第6話

 目が覚めた。

 どうやら素晴らしい朝、という訳ではない御様子。

 灯りを照明のみに頼っている所をみると、もしかしたら夜なのかもしれない。


 見渡せば、ここはベットのならんだ部屋。

 どこだここ。知らん部屋だ……


「やっと起きたのね。体に異常はない?」


 声がするほうに視線を向ければ、エレナ先生が椅子に座っていた。

 なるほど。ここは保健室か。ベットがホテルのみたいで気がつかなかったわ。

 それにしてもこんな美女に『目が覚めた?』何て聞かれたらテンション上がるな。


 しかし体の異常と言われても……テンションが高くなったくらいしか……


「わかりません! 触診してください!」

「あらぁ、少し目覚めるのが遅かったわね。それはもうやっちゃったわ」

「な、なん……だと……」


 と、深く絶望していれば「冗談よ。早く起きなさい」と言われからかわれていた事を知った。


「ゆ、許せん。純情な男の子の心を弄ぶなど、何て悪女なんだ」

「もう、馬鹿言ってないでほらっ、出た出た。私が帰れないでしょ」


 おおう、どうやら俺の所為で残業をさせられていた御様子。

 その事を誠心誠意謝罪して早々に学校を出て帰宅した。


 宿舎の食堂に着いてみれば、もう二十時を回っている事を知った。


 エレナ先生に再び心の中で謝罪しつつも、食事と風呂を済ませて自室へと戻る。


 そして自室でまったりしつつも何故、気絶したのだろうかと振り返った。


 うーむ。

 あの流れで気絶したって事は、きっとあのブレスレットは魔道具ってやつだろう。

 魔力がなくなれば意識がなくなるってのは定番だし……


 あれ? って事は俺の魔力が少な過ぎて倒れたのか?

 こりゃ、チートの線は消えたな。


 まあ、アレクに腕相撲でぼろ負けした時点でわかって居たけど。

 だって次元が違ったもの。まるで機械を相手にしていると思わされる程に。


 チートが無いとはいえ、その魔力の感覚ってのは覚えておきたいな。けど、ここで『ファイアーボール』の詠唱を行う訳にもイカンし。


 ……ああ、魔道具あるじゃん。この部屋に生活魔具って奴が。

 食事が食堂で取れるから冷蔵庫とかコンロとか一切触れてなかったわ。

 そうして冷蔵庫を観察する。四角いボックスで一メートル四方程度の大きさ。

 その上部に着いた蓋をパカりと開けてみるが、冷気が出てくるばかりでこれと言って何もない。


 何処に魔力送ればいいの?


 と、弄り回していれば、側面の下の方に外れる場所を見つけた。

 外してみると黒い玉が転がり落ちる。


 あ、これ魔石って奴じゃね?

 うん。多分そうだ。

 って事はこれは魔石で動くのか。もしかしたら魔力送れないのかも。


 仕方が無いと一応コンロの方も見てみた。

 二十センチ程度の正方形の鉄板でその四つ角に鍋を支えるであろう出っ張りがあり、中央のほうにはぽつぽつと穴が開いている。きっとここから火が出るのだろう。


 これには冷蔵庫みたく魔石を出し入れする場所が無い。

 代わりに片隅に矢印が付いている場所を発見した。

 スペースを見るに指を置くのが精一杯なので人差し指を置いてみる。


 ボッと音を立てて小さな火が付いた。


「おお!! すげぇ、マジか!」


 驚いて指を離したが、火は消えない。

 どうやって消すんだろうかと少し不安になったが、側面に付いているレバーを動かせば難なく消えた。


 そして原点に立ち返る。


「あ、魔力を感じる為にやってたんだった」


 いつの間にか目的を忘れていた事を思い出た。

 だが、よく考えてみれば不思議な感覚はあった気がすると、何度も触れたり離したりして感覚を掴んでいった。




 次の日、俺は床で目が覚めた。

 だが、意識が飛んだ訳では無い。動けないほどだるい状態を味わいもう床で寝てしまおうと自ら意識を手放したのだ。

 お陰で体が痛くて仕方が無い。


 痛みを押して立ち上がり、食堂の時計を見に行けば、丁度六時になった頃だった。

 魔力不足だったからだろうか?

