第13話

 目が覚めれば、また学校の保健室で目が覚めた。

 ベットの横には三人の王女が椅子に座りこちらを眺めている。何故増えた!?

 壁際にも人が立っているな。あれは、エリザベスの従者のエマさんだったか?

 周囲の確認が終わり、こちらを見る少女たちに声を掛けた。


「えっと、おはよう?」

「お体は大丈夫ですか? ステラが勘違いして申し訳ありません」

「安心しなさい。あの子はお姉さまの後始末でダンジョンに向かわせたわ。

 けどあなた……お姉様に何をしたの?」


 アリスちゃんの謝罪に声を返す間もなく、エリザベスがソフィアの変化を感じ取ったのか、じっと疑う様な目を向けている。

 当の本人は「一杯、抱きしめてくれたの」といきなり爆弾発言を投げた。


 ちょ、おま、そう言う発言止めろよ。俺の命が危なくなるだろ。


「お姉様が無理やり抱き付いていただけではありませんか!」

「ああ……そういう事。

 カイト、お姉様だけは止めておきなさい。戦争に利用されて死ぬだけよ。

 もしあれなら、私がかまってあげるから……」


 彼女の言葉にソフィアは「いいえ、もう戦争なんて起す気は無いの。だから止める理由もないわ」とが晴れやかな顔で言った。

 その言葉にアリスちゃんは感激して「お姉様、やっと……目を覚まされたのですね」とソフィアの手を取った。


 おお、ちょっとくらい効果があれば何て思ってガッツリ言ったが、完璧じゃんか。

 もう、これで思い残す事はないな。早々にバックレよう。

 自由に適当に馬鹿やって楽しく暮らしたいのが俺の望みだし。


「じゃ、長居してもあれだから俺は帰るわ」


 そう言ってベットから降りようとしたらエリザベスから待ったが掛かった。


「ダメよ。あなたはこれから私と二人きりで話し合いをするの。

 嘘ついたわよね? 折角黙っててあげたのに……」


 エリザベスが有無を言わさぬ威圧感を出した。帰らせてはくれない様子。


「それこそダメ。この方は私と一緒になる人なのですから自重して頂戴」

「「お、お姉様!?」」


 はぁ? いやいや、そんな話は聞いてない。


「待て待て。俺はただの平民だ。そもそも重い役職に付くつもりはない。

 国の王女ってだけでもう重くて無理だわ、マジで」

「えぇぇ、カ、カイト様ぁ……邪魔じゃないって仰られたのに……」

「え? あ、いやっ……アリスちゃんはいいの! ね? お友達だし?」


 にょきっと口を尖らせるアリスちゃん。「その口はチューしてって事かな?」なんて冗談で言えば『ダメに決まってるでしょ!!』と二人の王女にステレオチックに怒られた。


「もういいわ。ここでいいから聞かせなさい。あなた、本当に何者なの。

 力が無いなんて言っておきながら、触媒無しにエクスヒールを使ったんでしょ?」

「何者って言われたってなぁ……

 お前達の知らない国から来ただけの戦ったこともない普通の男だぞ?」


「そんな訳ないでしょ!」と聞く耳を持たないエリザベス。

 だが、アリスちゃんとソフィアは違った。


「頭から疑うのは良くないわ。隠していたとは限らないでしょ」

「ではカイトさん自身、身に覚えがない力という事ですか?」

「そうそう! マジでそれ!

 知ってるだろ? 魔道具起動で即魔力が尽きるほど雑魚なの……」 


 もう流石にそれくらいは大丈夫になっているだろうけど、と付け足しながらも嘘じゃないと表明すればエリザベスも納得してくれた。


「そう、わかったわ。それでいいからあなた、私のパートナーになりなさい」


 突如、彼女の言い出した言葉に、どうしてそうなると一同が首を傾げた。

 当然俺の答えは決まっている。


「断る!」

「何でよ!」


 いやいや、普通嫌じゃん。


「私が可愛くないからダメなの?」

「いやいや、可愛いって言ったろ? 馬鹿なの?」

「なっ! じゃあ何でよ!」

「当たり前でしょう? この人には私を支えるという役目があるのだから」


 ヒートアップするエリザベス。意味のわからない事を言うソフィア。

 どうにかしてよとアリスちゃんに視線を向けた。


「ええ、わかっています」


 ホント? さっきはわかってなかったよ?

