第9話

 目が覚めて、思わずやっちまったと呟いた。


 王女たちから逃げおおせて、飯の時間までダンジョンに籠もれたのは良かったんだが、飯を食い風呂を終えて部屋へ夜食のパンを運び、ちょっと休憩と一息ついたら寝てしまったみたいだ。

 まあ、徹夜だったから仕方ないか。


 食堂へ行って時間を確認すると陽の一刻を半分程過ぎたところ。

 てことは朝の七時くらいか。

 飯食ってすこししたらアレクが来ちゃうな。


 そう思ったものの、こんなに近いのだからやらない手はないと飯を搔き込んでダンジョンへとダッシュする。 

 二階層を走り回り『飛燕』の練習をしつつ狩りに勤しんだ。

 そうして戻ってみれば、予想通りアレクが立っていたのだが……


「お前、どうしたのその顔……」


 此方に気がついて軽く手を上げた彼の左頬は、酷く腫れていた。


「無理にでも入団しようと画策していたらお爺様に怒られてね。

 思い切りぶん殴って置いて『この程度で動けなくなるやつはいらん』だってさ……」

「そうか。ルンベルトさんがね……

 でもそれならその程度を耐えられるようになればいいんだから、先は見えたな。

 頑張れよ!」


 アレクは目を見開いて此方を見ている。

 何を呆けているのだろうか。当たり前だろ。本人がそう言ったんなら。


「いや、それは諦めさせる為の方便でしょ?」

「いやいや、その方便を潰してこれで使えるだろって言いに行けばいいじゃん?」

「っ!? た、確かに……

 少なくとも士官学校を卒業するまではもう聞くなって言ってたけど、それならまた聞く口実になるな……

 僕、他のダンジョン行って鍛えてくる」

「ああ。けど、若干弱いところでやれよ? 強さよりも討伐数だ。だけど集めないで迅速に一匹ずつな。単体相手が一番楽で早い。その方が早く強くなれるから」

 

 彼にも怪我したりして欲しくないので、王女に言った嘘と同じ事を伝えた。

 まあ、嘘かどうかはまだわからんし、合ってる可能性は高いと思っているけども。


 単純なアレクはその言葉に「余裕がある所で数をか……それは盲点だった」と嬉々として他のダンジョンへと向かって行った。


 ああ、せめて場所だけでも聞いておけばよかったか?

 いや、ここが独占状態なのに他に行く意味はないな。

 さて、アレクも行ったし俺もダンジョンへと帰ろう。今日は魔法の授業だしな。


 それから俺は無心になった。シーラットはもう既に俺の中で『飛燕』を練習する為の的となり果て、見つけた瞬間から型の方へと意識が向く。

 そして数時間経ったその頃、シーラットに遭遇しなくなった。


「えっ? もうかれこれ二十分くらいは歩いてるんだけど?」


 そして一つの可能性が思い当たる。


「ああ、わかった。リポップに時間が掛かるんだ……」


 けど、どのくらい掛かるんだ?

 てか、二十時間もやってないんだけど。十数時間で狩り尽しちゃうの!?