 学校でも五時間近く寝てたはずなんだが、今回も七時間くらい寝たみたいだ。


 しかし、今の俺じゃ『ファイアーボール』一発すら打てなそうだな。

 まあ魔力が無い事すら想定していたから、レベルを上げれば数回使うくらいは問題ない可能性が高いし、そこまで絶望はしていない。


 うん。きっといける。大丈夫……多分。


 そんな疑問も解消したいので早くアレクが来ないかなとさっさと朝食を済ませ彼の到着を心待ちにした。

 そしてコンとノック音がした瞬間扉を開けた。


「遅いっ! あなたが来るのをずっと待ってたんだからっ!?」


 少し甲高い声を出し、アレクにこういうことやぞ、と身を持って教える。


「……帰っていいかな? じゃあまたいつかどこかで」

「ちょちょ、ホントに帰ろうとすんな! お前も同じようなことやったろ!?」

「こいつ……やってないよっ!!」


 早くもお約束になりそうなやり取りを終えて、俺は本題に入ろうと昨日あれからあったことや魔力が少なすぎてヤバイ事を告げた。


「あー、もしかしてキミ、虫退治すらやった事無いの?」

「ああ、良く分からんがそれだ。それをやるにはどうしたらいい?」


 魔法が使えるかどうかの瀬戸際で必死な俺は食い気味に問いかけた。

 そもそも魔力が無いと学校に通う意味すらないので至急何とかしなければならないのだ。


「って言われてもなぁ。

 ダンジョン近辺には、魔物とも言い難い弱い魔物が発生するんだ。

 基本は虫の形状をしているんだけど、違うのもひっくるめて虫って呼んでるのね」


 うんうん、と彼の話を聞いていけば、素手でも倒せるほどに弱いそうだ。

 小さな子供が棒を振り回し遊びながら倒すものらしい。大半は放置してても害が無い程に弱いそうだ。


「正直、剣があるなら中に行っちゃった方がいいよ。

 虫は探すのが大変なのに相当量こなさないと意味無いから」

「中って……ダンジョンの中って事だよな?

 俺、その小さな子供並に弱いと思うんだけど、大丈夫なのか?」

「大丈夫、任せて。昨日のお礼って事で仮に不具合が出てもサポートするよ」


 そう不安を正直に問いかけてみたが、そこはアレクが何とかしてくれるらしい。

 どうやらガチで付き合ってくれるみたいだ。授業はいいのだろうかと思ったが、今日の授業はもう習得したスキルだから問題ないそうだ。

 俺の為に迎えに来てくれたのか。ありがたい。  


 早速行こうと誘われ、剣を携えて彼に付いて行く。


 そして付いた先は宿舎の裏手にある戦車でもしまってありそうなほどに大きなガレージの様な場所。


 アレクは巨大な錠が掛かった大扉の横にある小さな戸を鍵で開けて奥へと進む。


 なんでお前がここの鍵持ってるの?

 そんな疑問を持ちながらも早足で歩く彼に付いて行く。


「ここからがダンジョンだよ。因みに騎士団の庭には虫は沸かないからね。

 沸かないように周辺に結界用の魔道具が敷き詰められているらしいよ」


 アレクは後で探しても無駄だからと言いたいのだろうが、そんな事よりも俺の心配は他にあるんだ。


「そ、それはわかったが、本当に大丈夫なんだよな?

