第12話
顔を赤くして胸を両手で隠すソフィア。目を開けたことに安堵し、笑顔で目を潤ませるアリスちゃん。
そして威圧的に腕を組んで見下ろす俺。
漸く気が付いたのか、ステラちゃんは放心状態だ。まあ、男二人も変わらない感じだが、恐らくこっちは忘れていた所為で固まっているのだと思われる。
彼女は「幻覚じゃなかったのか」と呟いていた。
お前……
確かにおっぱい丸出しで王女が寝ている状況だったのだからありえないとは思うだろうが、それでも幻覚と決め付けてそのままスルーは無いだろ?
どれだけ俺の第一印象を崩せば気が済むのだろうか。
ソフィアは記憶が飛んでいるのか「何? ……どうして」と困惑し辺りを見回した。
なんだかんだ誰も隠してくれず、おっぱい丸出しで寝かされて居たのだから、そりゃ目が覚めたら叫びもするわな。
俺は会話をしながらもジッと見ていた。
誰か隠してやらないのかと思って居たけど、そんな扱いも仕方ないよね。
俺、こいつ嫌いだし。まあ芸術に罪はないから見るけど。
「一体何が、どうなって……あっ、そうよ。魔物は?
ゾーイとオードリーは何処へ行ったのよ!」
「多分、魔物に食われて死んだぞ……」
そう告げたとき、皆の視線が集まるのを感じた。
アレクは「そ、そんな事一言も言わなかったじゃないか」と不満を露にしている。
「わりぃ。
魔物の数に気が動転してたから、一刻も早く全力で逃げなきゃって思ったんだ。
その後はあの事で質問攻めだっただろ。言う暇が無かっただろ?」
あの時は、確認しようとすることすらかなり危険な状態だったから態と言わなかったんだけど、その後は本当に言う暇がなかった。
アレクに一言謝ってから、ソフィアへの言葉を続ける。
「お前さ、父親の事で恨んでいるらしいけど、護衛の家族に同じ思いさせてるの気が付いてる?
もしかして、自分じゃなきゃ気にしない口?」
「そ、そんなの仕方が無いじゃない! お父様のかたきを取る為には力が要るの!
王の為に兵が命を賭けるのは当然の事でしょ? これはお父様の為なんだから!」
はい、いい訳乙。そしていい訳レベルも低い。もうちょっと理由を固めようぜ?
いや、かなり動揺しているし一応自分が悪いのは解ってるっぽいな。どうにかして正しいものと認識させたいと必死なのだろう。
「仇を討つこととお前が強くなる事は直結してなくね?
戦力的にも護衛死なせてマイナスじゃん。てか、命差し出すのが当然みたいに言ってたけど、そもそもそこが何なのそれって感じなんだけど。
エヴァン、アリスちゃん、ここって王族だとこんな事まで許されちゃう国なの?」
二人に向き直り、問いかけた。こいつが言っている事は本当なのかと。
「いや、これは流石に問題だろ。怪我の時は注意で済んでいたが……
しかし、本当なのか? ゾーイとオードリーが死んだなんて……」
「いや、俺が見たのは犇めき合う数十の魔物と転がった装備品、血溜まりだけだ。
ただ、ソフィアの装備がはがされた分以上にあったのは確認している。
置いて逃げたとかじゃなければもう流石に間違いないだろ?」
彼は「あ、ああ」と声を返しながらも上の空だ。知り合いだったのだろう。
アリスちゃんは泣きそうな顔で俯くばかりで言葉は出てこない様子。
「まあ俺の知り合いじゃねぇし、そこは悲しい思いをした奴に任せるとして。
体に異常は無いか確認しろ。一応回復させたが、ヒールだったからな」
「痛みは無いけど、その前にあなた口の聞き方が酷いにも程があるわ。死にたいの?
『お姉様ぁ!! いい加減になさってくださいっ!!』……えっ?」
凄い剣幕で彼女の言葉を遮ったアリスちゃん。
初めてアリスちゃんの本気の怒った顔を見た。
うん。可愛い子は怒ってても絵になるな。
俺はもう切りのいい所で逃げるつもりなので、余裕の面持ちで叱られるであろうソフィアを見下ろす。
「お姉様は死にそうになっていたのですよ!?
