第3話


「申し訳ございません……申し開きの次第もございません」



 どうしてこうなった。

 俺は今日、学校にアレクと登校するはずだったというのに、何故かお城の謁見の間に居る。

 此処に連れて来たルンベルトさんは目の前で土下座をしている。

 当然、俺の方にではなく王座に向ってだ。


 何の説明も無く深刻な表情の彼に連れ出されてここに辿り着くと開口一番にこの状況である。


 なに? 俺も土下座した方がいい?

 必死に周りを見渡し、誰も手助けをしてくれない事は確認済みだ。

 俺だけポツンと立っているのも居辛くて仕方がない。

 ならばと俺は彼の横で膝を付いて土下座を敢行した。


「表をお上げなさい。話は聞いております。

 貴方は国を守りきった英雄、褒め称えこそすれ謝罪の必要はございません」


 王座に座るまだ三十代くらいだと思われる女性が柔らかい声で告げる。

 余り威厳は感じられず、近所のオバさんが仮装でもしているかのようだ。


 なるほど。全員が美人さんって訳でも無いのね。

 責められるわけでは無いとわかり安堵したからか、場にそぐわない決して口に出せない事が頭を過ぎる。


「ですが……国の守護を預かる我等が……」

「ええ、存じております。ですからお立ちなさい。

 今や騎士団の長たるものがその様な格好のまま話すものではありませんよ」

「ハッ!」


 立ち上がり再び片膝を付くルンベルトさん。

 俺はどうしたらいい? 騎士団の団員でもないしこのままでいい?

 そんな疑問を感じながら土下座を敢行したままきょどり続けて居れば、ルンベルトさんが「私に倣うのだ」と小声で言ってくれた。

 なので彼の真似をして片手を胸に当て、片膝を付く。


「その者が件の少年ですか」

「ハッ! 少数ながらも帰還が叶いましたのは彼の功績にございます」


 やべっ、注目がこっちにきた。どうしよ、どうしたら……


「そうですか。

 カイトといいましたね。

 私はこの国の女王を務めるカミラ・アーレス・アイネアースと申します。

 この国の女王として忠臣を救って頂いた事に深い感謝を捧げます」


 女王陛下であろう女性が王座に座したまま深く頭を下げた。


 あれ? そんなにガチで頭下げるもんなの?


 そんな感想を抱いていたら、女王陛下の隣に立つ老人が渋い顔をして「陛下、恩義があるとはいえ、市井の者にその様に頭を下げるなどなりませぬぞ」と忠言する。


 彼は「ゴホン」と一つ咳払いをするとこちらに視線を送る。


「しかし、其の方のお陰で僅かながらも兵が帰還できたのも事実。

 女王陛下に代わり、わしからも深い感謝を捧げよう」


 軽く目を伏せ頷くような僅かばかりのお辞儀をする偉い人であろうお爺さん。

 このお爺さんの方が威厳たっぷりだな。こっちの方が国王様に見えてくるわ。


 なにやら横から発言を掻っ攫われた女王陛下がそっぽを向き小さく口を尖らせた。

 本当に威厳が無いなこの女王。内面的な意味で。なんか可愛いけども。


 そんな女王の様をチラ見ながらも「いえ、偶々居合わせて偶然が重なっただけですから」と言葉を返した。


「うむ。名をカイトといったな。其の方の事情も聞いて居る。

 力を得るまで士官学校に通い、この国にて騎士を目指すという意思は今も相違ないか?」

「はい。

 その、誰も知らないほどに遠いみたいですし、一人で移動できるとも思えません。

 場合によってはこのまま居つかせて貰えたら、なんて考えているのですが……」


 うん。正直帰れるなんて思ってないし。

 頼れる強い兵士の人たちと知り合えたし、今回の一件に国もこう言ってくれてるなら他行くよりこの国に居る方が安心だし。


「宜しい。では報酬はまず大金貨二枚、士官学校入学金の免除、王都における正式な市民権、住居を十年間の貸し出しとする。それで構わぬな?」

「そ、そんなにして貰っちゃっていいんですか!?」


 大金貨二枚って金貨二十枚だろ!?

 いいの? 二十ヶ月分のお給料だよ?


