」


 だから、今の感じで真剣にお願いと頼んだ。


「ああ、任せてくれと言いたい所だが、ダンジョンならまだしも商売は専門外だ。

 今度は契約でしばってもう一人仲間に入れないか? いや、嫌ならいいんだが」

「構わないけど、当てはあるの?」


 そう聞けば「俺はこの町で育ったんだぜ」とドヤ顔で胸を張る。


「ぶっちゃけ、バレなければあそこの人全員無料で直してもいいんだけどね」


「えっ!?」と、口をポカンと空けて動きを止めるレナード。どうかしたのと問いかければ、彼は佇まいを直して深く頭を下げた。


「さっきの言葉が本心なら、他の奴も頼む。連帯の署名にすれば魔紙も一枚で事足りる。高いのはそれくらいだからさ」

「あー、問題が一つある。一日に回復出来る人数は多分多くないよ?

 自分でもまだ把握してないけど、加護を得たばかりなんだよね」


 レナードは「それで一階層なのか」と納得していた。だがそれも問題ないらしい。

 契約の言葉を少し弄れば済むと。


「ただ、問題は契約魔術師に秘密がバレかねない事だ。文面は自分達で作れても、古代文字がわからねぇ。流石にあの中に契約魔術師は居ないんだよな」

「ああ、そこは大丈夫。俺が書けるから。

 逆に言葉選びができないから考えてくれるなら問題ない」

「へぇ、流石士官学校のエリート様だな」


 なんかこういう予定を立てるのは悪巧みでもしてるみたいな感じで楽しいな。そう呟けば彼も「なんかわかるわ」と返し、出会って草々だがまるで同年代みたいな気安い空気になっていた。


 ある程度話が尽きてきた頃、別室にて眠りにつき夜が明けた。

 彼は目が覚めたときには部屋の椅子に座っていて「いや、久々に布団で寝たわ」と屈託の無い笑顔で出迎えてきた。


 これが女の子なら……あっ!


「ねぇ、もしかして、今回の人の中に女の子もいる?」 

「居るには居るが……その顔を見るに、やりてぇんだな?」


 ど、どうしてわかった……


 俺は驚愕に目を見開いて固まる。それを見たレナードはクククと笑い「顔に出てるって」と返された。


「女の子ってのは一人だけだな。二十代なら数人居るけどよ。

 どれも微妙な見た目のしかいねぇからカイトさんくらい甲斐性ある奴にゃ微妙かもな。あと気性が荒い。近寄っただけで剣向けてきて焦ったわ」


 彼は「悪い事はいわねぇ。やりてぇなら店行った方が良い」と〆た。

 だがそうじゃないんだ。イチャラブがしたいんだと返したのだが、それもしてくれると返って来て言葉を失う。

 ああ、それなら……と男心がくすぐられたが頭を振って思い直す。


 だって俺、聞いたことあるもん。お店は終わったあと虚しくなるって。


 そんな馬鹿話を続けながら魔道具店へと行き、魔紙とペンを買った。

 魔紙の方が少し……いや、かなり高い。この紙一枚で大銀貨一枚だ。


 今回必要なのはわかるが、頻繁には使えないな。ペンは安かったのに。


 そして二人で契約書の作成をした。


 カイト・サオトメ及び、署名者は下記の契約を遵守する事を女神アプロディーナに誓う。


 カイト・サオトメは、下記の項目を遵守する者に、署名時に本人が治ったと認めるまで魔力が続く限り回復魔法を掛ける事とする。

 なお、カイト・サオトメの魔力が足りなくなった場合は次の日に持ち越す。


 条件項目


 カイト・サオトメが不利益を被る、もしくは秘密だと言われた情報の流出を禁じる。

 カイト・サオトメの経営する治療院、もしくはダンジョン探索の手伝いをする。(どちらかで構わない)

