第10話

 授業に戻れば、何故かアレクやエヴァンだけじゃなく、アリスちゃんとステラさんも後ろの席に座っていた。


 え? これどうしたらいいの? 早速約束破る事になっちゃわない?


 そう思ったのだが、流石にここで離れた席に座るのもおかしい。

 なので俺はあえてエヴァンの隣に座った。


 ここならば男二人を挟んだ向こう側にアリスちゃん達が居るのでセーフ、という事にしよう。


 だが、コテリとアリスちゃんが首をかしげて寂しそうな表情をしている。


 うわぁ……精神的に削られるわ。これ……

 断ればよかった。結局勘違いだったし。


「それで、なんの話しだったの?」とアレクが問いかけ「まさか、聞かせてくれるんだよな?」とエヴァンも興味津々だ。


 当然、アリスちゃん達もその言葉に追従するようにじっと視線を向ける。


「いや、あれだ。エヴァンが言ってきた言葉の逆っつうか……」

「ああ、アリス様に近づくなと念を押されたのか。まあ当然だな。

 ……いや、ちょっと待て。

 エリザベス様はアリス様を後継に押すと決めたという事か?」


 だよな? そう思うよな? ほらぁ! 俺悪くないじゃん!

 おっと、それは違うと言っておかねば。


「俺もそう思って了承したんだけど、違ってたんだよね。

 なんか、俺がアリスちゃんにエッチな事しそうだからダメなんだって。

 まったく失礼な話だ」

「お、お待ちください!」


 うぇっ!? アリスちゃん!? だからしないってば……


「どうして……どうして違う理由でしたのにお受けになったのですか!?」

「いや、だから最初はそっちの理由だと思っててね? 後からやっぱヤダって言えないじゃん?」

「あ、あんたでもそう思うこともあるのね。余裕でぶっちぎりそうだけど……」


 ちょっと? あ、もうさん付けしてあげない。


「では、私がお姉様に直談判して参ります。

 だから、仲間ハズレにしないでくださいまし!」

「え? あ、うん。そういう事なら全然おっけぇだよ?」


 俺的にも嬉しい申し出だと親指を立てて即効で了承したが、何故だろうか皆の目が冷たい。


「もうなんかさ、カイトって重い話だろうが気にせず軽く言うよね……」


 いや、別に重くないだろ?

 お姉ちゃんが妹心配して言い寄る男に近づくなって言っただけじゃん。

 俺だって、アリスちゃんが嫌で了承した訳じゃないんだし。

 そんな風に伝えれば、一応は皆納得してくれた。しぶしぶだったが……


 結局のところ、アリスちゃんは「お姉様に取り消して貰うのでその話はもうなかったことにしてください」と言い、変わらず輪に入って居た。


 そして、魔力の放出の仕方の授業が始まる。


「あれ? 俺もう教わったんだけど、さっきまで何やってたの?」

「校長先生の挨拶から始まりまして、授業の日程から集合場所の説明、食堂の注意事項、教員の紹介、あとは……」


 アリスちゃんが指折り答えてくれて、言葉に詰まるとステラちゃんを通り越してエヴァンを見た。

 エヴァンはアリスちゃんに一つ頷き、こちらに向けて言葉を放つ。


「学校にあるダンジョンのことにも触れたな。

 あと、とうとう月の雫の使用規制が掛かった様だ。大きな怪我をする様な無理は絶対にしないようにと口酸っぱく言って居た。

 それから学校の寮の注意事項が大半を占めた。

 他は不純異性交遊に関することくらいだな」


 なるほどな。授業や食堂の事はもう経験してるし、俺には何一つ関係ない話だ。


「そういえば、カイトは魔力纏えるようになったの?」

「おう。あれ? あっ、放出できる様になって完璧なつもりになってたわ」


 魔力が黒いことが判明してそこから話しが止まってた。

 いや、ちょっと待て。黒い魔力って見せて大丈夫なの?

 下手に目立ったら絶対絡んでくるやついるよね?

 良くいるじゃん。自分より目立つの許せないやつって。

 思わず、講堂に居る柄の悪そうなやつらを見回す。


 ……どうしよう。


「あ、放出できるんなら平気じゃない?