「うむ。其の方が居らねば建て直しは不可能に近いほどに困難なものとなっておっただろう。

 回収できた装備だけで考えても一割にも遠く及ばぬ。遠慮せず受け取ると良い」


 其処で言葉を切ると、彼の視線はルンベルトさんへと向う。


「王国騎士団副団長、ルンベルト・ベレスよ。

 まずは労いの言葉を贈らせておくれ。

 主クラスの魔物が三体も同時に出たというのに、よくぞ守り抜いてくれた。

 そなたらの忠節、共に仕える臣下として誇りに思う。その忠義に報いる為にも遺族への手当てと、生き残った兵士達への労いはしかとすると約束しよう。

 しかし、心苦しいが其の方らにはこれから更なる苦難に立ち向かって貰わねばならぬ。

 出来る限り近衛騎士からも人を回すが、意見はあるか?

 今は遠慮を挟んでよい状況下ではない。思いつく事の限りを聞かせて欲しい」


 え? そんな話し俺が聞いてていいの?

 そう思うが口を挟めるわけも無く困惑したままに話が進む。


「ハッ! 昨日、近衛宿舎に赴き会議を重ねた結果、やはりギルドを頼る他無いとの結論に至りました。

 最悪の最悪は士官学校の上級生をも頼らねばならぬかもしれません」

「……そうであろうな。装備や設備面では要望はないのか?」

「強いて言うならば月の雫くらいでしょうか。装備に関しては余るほどでしょう」


 確かに。荷馬車数台すべてに山積みにされていたほどだからな。


「はがゆいですね。

 この危機に私たちに出来ることがそれくらいしかないなんて……」


 困ったわと頬に手を当てて吐息を洩らす女王陛下。

 相変わらず威厳は無い。なんか和むわ。


「ふむ……ギルドか。

 勅命を出し強制的に王国騎士団に徴兵するか、王家の依頼として要所要所で救援要請をするかが迷う所であるな。

 べレスは王国騎士の長として如何に考える」

「はい、全てを入れてはゆくゆくは国の膿となりましょう。

 ここは厳密に選別するか、要所での強制依頼とするのがよろしいかと」

「で、あるか……」


 もはや謁見と言うより会議の様な空気になってきた。

 そろそろ俺は帰っても良いのではないだろうか?

 そう思って出口をチラチラと覗く。


「あらあら、ごめんなさいね。疲れちゃったかしら? 実は私もなの!

 ワイアット、これ以上話し合いをするのであれば応接間に移りましょうよ」

「カミラ様……再三申し上げさせて頂いて居りますが、国には体面というものがありましてな、私にも宰相という立場がございます。

 その様な振る舞いを断じて許す訳には参りません。そもそも――――――――」


 突如始まったお小言に「あー、もう! ちゃんと気にする相手にはしております。そんなお小言の方が宜しくないのではなくて?」とムッとして言葉を返す女王陛下。


「むぅ。ではべレスよ、この後残って話し合いに付き合っておくれ」

「ハッ! 畏まりました」


 その後、退室の為に近衛騎士であろう人を一人つけてもらい、謁見の間から出た。


 やっと帰れる。


 なんて思ったのが良くなかったのだろうか、案内してくれる筈の兵士が「あらヘンリー、その方はどなた?」と若い女性に声を掛けられ、足を止めた。


「これはアリス王女殿下にエリザベス王女殿下」とヘンリーと呼ばれた兵士は片膝をついた。

 その先には二人のドレス姿の少女とメイドの格好をした女性二人が立っていた。


 おおう、リアル姫……初めて見た。

 しかし、可哀そうなくらい見た目に差があるな。


 アリス王女殿下と呼ばれた方は超絶美少女としか言いようが無い程に可愛い。

 小顔でパッチリとした大きな瞳。細かく編み込まれて纏めてある柔らかそうな薄い金色の髪。

 背は低く、華奢で胸は無いが儚げで守ってあげたいと思わせる。そんな少女。

 

 もう片方のエリザベス王女殿下は素朴な田舎娘って感じだ。

 別に悪くは無い。可愛いと言えば可愛いのだが、つり上がった目が印象的。

 恐らく天然であろうパーマが掛かった茶髪。

 体型も身長も日本と一緒なら一般的な感じと言えるだろう。

 だが、胸はデカイ。エロさはこっちの方が上だな。うん。


 案内してくれる彼が膝をついたのでそれに倣って腰を落とせば、田舎娘っぽい王女殿下に止められた。


「ああ、頭を垂れる必要はないわ。と言いたいところだけど場所が悪かったわね。

 落ち着いて話せる場所に移動致しましょう。

 恐らくそちらの方共々に聞かねばならない話があるの」

「ハッ! ご用命とあらばっ!」


 えっ!? 俺も?

