第4話
早朝にノックの音が聴こえ戸を開けてみれば、アレクが立っていた。
そして出会って早々にジト目を送る彼は開口一番にこんな事を言った。
「カイト! お呼ばれしているなら先に言って置いてよね!?
もうっ! 起しにきたらもぬけの空で心配したんだからっ!」
腕を組んで口を尖らせながら呆れた視線を送るアレク。
そんな彼に俺もジト目をお返しする。
「待て。昨日からどうしてお前は幼馴染の女の子風なんだ?
大丈夫か? お前は女の子じゃない。男の子なんだぞ!?」
彼の肩に手を置いてそう言って注意してみたのだが、お気に召さなかったようだ。
さーっと表情が真顔に変わっていき、据わった目で頬を抓られた。
「ふーん……ふざけた事を言うのはこのお口かなぁ?」
思わず『そういうとこやぞ!』と言いたくなったが、抓られた頬がガチで痛くてそれ何処じゃなくなった。
「あだ、あだだだだ、わ、悪かった!
冗談だから、冗談って事にするから。あだだだだ。何で強くするの!!」
「そう。キミは優しくすれば付け上がるタイプなんだね?
いいよ。スパルタでいこうか」
や、止めろ。マジで千切れるから!
そう言いたいが頬が痛すぎて言葉が出せない。うるうると涙が滲む。
余りの強い痛みに立っていられず蹲り頬を擦る。
めっちゃ痛がってるのに、明らかに強くし過ぎたはずのアレクから反省の色が見えず、ふつふつと怒りが込み上がった。
「お前……ルンベルトさんに怪我させられたって言いつけてやるからな!」
「ちょ、それは卑怯なんじゃないかな?
最初に失礼なこと言ってきたのはカイトだよね!?」
むぅ。
親切心からの忠告のつもりだったのだが、考えてみればいきなりオカマ扱いされたのだから気持ちはわからんでもない。
今回ばかりは許してやろうと手打ちにする事にした。
暫くは昨日の呼び出しの件を聞かれたが、王国騎士団の人達を結果的に助ける事になった話で褒美として呼ばれたとしか答えられない。
ここから先は口止めされているからと言えばアレクもそれ以上は聞かなかった。
そして今日の話しに切り替わる。
「今から学校行けばいいのか?」
「そうだね。
陽の二の刻から五の刻まで毎日講義をしてくれているから、予定表を見て受けたい授業を選んで行くんだけど、強くなりたいなら何でも覚えるつもりで行った方がいい」
ええと、二の刻って六時から二時間後だから八時か。で、終わりが二時になる感じかな?
うん。夕方六時から陰の一刻に切り替わるんだから合ってるよな。
「了解した。当然、毎日フルで通うつもりだ。さっさと行こうぜ」
「カイトの所為で遅れてるんだけど……まあ、うん。行こうか……」
何で不本意そうなんだよ。それはもう手打ちにしただろ!? 善意の忠告だぞ!?
アレクに渡された制服に着替えてたりと準備を行いつつも、そんな風にじゃれながら二人で登校する。
兵の宿舎から近いので動き出してしまえばすぐに着いた。
アレクに案内されて一年の教室に入る。
そこは驚くほどに広い空間で、数百人は詰められるだろう講堂。
広さに驚いて問い掛けると「そりゃそうだよ。まだ着いてない生徒の方が断然多いんだ。先生の話じゃ全員が出席すれば大半は埋まるって話しだよ」と返ってきた。
クラス分けはされてないのか?