 それで沸くのに時間が掛かるのは困るな…… 


 いや、考える時間が勿体無い。


 一階層に戻ってそっちを探索しつつ、ぶつくさ言っていればいいや。

 んで一階層を狩り尽くしたら二階の様子を見て、居なければ三階層。そこを狩り尽くしたら二階層を見に行こう。


「うっし、やるぜ!」


 てか、折角の無心モードを解かないで貰いたいもんだ。


 俺はこのモードをゲームで言う早送りやスキップの感覚で使っている。ただぼぉっとするのの極致みたいなものだが、精神的にものすっごい便利だ。

 本当に嫌な事や考える事が必要な事では発動できないが、それ以外に関しては発動可能なのだ。


 例えば目的地に歩くときに発動すれば、気がつけば時間が経っていていつの間にか着いている。

 だが、地図を見たりしなければ行けないような場所は無理だ。


 要するに、何が言いたいかというと、ここでなら発動可能で精神的に削られずいつまでもやっていられるという事だ。

 最初に懸念していた疲労感も、加護を受けた恩恵か、だるくはなるが痛いほどじゃない。


 だけど、試しにと長いこと走り回ってみたが、そっちは流石にダメだった。


 無理すれば息は切れるし足も痛くなる。結局疲れない程度の緩い競歩に落ち着いた。

 だがレベルを上げればそっちもいけるようになるはずだ。

 だってこの町の移動で兵士の半数は交代で走り続けていたもの。何時間も。


 そんな事を考えている間にいつの間にか無心モードに入って居た様だ。

 気がつけばこの階層でも魔物に出会わなくなっていた。


 しかしこういう時、無心モードも考えものだな。経過時間が一切わからん。


 腹減った感覚からだと五時間くらいか?

 と、パンを一つ取り出してくわえた。


「こっちは数が居ないから割かしすぐだったな」


 このダンジョンは大半が一本道で枝分かれしない。そして行き止まりも二つしかなかった。だから行って戻ってが少ない分楽なんだとアレクから聞いていたが、討伐し切ったのが簡単にわかって本当にいいな。


 さて、お楽しみの三階層だ。


 勝手知ったるとそそくさ三階層まで降りて、狩りをスタートさせる。


 ここの階層はモルモーンという魔物が出現する。小さいが人型でのっぺらぼうなので外見がちょっと怖い魔物。


 口が無い武器もないでどうやって攻撃してくるのだろうか。まさか殴り掛かって来るだけなのか?

 ちょっと不思議で試してみたくもあるが、態と喰らうような馬鹿な真似はしたくない。

 後でアレクに教えてもらうのが一番良いだろうと、出来るだけ迅速に倒す事に専念しようと決めた。


「しゃっ! 来いっ!」 


 そんな事を言わずとも来るのだが、これが一人では初戦と言って良い戦闘だ。

 シーラット討伐は戦いとは呼べないものだったからな。

 だが恐怖は無い。アレクにつれて来て貰って一緒に戦った事はある。


 まあ、アレクが素手で殴りつけて倒れたやつにとどめさしただけだけど。

 しかも三匹しかやってない。本当に体験しただけだ。


 それでも動きがとろい事も攻撃が通る事もわかっている。


 もう流石に余裕だとシーラットで鍛えたエセ『飛燕』で切り込む。

 するとシーラット同様、切り返しは要らず最初の袈裟切りで魔石へと変わった。


「いいねいいね。これくらいさくっとやれるのが好きよ俺」


 ゲームでもそうだった。強い所へ行くのなら、やばいくらいに強い所。

 だが、レベリングをするのであれば許せる経験値の中で一番弱い所が好きだった。

 MMOの中でアクションゲーの様に無双して居るのが爽快感があって好きだ。


 まあ、本当に弱い所は経験値量の差が酷い場合が多かったから、ここまで無双できる場所はまず無かったけどな。

 あと、レアドロップが無いし。うん。これも重要。


 そんな事をぶつくさ言いながら、再び夢想モードに入るまで、ぼぉっとしようとしながら狩りを続ける。


 ――――――――地面に倒れた衝撃で我に返った。


 またモードに入って居たのだろう。


 それはいいのだが……


「あれ? 何で俺這いつくばってるの?

 ダッセェな何も無い所でコケたの? 俺……」


 誰も居なくて良かったと立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。


「うっは、マジで?」  


 いつもなら、その前に解けるだろうがよ。それ程に楽しくて入り込んでたんだな。

 三階層でテンション上がって若干スピードも上がってたんだろうな。

 いや、相手が動く魔物だからその分足に負担掛かったのかも。

 けど、どうしよ。足がプルプルして上手く歩けない。


 幸い、魔物は近くに居ない。取り合えず回復するか魔物が来るまで座っていよう。

 そう考えて横になったまでは良かったのだが、今度は眠さがヤバイ。

 流石にこんな所で寝るわけには行かない。

 意地でもダンジョンを出てからにせねば……


 時折頬を平手で張って目を覚まし足の回復を待った。

 幸い魔物が襲ってくることも無く、何とか歩けるくらいになってきてので早々にダンジョンを後にする。

 そして脇目も振らず部屋に入り速攻で眠りについた。




「もう、起きて。起きてってばぁ。遅刻しちゃうからぁ!

