第7話

 早朝、ダンジョンのある建物から出た俺は「ん~~」と腰を後ろにそらし背筋を伸ばす。

 そして今日の予定はどうしようかと考える。


「午前中の授業は後々のために外せないだろ。

 なら、午後の授業はスルーして睡眠時間に当ててそこからダンジョンでいいか?

 いや、何度も同じ授業をやると言って居たし、完全にエスケイプして籠もり続けるという手も……」


 そんな風にぶつくさと独り言を喋りながら部屋へと戻ってみれば、部屋の前でアレクが腕を組んで仁王立ちしていた。


「僕、心配するから部屋に居てって言ったよね? 一杯心配したんだから!」


 と、僕怒ってますという顔で睨みつけるアレク。

 そういとこやぞ! と言いたいが今日の所は俺が悪いな。


「悪い。時間がわからないもんだからまだ朝になってないと思ってたんだ」

「まさか、夜通しやってたの!?

 もう、何やってるの! 自分の体のことも考えてよ!」

「そ、そういうとこやぞ……」

「えっ! 何っ!? 聴こえない!! もう一回言ってみなよ!!」

「な、なんでもないです」


 まったくと怒りながらも「ほら、制服」と世話を焼くアレク。

 もう生粋のヒロイン属性である。


「ああ、それなんだけどさ……」


 と、先ほど立てた予定を相談した。「まだ足りないの?」と呆れていたが、それでも真面目に考えてくれた。


「カイトは古代語何処まで読めるの? って言っても、説明できないか……」

「いや、多分何でも読めると思う。あの言葉は知ってる。

 俺の国ではあの文字が母国語だったから……」


 そう言えば驚いた顔はみせたが「どうりで」と納得してくれた。


「そういう事なら魔法の授業は全部スルーしていいと思う。

 ただ、スキルの方は自分の扱う武器のを全部出ないと拙いよ。後々に響く」


 魔法と違い、スキルは詠唱の代わりに動きを完全に覚えなければいけないらしい。

 覚え切れなかった時に備えて、最初の方に受けて置くべきだとアレクは主張する。


「なるほど。それで今日はどっちなんだ?」

「スキルだよ。残念だったね」

「いや、俺はどっちでも楽しいからな。スキル習得もドンと来いだ」


 そこまで言葉を交わした頃には着替えも終わっていて「まったく、羨ましいよ」と呆れるアレクにさあ行こうと声を掛けたのだが。


「ごめん、今日も調べたい事があるんだ。僕は学校を休むよ」


 何を調べるのか問いかけてみれば、王国騎士への入団方法だった。それも士官学校在学中のだ。

 過去にその例がないかを調べ、ルンベルトさんに直談判すると息巻いている。

 だが、卒業試験の十二階が無理だと言って居たのだから強くなるほうが先な気がする。

 その旨を問いかけて見ても「それでも……」と頑ななのでそれ以上言うのはやめた。


 危険な事する訳じゃないし。仮にルンベルトさんがそれを認めるのなら、アレクにもやれる範囲の仕事があるという事だ。


 ならば俺は応援するのみだ。


 本当にごめんと謝罪する彼に「いや、元々そこまでする必要ないだろ。今の時点でもうマジで感謝してるから気にすんな」と返し、一人学校へ向う。 


 学校に着き講堂へ行くが誰も居らず、職員室で聞いてみれば訓練場での授業となっていた。

 なるほど、スキルの場合は朝からそっちなのねと理解して赴く。


 そして、中に入れば当然の事ながらもう始まっていた。

 昨日と違い、仕切りの中の広い広場で授業を行っている。

 教えているのはエレナ先生だ。やったねと小走りにその輪に入った。


 登校したことに気が付いたアリスちゃんが近寄ってきて、開口一番に謝罪の言葉を口にした。


「先日は大変申し訳ございませんでした。あのような事になってしまうなんて……」


 隣で一緒に頭を下げるステラさんも神妙な面持ちだ。

 一つも気にしていなかった俺は、そんな二人に即座に「待ってください」と言葉を掛ける。