どれだけ心配したと思っているのですかっ。カイトさんとアレクさんは命がけで助けに行ったのです!
どうして何時までもわかって下さらないのですか!?
お姉様のも、皆さんのも、誰の命も軽くないのです!
それを恩人に対してなんですか!
王家の威信を使うのであれば、それに相応しい行いというものがあります!
そんなズルイ行為がいつまでも許されると本当にお思いですか!?」
「ア、アリス……悪かったわよ。救ってくれて感謝するわ」
アリスちゃんの涙目で贈られた言葉に本気の愛を感じたのだろう。
驚愕に目を見開いた後、力なく頭を垂れて、もう言うとおりにしますといった面持ちだ。
これは今がチャンスだ。
今なら何言っても許されると、言いたい事を言う為の問いかけから始めた。
「一つ聞かせて欲しいことがあるんだけど。
お前は本当にお父さんの為にと行動してるの? そんなにダメな親だったの?」
「はぁ? ああ、あなたは他国のものだから知らないのね。お父様は国の内外から賢王と謳われた歴史に『いや、そこじゃねぇよ』」
彼女の言葉を止めて「親として、愛されては居なかったのか?」と問いかけた。
「そ、そんなの愛してくれていたに決まっているじゃない!
だから、だから私は……」
思いつめる様に己の中に逃げていくソフィアに『そうはさせない。戻ってこい』と語りかける。
「なら、お前のする事は逆じゃないの?
良い親なら普通、子の幸せを願うし、自分の事で復讐に人生を費やされたのを知ったら絶望するんじゃね?
それに、今のお前を見て俺は思ったよ。親の教育がなってないなってさ。
親が大事なら、お前がやる事は違うことなんじゃねぇの?」
うわぁ……ブーメラン過ぎて耳が痛い。何処に投げても帰ってくる気しかしない。
けど、こいつには戦争始められちゃ困るんだよ。ルンベルトさんや兵士の皆は真っ先に巻き込まれるんだから。
アレクだってもしかしたら巻き込まれるかもしれない。
もうバックレようと思ってるし言うだけ言って置こう。
ブーメラン過ぎて心が痛いが、言うだけ言っておかねば。
「賢王の娘がそんなんでいいの?
その人を知らない次世代の人間がみたら『戦争を引き起こしたソフィアを生み出した奴なんだろ? 賢王じゃなくて愚王じゃん』って言われちまうぞ?
愚王だと言われる根元に居るのがお前になんだぞ?」
「……なら、どうやって仇を討てばいいのよ! 絶対に許すことなんてできないの!」
まあ、そりゃ許せんわな。そこはいいんだよ。
復讐をするにしても、その前にやらなきゃならない手順があるだろ?
ただ戦争起しましょうは短絡的過ぎんだろ。
「まだ犯人すら確定してないんだろ?
まず真実を明らかにして、まずは抗議するなりなんなりして首謀者を差し出せるとか、母親でも宰相でもいいからまず国の奴らに相談するのが筋だろ。
『私がやりたいからやります。家の力も人の命も使いますが後の事は知りません』は違うだろって言ってるの。
そういう筋を通さない所が賢王じゃなくて悪魔を生み出した愚王だって言われる根元になるんだぞ。
皆を説き伏せて一致団結して望めば、それは批難されない国の正規の動きになるんじゃないの?」
「私だって最初はそう思ったわよ……けど、皆口ばっかりで動かないの……」
よし、いい感じに弱ってきた。あとちょっとだ。もうちょっと追い込もう。
いやぁ、俺ゲスいね。
けど、仕方ないよね。俺にとっては完全に他人。引いては友人を戦争に巻き込もうとしてる相手だもの。しかも負け戦確定の。
「そりゃ、お前が知らないだけじゃないの?