 今日は遅刻しちゃダメなのぉ!」

「そ、そういう……とこやぞぉ……zzz」




 目が覚めた。なにやら頬が痛い。

 身を起し、気配を感じて視線を向ければ隣には口をへの字に曲げたアレクが立っていた。


「おまっ、勝手に入ってくんなよ! 今何時だと思ってんだ?」

「こっちのセリフだよ! 急いで着替えて! 今日は正式な登校日だから遅刻はダメなんだよ! ってもうこれ何回目だよぉぉ!!」


 なんだそれ、聞いてねぇぞ?

 ……ってえっ!? もうちょっとで二の刻になる?

 マジか。そういえば何時に帰って来たかも知らねぇわ。

 

 そう思いながらも急いで着替えて飯も食べられずに宿舎を二人で飛び出した。


「もう、カイトは寝相が悪すぎだよ。僕、朝から大変だったんだから……」


 わかったよ。わかったから睨むな!

 てかお前また抓ったろ? ほっぺたが今もなんかジンジンするんだけど……

 ちょっと、無視してないでなんか言えよ。


 講堂に入り、遅刻回避が決定したので二人で雑談に入るのかと思ったら、文句を言うだけ言って口を閉ざしたアレク。

 まったく、こんな所でまでヒロイン属性出してくるお前には恐れ入ったよ。


 だけど、生徒一杯いるなぁ。ホントにガラガラだった講堂が埋まったよ。


「もう前は空いてないし、適当に後ろに座るか?」


 プイっとそっぽを向きつつも、一番後ろの席に腰を掛けるアレク。

 どう反応すればいいんだよと思いつつも、彼の隣に腰を掛ける。先日の姉妹アタックに戦々恐々させられたので思わずアリスちゃんが何処にいるかを探したら、前の方でステラちゃんと仲良く座っていた。


 声を掛けようかと迷ったが、止めておいた。


 まあアリスちゃんならいいんだけど、あの姉二人が付いてくると考えるとなぁ……

 そう思っていれば、前の方からわざわざ席を移動してきたエヴァンが隣に座った。


「カイト、キミに声を掛けたのは失敗だった」


 開口一番彼はそんな事を言った。

 お前、それ言う為に移動してきたの?

 そう思うものの、あれはこいつも厳しかっただろうと素直に謝罪する。

 王女二人が怒ってる所に置いてきちゃった訳だし。


「ご、ごめん。口は災いの元だね」

「いやいや、緩すぎだろう。その口!」

「まったくだよ! カイトは反省した方がいいよ!」


 何でアレクが混ざって来るんだよ! その場に居なかっただろ?

 え? 居なかった所には居た? 何言ってんの? 頭大丈夫?


「ムカぁ! 後で覚えてなよ!」


 ムカぁって口に出して言うとか。もうお前性転換しろよ。

 そう考えて居たら、太ももを抓られた。


「あだだだだだ。おまっ、なんで……考えてただけなのに!

 皆見てる! 見てるから!」

「アレク、キミも大変だな。気持ちは凄くわかるぞ。

 私など、先日は王女様方を巻き込んでそれをやられたのだ。

 エリザベス様の外見を『ぼちぼちいい感じです』などとのたまったのだ。

 アリス様とソフィア様を大絶賛した直後にな。

 正直、本当に生きた心地がしなかった……」


 口をぱっかり開けるアレク。疲れた目で溜息を吐くエヴァン。

 まあ、確かにエヴァンには悪い事をしたよ。巻き込んだの俺だし。


「けど、話は進んだだろ?」

「振り出しに戻ったのを忘れたのか!?」

「いや、ほら、意見交換しただけでも進展、みたいな?」

「キミ、ホント腹立つな!」


 わ、悪かったって。怒るなよ……ポッチャリ君


「騙されちゃダメだよ。

 一見落ち込んでる様な顔してるけど、絶対反省してないから」

「わかっている。騙されなどしない。王女に向ってアリスちゃんなどと言い出すような輩に反省する心などあるはずが無い」

「カイト、キミはなんて事を……」


 ちょっとちょっとなんで二人して叩くの!? 俺のHPはもうゼロよ?


