第14話


 荷造りを終えて宿舎を出た俺は、サンティアゴ商会へと足を運んだ。

 当然、他の町へ移動をする為にだ。


 アレクに今日はダンジョンに行くから休むと嘘をついてしまった事が気がかりだが、一応書置きも残してきたし、すまんが勘弁してくれと心の中で誤りつつ、町を歩く。


 そして商会へと到着した。

 王国騎士団宿舎と同等に大きな建物に入り、受付にて街を移動したいんだけどと伝えてみれば……


「隣町でしたら、食事込みで大銀貨二枚となります。ウォルソルなら野営は必要ありませんので大銀貨一枚と銀貨二枚となりますが、どちらをお求めでしょうか?」


 そう問われたので、あえて東部森林の手前の町と告げた。

 当然、チャレンジするつもりなんてない。ならば何故そこに行くのか。

 それは月の雫無しで回復が出来るという俺の唯一の能力である回復魔法を活かす為だ。

 即効で荒稼ぎして危なくなる前に逃げようと思っている。

 回復できれば戦線復帰できる人たちも出るだろうし、国の為にもなるだろう。


 王国騎士団が大規模な討伐をしてまだ数日だ。

 流石に今は安全だろうという目算もある。


「となるとへレンズですね。丁度、今日立つ便があります。

 ですが今そこは危険指定区域ですので、料金の方が大銀貨五枚とかなり割高になってしまいますが……」


 顔色を伺うように問いかける受付穣。余り可愛くはない。大手の受付なのだからきっとこの世界の基準では美女なのだろうが。


 大銀貨五枚か。一ヶ月分のお給料の半分ほどの料金だ。大量に運ばれる荷物の一つと考えればかなり高い。

 だが、そんな状態なればこそ稼げるだろうと意を決してお願いする。


「お願いします。支払いは今ですか? それとも、現地で?」

「はい、こちらでお願いします。割符をお渡ししますので、そちらを裏の広場で荷作りして居る者達に見せてください」


 そうすれば彼らはわかると言って、お金と交換で歪な形の板を貰った。

 それを持って裏手に回る。着いてみれば駐車場みたいに荷車がならんでいて、言って居た通り荷物をチェックして居るおじさんが数人居た。


「あのう、すみません……」

「なんだ、仕事中だぞ。ガキが邪魔すんじゃねぇ」


「いや、客なんですけど……」と割符を差し出した。


「は、ははは、これは失礼を。近所の子供だと思ってしまったもので……」


 彼は割符を確認すると、驚いた様子を見せた。そもそも今日は危険区域に行くので子供が客のはずがないと思ったようだ。

 心なしか、他の者達もピリピリした空気を纏っている。


「お昼前には出る予定ですが、準備はもうできていますか?」

「はい、これだけです。食事は出して貰えるんですよね?」


 そう問いかければ彼は笑顔で「ええ、勿論です。料金に含まれていますから」と答えた。


「では、あなたの席はあそことなります。荷物はそれくらいなら手持ちでも構いませんが、他の方に迷惑が掛かる行為だけは厳禁ですので注意してください」


 車内では武器の手入れとかも厳禁だと言う商人の男。刃物を不用意に抜くなということだろう。即座に了承の意を示した。


「では、三の刻くらいにはここに居てください。流石に四の刻を過ぎても居なければ出立します。その場合お金も帰って来ませんからね」


 注意事項を受けてその場を離れた。

 三の刻ならもう少しだ。アレクが学校へ行くのを見送り、飯を食って荷造りしたらもう九時になりそうだったからな。

 商会でも時計があったし、それを確認しに行くかと足を運べば、あと三十分程度で十時だった。

 これならどこかに行く時間はないとぽつぽつと置いてある商品の方に目を通す。


 だが、文字が読めないので何が置いてあるのかがわからなかった。買うつもりが無いのに聞くのは気が引けて、本当にぼぉっと見てるだけの時間を過ごす。


 時間になり再び裏手に行けば人がぞろぞろと集まってきているのが見受けられた。

 これぞ冒険者と思えるような出で立ちの五人組。荷車前で腕まくりして居る男たち、乗客であろう荷物を持った者達。様々な人種が居る。


 俺は、荷物を抱えて指定された自分の席に座る。

 荷物と言っても、替えの服と剣あとはお金くらいなので、不都合は一切無い。


 逆にそんな荷物で大丈夫かと自分に問いたくなるが、お金はあるのだから大丈夫だろう。

 そう、自分を勇気付けていると隣の席に女性が座った。

 と言っても若くはない。三十後半はいってそうな感じだ。


「あら、随分若そうな旅人さんね。

 こんな時ですしへレンズにはお帰りになるのかしら?」


 何この振る舞い、やばい。めっちゃたおやか……


 なんて気品のある女性なのだろうか。この人が女王になったほうがいいんじゃね?