 前も言ったが、剣を振った事もないんだぞ?」

「……動かなければ突き刺すくらいは出来るよね?」

「まあ、それくらいなら……」


「なら大丈夫」と奥へと進んで行くアレク。


「待った待った防具が無いじゃん。本当に平気?」

「……こんな階層で防具付けても邪魔なだけで意味無いよ」


「ほら早く」と先に進むアレクに恐る恐る後に続きながら周囲を見渡す。


 縦横十メートル程度で真四角に切り取られた通路。

 真っ黒で大理石の様な模様のつるつるした床と壁。洞窟と言うよりどう見ても人工物でバルスと言えば崩壊しそうな見た目で、光源も無いのに明るい。


「綺麗な所だな。ダンジョンって何処もこんななのか?」

「ううん、まちまちだよ。

 歪に掘られた様なダンジョンもあるし、ここみたいに綺麗な所もある。

 と言っても、僕もここの他に二つしか行った事ないけどね」


 聞けば割とそこら中にあるようだ。地域によって出る魔物の強さが変わり、東部森林の中にあるダンジョンは相当に深いらしい。

 逆にここらへんにあるのはどこも弱く新米が通うダンジョンだそうだ。

 その中でもここと学院のは格段に弱く、十二階層あるが、上級生がパーティーを組めば攻略可能らしい。

 それが卒業試験となるそうだ。


「いくら弱いって言っても、最下層まで行けば僕だけじゃかなり危険だろうけどね。

 逆にこの階層なら素手でも余裕でいけるけど」


 さすがレベル制のMMOみたいな世界だ。レベルに寄る補正が凄まじいんだろうな。


「あっ、ほら来たよあれ!」


 そう言ってアレクが指を指した先には、のそのそと蛇の様に移動するミニチュアオットセイの様な生き物が居た。


 第一印象は『何この生き物可愛い』だ。


 体長六十センチほどで蛇とは違い尾が短いからか本当に移動が遅く、歩きでもすんなり追い越せるだろう。

 体を支えるヒレの様な部分があるが、どう考えて攻撃には使えなそうだ。


「あれがあいつの最高速度なの? 怒ったら素早くなったりしない?」

「ないない。言ったでしょ? 小さな子供でも武器があればいけるって。

 ただ、舐めすぎると噛まれるから口にだけ気をつけて。

 まあそれでも痛いだけで、カイトでも死ぬどころか血が出る程度だろうけどね」


 なるほど。その程度か。それに攻撃してくるのであれば手加減はいらんな。

 じゃあ試しにやってみるか。本当にあの速度が限界なら走れば簡単に逃げれるし。


 そうして自分を鼓舞し、上段から剣を振り下ろし叩き付けた。 


 クリーンヒットして切りつけることには成功したのだが、素人目にも浅いとわかるほどの傷しかついていない。


『カァァァァ』


 と小さい口を大きく開け牙を見せつけ威嚇するミニチュアオットセイ。


 ぬいぐるみの形に採用されそうな見た目をしている所為で、俺が悪い事をして居る気分にさせられるんだけども……

 それはもうハムスター虐待とかそのレベルで。


 もの凄い葛藤が生まれたが、あいつは俺を殺そうとする魔物と何度も自分に言い聞かせる事で、辛うじてレベルアップの欲望が勝った。


 すまん。これは戦いなんだ俺の踏み台になってくれ。とその口に剣を突き入れた。


 外の皮が硬かったからなのか、今度はすんなりと突き刺さり、なにやら見たことがあるような光に包まれてオットセイ君は搔き消えた。

 そして、地面には極小の魔石だけが残る。


 とても小さな黒い玉だ。パチンコ玉どころかエアーガンの玉より小さそう。


 そこまでのサイクルを見てふと思い出してしまった。

 兵士が死んだ時と同じだったのだと。


 思わず苦い表情にさせられるが「ね? 余裕でしょ?」と言いながらニシシと笑うアレクを見て頭を振り気持ちを切り替えた。


 ……確かにこれなら俺でもやれる。


「これしか出ないなら俺一人でも大丈夫だ。

 アレクもやりたい事が他にあればそっち優先してくれていいぞ?」

「いや、流石に今日は付き合うよ。

 このまま他に行って、もし明日部屋に居なかったらって考えると怖いし……」


 付き合ってくれるのはありがたいが、こいつにやられそうって想像だけは止めてくれない?

 そう思いつつも口を噤んだ。他の事でなら自分でもありえそうとか思うからだ。


 勿論、床が崩落したとか、変なトラップに引っかかったとかそういう類のだ。

 断じてコイツにはやられんぞ。

 うん。間違ってもやられたくない。こんな女の子が抱き枕にでもしそうな輩には。

 

 そうして初戦闘を終え、再びダンジョン探索を再開した。


 アレクと共に早足でダンジョン内を徘徊し魔物を討伐し、順調にレベリングが進んでいく。


 順調なのはいいのだが、威嚇させては開いた口に剣を付き入れと始めて早々に作業の様になってしまった。

 なんの浮き沈みもなく、叩いて突き刺して石を拾ってのサイクルを繰り返す。

 上手く横に引くように薙げば一撃で倒せる事が判明して更にぬるさが増した。


「これ、一杯出るところとか無いの?」

「あるよ。この一つ下の階層に行けば数が増える。この感じなら二つ下までは問題無く行けると思うけどどうする?」

「えっと、じゃあ、二つ下を体験してから一つ下に戻りたい」

「降りてから登るんだ……? 変わった要望を出すね。まあいいけどさ」


 いやいや、慎重に考えての事だよ?