「だから間違えたんだって。あれはもう許して貰ったじゃん。

 ちゃんとステラさんにも怒られたし」


 そう言うが二人のジト目は留まる事を知らない。

 もういいや、諦めた。と俺はそっぽを向く。その方向には可愛い女子が座っていた。

 お隣さんなわけだし、取り合えず挨拶しようかな。


「おはようございます」

「え? あ、はい。おはようございます」


 返事をしてくれた。マジマジと彼女の顔を覗こうとしたが、間に体を割り込ませたやつのお陰で彼女の顔が見えない。

 誰だよ、わざわざ机に手をついて前割り込んで来たのは!

 あ、でもこれ女子の制服だ……


 顔を上げれば、そこには『ぼちぼち可愛い』女の子が居た。

 その子はこちらに笑顔を向けている。


 俺はさっと顔を逸らす。


「あらぁ、私の醜い顔は見たく無いとでも仰るのかしら?」

「醜いなど一ミリも言っていません。てか、学年違いますよね?」

「あらぁ、出て行けとでも仰るのかしらぁ?」

「そうでは無くてですね、今日は出席しなきゃいけない日じゃないかと……」

「あらぁ、それは一年だけだと知らないのかしらぁ?」


 止めてよ『あらぁ』を威圧的に連呼するの。すっごい心に響くから!

 もういいよ! こっちからも言って言えなくしてやる。


 俺は恐る恐る顔を見上げ「あらぁ、そうだったかしらぁ?」と言い返した。


「あなた……本当に度胸だけはありますわね」 

「いえ、不器用な男ですから」


 できるだけ渋い感じに決めてみたのだが、お気に召さなかった様子。作り笑顔だった彼女の顔がさーっと真顔へと変化した。


「あの、下級生を虐めてどうされたいのですか。王女様」

「苛めているのではありません。正当なお返しです。

 あっ、良い所に来ましたエレナ教員! この馬鹿を少しお借りしてもよろしい?」

「えっ? ええ、魔力の講義を代わりにして頂けるのでしたら一向に構いませんわ」


 いやいや、構いますよ俺が! もう超防御態勢で構えてますから!

 てか、ちょっとエレナ先生? マジで言ってるの!?


 アリスちゃん助けて。

 ちょっとなんで手を振ってるの? バイバイ?


 やめて!


 と俺は首を横に振ったが苦笑するばかりで引き止めてはくれない様子。

 どうすりゃいいの。とアレクとエヴァンに視線を向ければ二人してそっぽを向いていた。

 それはもう隣の席の椅子を見る程に全力で。


 俺は、エリザベス王女に腕を掴まれて講堂からドナドナされていった。


 ヤバイ、この王女握力めっちゃつえぇ。


 そんな事を思っていれば、着いた先はまた食堂だった。奇しくも先日皆で言葉を交わしたあの席だ。


「この席、好きなんですか?」

「違うしどうでもいいわよそんな事!」

「じゃあ、何で呼び出したの……」

「じゃあって何一つ関係無いじゃない……もういいわ。

 あなたにおねが……いえ、命令をしに来たの。聞きなさい」


 なんで言い直したの? 折角断ろうと思っていたのに。

 超怖いんだけど。絶対に聞く前から了承の意を示しちゃ駄目な顔だよこれ。


「き、聞くだけなら……」


 恐る恐る顔色を伺いながらも生存の一手を打つ。


「金輪際、アリスに付きまとうのは止めなさい」

「あ、それ? はい。わかりました」

「えっ?」

「えっ? 何か?」


 あれでしょ? 王位に据えるってことになったんでしょ?