騎士団はその事件の捜査に今までずっと人を回し続けてきたから壊滅寸前まで追い込まれてるんだぞ。皆は口ばっかりじゃなくて無理をし過ぎな程に動いてる。
知ってるよな? 騎士団の予定は防衛大臣とか宰相も一緒に考えているって事を。皆、必要な手順を踏む為に、真実を追い求めてるんだよ。
それをぶち壊そうとしているのがお前だ」
と、彼女に事実を突きつけた。
「そんなの……結果を出せなければ意味無いじゃ無い!」
「はい、ブーメラン。偉そうに言うお前は結果出したの? どんな?」
「カ、カイトさん……」
アリスちゃんが止めようとしたのか声を掛けてきたが、それをエヴァンが引き止めてくれた。どうやらエヴァンも必要なことだと思っているみたいだ。
「じゃあ、どうしろって言うのよ……どうすればお父様の仇を討てるって言うの?」
「それはもう言った。まずは犯人を探し出せ。敵を知り己を知れば百戦危うからずだ。逆に敵を知らなければ、どこまで鍛えればいいかも何を準備すればいいかもわからない。
だから、皆無理を重ねてまで準備してるんだよ。騎士団が壊滅するほどに努力してんだぞ? お前の親父さんは今もめっちゃ愛されてるじゃねぇかよ。
ならお前も、目を曇らせて仇を討つ準備の邪魔をしている場合じゃねぇだろ?」
「邪魔を……している? 私が……?」
「お前頭良いんだろ? ちょっと気持ち落ち着けて、自分の行いと俺が今言った皆のやってきた努力を時系列を追って考えてみ?」
そう言えば、邪魔になっていた所に思い至ったようだ。
実際は知らないけど、長いこと一緒に居れば邪魔しちゃう事は絶対にある。
自分で考えさせれば忘れてない限り思い当たる必殺のテクニックだ。いや、棚上げしたり嘘ついたりする奴もいるから必殺ではないか。
しかし、こいつの場合戦争を匂わすような発言しまくって居ただろうから、それだけでもう邪魔だな。うん。
「あ……ぅ……ぅぅ……どうして……調べてるなら、どうして誰も教えてくれないのよ……私、邪魔するつもりなんて……」
お、おおう……泣き出してしまった。へ、ヘルプ! アリスちゃんヘルプ!
女の子に泣かれたらもう打つ手は無い。だからアリスちゃんと視線を合わせソフィアを頼むと顎をクイクイっと動かした。
彼女はわかりましたと言わんばかりに頷く。
わかってくれたか。流石アリスちゃんだ。頼むぜ。キミの癒しなら即効で立ち直ることだろう。
そして彼女はソフィアの前に立って腕を組んだ。
えっ? 何でそんな頑張って見下してるの?
「ご自分がどれだけ皆さんに迷惑を掛けてきたのかお分かりになりましたか?
お姉様は人の言う事をお聞きにならないことがそもそもの――――――――」
アリスちゃんは似合わない顔を作り、ネチネチと過去の行いを上げて説教していく。ソフィアのHPはもうゼロの様で、下を向き泣きながらもごめんなさいと相槌の様に返している。
だけど、叩きすぎると逃げ場が無くなって暴走するとか言うよな。
ここはちょっと慰め入っておこう。
「まあ、これから頑張れば大丈夫だ。
取り返せない事もあるが時間を掛けて皆の信頼を取り戻せば、民も『流石賢王の娘だ』とか、親父さんも『ソフィアが立派に育ってくれた』って感激してくれるさ」
「ほ、ほんとう……? だってわだじ、もうとりかえせないことをしちゃった……もう……そんなふうに……言ってもらえない……」
おおう。ガチ泣きがおさまらねぇ。
「ああ。時間は掛かるだろうな。だが、アリスちゃんもエヴァンもお前は頭がいいと言っていた。その頭を国の為に使っていれば、絶対にいつかは皆が認めてくれる」
流石に人が死んでるから、ここから暫くは苦境に立つだろうがな。
けど、国の為に頑張っている姿を見せ続ければ、人の印象はいつか変わる。
それを俺たちは手のひら返しと言っている。
「だから、自暴自棄にならずにもう一度、今度は頭を使う方で頑張ってみろ。
ソフィア、お前ならできる。お前は偉大な王の娘なんだろ?」
近づき、彼女と同じ目線になる様に目の前で胡坐をかいて座り優しく語りかける。
その時彼女は、のそのそと這う様に動き俺の胸に縋り付いた。小さな子供が父親に泣きつくかのように背中に手を回して離さないと握り締める。
何故、抱きつく……いや、女の子はこういうものなのか?