 一人の時もここに来たいし、二階が温くなった時に三階がどれくらいの難易度なのかアレクが居る内に体験して置きたいだけで。

 いや、あのオットセイならば現時点で温いのだが、安全はマージンは大切だ。

 てか、まだちょっと動くのと戦うのは怖い。


 そう伝えれば、時間が掛かるだろうから王国騎士の誰かに相談して鍵を貸して貰うと良いとアドバイスを受けた。

 アレクはコネで特別に借り受けているが、本来ここは王国騎士の新人が研鑽を積むための場所であり、一般公開して居ないのは新人の成長を妨げない為である。

 だが、ここしばらくは新人を募集していなかった為、副団長のお孫さんならばと秘密裏に貸してもらっているそうだ。


 アレクは「鍵が余ってないなら僕のを渡してもいいから聞いてみなよ」と言ってくれた。

 これは後で頼み込むしかないな。レベリングと聞いたら黙って居れんわ。

 こういうこつこつ積み上げて行くの好きなんだよな俺。


 何度も魔物の討伐をこなせた事で、体に力が漲って行く感覚を覚えた。

 これがレベルアップの感覚かと体が震える。

 嵌ったゲームで最高レアをドロップした時の目じゃないくらいに気分が高揚した。

 能力が上がった事による高揚もあるだろうが、メインはそこじゃない。

 リアルで戦闘を行い自分の力でレベルが上げたと言う事実にだ。


 今、漸く異世界に転移できて良かったと心から思えた。


 これはきっとこの世界の人は理解できない感情だ。いや、日本であっても大抵の人間には理解されないだろう。

 アレクも共感はしてくれないだろうと口を紡ぐ。

 

 アレクの言った通り、三階層の魔物も倒す事はできた。

 だが、こいつはさっきのオットセイと違い手足があり、遅いがそれなりに動く。

 狙った位置へ剣を振ることすら覚束ない状態では大量の敵に囲まれたら披ダメージを受ける可能性がありそうだ。

 痛みがある世界なのに、回復薬を持ってない状態で戦うべきじゃないと心に落とし込む。

 

「なあアレク、加護を得た事を知る方法はあるのか?」

「あー、多分その場では無理かなぁ。基本的にはスキルや魔力の使用回数で調べる感じだね。人に寄っては力や魔法の威力でわかっちゃったりするらしいけど」


「加護を得られた感じする?」とアレクが問いかける。 

「ああ、バシバシ感じる。剣も体もめっちゃ軽くなった気分だ。

 まあ最初だからだろうけど……」


 そう返せば「ああ、僕も戦いたくなってきた。けど、五階層より下は禁止されてるんだよなぁ」と肩を落とす。


「それなら五階層でひたすらやってればいいじゃねぇか。

 そこじゃ全くの無意味なのか?」


 格下過ぎるとレベルがあがらないのだろうか。そうなら前もって聞いておきたいところだ。


「そんな事無いよ。

 歴史の偉人が弱い魔物でも何度も加護を得られる事を証明してるし。

 けどねぇ。段々と加護を得られるまでの日数が桁違いになって行くんだよ。

 今の僕じゃ五階層で一週間やっても多分一回加護をもらえるかどうか……」


 マジかよ。レベルが上がるってのにその程度で立ち止まっちゃうの?


「まあ、その程度の情熱なら入れるようになるまで待ってればいいんじゃね?」

「なっ!? カイトは僕には騎士へ情熱が足りないっていうのかい!?」

「いや、別に文句つけてる訳じゃねぇよ? 俺ならやりたいからやるって思っただけだ。弱い狩場しか解放されてなくても、イン出来るなら狩りに行くそれだけだろ」


 その言葉に「イン?」と首を傾げているアレク。


 そう。ゲームですらプレイスタイルは人それぞれなのだ。

 これはゲームじゃなく人生。好きにやればいいし。好きにやらせてもらう。

 

「なんにせよ、俺は今楽しくて仕方が無い。どうだ、羨ましかろ?」

「……僕、このまま五階層行っちゃってもいい?」

「勿論いいぜ。ここまで付き添ってくれればもう大丈夫だ。ありがとな」


「ホントにいいの? 僕が居なくても平気?」と何度も問いかけるに「いいから行け」とアレクの尻を叩き、俺は俺で地道な狩りを二階層で続ける。

 先ずは剣の素振りだと思って構えや切り方を思考しながら繰り返す。


 取り合えず素振り千本。いや、この階層を狩り尽すまでやってやるぜ!