 なんて考えている間に移動を始め、ヘンリーさんに「どうぞ、貴方も此方へ」と移動を促された。 

 そのまま城の奥へ奥へと進んでいき、なにやら少女漫画で出てきそうな庭園の様な場所に出た。


 散髪された木々が立ち並び花壇には花が咲き乱れていて、奥は迷路にでも成っていそうな庭園だ。


 その手前にあるテラスにお茶とお菓子が人数分用意されていた。

 足も止めずにそそくさと歩いて来たというのに準備が終わっているとは、解せぬ。


「さあ、お掛けになって。ここは非公式の場ですから遠慮は無用です」

「では御言葉に甘え、失礼いたします」


 ヘンリーさんは優雅に一礼すると用意された席へと腰を掛けた。

 俺もそれに習い一礼して腰をかけるが、胸中は冷や汗で一杯だ。


 こんな奥の庭園に俺が着ちゃって良い訳?

 いや、姫に呼ばれて来たんだから良いんだよね?

 うん、大丈夫。だって兵士がどうぞって言ったのだもの。


 そうして心を落ち着けている間にエリザベス王女殿下が話しの本題を語る。


「ここまでお越し頂いたのは他でもありません。

 討伐に赴いて帰還していない兵士達の事です。ヘンリー、何があったの?」

「いえ、その、申し訳ございません。

 思いの他事が重く、申し上げて良い事なのかどうかが……」


 だよね。

 普通、気になったんなら宰相さんとか女王とかに聞くよね。

 知らないって事は、知らない方が良いこととして教えて貰えなかった線が強い。

 それを俺たちが言っちゃったらヤバイよね?


「構いません。事が重いのであれば余計に知っておかねば恥を搔きます。

 まさかここまで来てお茶を飲んでおきながら、言えないなどと申しませんわよね」


 うぐっと口をつけていたティーカップから口を離したヘンリーさん。

 何故此方を見るのでしょうか? 止めて下さい。死んでしまいます。


「そ、そうですね。私は職務中のことですので申し上げられませんが、そうでなかった彼ならばあるいは……」

「なっ!? 裏切ったな!」


 さっと目を逸らし口を紡ぐヘンリー。

 ふざけやがってと思いながらも如何しよう如何しようと困惑していると、その様を見てなのか、アリス王女殿下がクスクスと上品な笑い声をあげた。


「か、可愛い……」

「へぇっ!?」


 アリス王女殿下は両手で上品に口元を押さえ頬を染める。エリザベス王女殿下が細い目を更に細くして此方を睨んだ。


「そんなおべっかで誤魔化されませんわよ。

 確かにヘンリーが裏切ったくだりは少し面白かったとは思いますが……」

「恐縮です」

「いやいや、恐縮ですじゃねぇよ! 俺は恐怖に怯えてるよ!」


 そんな突っ込みで二人の王女殿下は再び笑いを洩らし、場が和み許された。と思ったのだが、どうやら話さねば解放しないという空気なのは変わっていない模様。

 てかおいヘンリーなんでお前まで笑ってんの!?


「あっ、そうだ。もし聞くなら騎士団の方に聞いてください。

 俺、騎士団の人に身分の及ばない所で聞かれたらそう答えろって言われてるんで」

「……いいでしょう。騎士団の方には私から言っておきます。答えなさい」


 ニコニコと少し楽しそうに詰問するエリザベス王女殿下。

 出来る事ならアリスちゃんと絡みたいんだけど……とチラチラと視線を送る。


「また見え見えなおべっかで逃げようとしても無駄ですよ?」


 なぬっ! おべっかじゃねぇし! ガチだし!


「いや、そもそもおべっかで言った訳じゃないですよ?

 もし身分さえ及ぶならば、即座に求婚していても可笑しくないくらい本気で可愛いと思ってます」

「ふん、嘘ばっかり。どうせ身分的に無理だから言ってるだけでしょう?」

「本当ですぅ! 無理だとわかっていてもこの気持ちだけはガチですぅ!」


 あれ? 煽られたからって何俺こんな恥かしい事でムキになってるんだ?