そんな疑問を問い掛けてみれば、逆に「そもそも分ける必要あるの」と問われてしまう。
「必要なスキルや魔法を覚えたら、実戦に出る人のほうが多いからすぐがらがらになるらしいけどね。将来を考えれば出来るだけ受けたほうがいいのにさ」
アレクは「こんな環境で覚えられるのは今だけなのにと」肩を竦める。
「確かにそうするべきだな。
けど魔物を倒せば加護を貰えるんだから、すぐに行きたくなる気持ちもわかる」
「まあね。こっちは家の方針でもう経験しちゃってるからなぁ。
逆に早く色々なスキルを覚えたい気持ちで一杯だよ。
お爺様は学校で教わるのだからと討伐に必須なものしか教えてくれないんだ」
なるほど。もうレベルアップしてるのか。どうりでめっちゃ力が強かった訳だ。
てかもう始まってるじゃん。そりゃそうか。出てきたの八時過ぎてたし。
しかし、先生はエレナさんじゃないんだな。
あの美女を眺めながらの授業がよかった……
魔法使い然とした黒いローブ姿の男性教員を見据え溜め息を洩らした。
「折角だから最前列行こう。ほら、もう始まってるよ」
そう言ってアレクが腕を掴んで早足で最前列まで引っ張っていく。
どうにも彼は世話焼きのようだ。本当にどうして彼は男の子なのか……
彼が女の子だったらルンベルトさんに娘さんを下さいと言って居たまである。
いや、ルンベルトさんは祖父だったか。
って違うだろ! ダメダメだ。危険な事を深く考えるんじゃねぇ!
アレクは男。それが全てだ。
うん。きっと女の子成分が足りてないんだな。
最前列の人が固まっている辺りに辿り着き、可愛い女の子の隣にしようと後姿美人を探して席に付いた。
そしてチラリと隣の女の子を伺う。丁度彼女も此方を向いた。
小声で挨拶でもしちゃおうかな?
そんな事を考えていたのだが、目が合った瞬間、驚いて思わず声が漏れた。
「「あっ!」」
隣の女の子は、アリス王女殿下だった。
えっ!? なんで王女さまが士官学校に居るの!? 騎士の学校だよ!?
そんな疑問も、彼女がニコリと愛らしい笑顔を浮かべた事で霧散した。
制服であろうとも、気品を漂わせるお可愛らしい笑顔だなぁ。見惚れるわ。
「おはようございます。本日は来られないのかと思いました」
「えっ? あっ、うん。おはよう。今日初登校で手間取ってね……」
なんとかそう言葉を返せば、逆隣からも小声で話しかけられる。
「ちょっとぉ? 王女殿下と知り合いなんて聞いてないんだけどぉ?」
ああ、ダメだ。
おかしいな。別におねえと言えるほどになよなよしてはいないのだが、アレクが何か言うと女の子の心を持った男の子にしか見えなくなる。
『毎日あった事全てを説明して欲しいのか?』
とか言っては俺もノリノリみたいで危険な気がするし、軽く流しておこう。
「昨日城に呼ばれた時にちょっとな。あ、こいつはべレス副団長の孫のアレクです」
「ちょっと! 紹介するならちゃんとしてよ! アレクサンダーだって」
アリス王女が不思議そうな視線を送ったので紹介してみれば、焦り顔で二の腕を揺さぶってくるアレク。
おい、だからそんなに強く揺さぶるなっ! そういうとこやぞ!
「お初にお目に掛かります。
わたくしはアイネアース王国、第二王女アリス・アーレス・アイネアースと申します」
「きょ、恐縮です。私はアレクサンダー・ベレスと申します。
祖父と共にこの国を守る為、王国騎士を目指して居ります。
以後お見知りおきくだされば幸いです」
彼は器用にも小声で喋りつつ、座りながら胸に手を当て隣に向ってお辞儀をした。
だが、私語を続け過ぎた様だ。講義を続けていた講師から「ゴホン」と咳払いを貰ってしまう。
アレクはすぐさま「失礼致しました」と口を噤んだが、先生はそれで済ませてはくれないご様子。
「キミ達二人は遅れて来ていながら随分と余裕そうですね。
丁度良い。どちらでも構いませんからこの古代語を読んで貰えるかな?」
な、なにぃ! 俺まで巻き込まれてるじゃん!