 そんな不敬な事を考えながら返答する。


「いえ、回復魔法を習得できたので、皆の役に立てればと。

 お金稼ぎのつもりでもありますが……」

「まぁ……」


 え? なんでそこで止まる……ダメなの?


「な、なにか問題が……?」

「いいえ、いいえ。あなたをヘレンズに歓迎致しますわ。

 今、月の雫が買えない事はご存知でしょう? 怪我人が多くてどうにもならない状態なの」


 あれ……なに、歓迎するって……その権限があるみたいに言うのね。

 また俺、偉い人と知り合っちゃった系?

 いや、街全体が必要としているからの言い回しかな?


「そ、そうですか。それは稼げそうですね」

「ええ! 回復しますと立て札を立てて立っていれば、沢山人が寄ってきますとも」

「習得したばかりで加護も少ない身ですから、余り期待はしないでくださいね?」


 そんな風に余り好感を持てない返し方を選んだのだが、彼女のトークは止まらなかった。


 まったく、どこの誰さんだよ……と戦々恐々としていたのだが、彼女は大手ギルドの経理をしているらしい。

 聞けば、王都に来たのも回復魔法を使える人材を派遣して欲しいと要請する為だった。


 なんだ、下町側の人間じゃないか。しかもそれで大手ならコネとして大歓迎だぜ。

 そう思ってそこからは俺も普通に言葉を返した。


 そうして道中、彼女からヘレンズの現状を教えて貰った。


 現在、東部森林は立ち入り禁止状態で一切触れて居ないというのに、町は怪我人に溢れ、ダンジョン討伐さえ碌にこなせない状態だそうだ。


 主力は完全な状態でいるのだが、東部森林からの襲撃を考えれば、ダンジョンに赴く事はできない。

 今までは討伐をこなせていたので、町の近場のダンジョンから魔物が溢れるなんて事は無いが、物資の方が不足して値の高騰が始まってしまったそうだ。


 まだ東部森林の魔物が降りてきて三週間。

 今からこれでは、これから先どうなるのかと気が気じゃないらしい。


 中々にグッジョブなチョイスをしたようだけど、実質三週間も経ってたんだ?

 俺が行ったら町が襲撃されたりとかしないよな?

 あっ! やべぇ、その前に下手したら帰らせて貰えなくなるんじゃね?


 こりゃ、顔が売れないようにこそこそと立ち回った方がいいな。


「あの、俺、本当に魔力量が少ないんで秘密にしてくださいね?

 人が一杯来られても困っちゃうんで……」

「わかったわ。じゃあ困った時はギルド『希望の光』に来なさい。

 私が居る時なら、相談に乗ってあげられるから」


 そう言って彼女は名前を教えてくれた。

 彼女の名前はハンナ。

 王国最強と言われているギルド『希望の光』のマネージャーをしているようだ。

 それが彼女の誇りのようで、ギルドマスターのアンドリューを紹介してあげられるかもしれないわと自慢げに言って居た。


 正直、ランカーとかに興味はない。だって俺は無関係なほどに雑魚だもの。

 何年かしてもし強くなってたら会ってやってもいい。そんな感じだ。

 俺の目的はこの世界の可愛くない子を集めてきゃっきゃうふふをすることだ。

 そう、手が出せないし責任が付いてくる王女とかではなく。


 しかし、女性も居るのにトイレとかどうしているのだろうかと、ハンナさんを観察していたら、休憩で荷車を止めた時にさっと茂みに入り姿を消したことで理解した。


 なるほど。何で視界の悪い場所でなんて思ったが、毎回そう言う場所を選んで休憩しているのだろうな。

 俺もトイレとか言って着いていったら怒られるだろうか?

 いや、ハンナさんには流石にやらんが。


 そんな出来もしない事を考えてニヤニヤしていれば、ハンナさんが戻ってきた瞬間、軽装備の五人組が剣を抜いて広がった。


 え? 何事!?


