第16話
宿の一室にて、レナードを入れた四人の男女と向き合い、話しの本題に入る。
「アイザックさん、さっき見せた回復魔法で治療院を開きたいんだ。
だけど、契約内容から難しい事もわかるでしょ?」
「ええ。治すのにその結果を隠したいということですな。
しかし、人数が居るのであれば一応可能でしょう。
幼稚で懸念事項もありますが……」
おお、もう打開策思いついたの?
聞きたい聞きたいと言葉の先を促した。
「単純に見せなければ良いのです。私らが呼子になって視界を奪うところまで行えば情報を与える事無く回復できます」
彼はそう言って淡々と話を続けていく。
「ただ、その場合問題もあります。
一つ目は勝手に目隠しを取った場合にばれてしまう事。
二つ目は月の雫を不正使用して居るのではないかと疑われる事。
二つ目は、ヒールを使えるものを多数抱えている事にすれば乗り切れそうですが、一つ目は秘密を探ろうとする者が来たと仮定すると対応は難しいかと思われます」
「それならもういっその事、視界は塞がないで姿を見せなければいいんじゃない?」
と、初めて発言した彼女アディは、シーツを広げたまま上に掲げた。
そしてシーツによって彼女はこちらから見えなくなる。
「これで布の前に立たせてヒールすれば相手は何処に居るかもわからないでしょ?」
「馬鹿、詠唱があるだろ。お前も騎士なんだからそれくらいわかれよ……」
レナードが呆れた目を向け彼女は勢いを失いシュンとした。
だがそれは良い案だ。
「いや、それで行こう」
えっと首を傾げるレナード。
「いや、お前には見せたろ。無詠唱でもいけるから。
名目はヒールなんだし、あれで十分だろ?」
効果はさらに落ちるが魔法名すら言わなくても発動する。彼女の提案はただ目隠しするよりもイケルと思われる。
「あ、ああ。馬鹿は俺だったわ。すまん」
レナードが謝罪すれば彼女の顔に少し笑顔が戻る。その時俺はレナードを引き寄せた。「おい、めっちゃ大人しくて良い感じじゃんか! 何が微妙なのしか居ないだよ」と。
「おいおい、お前が気色悪くモジモジしてるからカイトさんが勘違いしちゃってるじゃねぇか。本性出せよ。お前はもっと獰猛だろ?」
「人を選んでるだけ。嫌いな奴に牙を向くのは当たり前でしょ」
ギロリと睨みツンとそっぽを向いた。それを見たレナードがこちらに向き直る。
「な? 本性はもっと酷いんだわ」
「いや、レナードの口が悪いからじゃないの?
アイザックさんとそっちの彼はどう思う?」
一切喋らず視線だけを回していた彼、コルトにも話を回してみた。
「ははは、どっちもどっちですかね。ただ、そこまで酷くはありませんよ」
「お、俺はアディは良い女だと思う……怖いのは同意するが……」
なるほど。
「コルトに怒った事なんてあった? でも私、カイト君には怒らないよ?
感謝してるもの。今でも現実が信じられないくらい」
「なるほど。じゃあ俺にとっては魅力的な女性だって事になるな」
「やったぁ!」
その彼女の様を全員が驚いた顔で見ている。
そして俺は理解した。これは演技なのだと。まあ俺に好かれる為にだろうから悪い気分ではないが……
おっとそろそろ話を戻そう。
「じゃあ、取り合えずアディさんの案で話を詰めてみようか」
「そうなりますと、拠点を持たねばなりませんな。割と大きな資金が必要になってしまいますが……」
ああ、そうか。
「二月程度の短期で家を借りる事ってできる? 店、兼自宅って感じで」
「ええ。場所は選べませんが、そこは交渉次第です。売れ残りの家は出来るだけ貸して損失を抑えたいはずですから。
ただ、ある程度ちゃんとした家が必要でしょうから二ヶ月でも金貨一枚程度は見て置いた方が良いでしょうね」
まあ、許容範囲だな。いや、ある程度大きな家借りて金銭的に厳しい奴らは皆住まわせちゃうか。
その旨を相談した。
「そうして頂けるなら大変ありがたいのですが、宜しいのですか? 確かに仮に全員に宿を提供するよりは遥かにお得ですが、少なくとも先ほど上げた倍は家賃が掛かりますよ」
「あー、商売の勝算は如何ほど?」
「設定金額にも寄りますが客を集めるのは容易でしょうし、使った以上に利益を出すという点でも短期間でも確実に勝てます。仮に低めの金額に設定して一日三回と考えても十日以内には支出を超えますな」
「これほどに成功が決まっている状態はそうありません」そう言ってアイザックさんはニヤリと笑った。
「なら、それでいこう。
一先ずの運営予算として金貨四枚までは許容するからその範囲で必要な物を考えてみて」
「因みに、商業登録はなさっていますか?」
「えっ? そんなの必要なの!?」
「はい。我等は領主様に利益の三割を納めねばなりませんから、登録をして半年に一度の納税義務があります。私の登録が生きてますからそちらも使えますが、ゆくゆくを考えるとご自分の名前の方がいいですね。私がお金を好きに使えることになってしまいますから」
「じゃ、じゃあゆくゆくはそうしよう。今は名前貸して?」
アイザックさんは即了承してくれて、その他の事もぽんぽんと決まっていった。
それはもう、客を呼ぶときの文句から店の内装のイメージまで。
だが、底まで深く考えると逆に怖くなってきた。だって三回だけだよ? 良い感じの外見のお店を見せておいて三回で閉店デースってなるんだよ?