って、日本語で書いてあるだけか。
えっと、何々……
「我、女神アプロディーナ様のご加護を賜りし者なり。我が魔力を糧に燃え盛る火球を顕現し敵を討てファイアーボ『そこまでっ!!』」
講師の男が講堂の外にまで響き渡りそうな大声で待ったをかけた。
余りの大声にビクリと体が震え、声が止まる。
「大変宜しい。ですが此処で魔法を発動されても困ります。
座学の時は魔力の放出をしていなくとも魔法名までは唱えないように」
ああ、なるほど。銃は弾が入ってなくても人に向けない的なあれね?
授業の冒頭で説明してあったようで先生も俺が聴いてない事を失念していたそうだ。
怒られるのかと思ってめっちゃビックリしたわ。
それから先生の講義が再開されピンチが去ると、再びアリス王女から声を掛けてもらえた。
「講義を受ける前から古代語を勉強なさっているなんて、とても勤勉なのですね」
「いやぁ、そんなそんな。偶々古代語だけは何故か得意なようでして……はい」
美少女に向けられた笑顔にたじたじになりながらも受け答えしてみたが、その直後彼女の表情に陰りが差した。
え? なに? 何か拙かった?
その意思が伝わったのだろうか、彼女はすぐさまその理由を教えてくれた。
「いえ、その、学校では身分は無いものとされていますので、出来ればべレスさんと同じ様に扱って頂けませんか?」
おおう。どうやらへこへこし過ぎた様だ。
「わ、わかった。けど、行き過ぎてたらちゃんと言ってね?
俺そういう機微に疎いから……」
「はいっ! ありがとうございます」と再び晴れやかな笑顔を見せる彼女。
守りたい。この笑顔。
幾度と無くこの言葉を使ったが、これほどそう思わされたのは初めてかもしれない。
それ程に心惹かれる愛らしいものだった。
あれ? アレクは不思議そうな顔で俺を見ている。
どうしたんだと問い掛けた。
「いや、なんでもないよ。カイトの趣味は変わっているんだったね」
「おいっ! アリス王女を小馬鹿にするつもりなら潰すぞ。社会的に……」
ふっ、弱いからって舐めるなよ。
力では勝てなくても社会的に潰す方法ならあるのだよ。
「ちょっ! そんなつもりがあるわけないだろ! 怖いから本当に止めてよ!?」
「違います。本当に違いますからね」と必死にアリス王女に弁解するアレクに、アリス王女は「わかっていますよ」と少し困ったような優しい笑みを返す。
アリスちゃん優しい。マジ天使。
そして、いい加減拙いだろうと俺たちは授業に向き合った。
だが俺にはどうしても理解できない部分がある。
「なんで詠唱は言葉で行うのに文字勉強してんの。
詠唱の内容を口頭で伝えればそれで済むじゃん」
「そんなの、女神様に伝える為に決まっているじゃないか」とアレクは訝しげにこちらを見た。
どうやら詠唱は神に意思を伝える為のものとされているそうだ。
声は届かないので神に通じる古代語を学び、言葉を発した時にその言葉を理解し文字自体を頭に思い浮かべていないと発動しないのだそうだ。
言葉はわかるが、文字を覚えるのが大変だと言う。
でも、日本語は難しいとはいえ、二行程度じゃん。
あれ? それなら俺めっちゃ有利じゃね?
無詠唱とかいけちゃう?