「ここらへんなら問題はありませんが、一箇所には集まって居てくださいね。

 流石に手が回りませんので……」


 指示の通り、人の集まった場所へと移動して彼らを見据える。

 差して間をおかず出てきたのは目玉からまるで髪の毛の様に蛇が生えた様な魔物だった。


 うっわ。きもっ。


「ちっ、異常種だ。即殺するぞ! 突っ込めぇ!」


 なにやら焦っている様子。これは強い魔物なのだろうか。異常種と言って居たから珍しい系の魔物なのだとは思うが……


「ア……アア゛……ア゛ァァァ」


 え? あれどうやって声だしてんの? 馬鹿じゃん。っと思っているときだった。

 目玉が爆発した。


 ――――はぁ?


 彼らの一人がいざ攻撃しようと突っ込んだ所だった。

 まだ、攻撃が当たってすらいない。なんだよこの初見殺し、ふざけんなよ……


 もし自分だったらと思うとぞっとする。ありえねぇだろ。生物として。


 これ、突っ込んだ人やばいんじゃねぇのと目を向ければ、や無茶しやがってと言いたくなるポーズで倒れている。ピクリとも動かない。


 どうしよう、回復した方がいいかな?


 そう思って立ち上がったが、彼らも回復が出来る人材を持ち合わせている様子。

 一人が手を翳し詠唱を行っている。

 それを見てよかったと再び腰を落とす。


 そして目覚めない彼を荷車に乗せて何事も無かったかのように再び移動する。


 俺はハンナさんに尋ねた。

 こんな事が頻繁にあるのかと。


「いいえ、私の経験では今ので五回に一回と言った所かしら。

 まあ私は運が悪いのでしょうね。もう少し確立は低いと思うわ。

 それにあんなふざけた攻撃をする魔物は初めてよ。ヘレンズでも聞いたこともないわ。それが王都周辺で出るなんて……最近ちょっとおかしいわね……」


 彼女は帰って纏めなきゃと言い、紙に何かを書いている。


 そして日が落ちる頃には移動を止め簡素な食事が終わると、最初の夜が来た。

 夜中、ハンナさんが寝ているところを乗り越えて、護衛の人たちが居る場所へと移動する。


「どうかしましたか?」


 そっと行ったのだが、近づく前から気付かれていた様だ。振り返らないままに問いかけられた。


「ええと、昼間に怪我した人目覚めました?」

「……いや、まだだが」


 野次馬だと思われたのだろうか、振り返るとこちらをギロリと睨む。彼が指揮していたのだし、精神的にキツイ状態なのだろう。


「俺も回復魔法が使えます。寝る前に魔力が尽きるまで『ヒール』を唱えさせて下さい」

「な、なにっ!? 済まない、是非頼む」


 ええ、わかりましたと彼に答え、一人木陰に寝かされている彼の所へ向う。

 掛けられた布に手を入れて、詠唱を行う。

 

「我、女神アプロディーナ様の加護を賜りし者なり。

 我にお力の一端を貸し与え給え。聖なる癒しを『ヒール』ヒール、ヒール」


 俺はエコーの様に無意味な言葉を繰り返した。布に手を入れたとき、疑う様な視線を向けられたが、布越しにも癒しの光が見えたことと、離した手に何も持って居ないことが見えたのだろう。