なんだそりゃ、舐めてんのかとか言われない?
その不安を皆に零してみたら、流石にこの怪我人が溢れた状況下だと無いとは言い切れないらしい。
「ならやっと俺たちの出番って事だな」
「十階層までなら装備無しでもやってみせるわ」
「……索敵は俺がやりますから」
おお。めっちゃ頼もしい。けど、流石に武器くらいは買うよ。結構高いけど、治療で稼げるなら問題ないし。
「じゃあ、早速案内して貰える? ああ、一人は交代要員として宿で寝てていいよ。
あとできれば三人全員が知ってるダンジョンがいいな」
そんな注文をつければ、ヤル気満々のレナードと、索敵は居た方がいいと言ってコルトが立候補した。アディもすんなりと受け入れてダンジョンへと突入する事となった。
途中、武器屋に寄り、大剣二つと短剣一つを購入した。
流石に装備は高いから一番安いやつだ。コルトが短剣を使い、二人は大剣を使うらしい。
そこでアディは宿に帰した。
「俺、カイトさんにはもう一生頭上がらない。ありがとうございます」
と、コルトから畏まってお礼を言われたが、一応釘を刺しておく。
「自分の狩りにも使っていいけど、必要な時は使いまわすからね?」
「大丈夫です。貰えるとは思っていません。けど、これなら一ヶ月間のダンジョンの手伝いで死ななくて済みますから……」
ああ、そういう事か。
「おいおい、良い事があったんなら笑えよ。コルトは辛気くせえなぁ……」
「お前が能天気なだけだ。絶対にミスるなよレナード」
あ、あれ!? コルトの雰囲気が変わった。レナードには厳しいのね?
「ばっか、低層でミスったりするかよ!
いくらカイトさんでも一階から始めれば一ヶ月じゃそこまで進めないだろうしな」
「ああ、俺は階層を降りることだけは急ぐつもりないよ」
「それを聞いて安心しました。確実にお守りしますから」
「だからお前は一々重いんだよ」とレナードが騒く。そんな事を繰り返しダンジョンへと到着する。
「さて、こっからだけどよ。サポートは何したらいいんだ?