「あれは仕方が無い事ですって。王女殿下、私などに頭を下げてはなりません」


 頭を下げる彼女を制して胸に手を当てて地に膝を突いた。

 少し土下座と迷ったが、それはそれで外聞が悪いだろうと此方を採用した。


「私が至らないばかりにアリス王女殿下に心労をお掛けしてしまった事、心より深くお詫び申し上げます」


 これはポーズだ。彼女の思いをまだ聞いて居ないのだから、王族としての威信に陰りが差す可能性がある行為は厳禁だろう。

 使った事がない言葉に、間違って居ないかドキドキしながらも仰々しく振舞う。


 だが、チラリと様子を見れば、エヴァンが驚いた表情でこちらを見ていた。

 ああ、そうか。此方を立ててればあちらが立たぬ状態なのか。

 だけどごめん。今はちょっとスルーさせて。


「わかりました。わかりましたからお立ちになってくださいませ」


「はい、それを貴方がお望みとあらば」とヘンリーの真似をしつつ立ち上がり、ポーズはもういいだろうとステラさんに問いかけた。


「それで、昨日の話、王女殿下にしてくれた? それとも一緒に話す方向?」

「え? あの、昨日はそれどころじゃなかったでしょ? 体はもう大丈夫なの?」


 と、ツンツンしてた彼女からは思いも寄らない心配の言葉が帰って来た。

 なので恥を押して「俺の魔力が少なすぎて即効で枯渇しただけだから」と話すが、言葉を返したのはアリスちゃん。


「そういう事でしたか。

 ですが、ステラと内緒話ばかりで寂しいです。

 私には教えて頂けないのでしょうか?」


 少し口を尖らせ上目遣いでちらちらと顔色を伺う。

 勿論、聞きたいなら教えるよと答えたい所だが、ステラさんがどう思っているのかが問題だ。と彼女に視線を送る。


「……昨日の内容が事実なら、伝えても問題ないと思うわ。

 けど、私はまだ貴方を信用できない。だって全てにおいて性急すぎるもの。

 貴方の姫様に向ける想いの強さが理解できない」


 ……俺、それほどの事を言ったか?

 ただ、可愛いと思ったからマジ可愛いと伝えただけだろ。

 正直、女性と関わりなんて無い俺にはそこらへんの機微と言うか限度ってもんがわからないんだよな。


「いや、信用できないのは仕方が無いと思うんだけど……

 流石に恋しちゃってるわけじゃないよ? すべてはこれからの話でしょ?

 好感の持てる相手だし、これほど魅力的なんだから接点を持ちたいと思うくらい普通じゃない?」


「こ、これから……なんですか?」と真っ赤な顔のアリスちゃんに問われて漸く隣で話を聞いて居たことを思い出した。


 どうしよ、昨日の離れていた時の流れで普通に話しちゃったよ。

 なんかもう、昨日から愛を囁きまくってる軽薄な男みたくなってるよ俺。


 そうか。ネットとは違い、リアルでは可愛いものを素直に可愛いと言えば良い訳じゃないんだな。


「本人居たんだったよ……

 ちょっとステラさん、自爆しちゃったじゃん! どうしてくれんの!?」


 仕方が無いので必殺、人の所為。ネットゲームならこれで大抵なんとかなった実績がある。後で個人チャットで叩かれることもあるが。


「わ、悪かったわよ。……って私、悪くないわよね!?」

「ちっ、そこに気がついてしまったか……」


 睨むステラさんに笑うアリスちゃん、彼女が笑ってくれた事で漸く一段落して俺の気分は落ち着いたが、だからこそ気付けたことがある。

 最初の畏まったポーズなんて無意味なほどに俺達は注目されていた。


 そんな中、エレナ先生が「はーい」とパンパンと手を叩きながら注目を集めた。


「ヤル気がない奴は帰りなさい。ここは学ぶ場なの。おわかり?」


 何故か視線が俺をロックしている。

 えっと、皆に向けて言ってくれませんかね? くれませんよね。

 仕方ない。意思表明をするか。


「ヤル気あるんで学ばせてください!