 彼は「ありがとう、向こうに着いたら礼はする」と軽く頭を下げた。その時、治療した彼の目が開いた。


「あ゛っ!? なんで夜!? やべ、仕事がっ!!」

「ノーラン!! 体は大丈夫か? 町まで持ちそうか!?」

「へぇっ!? 体? いや、なんともないが?」


 よかった。問題なさそうだと、人力車の中に戻る。

 そっと再びハンナさんを乗り越えて自分の席に戻ろうと思ったのだが、その途中彼女が目を開けた。


「い、いや、これは違いますよ。その小用に行った帰りなだけで……」

「あらあら。それは残念だわ。あなたは優しい子なのね。うふふ、おやすみなさい」


 むぅ、バレていたみたいだ。まあ彼女は知っているのだから素直に言っても良かったか、なんて思いながら眠りに着いた。


 次の日、回復魔法を掛けたノーランという男が車内に入って来た。


「おい坊主。なぁ、おい!」


 人目を忍ぶように小声で声を掛けるが、車内なのだから丸聞こえだ。


「はい?」と返事をすれば「いくらだ?」と聞かれた。

 そこで彼の小声の理由を理解した。仲間に聞かれたくないのだろうと。

 だが仕事とはいえ、命を賭けて守ってくれたのだからお金を求めるつもりは無い。


「寝る前の要らない魔力だったので今回は無料でいいですよ?」

「本当にいいんか? 何度も掛けてくれたんだろ? 今あっちじゃ高いんだぜ?」


 と言いながらも必死な問いかけ。

 少し笑ってしまいながらも「因みにあっちではいくらなんですか? その情報で手を打ちます」と返した。


「一回銀貨八枚だ。まあ多少名の売れた治療師は、だがな。

 名が売れてなくても銀貨五枚は取る。最低三回以上は掛けてくれて凄い効果だったと聞いていたから焦ったぜ。

 折角割りの良い仕事を貰ったのに、今回の金がほとんど飛ぶかと思ったわ」


 彼は再び「ありがとな」と声を掛けて護衛任務へと戻って行く。

 確かに高いな。ヒールなんて何度も使えるもんだろうし、一日二回かければ十日で一か月分の給料になるのか。


 あっ、けど俺一日何回使えるんだ? 二回目でぶっ倒れたりしないよな……?

 まあいいか。どっちにしても余裕でやっていけるだろ、仮に一回でも。

 相手さえ見つかれば数秒の仕事で後は自由になる様なもんだ。時間効率は最高にいい訳だし。


 勿論ダンジョンにも行くつもりだしな。


 あれ? そういえば俺まだ一般人なんだよな。ダンジョンは入れるのか?

 あぶねぇ。今のうちにハンナさんに聞いておこう。ひっ捕らえろなんて言われちまったら目も当てられないし。


「ハンナさん、ダンジョンって一般人も入れます?」

「えっ? そんなのあぶないわ。経験がないのなら止めておきなさい」

「あ、経験はありますよ。難易度の低い所で三階層までですけど……」


 彼女はジッとこっちを見て何か考えている。どうしたんだろうと首を傾げた。


「そうねぇ。王都のダンジョンでやって居たのなら……

 でもそこの五階層から始まるくらいに思っておいた方がいいわ。

 少なくとも最初から一人で行くのは止めておきなさい」


 人を雇う手もあるのだからと彼女は続けた。

 なるほど。もう無双は当分無理か。


 五階層ていうと……ステラが道知ってたから出会わなかったし全然わからんが、アプラとか言ってたな。

 4階もモルモーンだったし、一個上と考えればそこまで脅威には感じないな。


「じゃああとでノーランさんに頼んでみようかな。割り安で案内してくれそうだし」

「ふふ、そうね。それがいいわ」


 彼女はその言葉に安心したのか表情が柔らかくなった。しかし凛とした人だなぁ。

 少し見すぎたのか、どうかしたのと問いかけられたりしつつも雑談を続けた。


 そして、二日の旅も無事に終え、とうとうヘレンズの町へと辿り着いた。


 滞在日数の事で市民権を買うか旅行者として数日の滞在をするか少し迷ったが、あとからの申請でも変えられると聞き、旅行者の最大日数でお願いしますと告げた。


 どうやら、ただの観光では一ヶ月が限界らしいが取りあえずはそれで十分だ。それくらい居れば、そこからどうするかが決めやすいだろう。


 ここは初めて見た町だから強く印象に残っていた。王都と比べ、石材より木材のが多く使われていて田舎町といった面持ちだ。


 暖かい印象もあれば、古びた感じもある。通り抜けたときには目に付かなかった路地裏を見れば、浮浪者の様な者達が大勢寝転がっていた。

 少し治安に不安を感じるな。


 まあ、それもこれもこの町を体験してみてだ。ここをホームに決めた訳でも無い。

 そう考えて居れば、賑やかな繁華街に出た。

 車内から賑わっている様を見て『こんな空気の場所もちゃんとあるんだな』とほっと一息。


「ほら、あそこが私たち『希望の光』のホームよ」


 彼女の指した先をみれば、王都の物と比べて遜色ない立派な建物が立っていた。


「流石、王国屈指のギルドですね」なんて返せば彼女もご満悦な顔をしていた。

 そうして話して居れば、人力車が止まった。

 とうとう目的地に着いたみたいだ。


「お疲れ様でした。またのご利用をお待ちしております」と商人の偉い人っぽい男が営業スマイルを作り軽く頭を下げた。

 続々と利用者が降りて行き、荷物の受け渡しも終わると早々に別の場所へと姿を消した。

 今度は商売用の積荷を売りに行ったのだろうか?

 そんな事を思いつつも、背筋を伸ばし、やっと着いたと息を吐いた。

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