「ならば、契約魔術で誓えますか? 嘘ではないと」

「エリザベスお姉さま!?」

「ひ、姫殿下!?」


 およ? なにやら空気が変わった。


「別に構わないんだけど……ヘンリーさんの反応見るに……ヤバイの?」

「ええ。貴方も本当に自信があるのでなければ止めておいた方がいい。

 縛りの掛け方にも寄るが最悪は命に関わる」

「あら、失礼しちゃう。そんな重い縛りにはしませんわ。

 精々一晩は苦痛で寝られない程度に抑えます。

 エマ、魔紙と書く物の用意を――――――――」


 そういった瞬間にはもう彼女の前に紙とペンが用意されていた。

 彼女はすらすらと日本語で契約書の作成をしていく。


『我、神の名の下に誓う。


 もし身分さえ及ぶならば、即座に求婚していても可笑しくないくらい本気で可愛いと思ってます。


 とアリス・アーレス・アイネアースに向けて言った言葉に嘘偽りは無いと。

 これが嘘であった場合、我を罰し一昼夜身を刻まれる苦痛をお与えください。


 署名』


 なんだこのふざけたラブレターみたいな契約書は……


「さあ、これでもまだ我が妹を愚弄する様な事が言えますか?

 ああ、流石に読めませんか? これは古代語で――――――――」


 はぁ? 愚弄ってなんだよ!!

 

「これくらい読めますよ。この署名って所に名前書けばいいんでしょ?」


 そう言って署名欄にカイト・サオトメとこの世界に倣って名前を記入した。


「あら、貴方貴族でしたの?

 身分が及ばないとおっしゃるから平民かと思っていましたわ」


 あっ……そういえば俺ルンベルトさんにも下の名前しか言ってねぇ。

 やべぇ。どうしよ。今更訂正なんて出来ないし。


「その、遠い国の低い身分のものですから……

 帰れそうにないほど遠いようなので家を出たのと変わりません。

 平民と思って接してください」


 こ、これなら問題ないだろ。多分……


「ちょ、ちょっと待って。貴方、体はなんともないの?」

「ええ。当然でしょう。嘘じゃないって言ったじゃないですか。

 どちらにしてもどうこうなる話じゃないんだし、もういいでしょう?

 帰らせてください」


 そう。こんな綺麗過ぎるお姫様を口説こうなんて最初から思っていない。

 かなり恥かしい事を言ってしまったがクソ雑魚な俺が城に呼ばれることなんてもう無いだろう。


「ちょっとお待ちなさい。それとこれとは話が別です。

 ですが、妹を褒めてくださった事には感謝しますわ。

 とても頑張りやな良い子なのです」

「お、お姉さまぁ……恥かしいです」


 そのやり取りをヘンリーが微笑ましく見つめる。

 いや、うん。姉妹愛、素晴らしいよね? でもさ、俺もう帰りたいんだけど……


「あの、本当に勘弁してください。

 騎士団の副長さんと約束してしまって居るですから。良くして貰っている人を裏切れませんよ」

「そう、ですか……ではヘンリーあなたが口を滑らせなさい。

 その取り成しはしてあげますから」

「そ、そんなぁ……」


 そうそう、そっちに言ってくれる? と俺は『うんうん』と強く頷く。

「ほら、早くなさい」とせっつかれて彼はとうとう観念した模様。


「わかりました。ですが本当にお願いしますよ? 最低でも名を持って命じたと仰ってくださいね?」

「ええ、エリザベス・アーレス・アイネアースの名を持って命じます。

 これでいいわね?」


 興味深々な彼女は彼をジッと見つめ言葉を待つ。ヘンリーは頬を染めてタジタジだ。


「此度の魔獣の群れ討伐任務により、王国騎士団は副団長及びに大凡五十名の兵士のみを残し、殉死なされました。

 その事で女王陛下により多くの近衛兵には騎士団への移動命令が下るでしょう。

 彼はその時に月の雫を分け与えてくださったそうでその褒賞で呼ばれたようです。

 私が知っている事はそのくらいであります」


 王女殿下二人のみならず、メイドや執事であろう者たちも動きを止めて目を見張った。


「ほぼ……全滅じゃない……何が、出たの?」

「わかりません。ただ、主クラスが三体いた群れだったとしか……」

「それは……ワイアットも簡単には教えてくれない訳ですわね。

 それにしてもあのホワイト騎士団長がやられるなんて、本当に一体何が出たのよ……」

 