 元々そうであれば距離を置くって話だったし。


「あなた、アリスに懸想して居るんでしょ?」

「いいえ? していませんと再三申し上げてありますが?」


 彼女は驚愕した表情で暫く固まっていたが「まあ、わかったのならいいわ」と納得してくれた。

 しかし、何度も言っているのに何でわかってくれて居なかったのだろうか。


「その旨はどっちから伝えれば?」

「当然私が言うわよ。あなたは自分からは金輪際近寄らないで」


 その言葉にも素直に「わかりました」と返答した。


「代わりにソフィアお姉様にならいくらでも付きまとっていいわよ」

「全力でお断りします。使い潰されて終わるだけでしょ?」


 発言内容や、俺を速攻で処罰しようとしたことから見て一番近寄りたくない相手だ。


「ふーん、見る目はあるのね。けど、好みなんでしょ?

 私を貶して好感を得ようとするほど……やっぱり許せないわね」


 なんで素直に了承してんのにまたぶり返すわけ?

 っていい加減しつこいわ!

 もういいわ、ちょっと言ってやろ。


「だから、可愛いって言ってるじゃないですか! あなたも普通に可愛いっての!

 また契約書に書きましょうか!? いいよ? 書くよ!!

 ほら出してくれよ! この外見なら生涯愛せますとか誓うからさぁ!?

 はやくぅ! ほらあくしろよぉ!」


 あ、やべっ、言い過ぎた。

 思った以上に鬱憤が溜まっていたようだ。いざ言い出したら止まらなかった。

 テーブルをバンバン叩いて普通に大声で怒鳴ってしまった。 

 ギュッと凍えるように手を握り縮こまっているエリザベス王女。


「ど、怒鳴らないでよぉ……」と呟く様に言った彼女の声は少し震えていた。


 あれ? 意外に弱かった。

 エリザベス王女は口を尖らせて俯いている。その仕草はアリスちゃんと一緒だ。

 似てないけどやっぱり姉妹だなとその場に合わぬ感想を抱く。


 てか、マジでどうしよ。王女に怒鳴っちゃったよ……

 まあ、でも悪い事言った訳じゃないし?

 王女もなんか大人しくなってるし?


 そうだ、きっと今がチャンスだ。言質を取っておこう。


「悪かったよ。けど、揚げ足を取り続けるのもダメだろ?」

「う、うん。わかった。もうしないわ」


 あ、あれ? めっちゃ素直……どういう事?


「お、おう。じゃあ、これで手打ちって事で俺は戻るけど……」

「待って……」


 え? やっぱりダメ?


「魔力の講義、まだしてないから……待って?」


 あ、今なんかキュンと来た。最後の疑問系。キュンと来た。


「じゃ、じゃあ御言葉に甘えようかなぁ?」

「う、うん。約束だしね?」


 じゃあ手を出してと言われてそれに従い片手を差し出すと、両手で包むように握られた。 


 え? ど、どういう事?


 とドギマギしていると「これが魔力を纏った時の感覚」と言われて、目を向ければ手の周りが淡く光っているのが見えた。

 