 上記の理由で回復魔法を受けた際、治っているのに認めない行為を禁じる。

 上記の期限を一ヶ月と定めるが、情報の流出に関しては一生のものとする。


 署名者は名を連ねた瞬間から、これらに違反した場合、カイト・サオトメの許しを得ない限り、身を刻まれる痛みを受け続けることを誓うものとする。


 署名



「レナード書けたよ」

「間違いはないか? これ間違うと自分も恐ろしい目にあうぞ?」

「いや、間違いはないけど問題ないよ? 俺が許せば済むんでしょ?」

「あっ……これじゃ悪徳商法じゃねぇか! もう書いちまったってのに……」


「大丈夫。俺は破らないよ」と告げたがそういう問題じゃないと返された。

 うん。考えてみればそうだね。


「まあこっちが有利な契約は当たり前か。説明で嘘を吐かなければ問題はないな。

 じゃあ、早速話しに行こうぜ。

 治った俺が居るんだからそこを嘘だと思う奴はいないだろうしな」

「はいよぉ。けど、彼らの衣食住はどうしよう。

 食事くらいならまだしも、全員の宿代出すってってのはなぁ……」

「カイトさんは結構アホだな。そんなの普通出さねぇぞ?」


 あ、こいつアホって言いやがった……地味にショック。


「けど女性も居るんだろ? 俺の精神衛生上宜しくないんだわ。

 そこもなんかいい方法ないかねぇ……」

「そこら辺の知恵も出させればいいさ。商売やってた奴も居るし、俺らが考えるより早いって」


 ああ、なるほど。そりゃいいね。

 裏切らない部下が一杯できる感じだもんな。一ヶ月間だけだけど。

 滞在期限も一ヶ月だし丁度いい。


 路地裏に着き「さあ、レナード説明任せた」と言えば、彼は弾んだ声で「おう、任せろ」と前に出た。


「お前ら、俺の脚を見ろ。チャンスが巡ってきたぜ。

 契約すればやり直せる。話を聞きたい奴は這ってでも集まれ」


 彼は失った方の片足を叩き、ちゃんとある事を示した。


「今から契約内容を説明する。当然、相手に有利な契約になっているが無理な話じゃねぇ。しっかりと聞いて自分で判断して受ける奴は署名しろ。代筆はやってくれる」


 そうして契約書を開いて見せれば「私に読ませて頂けますか」と中年の男が手を伸ばした。


「ああ、当然構わない。隠すつもりはないからな。読んでやってくれ」


 そう言って中年の男に契約書を渡した。彼は端の方をつまんで持ちゆっくりと読み上げた。

 そして最後まで読み終わると、レナードに多くの質問が飛んだ。

 彼は一つ一つ答えていく。


「ダンジョンは一階層からだ。初心者の手伝いを一ヶ月行うと考えればいいだろう。

 治療院の事はこれからだ。だが、それの手伝いで今以上の無理が生じることなんて俺は想像が付かないな。

 後は依頼主が有利な理由だが、許しを与えるのがこちら側だからだ。自分で自分を許せちまう。だが、俺の脚が治って居ることから嘘じゃ無い事はわかるだろ?

 あと、これを行う理由だが、それは秘匿項目に触れるから今は言えねえ。以上だ」


 レナードが言葉を〆れば、契約するという言葉が飛び交った。 

 だが、契約書を読んだ男は迷っている。


「アイザックさんは契約しないのか?」

「どうにも商売柄疑い深くてね。

 いや、騙されてこうなったからかな。契約書名前を書くことが怖いのだよ。

 もう一度聞いていいかい? 本当に、これは履行されるのかい?」

「さあな。ただ、俺は契約も無しに直して貰えたぜ。

 隠したほうがいい内容だから契約を使うべきだと言ったのも俺だ。

 それでも断るなら仕方ねぇな」


 レナードは挑戦的な目を向けて、どうするんだと問いかける。

 アイザックと呼ばれた中年男は「いや、お願いするよ」と頭を下げた。


 そして、一人一人名前を聞いて代わりに書き込んでいく。書き込んだあと、指を置いて誓うと告げていった。

 こんなの脅されたりして無理やり従わされる奴一杯居るんじゃ……なんて思ったが、これは本人の契約したいという意思が無いと言葉だけでは発動しないらしい。

 だから書いてある言葉で相手が契約したいと思うことだけが重要なのだとレナードが言っていた。 


 契約が終わり、俺が回復魔法を掛ける番になった。ここに居る人たちは全員契約する事になり、凄く小さな文字で名前を書くことになったが、何とか書き込んである。

 当然女性も居る。

 契約内容が仕事をすることなので変な事は出来ないのだけど、それでも女性が居てくれるっていいよね。と心の中で一人ごちる。


「さて、一日目は何人回復出来るかな。先ずは怖がってたアイザックさんから行こうか。皆さん、輪になって外から見えないように隠して貰えます?」


 そう言って頼めば、這って動きながらも近づいてアイザックさんを隠した。


「我、女神アプロディーナ様の加護を賜りし者なり。

 我にお力の一端を貸し与え給え。聖なる癒しを『ヒール』」

「「「お、おおぉぉ!!」」」


 ちょ、静かに!


 感激に声を抑えられないといった面持ちで声を上げたり、目を潤ませた彼ら。

 まだそれは自分の番になるまで取っておきなよと思いつつ、次の人を指定する。

 次は女性だ。ウルウルとした目でずっとこっちを見ているので、いたたまれなくて彼女に決めた。


「我、女神アプロディーナ様の加護を賜りし者なり。

 我にお力の一端を貸し与え給え。聖なる癒しを『ヒール』」

「あ、ああ、ありがとうございます……」


 次は男性だと適当に指定して回復したのだが、そこで魔力が底を突きそうなのを感じた。


「今日はこれが限界っぽいな。

 もう一回唱えたら倒れそう。ああ、もどかしい。ダンジョン行きたい」


 やっぱりこんなもんか。けど、回復量がチートなだけでも十分ありがたいよな。

 しかし、三人だけだと結構掛かるなぁ。えっと、四十三人だったか?


「わかるか? これが秘密にしたい理由とダンジョンが一階層からの理由だ。

 まだの奴も、嘘はねぇからあと数日は黙って我慢しろ。

 希望ができたんだ。昨日よりずっといいだろ?」


 彼がそう〆てくれたお陰か、不満は出なかった。皆柔らかい表情に変わり、思い思いに雑談を始めた。

 そして治療した人たちと一先ず移動する。彼らは一切のお金を持って居ないので、仕方がないと服と食事代は俺が出した。 

 そして、宿の部屋へと移動する。新しく部屋は取っていない。男女で分かれればいいだろ。宿の人数制限は四人までみたいだし。

 ベットは二つなのにな。家族を考慮してるのか? 


 そんな事をぶつぶつと呟いていたからか、皆の視線がこちらを向いていた。

 いや、別に重い内容なんて考えてないよ?


「大丈夫だ。どうせこいつの考え事は詰まらないことだ」

「あっ! そういう事言うの? いいよ? キミはクビだ。何処にでも行くがいい」

「いやいや、それじゃ俺得しちゃうぜ? 契約すらしてないのによ」


 レナードがそう言うと、彼らが目を剥いた。

 あれ? さっきこいつ言わなかったっけ?


「そんなに言うなら仕方ないから置いてやる。これからは雇い主を馬鹿にしない様に」


 俺は、レナードに笑いながら注意して話しの本題に入った。

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