 後は自己研鑽がメインになるからね。体から離し過ぎないようにして出していけば自然と纏える様になるよ。

 まあ、薄く均等に纏えるようになるまでは時間掛かるだろうけどね」


 アレクが親切な説明をしてくれていると、丁度エレナ先生も纏うことに関しての話を始めた。

 ジッと見つめながら話を聞く。


 要約すると、発動待機の万能魔法みたいなものだった。

 スキルもスキル名の意味を知り、動きが出来ていれば自然と発動させられるし、纏っているだけで防御力も上がる。


 扱いに慣れれば、通常時の動きですら速く出来ると言う。


 ただ、どれも効果は然程高いものではなく、スキルとか魔法に比べると格段に効果が落ちるらしい。

 防御などは基本防具に頼る為、魔法メインの人は纏わない人も多いのだとか。

 纏っているだけでも消費するようで、万能だが常時纏うのは対費用効果としては宜しくないそうだ。

 瞬時に纏えるほどの技術があれば、前衛ですら要所でしか発動しない方がいいらしい。

 魔物との戦いは持久戦が多く継戦能力が問われるものだから、とエレナ先生は言っていた。

 

 その話を終えた頃には午前中の授業が終わり、昼食の時間になっていた。


 初日の生徒が大半だからか、今日はここまでで終わり。

 まあ、午後の授業なんて一時間しかないけどね。一応六時まで解放されていて、居残りは自由だそうだけど。

 教師が付いて居て教えてくれる時間がそこまでってことなんだろうな。


「カイトはこれからどうするの? やっぱりダンジョン?」

「当然だな。睡眠も取ったし……ってちょっと待った。聞きたい事があったんだ。

 ダンジョンの魔物って倒した後どれぐらいで次が沸くの?」

「あぁ、四日から一週間って言われてるね。もしかして、一階層制覇しちゃった?」

「いや、もうすぐ三階層まで制覇する感じだな。少なすぎて困るわ」

「「えっ?」」


 もう一人驚きの声を上げたのはステラちゃん。

 彼女からしたらゴミみたいな相手だろうに、何を驚いているんだ?


「いくら雑魚でも相当に時間が掛かるわよ? 本当に全部倒したの?

 一週間以内に二階層以上完全制覇するなんてそう聞く話じゃないわ」

「だよねぇ。それが普通の感覚だよね。

 だけど、聞いてビックリ。この人ダンジョンで夜を明かすんだよ……

 カイトはダンジョンに初めて入ってからまだ三日しか経ってないってのに」

「うわぁ……」


 ちょ、うわぁってなんだよ!

 あんな面白い事をやって強くなれるんだから、普通は目一杯やるだろ!?


「ステラちゃんだって戦闘大好きっ子だろ? 人の事言えないんじゃないの?」

「……私、最近籠もれてないもん」


 なんか意外な返答の仕方で可愛いけど、俺を睨むのはやめてくれる?


「だから行きましょうと言っているではありませんか」


「うぅぅ……」と職務と趣味に板ばさみにされて唸るステラちゃん。

 俺がちゃん付けしたことすら気が付いていないのだろうか?


「まあ、体験するくらいはいいんじゃねぇ?

 シーラットなら危険はないし。倒せないで引き返す可能性はあるけど……」

「カイト……それはいくらなんでも失礼すぎだよ。

 あんなの、武器があれば誰でも倒せるから」

「では、連れて行ってくださいまし!」


 目を輝かせるアリスちゃんだが残念、シーラットはもう狩り尽くしたのだよ。


 一週間後だな。と告げたのだが、どうやら士官学校のダンジョンも出る魔物は変わらないらしい。

 距離が近いと大半は同じ魔物が出るそうだ。


 そういう事ならと、皆でダンジョンに行く事にした。

 正直俺は帰って効率重視でやりたいのだが、友達との交流も大切だ。

 なので、六の刻くらいまでならと一緒に行く事にした。それなら食事や移動時間を考えても三時間程度だし丁度いいだろ。


 なんて思ってみたものの、実はちょっと楽しみでもある。

 他のダンジョンの中がどうなっているのかが気になる。アレクの話しだと色々な形状をしているそうだからな。


「あの校庭の端にある巨大な門の付いた建物がそうだよ」

 と、アレクがいつもの様に案内をしながら先頭を歩く。


 今日は各々手に武器を持っている。俺とエヴァンとアリスちゃんは細身の剣だ。

 アレクは大剣。ステラちゃんは槍を持っている。いや、先が隠されているけどあれは薙刀かな?