「自分でも魔力を出してみて」


 そう言われてコンロに火をつけたときの感覚を思い出し、その時の感覚を再現しようとした。だが、上手く外に出てこない。


「コンロで火を使った時と勝手が違うな。どうすりゃ外に出るんだ?」

「あぁ、生活魔具は魔力が扱えない一般人向けだから、魔力を吸い出す素材が使われてるのよ。

 そうねぇ、出したい所に穴をイメージしてそこに魔力を流し込んでみて」


 こ、こうかな? と言われたとおりにしてみれば、彼女みたいな光ではなく、黒いもやが飛び出した。


「えっ!? 黒い、魔力!?」

「え? 黒ってヤバイのか?」

「いいえ。そんな事はないと思うのだけれど……」


 放心したように言葉を止めるエリザベス。


「頼むよ。何かあるなら教えてくれ」

「いえ、教えるのは構わないけど……確証は無い話よ?」


 そう断りを入れて彼女は教えてくれた。

 大昔、それはもう千年以上前の時代は魔力の色は黒だった可能性が高いと言われている。

 昔から残る御伽噺では皆、黒い魔力をまとって活躍するお話になっているらしく、一説では黒い魔力は特別な力を持つのではないか、とも言われているそうだ。


「あー、多分だけどそりゃねぇな……」


「どうして?」と問われて、コンロに火をつけただけで魔力切れで動けなくなった話をした。

 ステラちゃんの魔道具でも付けた瞬間魔力切れでぶっ倒れた話もついでにすれば、納得してくれた。


「でも、きっとあなたは特別なのだわ。これって絶対凄いことよ?」


 そう言って握る手に力が入るエリザベス。彼女の目は潤み顔も火照っている。

 そこまで特別な風に接しられたら流石にこっちも鼓動が速くなってくる。


 だが、勘違いをしてはいけない。今の俺は激弱なのだ。


 きっと今は高レベルのクエスト受注画面の様なものなのだ。


 認めればエリザベスの難題とかいうクエストが発生するに違いない。

 なのでしっかりと勘違いは正す方向で話を進める。


「言っておくが、俺はつい先日までシーラットですら一撃で倒せなかった程に弱いからな?

 黒いのが特別なのかは置いておいて、強さを期待されても何もできないぞ?」

「えっ!? シーラットって最弱のあれよね? 素手で?」 

「いいや、剣をもって。アレクも確認しているし、マジ話しだ」


 すぅぅっと彼女の熱がクールダウンしていく様が見えるようだ。

 赤みが引いて「そっか。私の重荷を一緒に背負ってくれる人かと思ったんだけどな」と力ない笑みを浮かべたエリザベス。


「期待させて悪かったな。魔力の出し方教えてくれてサンキュ」

「や、約束でしょ? その、色々きつく当たったことは謝るわ。

 だから、その……嫌わないでね?」

「えっ? あ、ああ。俺も、迂闊なことをよく言うが、処罰とか止めてくれよな?

 今回の約束はちゃんと守るからさ。アリスちゃんが女王になるんだろう?」

「え? 女王って何の話?」

 

 なにやら認識がずれている所があったので一応確認をと、女王に据えるのに俺と一緒に居たら外聞が悪いからって話じゃないのか、と問いかけた。


「いいえ。あなたがアリスに不埒な事をするかもしれない可能性もあると思って……

 だってあの子断ったりできないじゃない? 男はその……したくなるんでしょ?」


 ああ、そっち? いや、なるけども……


「俺は無理やりなんて事はしないぞ?」

「それはそうでしょうけど、仮にアリスが望んでも許される話じゃないのよ?」


 え? あ、それはそうだ。失念していた。

 いや、そんな関係になれるとは思っていないから考えて居なかっただけか。


「それ以前に俺みたいな平凡な見た目の男にはさすがのアリスちゃんも引っかからないだろ」

「それ、本気で言ってるの? あなた、モテそうな外見しているわよ?」

「いや、お世辞はいいよ。自分の事は良く分かってる。日本じゃ……

 って待った。男の方も美的感覚違うの!?」


 驚いて思わず説明無し一足飛びに問いかけていた。だが、彼女は上手いこと解釈してくれた様子。


「そうだったわ。出身が遠い異国なのよね。それで美的感覚が大きくズレているわけね。

 この国ではあなたはモテる部類に入るわ。アリスだって好感持ってたじゃない」


 マ、マジで? あっ、でももう距離置くって言っちゃったよ。

 と、取り消せない? なんて聞けないよなぁ……


「そ、そうなんだ?」

「わ、私だって……」


 え? もしかして、モテ期来た?


「私だってこんな事言いたく無いのよ? けど、仮にアリスに何かしちゃってあなたを本当に処刑する事になってしまったらあの子、心に大きな傷を負うわ」


 ああ、そっちね。けど……


「エリザベスは優しいんだな……っと間違えた王女殿下!」


 ま、またやっちまった。


「わ、わざわざ言い直さないでよ! もう、ばか……」


 あれ? 怒らないぞ? どういうことだ?

 あ、わかった。こいつマゾなんだ。だから怒鳴ったら気持ちよくなっちゃって火照った顔してたんだ。


 うわぁ……


 一応和解できたけど、ちょっと距離をおいた方がいいな。

 そんな思いを抱き、授業へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る