押さえつけるか? それとも、索敵して連れてくる方がいいか?」
「おお! 釣りしてくれたらありがたいな。
俺が一人でやれそうなら索敵の方やって欲しいかも」
すげぇ、それなら自動で敵が来るよ。最高のパターンじゃねぇか。
っとその前に安全に倒せるか否かだ。
「魔物の情報貰える? 初見だから大雑把な攻撃パターン教えて」
「虫系のベビーアントだ。虫って言ってもダンジョンの周りに沸く様なちっちゃいのじゃねぇからな。このくらいはある。攻撃はしがみ付いて噛んでくるだけだな」
と広げた両手は肩幅よ少し広いくらいだ。思っていたより小さそうだ。
「虫系ですから痛みに怯みません。首を落としても数秒は動くので、消えるまで油断しないでください」
話していれば、荷車を引いた一行が通る。いずれも重装備で中々に値が張りそうな物を装着している。
稼いでるんだろうなぁ。
「ここは何かいいもの落とすの?」
そのまま俺たちも歩いてダンジョンに入っていく。
ここは普通の洞窟って感じのダンジョンだ。王都で見たダンジョンと違い、通路の形も少し歪になっている。やっぱり地面はほぼ平らだが。
「ああ。十八階層でボアが出る。それが落とす肉がうめぇんだわ。買取制限もねぇから出ただけ儲かる。
後はゴーレムも一応出るぜ。アイアンだが、持ち帰れるほどちゃんとした荷車引いてりゃ、地味に儲かる」
ボアの肉か。それ後で食ってみよ。
「へぇ、パーティー組めば十八階とか行けるんだ? 流石大人の騎士だな」
「まあな。だが、そっからが厳しいんだなこれが」
あれ? コルトが居ない。と思えば、前方から早速敵を連れてきた。
釣りはえぇなおい。しかも四匹も居る。でも移動速度は遅いな。アリだからもっと早いもんかと思ったけど。
「おっし、キタキタ」とレナードが首根っこをひっ捕まえて一匹持って来て、目の前に放り投げる。
「危なかったらこっちで即殺する。取り合えずやってみ?」
「わかった」と端的に返して、飛燕の型で攻撃する。上段からの振り下ろし、下段からの切り上げを丁寧に力を込めて行う。
クシャっと顔に切り傷が入り、切り上げで足が一本落ちる。だが、アリの行進は止まらない。
もう一度振り下ろすかと構えた所で、風が吹きアリが視界から消えた。
あれっと感じた瞬間、風圧と共にコロンコロンと壁の方で石の転がる音がする。
首を傾げレナードを見た。
「念の為吹き飛ばしたが、問題なかったかもな。
まあ、大体わかった。一匹ならやれんな」
そんな事は取り合えずいいよと「今、何したの?」と問いかける。
「ああ、衝戟っつうスキルだ。主にノックバックさせるスキルだな。
ダメージはあんま出ねぇけどかなり便利だぞ。
知りたきゃあとで型も教えっから、今は敵に集中しな」
「約束な。あとでよろしく」
そう告げて次のアリに集中する。
今度は飛燕の型を止めて足を重点的に狙ってみた。
片側二本以上落とせば機動力が格段に落ちるな。だけど、効率が悪い。
「何処を狙うのが良いんだ?」
「あー、何処ってのはねえな。大剣か鈍器で叩き潰すのが一番早い。
これ使ってやるか?」
と、大剣を指差すレナード。じゃあ試しにと持って振ってみる。
重いな……けどまともに持つのも難しかった大剣がバット並みには振れるようになっていた。その事に感動を覚える。
そしてもう一匹を連れてくるレナード。
「因みに、初心者は大抵ここで苦戦するから、そういうもんだと思ってじっくりやれよ。
もう回復する魔力ねぇんだろ?」
「大丈夫。俺は基本的に危ない事はしない」
そう言って全力で峰打ちする。潰すならこっちだろと叩き降ろしたが、潰すまではいかなかった。
それでもひっくり返って足をわちゃわちゃさせている。
完全に殺すのが大変だな。かと言って魔力は使えないし……
「一度戻って鈍器買ってきて良い?」
「ああ。勿論だ」
そうして一度武器屋に戻り巨大な金槌を買った。叩き潰すならこれが一番だろ。
凄い勢いで金が飛んでるな。まだ一応金貨十三枚はあるけど……
まあ、稼ぐ目処はある程度立ってるし大丈夫、大丈夫。
そうした不安を感じながらもダンジョンに戻ればすぐに忘れるほど効率が上がった。
ちょっと不恰好な戦い方に不満はあるものの、上手く叩ければ一撃即殺できる所が面白い。
「取り合えず、今日でここ狩り尽くすまでやるからな。疲れたらアディさんと交代してくれ」
「いやいや、カイトさんが疲れたらどうすんだよ」
「俺は疲れない立ち位置だろ。眠気が限界になるまでやるぞ」
マジかと呟きだらけるレナード。コルトは淡々と敵を集め続けてくれている。
そして、当然コルトが怒った。