まあいいや。小さな子供みたくなってるし、そんな扱いであやしておこう。
未だすすり泣く彼女の背中をポンポンと撫でると、抱きつく力が強まり、思わず手を止めた。
「やぁぁ、やめ、やめないでぇ……それ、お父様も……やってくれた……の」
ヒックヒックとしゃくらせながらも、必死に続けてと要求されて「はいはい」と背中をさする。
暫く続けていたが、一向に離れる様子が無い。
流石にもうそろそろいいだろ? と体を離そうとしてもギュッと引き寄せられた。
てか、そもそもがなんでこんなになってんの? 王家の血筋は皆ドMなの?
縋り付く相手を俺に選ぶ要素なんて殆ど無かったじゃん!
追い込むだけ追い込んで、ただ最後に頑張れば出来るさって言っただけだぞ?
せめて引っ付くにしてもアリスちゃんにだろ?
「あの、お姉様……そろそろ……」
皆を見渡せば『どうしてこうなった』という面持ちだ。そりゃそうだろう。追い込んだのがそもそも俺なのだ。
まあ、こういった状況の心理はあった気がするし、本気で敵対されるより全然いいんだけど……
アリスちゃんの問い掛けを無視していたから、ごねるだろうとは思いつつも「おいソフィア、帰るぞ」と声を掛ける。
すると彼女は「クズッ……うん、わかった……」と思いの外あっさりと了承した。
立ち上がり、彼女の手を取って立ち上がらせてやれば、彼女は当然の様に側面から抱きついて来た。
俺から離れて隠すものがなくなり胸が再び丸出しになったが、そそくさとアリスちゃんが彼女の前を隠す。
アリスちゃんから「そろそろ離れてください!」と抗議の声が上がるが彼女は返事すら返して居ない。
「ええっ……!? カ、カイトさん、私無視されてます!」
いや、うん。そうだね。でも俺にそんな事言われても……
これは口八丁で本気の想いを丸め込んだ副作用。罪悪感で美少女相手に抱きつかれても楽しめない状況下。
俺としても普通に歩いて欲しいところなのだが。傍目もあるし。
「なあ、もういい加減立ち直っただろ? そろそろ離れないか?」
「まだぁ……立ち直るまで傍に居てぇ……」
「まぁ!? そんな甘えた声を出して、お姉様! はしたないですわよ!?」
「煩いわね、アリス。そんな声は出していません」
あれ? こいつ、アリスちゃんの時は声普通に戻ってるじゃん。
なるほど。演技でしたか……完全に騙されたわ。
ならもういいやと離れようとしたら反対側からアリスちゃんが抱きついて来た。
あ、ヤバイ。ここは天国かな?
外見の美に然程差は無いが、心が綺麗だと数倍可愛く見えるもので、アリスちゃんは今俺の中で美少女ランキング一位の座に君臨している。
そんな子から抱きつかれたら、それはもう全部受け入れるしかないよね。
俺は意を決して二人の腰をギュッと抱き寄せた。
これはもう罪悪感などは放り捨てて楽しむしかないと、アリスちゃんのハグによって心がシフトした。
なんて細く華奢な腰つき。温かくて柔らかい。するりと抱え込むように手を回し、お腹周りを堪能する。
「ちょ、カイト、それはヤバイってば」
「あれは支えてるだけだ。あれは支えてるだけだ。見るな知るな考えるな」
そんな呟きが聴こえた直後、俺は脳天に強い衝撃を受け、意識が落ちて行く。
「この不埒もの。姫様に手を出すなら容赦はしないと言ってあるわよね?」
と、俺の目にポンコツ馬鹿が薙刀を柄を振り下ろしている姿が最後に映った。
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