 悲痛な面持ちで顔を歪ませるエリザベス王女。アリス王女はまだ固まって居て言葉が出ない様子。


「貴方は知っているの?」

「ええと、申し訳ないですけど魔物の名前の方が一切わかりません。見はしましたが……」

「そう。絵に描いて貰う訳にもいかないし、流石にそれは説明できないわよね……」


 うん。多分出来ると思うけど、無理に説明する必要はないよな。

 実際問題、兵士の彼らが知っていればいいだけのことだ。と曖昧に頷いていれば、アリス王女が初めて自発的に口を開いた。


「あの、貴方はこれからどうなさるのですか?」

「えっ、あ、騎士になる為に士官学校へ通うことになっています」

「ま、まぁ! そうでしたの!」


 ぱぁっと彼女の顔が喜色に染まり、思わず見蕩れてしまう。それに気が付かれてしまい彼女が恥かしそうに俯いた。

 それを見ていたエリザベスが此方にジト目を送る。


「……身分違いの恋は辛いだけですわよ?

 貴方も、アリスの心を惑わす様な真似はしないで下さいまし」

「いや、俺みたいなブサイクじゃどっちにしても相手にされないでしょ。

 それよりもう帰っていいですか?」


 グイグイ来るエリザベス王女には慣れてきて、此方もジト目をお返ししつつ帰らせてコールを送った。

 俺が恋しちゃって辛くなるから帰らせて。マジで。


「貴方……まあいいわ。これはこれで新鮮です。

 わかりました。ヘンリー、送って差し上げなさい」

「ハッ!」


 そうして漸くヘンリーに外まで送って貰えた。

 用意してくれる住居や市民権の証書に関しては用意でき次第、兵を知らせに寄越すと言われ、暫くは予定通り騎士の宿舎での寝泊りになるようだ。


「今渡せる物はこれだけだ」と巾着袋を渡された。中には一回り大きな金貨が二枚入っていた。 

 これで所持金が金貨換算で二十一枚になった。


 服と剣を買ったら所持金の大半が飛んで不安だったからガチでありがたい。


 学校に支払った金も帰ってくるかもしれないと考えれば、大人二年分のお給料を手にした上に家賃が無いんだろ? 学校卒業まで余裕でいけちゃうんじゃないか?

 まあそれでも今の俺に収入なんてものは無いし、大切に使おう。


 アレクが兵の宿舎に住むなら金は要らないなんて言うから剣を買っちゃったけど、後から買わない方が良かったんじゃないかと不安になっていたからな。


 早く帰って飯が食いたいと、小走りに城門から目と鼻の先にある騎士団の宿舎に入り、ロビーを通り過ぎそのまま食堂の方へと足を運んだ。

 意気揚々と足を運んだが、まだ流石に出来ていないと言われてしまう。


 その時に初めてこの世界にも時計の存在がある事を知った。


 人の大きさほどある砂時計にメモリが振られていて、それで時間を知らせるのだそうだ。魔道具になっていて、落ち切れば自動で反転するらしい。


 恥を忍んで字が読めない事を告げれば、食堂の綺麗なお姉さんは作業をしながらも教えてくれた。


「上から六本刻んであるだろ? その順番で一刻、二刻って数えるのさ。

 日の出から日暮れに掛けてが陽の刻、そこから次の日の日の出までが陰の刻だ」


 てことは、朝六時から夜六時まででAMPMみたいに分かれている感じかな?

 慣れるまでは大変そうだな。指折り数えないとわからないわ。


 一先ず飯がまだならばと、お姉さんにお礼を言ってお金を部屋に置き、風呂を先に頂いた。

 大衆浴場の様な広々とした浴槽で、寝そべるように足を伸ばし今日を振り返る。


「なんか、国がかなりピンチっぽい事になってたなぁ。

 俺もなにか手助けする為に頑張った方がいいんだろうか……」


 周囲を見渡し、一人ぽつんと呟いた言葉が誰の耳にも入らなかった事を安堵する。

 そんな事を言っても笑い話にもならないだろ。今の俺は一レベルなんだから。


 でも待てよぉ。

 このパターンだと凄い才能があってグングン強くなる可能性もあるよな?

 うん。もしそうなったら彼らの手助けをしよう。


 そんな誓いを立てつつもゆっくり浸かった風呂を上がると、その頃には食事も出来ていて、前日と甲乙付け難い程に美味しいご飯にありつき、一日を終えた。

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