「さぁ、着いたよ。

 ここに時刻と名前書いて。帰りにそれを自分で消すのがルールなんだ」


 え? 書けないんだけど……日本語でいいのかな?

 とこっそりアレクに聞いたら「大丈夫だと思うけど、今日は代わりに僕が書くよ」と言って代筆してくれた。


 此方は鍵が掛かっておらず、そのまま中へと入っていく。

 そして、建物の中央に、大きな降り階段がある。


「こ、ここからがダンジョンなんですわね……」

「お穣ちゃん、怖いならここで引き返してもいいんだぜ? へっへっへ」

「黙りなさい、この不埒もの!」


 ちょ、武器振り回さないで! 楽しませる為にやってるだけでしょ!?


「私、今凄く楽しいっ。こんな学校生活を夢見てましたの」

「私もです。久々のダンジョンだわぁ」


 口調が乱れるほどに興奮して居る御様子だが、果たして彼女はシーラットを倒せるのだろうか?

 あの、一見可愛らしい生き物を。

 てか、ステラちゃんまでそれでいいの?


「アレク、ここからは我等も王女の護衛のつもりで動くぞ。

 カイトは当てにならないものだと心して当たってくれ」

「わかってる。僕はこれでも十階層くらいまでは一人でもぎりぎり行けるから、異常種が居てもその範囲の難易度であれば任せてくれていいよ」


 おい、なんか言い方おかしくない?

 当てにならなくて当然でしょ。初心者だよ俺。

 っとその前にアレクの発言がちょっと気になる。


「低い階層でも強い魔物が出ることあるのか?」

「あるよ。騎士団のダンジョンは七階層くらいまでは出ないけどね。こっちは五階層まで降りれば遭遇する可能性はある。

 まあ、流石にシーラットの所では絶対に出ないから大丈夫だよ」


 なるほど。俺にはまだ行けない場所だから説明する必要も無かった訳か。

 実際アレクと一緒にダンジョン行ったのは初日だけだしな。


「あなたたち、そんなのまず遭えないんだから気にしても無駄よ。

 あっ、でも出たら任せて! うふふ、絶対に見つけるわよ!」


 やばい、ステラちゃんがおかしくなってる。遭えないから気にするなからの絶対見つけるとか……目が輝いてるし。


「……こういう姿を見ると私の護衛で縛り付けているのが申し訳なくなりますわ」


 ご機嫌なステラちゃんを見て少し申し訳なさそうに笑うアリスちゃん。そんな彼女には気付かず、ステラちゃんはアレクと深層の魔物の話しで盛り上がっている。


「リーズ家は事情が特殊ですから、解任する方が酷ですよ。

 お顔を上げて下さい。姫様は現時点で彼女を家族ごと救っているのですから。

 こういった機会もあるのですし、一緒に楽しまれるのが宜しいかと」


 と、意味深な言葉を言うエヴァン。

 視線を向けて首を傾げれば、気を回して説明してくれた。


「彼女の母親の実家は皇国の貴族だ。そうなるとどうしても疑惑の目が行くこともある。陰で何か仕組んでいるんじゃないかとな。

 いや、その前に普段の風当たりの問題の方が厳しいか……」

「そりゃ、きっついな。

 アリスちゃんの護衛を降ろされれば不祥事を起したとか勘ぐられて『やっぱり皇国と繋がってて何かしていたんだ』とか言われちゃう訳だ?」


 そういうの言ってくる奴は絶対に居るんだよな。俺もこの前囲まれて馬鹿にされたし、この世界も例外じゃない事はもうよく知っている。


「平民だという割には察しがいいな。そのとおり。

 口さがない輩は不祥事をでっち上げようとしたり、過去の失敗を持ち出して口煩く言うだろう」


 地面こそ平らなものの鍾乳洞の様な作りになっているダンジョンの風景を見回しながらそんな話しをして歩く。


「どうにか彼女の望みにも応えられれば良いのですが……」

「こうしてアリス様が気を利かせて戦わせて上げているだけで十分かと思いますが。

 リーズ家にも表立って嫌味を言う家は減ってきていますし」


 減ってきているか……この状態でもゼロにはならないんだな。


 俺たちの噂の的になっている彼女は――――


 「わはは、我が愛刀の切れ味、とくと味わうがいいわ!