「お前、遊んでるだけなら帰れ! 邪魔だ」
「やること無いだけだろ。一撃で倒せてんのに何しろってんだよ」
「あっ、それならレナードも敵集めてよ。即効でこの階層終わらせようぜ。
上がキツイなら他のダンジョンの一階行くから気兼ねなく釣ってくれ」
叩くコツを掴んできたので、彼らが相手をして居るのを横から叩くのであれば、余裕だ。
俺はダンジョンの中央で立ち、彼らが引っ張ってくるのをひたすら叩き潰す。
途中、レナードがこれでもかと十数匹連れてきたりして不安が過ぎったが、しっかりとタゲを取ってくれたので敵がこっちに来る事は一度も無かった。
そんな姫プレイが延々と続く。
段々と会話が無くなり完全な作業となると、俺はいつもの無心モードへと移行して居たらしい。
「な、なぁ、カイトさん、そろそろ俺腹が減ってきついんだけど……」
と、レナードからの声が掛かった。
「わかった。じゃあアディさん呼んできて。
彼女が着いたらコルトも今日は終わりにしていいから」
「おう! 任せろ。即効で声掛けてくるわ」
丁度釣りから戻ってきたコルトにも声を掛ける。
「俺はまだやれます。
アディなら大丈夫だと思いますが、安定するまでは付き合いますよ」
どうやら、レナードより信用できる人材みたいだ。おかしいな。最初はレナードを仲間にできて当たりを引いたと喜んだのだが……
いや、逆に考えよう。俺は当たりを引き続けたと。
そんな思考をしつつも狩りは続く。逆に狩りを続ける為に無駄な思考をしていると言っても過言ではない。
ひたすらアリを叩き潰していく。
「カイトくーん。来たよぉ!」
「あっ、アディさん。じゃあ、コルトにやり方聞いてそれをお願いします。
かなり長い時間やりますんでどうしても嫌になったら教えて下さい」
そう告げれば彼女の視線はすっと冷たいもものに変わりコルトへと向けられる。
「どんなやり方してるの? 簡潔に教えて」
「ベビーアントを連れてきて、敵を持ち続けることを繰り返すだけだ。
暫く付き合う。やり方を一度見ればすぐわかるだろ」
「そう。わかったわ。じゃあ、もう行ってくれる?」
お互いにかなり冷めたやりとりだ。どうしても俺との差を感じて違和感がある。
仕事の顔なのか、恩を感じているからなのか。
俺はアディさんがしっかりやれるのかどうかよりも、そんな事が気になって二人を観察した。
だがそれからというもの、二人に一切の会話が無かった。
なので観察を止めてコルトに残業代といくらか握らせて上がっていいよと指示を出した。彼は無一文なのでこのままだとご飯が食べれないから気を使っての事だ。
ここからはアディさん一人が釣る事になった。
「カイトくーん、五匹だよぉ!」
「はーい。行きますね!」
彼女は戻ってくるたびに軽い雑談を入れて折り返す。
無言になるだろうから無心モードに入ろうと思っていたのだが、女性とこうしておしゃべりしながらの狩りの方が断然楽しかった。
アディさんも例に漏れず可愛い。
そう。彼女はレナードたちにはツンツンして居ながらも可愛い系なのだ。
外見年齢は十七才程度。暗い茶色の髪をポニーテールにしていて日本人っぽい感じにも見える。
身長は百五十五程度だろう。見た感じ胸はCかDくらいで腰が細い。そしてお尻がむっちりしている。
格好の所為か王女たちと比べればあまり華やかな見た目ではなく、質素なイメージを持つが、整った顔立ちが田舎娘としては垢抜けている様にも見せる。
エリザベスの上位版という感じだ。
いや、これ本人に言ったら殺されるな……もう考えるのも止めて置こう。
「あっ、カイト君、いけない顔してる! お姉さんに見惚れちゃった?」
「す、すみません。
最初は可愛いなと思って見てたのですが、いつ間にか……気を付けます!」
どうやら俺は顔に出まくっているようだ。レナードにも言われたし素直に認めて謝罪した。
「ええっ!? ホントに!? 別にいいよいいよ。好きに見て?
流石に触るのは空気読んでからにして貰わないと困っちゃうけど……」
なん……だと……空気の読み方の教本下さい! 何万字でも読んでみせます!
全力でそこを問いただしたいところだが、彼女との関係を考えたら流石に可哀そうだろうと思い直した。
俺は今雇い主なのだ。このまま強行したらセクハラなのだ。
勿論このままワガママボディを諦める気なんて更々無いが、それでも大丈夫だと思えるまでは好感度上昇に尽力するべきだ。と決意した。
そうして再び狩りに意識を集中する。
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