 突如ソフィアを叱り出した時を思い出したが、今度こそはと彼女を見つめる。


「カイトさんは王女はお嫌だと、重い役職はダメだと仰いました」


 そうそう! 流石アリスちゃん!


「でも、私は例外だと、ずっと私の笑顔を守っていたいと仰ってくれました。

 どういう事だかわかりますね?」


 え? いや、言ったけどどういうこと?

 首を傾げ、二人はわかったのと顔色を伺えば、なにやら不満そうにしている。


「あなた、本当にアリスを娶るつもりなの?」


 はぁ? いや、無理じゃん。何度身分が違うからと言えばいいの?


「そんな事、言ってないだろ。何度も言うが、俺は平民! 一般ピーポー!

 野良騎士になって自由に暮らすの!」


 ピーポー? と一度は首を傾げたが、彼女たちの言葉攻めは止まらない。


「野良騎士なんてダメよ! せめて近衛騎士にしなさい!」

「いいえ、このまま私の専属護衛になるべきよ」

「お姉様方、いい加減にしてください! 専属護衛なんてダメです!

 カイトさんは私と一緒に学園生活を送るんですから!」


 あるぇぇ……? 俺の望みを考慮する発言が一切出ないんですがそれは……


「まあとにかく、この国には居るつもりだし国がピンチになれば俺にできる協力はするからさ。

 だから――――『ほ、本当? ホントに本当?』」


 いや、ちょっとは話し聞いて。止めないで!

 ここから帰りたいに繋がるんだから。

 そう言いたいが、とても真剣な様子のエリザベス。仕方がないと言葉を返す。


「ああ。今のところ回復しか出来ないけどな。

 そのとき強くなってれば守ってやるし、怪我したら回復もしてやるから……」


 だから、帰らせてよ――――そう言うつもりだったのだが、突如エリザベスに抱きつかれた。

 アリスちゃんとソフィアも目を剥き「エリザベス!」「エリザベスお姉様!」と責める様に名前を呼んだが、彼女が震えている事で勢いが止まる。


「絶対よ!? 絶対に守ってよ!? 私、まだ死にたくない。死にたくないの!」


「はぁ? いや、お前ら好きで戦ってんだろ?」

 と、抱きつかれて驚きながらも強く思った事が口に出た。


「私は違うの……私はお父様にお願いされたことを頑張ってるだけ……」


 そして、彼女は過去の思い出を語った。 


 父親との剣の稽古で才能を褒められた事。この力で国を守ると約束した事。

 だが、彼女にとって魔物との戦いは、怖くつらいものだった。


 それでも父の約束をと我慢して続けていれば、戦姫だともてはやされて逃げ場を失った。

 それでもまだ時間はあると何とか平静を保った。


 だが先日、王国騎士団が壊滅した。

 いつ自分が矢面に立たなければならないのかわからない。

 戦姫なんて言われていても、自分は人より少し戦える程度だ。それでも兵士にはなんとか勝てる程度だと。


 知識としては知っている。指導者が前に立てば共に戦う者達の力になると。

 父との約束もある。

 民の期待にだってできるならば応えたい。


 だから求められれば、自分は何時死地に行かなければならなくなるかわからない。


 それは彼女にとって夜も寝れない程の恐怖だったと語る。


「あなたがそんな風に感じてたなんて、知らなかったわ……」


 ソフィアが放心した面持ちで呟く。

 確かに気が付かないだろうな。だってこいつ、すっごい自然な振る舞いしてたし。

 話を聞いて居たアリスちゃんも辛そうだ。


 考えてみれば、確かにそりゃ辛いな。

 だけど、心苦しくとも言っておかなければならない事がある。


「エリザベス、今の俺は弱い。だから助けにはならない。

 怖いならお前は戦場に出るな」

「――っ!? けど、それじゃ約束が……」


 あー、偉大なる王の残した言葉って重いんだな。

 余りに律儀に守ろうとするエリザベスを見て深く思った。


 それは違うんじゃないの? と強く思うけど、俺が偉そうにそんなこと言ってもいいのだろうか……

 ソフィアの時は戦争起されたら困るし、どうせ逃げるし、って……あれ?

 そっか、逃げるならいいや。ソフィアの時も上手くいったし、論破してやる。


 そう決断し、エリザベスの両肩を掴み少し引き離し見詰める。


「アホ! お前らはやりすぎなんだよ。

 王女なんだから『兵士の皆さん頑張ってください』っていうだけで良いんだよ!