 やぁぁ! 『大車輪』!」


 ――――などと言って薙刀を振り回し走り回っている。


 いやぁ、それにしても生き生きとしてるなぁ。シーラットなんて俺でも雑魚なのに楽しそうに倒すこと……

 彼女の家の事を聞いてしまったからか、今は突っ込みを入れる気にもならないな。


「そういえば、出ないな。これだけ歩けば普通は遭遇するもんだが……」

「そりゃ……ステラちゃんが突っ込んで行って速攻で全部倒しているからな」


 と、エヴァンの問いに答えつつ、薙刀を振り回すステラちゃんを指差す。


「あぁぁ! もうっ、何で声を掛けてくれないのです! ステラっ!」

「ひゃ、ひゃいっ! こ、これは護衛の一環ですよ? お話されていましたから!」

 

 いつもは燐としているから少し大人びて見えたが、今はまるで叱られた小さな子供のようだ。そんな様を見てエヴァンと二人慈愛顔で見つめる。


「ほ、ほらっ! 姫さま、居ますよ! どうぞ討伐なさってください!」


 ステラちゃんが慌てて指差す先には、気を利かせたのか先に走って行ったアレクが、シーラットを抱えて持って来ていた。

 余裕を持った距離を取りつつアリスちゃんの前に転がす。

 シーラットは可愛い口を空けて『カァァァ』と威嚇する。

 それを威嚇と気が付いていないのか、見詰め合ったまま首をコテリと傾げたアリスちゃん。


「か、可愛いです」

「ねっ? これ倒せるのかなって思うでしょ?」


 コクコクと頷くアリスちゃん。

 のっそのっそと口を開けながら接近するシーラット。


 俺達は興味深々で彼女の心の戦いを見守る。


「ほら、来てますよ姫様!」

「で、でもぉ……」


「怖くないです。やっちゃってください」と握り拳を前に出すステラちゃん。だが、そういう問題じゃないんだよ。

 そんな二人の間にアレクが入る。


「アリス王女殿下、これは魔物です。赤子を喰らったこともある存在です。

 この見た目は相手を騙すものだと心の深い所に落とし込んでください」


 アレクが彼女にアドバイスを送る。

 おい、俺のときより丁寧だな……

 いや、他の事も入れればこいつは俺にも親切だったな。さすがヒロイン。


「や、やぁぁぁ!」


 キッと表情を改め、力いっぱい剣を振るアリスちゃん。

 首を半分程切り裂き、魔石へと変わるシーラット。


「お見事です。カイトなんて一発目は浅い切り傷しか付けられなかったのに……」

「おい馬鹿! それ今言う?」


 とアレクに文句を言って周りの反応を伺えば、エヴァンとステラちゃんが口を半開きにしてこちらを見ている。


「それは……冗談なのだよな?」

「シーラットに攻撃が通らないなんて話は聞いたことがないわ。

 幼子でも一発で倒せるわよ?」

「うるせぇ。もう余裕だっての!

 虫ってのすら倒したことなかったんだから仕方が無いだろ!」


 だからその『うっわぁぁ』って目で見るの止めろ!


「なんか、こいつが可愛く見えてきたわ。シーラットみたい」

「ス、ステラっ! それはいくらなんでも失礼が過ぎますわ……うふ、うふふ……」

「普段の強気な発言も小動物の威嚇という訳か……それでも可愛くはないが……」


 こ、こいつら! めっちゃ傷つくんですけど……


「お前ら、いい加減にしないと怒るからな! まったく……アリスちゃん!」

「は、はひっ、ごめんなさい……でも……ふ、ふふふ。ってえっ? これは……?」


 愛らしく笑う彼女の手に、先ほど倒したシーラットの魔石を置く。


「初討伐の記念だ。まあ、ゴミだけど今日の記念って思えば特別だろ?」

「ま、まぁ……それは素敵ですねっ!」


 一度、両手で祈るように握りこむと、大切そうにハンカチに包んでからポーチにしまうと「次に行きましょう」と意気揚々と歩き出す彼女。


 数回こなせば階段の前まで到着した。この下もシーラットで数が増えるのは変わらないらしい。

「それなら見つけるのも楽ですね」と先へ進むアリスちゃん。

 それから彼女は発見したら駆け寄り即討伐するとポーチに魔石をしまうことを繰り返した。

 そして彼女は三階の階段も問題ありませんと有無を言わさずに降りる。

 補佐をしようとアレクとステラちゃんがサイドに付くが、モルモーンも補佐の必要が無い程度にはこなせていた。剣の振り方などは危なっかしい所もあるが、攻撃を喰らいそうな程酷くはない。


 そんな繰り返しで、気が付けば三階の降りる階段まで着いた。


「姫様は初日だし、この階層までにしておきませんか?