 特にエレナ先生の授業は全力で受けていきたいと思っております」

「よろしい。ならば、真面目に取り組む様に。次はペナルティを課します」


 冷たい目で軽く睨むエレナ先生。それもまたご褒美です。

 そう思って見つめて居ると、先生はゆったりとした動作で大きく一歩前に出ると、剣を振り下ろし反転させて切りあげる。


「これが『飛燕』の型。押しが強い魔物の場合に有効よ。上からの叩き降ろしは耐えれても、下からの突き上げは割りと怯ませることが出来るの。

 さぁ、見せたのだからすぐに反復なさい! 何を足を止めている!

 死にたくなくば全力で我が物とせよ!」


 訓練場にあの優しげなエレナさんとは思えないような張った声が響く。

 俺を含め一同は即座に動き出した。


 俺は焦った。彼女の大声にじゃない。

 半数以上のものがある程度形になった振り方をしているのに俺は前方への踏み込みが必要になっただけで上段の振り下ろしさえ覚束ない。

 ただ好きに振っていた時と比べると勝手が違いかなり難しかった。


 アリスちゃんも苦手なようで、二人でお遊戯しているみたいになってしまっている。

 彼女の従者であるステラさんは『飛燕』と颯爽とスキル名を唱え、風圧を感じるほどの剣技を見せた。


 スキルが発動しているからか腕から剣に掛けて淡い光を放っていて、先生が行ったものよりダイナミックな動きだ。

 すっと踏み込み大きく袈裟切りを行い、身を翻しながら前方に跳ぶと一本背負いをするかのように大きく切り上げていた。


 瞬間的にだが、淡い光によって斜めにVの字が空中に描かれた。


 その一連の動作は力強く速い。当たれば真っ二つに切られると容易に連想させられた。

 俺も習得したい。これめっちゃカッコいい。


 こうなったら、もうスキルを習得しているステラさんを頼るしかないと彼女に情けない顔を向けた。


 それはもう恥も外聞もなく全力でだ。


「ステラさまぁ、ご教授を……」とうるうるした目で見つめただが、彼女は汚物を見るような目で一歩引いた。

 それに「ステラぁ、できませんわぁ……」とアリスちゃんも続く。


 当然、俺のほうには目もくれず、彼女の方へと寄り添うステラさん。


「まったく、姫様は仕方がありませんね。

 ……変な顔でこっちを見るな、邪魔。さっさと教師の所にでも行って!」


 あれぇ……俺だけダメなの?

 アリスちゃんも苦笑するばかりで今回は援護してくれない模様。


 ならば本当に行ってこようじゃないか。


「エレナ先生、反復も覚束ないまるっきり駄目な俺に指導を頂けないでしょうか?」

「ええ、その為に教師は居るのです。取り合えずやってごらんなさい」


 そう言われたので、あの動きを真似ようと頑張ってみた。


 だが最初の踏み込みすら上手くいかず、振り下ろす体制が整わないままに剣をふったものだからよろけてしまう。

 その瞬間、頭に強い衝撃を受け、突如頭部に受けた強い痛みに蹲る。


「ペナルティです。真面目にやりなさい。今度は手加減しませんよ?」


 彼女の目は据わっていて本気で怒っているのが見て取れる。

 その気迫に押されつつも、ふざけて居ないと弁解する。


「あの……これが本気なのです。せめて少しでいいのでアドバイスを……」


 クスクスと嘲笑の声が飛ぶ。ご丁寧に輪になって俺の様を観察して居る。

 アリスちゃんが居ないからかそれはもう見下してのご鑑賞だ。


「おい、あいつあれが本気だってよ。やばすぎねぇ?」

「あれが同じ騎士を目指すって考えたら虫唾が走るな」

「なんで士官学校に来たのかしらね」

「あら、滑稽でいいじゃない。学校にも娯楽は必要だわ」

「おい、どうした? もっと踊ってみせろよ!」


 俺が平民だからか、彼らは声も潜めず小馬鹿にして笑い声を上げた。

 こうした悪意に向けられることに弱く、すぐ衝動的に言い返したくなってしまう。

 それが馬鹿な奴らが喜ぶ行為だとは解っているのだが、我慢がきかないのだ。

 このまま衝動に任せて声を上げれば昔の二の舞だ。即効でここから立ち去りたい衝動に駆られるが、これもレベリングの為と目を閉じて耐える。


 そう、レベルがある世界なのだ。ここでならば俺はきっと……


 そんな俺の葛藤を感じ取ったのか先生は「いいでしょう」と一つ頷いた。

 後ろから二人羽織の様に覆いかぶさり、俺が握る手ごと剣を握る。


 えっ!? いきなり何? バックドロップでもされちゃうのか!?