 国の象徴になだけで十分なの! 戦姫に送り出して貰ったってだけで良いの!

 親父さんだって死地に向えなんて意味で言ってねぇよ? 言う訳ないだろうが!

 約束の意味を履き違えてるだけだ!! この馬鹿!!」


 彼女の好きな怒鳴り声をチョイスして、できるだけ威圧的に言い放った。

 壁に立っていたエマさんの目がギロリとこちらに向く。

 やばい、あれは殺意の籠もった目だ……

 誰か助けて! オーディエンス!


「……アリスちゃんとソフィアもそう思うだろ?」


 俺は、続きを彼女達に投げた。


「そうね。今ならわかるわ。

 間違いなくお父様なら止めたでしょう。あなたのことも、私のことも。

 そもそもダンジョンに入る事すら拒んだかも……」

「ええ。今の状態でもエリザベスお姉様を本物の戦場に出すなんてありえませんわ」


 だろ? 普通親なら危ない所行くんじゃありません! って言うよな?

 今すぐにでも人手が欲しいはずのルンベルトさんだってアレクを殴ってまで止めてるんだぞ?

 そんな事を考えつつも、感情が高ぶり過ぎたのか、泣きながら縮こまってしまったエリザベスを完全に引き離してベットから降りて立ち上がる。


「まあさ、姉妹で良く話し合って考えてみろよ。

 ソフィアが頭を使って国の為に動いて、エリザベスは学生達の育成でもサポートして、アリスちゃんは……その……可愛くしていればいいよ」

「カ、カイトさん……!?」


 いや、ごめん。言う言葉がなかった。


「そんな訳で俺は帰るから」と引き止める声を無視して全力疾走で退散する。

 捉えようとしたのかエマさんがものすっごい勢いで出てきたが、姫の護衛が居なくなるからだろうか部屋の中と思わず足を止めた俺を交互に見て、殺意を向けながら戻って行った。


 やっべぇ、めっちゃこえぇ……マジで逃げよ。


 そう決意を新たにして宿舎へと駆け込む。

 割と長い時間気を失っていたようだ。陰の二の刻を半分過ぎていた。

 飯あるのかな? なんて不安に思いながら食堂へと赴けば、ルンベルトさんが食事をしていた。


「お疲れ様です!」

「おお、カイトか。お前も今から飯か?」


 その言葉に頷いて返せば「遅いな」なんて言われながらも、隣に座り一緒に飯を食べる。


「あの……これお返ししますね」


 と、ダンジョンの鍵を彼の前に置く。


「なんだ、もう飽きたのか?」

「い、いやぁ……

 シーラット全部狩っちゃったし、学校のダンジョンにも入れるみたいですしね。

 あっ、これ、献上します!」


 そう言って、集めた魔石の袋を置いた。


「なにっ? 随分入っとるな……

 おぉおぉ、ようやるのう。まあ、貸した甲斐があってよかったわ」


 彼は確認して満足そうに頷くと良く頑張ったなと頭をなでてくれた。


「アレクも腐らず頑張ってますよ。今度はあのパンチに耐えるって」


 触れないほうがいいのかも知れないと思ったが、気になって思わず問いかけた。


「むぅ……アレクから聞いてしまったか。

 しかし、流石に今から違う道を歩ませるのは難しいのか……?」

「多分無理ですね。アレクは生きる意味だって言ってましたし。

 まあ、あのパンチで拒否ったのは俺的にナイスな判断だと思いましたけど」


「ほう、アレクの味方ではないのか?」と少し口元を緩めて問うルンベルトさん。


「いや、今の俺たちじゃ弱すぎでしょ。十二階をソロで走り回れて漸く荷運びでなら手を借りたいくらいの難易度なんでしょ?」

「詳しいな。エバンス校長にでも話を聞いたか?」


 情報先は校長先生でない。

 この世界に飛ばされたあの時、若手の人たちは荷物番をしていた。

 聞けば彼らは、俺が行っているダンジョンの六階層から最下層を交代でソロで回るのがお勤めに入っているのだと言う。


 それぐらい余裕で出来ても戦場に出して居なかった事から、相当に東部森林が厳しいことがわかる。

 その推察を彼に話し、合っていますかと問いかけた。


「うむ。若手だからというのもあるが、確かにまだ役に立たんという側面もある。

 やはり長いこと討伐を続けて研鑽を積まねば、想いだけではどうにもならんのだ」



 なら、アレクには難易度の優しいダンジョンにひたすら閉じ込めるくらいがいいんじゃないですかと、告げてみた。


「しかし、ここのダンジョンですら安全ではないのだぞ?