 難易度的にはいけるのですが、ここで一度止まり研鑽を積むのが定石です」


 エヴァンが更に降りようとした彼女に待ったをかける。


「では、ここからはステラのお時間にしても宜しいでしょうか?

 私は手を出さずに見ています。前々から彼女が魔物相手に何処まで戦えるのかを見たいと思っていたのです」


 ああ、そういう事か。と俺達男勢は彼女の意図を納得した。


「そういう事であれば、僕とエヴァンが護衛に付きましょう」

「ああ、私もそれで構わない。腕の見せ所だな、リーズ」

「ひ、ひめさまぁ……! ありがとうございます!」


 ステラちゃんはガチ泣きしてアリスちゃんに抱きついた。それを苦笑しながらも抱きとめ「偶には楽しんでいいんですからね」と彼女も一度抱き返して離れた。

 そして歩を進めだせば、進行は早かった。


 一度も魔物と遭遇せずに奥へ奥へと進んでいく。


 沸くのに一週間掛かるとか言ってたし、皆が通る道を知っているのだろう。

 十数分程度で次の階段に辿り着き、一つの問いかけもなく降りて行く。

 まあ、まだ大丈夫とアレクが呟くこと数回。

 もう七階層の降りる階段まで来ていた。


「戦いと言える階層に辿り着くまでが長いですね。もう少しですよ姫様。半分以上きました」


 半分以上と彼女が言った時にエヴァンの頬が引き攣った。それではもう最下層ではないかと。

 恐らく、アリスちゃんの言葉を尊重してある程度のところまでは許容するつもりだったのだろうが、どう考えても降りすぎだ。

 なんも知らない俺でももういい加減拙いってわかってたぞ?


 そんな空気の中、いけしゃあしゃあと語る彼女の頭をコツンと叩いた。


「お前さ、アリスちゃんが居るのにどこまで行く気だよ!

 絶対に安全な所までしか降りちゃダメだろ!? アレクとエヴァンに確認した?」

「そ、そうだったわ……でもべレス君ならやれるわよね?」


 ハッと我に返った顔はしたのだが、問いかけ方に威圧感を感じる。どうしても下に行きたいらしい。


「護衛でしょ? 余裕が欲しいから降りても八階層に留めて欲しいな。

 エヴァンはどう? もし複数来た時に厳しいならここにしておこう?」


 流石アレク。こんな理不尽な言い方もなんのその。特に気にした様子も無い表情で応えた。

 だが、話を振られたエヴァンはご立腹だ。


「当然、ここで止めるべきだ。私はこの程度が今はギリギリのラインだからな。

 だがこれでも文官の割には鍛えているのだぞ?

 まったく、その文官が護衛を勤めているというのに考えが足りな過ぎるぞリーズ」


 冷静ながらも冷たい視線で叱りつけるエヴァン。かなり男前な顔だ。

 お前ダイエットしたらイケメンになるぞきっと。いや、この世界じゃどうなんだろ……


「まぁ、ここで止まってくれたのですから。ねっ、今は楽しみましょう?」

「姫様……すみません。この階層で我慢します。

 敵は一匹たりとも通しませんので見ていてください!」


 薙刀の様な武器で石突を行い気合を入れると、走って先へと行ってしまった。

 どうやって見ればいいのだろうかと唖然とする一行。


「えーと……護衛、変えた方がいいんじゃないかな? 流石にアリスちゃんの今後が心配になるわ」


 先ほどの話を聞いて尚思わず口から出てしまった。いや、でもこれはちょっと……


「まったくだな。ここまでとは思わなかった。アリス様、本気で検討すべきかと」

「私は基本危険な所に行きませんから。

 それに、戦闘においては同年代の護衛の中でトップなのですよ?」


 彼女の執り成しを聞いて尚エヴァンは難色を示したが、アレクが「まぁまぁ、今日はそういう主旨だからなんでしょ」と彼を抑えた。


 その時、八階層へと続く階段の奥から、女性の叫び声が聞こえた。


「お、お姉様!?」


 アリスちゃんの呟きだけが響き、俺達は驚愕からお互いの目を見合わせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る