何て考えて聞いてみたが、詠唱をしないと威力が半分以下にまで落ちるらしい。
それに、結局は頭の中で文字を思い浮かべないといけないので発動の早さも変わらず、やりやすさで考えても詠唱をした方がいいらしい。
音を出さずに発動出来ることから対人では有用な場合もあるので意味はあるがそれゆえに忌避されるものでもあると彼は指を立てて語る。
確かに皆は魔物を倒す為に騎士になろうとしているのに、人を攻撃する想定で魔法を学んでいますってなったら『こいつ危ない』ってなるよな。
「だから仮に出来てもおおっぴらに見せるものじゃないね」
「お二人も凄く物知りなのですね。お城では余りそういった暗黙の了解に当たる事柄は教えて頂けないので、そうして教えてくださると嬉しいです」
「お任せください。私にわかる事でしたら何なりと」とアレクは得意気に王女にイケメンスマイルを送る。
むぅ。俺にわかるのは日本語だけだからアリスちゃんに頼られるアレクが羨ましい。
てか雑談しまくっちゃってるけど大丈夫かと不安になり周囲を見渡す。
……大丈夫じゃなかったらしい。
注目の的になっていてぼそぼそと噂されていた。
「ヤバイ、煩くし過ぎたかも。皆見てるから雑談は後にしよう」
「いや、昨日も皆雑談してたから大丈夫だとは思うけど……」
そう言って視線をアリスちゃんに向ける。
「ああ、そうか。王女様なら皆注目するよな。俺も見るわ。もうずっと見てたいわ」
思わず要らん事を付け足してしまい、キモがられていないだろうかと彼女の方を伺えば、その向こう側からひょいっと覗き込む様に顔を向けた女子生徒が居た。
「……貴方、先ほどから黙って聞いていれば慣れ慣れし過ぎ。
いくら姫様がお許しになったからと言って限度というものが――――――――」
アリスちゃんの向こう側に座る少女が、鋭い視線を向けて叱責を飛ばす。
短い茶色の髪をハイポジションでポニーテールにしていて活発そうな外見をしている。真っ白なアリスちゃんとは対称に褐色の健康的な肌色をしており、陸上でもやっていそうな感じに見える。
彼女は短く立ったポニーテールを揺らしながら怒りを露にしていた。
「ステラ、お止めなさい。こう接して欲しいと私が頼んだのです」
「お気持ちはわかりますが姫様、傍目というものが……」
あー、傍目か。
確かに他のやつらに舐められちゃったらアリスちゃんが嫌な思いをするな。
ここは付き人の意見を尊重した方がいいと提案を出す。
「わかりました。
では公共の場では敬って接しますが、心の距離は近い感じでどうでしょう?
アリス王女殿下」
「はいっ! ありがとう存じます」
「……はぁ。姫様にこんな顔をされては仕方がありませんね。
ですが、本当に貴方たちも分を弁えるようお願いします」
そんな一幕を終える頃には午前の授業が終わっていた。
終始、日本語の授業をしていたので一つも勉強にならなかったが、アリスちゃんと仲良くお話が出来たのだから、とても有効的な時間だったと言えるだろう。
そのアリスちゃんたちはお弁当持参という事で俺たちと別れ、アレクと共に食堂へと向う。
食堂はまるで巨大なファミレスの様な作りになっていた。六人ほど掛けられるテーブルに高い背もたれの長椅子が備え付けてあり、仕切りの様になっている。
傍目を気にせず食事ができそうで良い感じだ。
流石に注文を取りに来てくれるはずもなく、トレイを取って好きなものを乗せるバイキング形式になっていて、どうやらここでもお金を払う必要は無いらしい。
アレクの言って居たとおりだ。
宿舎でも飯が出るし本当に金が無くても生活はできそうだな。
味の方も悪くなかった。騎士団の飯よりは若干落ちるが家で食っていた飯よりも美味しい。調理云々よりも肉そのものの旨みが濃い。何でも濃いめが好きな俺好みだ。
職が終わればアレクと二人で午後の話しになり、午後は実技だという事を知る。
講義で教わった事をそのまま実際に試す場だそうだ。
魔法を使っても良いとされている訓練場に移動しての授業となる。
すでに講義を聞き終えていれば午後だけの参加も有りだし、午前中から実技の訓練場を使わせてもらう事もできるそうだ。
俺も魔法を使えちゃったりするんだろうか? やばい、めっちゃワクワクする。
「そろそろ移動した方がいいんじゃないか?」
そうアレクに問いかけ、彼も「そうだね」と言ったときだった。
俺らが座るテーブルの側面に、一人の男子生徒が立ち此方を見下ろしていた。
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