 兵士でも稀にだが怪我をすることもあるくらいだ。そんな所に子供を閉じ込めるなど危険すぎる」

「うーん……階層を制限するのを守れれば、アレクなら最悪でも怪我で済むと思いますけど……」

「それはそうだが。若く力を求める子供がそんな決め事を守れると思うか?」


 疑問系の問いかけにして居るが、確信を持った顔で問う。

 やっぱり命が掛かったこの世界でもそうなんだな。そりゃ、行きたくなるよなぁ。

 俺だって普段は弱いところでやるけど、たまには採算無視のヤバイ所行きたくなるもの。


「あー、そこは絶対にとは言えませんね。

 一応、弱い魔物で数をこなす方が早く強く慣れるんだぞって適当を言って奥に行き過ぎないように言っておきましたが」

「むっ? 適当ではないぞ。だが、数を集めるのはそれはそれで危険なのだ」

「いえいえ、数は集めませんよ?」


「では、どうやって数をこなすのだ」と首を傾げるルンベルトさん。


 そんなの時間増やすしかないじゃん。それに釣る時間考えたら、発見したら即討伐した方が早くね?

 そんな風に返してみたが、彼の返答は肯定ではなった。


「それは違うぞ。

 ひたすら走り抜けるだけだからな。

 そろそろ厳しいと思う所まで集め、スキルで一掃するやり方が一番早い。

 ああ、アレクには言うなよ。折角真似できんようにスキルを教えんかったのだからな」


 なるほど。それでソフィアが敵を集めたのか……と思う反面、どうしてそれを隠すのかと憤る。

 確かに危険はあるのかもしれないけど、兵士にはやらせている確立した手法があるんだろ。


 いやいやいや、と彼の言葉に待ったをかけた。


「なんで騎士に成るのはほぼ確定してるのに、強くしない方向でいくんですか!

 せめて他で制限つけましょうよ。階層を絞ってサポートも付けさせるとか。

 そんなんじゃあいつが将来騎士になったあとが危険じゃないですか!」

「いや……できれば諦めて欲しくてな……」


 今言った事は重々理解しているのだろう。歯切れの悪い返答だ。

 気持ちはわかるが、アレクの決意は命を賭ける程に固い。早々に方向転換しても貰わないと困るんだ。


「ならば、もう一度彼の真意を問いただして、どっちかに決めてくださいよ。

 俺、近い未来にアレクが死んだなんて言葉、絶対聞きたくありませんよ!?」

「そ、そうだな。うむ、わかった」


 絶対ですよと念押しすればルンベルトさんは『良い友になってくれた様で何よりだ』としみじみしていた。


 それはそうとと、俺は逃げる為に必要な情報を貰おうと彼に問いかける。


「ちょっと疑問なんですけど」と前置きをして、俺が他の領地に行った場合、市民権とかを買わないといけないのだろうかとか、行く場合はどうすればいいのかと問いかけた。


「ふむ、旅行であれば領地入りの際、門兵に申請すれば市民権を買う必要はない。

 だが、現時点で行くつもりなら護衛でも付けねば危険だぞ。

 なんだ、旅行でも考えておるのか?」

「ええ。色々知りたいお年頃ですから。

 他の街はどんな所なのかなって興味がありまして……」


 なんて誤魔化せば特に気にした様子もなく「ならば、行商人の一向に混ざるのが一番安上がりだな」とアドバイスをくれた。


 それから、彼と一緒に風呂に入って、アレクがソフィア王女の命を救った話をすれば、お爺ちゃん大興奮でちょっと大変だった。


『おお、アレクが王女殿下をお救いしたのか! そうかそうか。流石わしの孫だ!』

 と叫び、その声は恐らく外にまで響いていた事だろう。


 俺たち皆がビビる中、一人勇敢に騎士に成るならここは引く訳にはいかない、と颯爽と走り出した話をすれば「うむ。騎士たる者はそうでなくてな」と心底嬉しそうに笑う。


 あんた、反対してたんじゃないんかい。とも思うが、爺ちゃんは孫が活躍すればそれそれで嬉しいのもなのだろう。

 まあ、舞台が初心者ダンジョンの八階層だったからかも知れないが。


 そんなこんなで風呂を上がり、明日に備えて早めに眠りに着いた。

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