 そう意気込んで八百を数えた頃、アレクと擦れ違った。


「ま、まだやってたんだ?」

「おう。わりぃんだけど食堂のパン俺の部屋に投げといてくれない? このまま籠もりたいから」

「いやいや、帰ろうよ。鍵閉めなきゃいけないんだから!」

「んじゃ、明日はここに迎えに来てくれ。鍵は閉めちゃっていいから。それならいいだろ?」

「ダメに決まってるだろ!! 馬鹿じゃないのか!」


 おう、よく言われるとドヤ顔でサムズアップして応えれば「まったく、カイトの冗談は解り難いってば」とアレクは困り顔で笑う。

 

 いや、本気なんだけど……

 仕方ない、迷惑だろうが風呂場で誰か入ってくるのを待って強請り続けよう。


 そうして一度出る羽目になり、下準備として夕食をガッツリくってさっさと風呂に行こうと意気込んで居たが、丁度食堂にルンベルトさんが入ってくるのを見かけた。


「ルンベルトさん、鍵下さい」

「なんだ、藪から棒に。鍵……?

 ああ、そういうことか。さてはアレクに自慢でもされたな?」

「ええ、お宅のお孫さんの所為で、ダンジョンに首っ丈です。

 もうダンジョンが無い生活なんて耐えられない。

 どうか後生です、後生ですから……」


 返答を待たない内から俺は土下座を敢行した。それ程に本気なんですという意思表示だ。


「む……必死過ぎやしないか? 学校で何かあったのか?」


 え? 何かあれば鍵くれる? 待って、理由になりそうな事何かあったかな……


 ああ!! あったよ!


「聞いてください!

 俺、魔道具を起動させるだけで魔力がなくなって倒れちゃったんです。

 帰ってきてコンロで火をつけただけでも動けなくなっちゃって……

 助けてよぉ、ルンえもーん」

「ちょっと待て。

 カイト、お前おかしくなってないか? それ程に凄惨な事が起きたのか?」


 え? いや全然。てか今の俺、コミカルでしょ?

 そんな悲しそうな顔で見ないでよ!


 どうやら心配をさせてしまった様で、食事を止め真剣な面持ちで問いかけられた。


「いえ、何も起きておりません。

 ただ、男として!

 ここまで弱いと知った以上は!

 一刻も早く強くならねばと思いまして!」


 あ、ヤバイ、割と引いてる。

 冗談だと思われても困るし、もうちょっと真剣な面持ちで説得しよう。


「そ、そうか。まあ、士官校の学生であれば別に鍵を渡す事自体は構わんが……

 五階層より下は絶対に行ってはならんぞ? そこは絶対だ。約束できるか?」


 そこはアレクと一緒なんだ? 俺にとっては全然問題ないよ?

 逆に範囲が広いくらいだ。言わんけど。


「大丈夫です。当面は二階層でやるつもりですから。

 先ずはあの変な生き物を一万匹倒すまでは!」

「い、一万!? それはずいぶんと大きく出たな。

 では、鍵を貸し与える代わりに毎日シーラットの魔石を毎日騎士団に献上せよ。

 カイトが何処まで本気なのかを見せて貰おう」

「望む所ですよ。逆に張り合いがでます」


 そう言いながらも「早く頂戴っ」とすっと手を伸ばす。

 ルンベルトさんは苦笑し「流石に今は持っておらんわ。食べ終わるまで待っとれ」と食事を再開した。

 そして食べ終わり立ち上がったルンベルトさん。

 俺はその付き人の様に後ろを付いて歩き、トイレでは出待ちして鍵を受け取る瞬間まで付け回した。

 鍵を受け取る瞬間、ルンベルトさんは神妙な面持ちで告げた。


「カイトよ……この様な事、絶対に女子にしてはならんぞ?

 これをしては流石に庇えんぞ」

「ちょ! わかってますよ。それくらい!」


 流石にしませんと焦りながら応えれば、彼はならいいと笑い、頭を撫でた。


 そうして粘り勝ちで鍵をゲットする事ができた俺は、夜食という事でパンを数個分けて貰い、再びダンジョンへと帰っていった。


(ただいま、今帰ったよ)

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