 いやいや、そんなはずはないだろ。剣を握ったのだから振り方を教えてくれる筈、と思いを改める。


 そこまで考えていざ落ち着いてみると、後ろから先生の体温が伝わってきた。


「そのまま目を閉じて感じなさい」耳のすぐ近くからエレナ先生の吐息混じりな声が聴こえる。

 余りの顔の近さに心臓がバクバクと音を立てた。こんな風に美女に抱きしめられる機会なんて普通はない。これはまたとない好機だと全神経を集中した。


 はい。全力で先生の事を感じます。良いにおいです。


 そう思っていれば、今度は太ももを後ろから密着させ強制的に足が動かされた。


「これが足の動きよ。感じた?」


 はい。柔らかくて暖かいです。


「ここで身を返し切り上げる」


 あっ、今頬と頬が当たった!


 彼女がサポートする動きが体に染みこんで行く。忘れない。忘れたくないと。

 何て教え方の上手い先生なんだ。思春期の男心すら教育に利用するなんて。

 

 そんな関心をしている間に素敵な温もりタイムは終わりを告げた。


「さっきの動作を思い出しもう一回」

「はいっ! 良い香りで、温かくて柔らかくて……こんな感じっ!」


 匂いから暖かさまで手に取るように思い出せた。これならいけたはず。

 ステラちゃんの様に大きく踏み込んだり、前方に飛び込んだりはしていないが、教わった通りにはできたんじゃないかと感じた。

 どうですかと先生に視線を向ける。


「怒ればいいのか、褒めればいいのかわからないわ。

 動きは問題ないのだけれど……まあいいわ。そのまま反復してなさい」


 その言葉に従い、ひたすらに繰り返す。目を瞑り、感覚を思い出し続ける。


「慣れてきたら速度を上げて! 一つ一つの動作を丁寧に!

 ほらっ! そこっ! 崩れてるわよ!」

「は、はいっ!」


 どうやら急ごうとすると流石にあの動きを再現しきれなくなるみたいだ。


「あのう……速い動作でもう一度お願いできませんか?」

「……それは別に構わないのだけれどさっきみたいに変な事言い出すのは禁止よ?」


 別に変な事を言ったつもりはないのだが、そんな事今はどうでもいい。

 もう一度、美人お姉さんに後ろから抱きしめて貰う感触を味わえるのなら、と一目散に了承した。

 それからも何故か個人レッスンを続けて貰え、午後の授業を終えるまでには完璧には程遠くとも何とか形に成るまでになった。


「そのくらい出来ているのなら魔力を纏えば二回に一回はスキルが発動するはずよ」


 そう言ってもらえたのだが、その方法もまったくわからない。


「それはどうしたら……」と問いかけるが、それも授業で行うからその時にと返され、教えてはもらえなかった。

 ただ、その日は近くそう待つ事はないそうで、他領地からの生徒も到着するであろう二日後の授業で行う様だ。


 まあ、それならいいか。取り合えず今はひたすらオットセイもどきをやる予定だし、そこで完璧になるまで練習しよう。

 出来たのか失敗したのかは何となくわかるくらいにはなったからな。まあ実際にやってないから合ってるか知らんけど。


 ルンベルトさんがシーラットって言ってたっけ。

 あれならスキルなんていらんから練習し放題だし、今はひたすらにさっきの動作の反復だ。


 そんな事を考えていれば、アリスちゃんが「この後よろしいですか?」と声を掛けてきた。


 当然宜しいに決まっています。


 うん。変な事を言ってくるやつがこの世界にも居るみたいだが、ここでは日本では味わえなかった美少女とのコミュニュケーションがある。


 それだけで俺は強く生きられる。


 そんな事を考えながら彼女の問いかけに了承した。

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