Beholder

 こちらは小説でも漫画でもなくスマホゲームです。

 舞台は架空の全体主義国家。主人公カール・スタインは国家からとある町のアパートの管理人に任命されます。

 家族を連れて電車に乗るところでゲームは幕を開けます。真っ黒に塗り潰された人物のデザインやモノトーンの画面は陰鬱なムードが満点です。

 アパートに到着したカール一家が真っ先に目撃したのは、ボコボコに殴られて連れて行かれる前任者の姿。

 管理人の役目はアパートの住民たちに快適な生活を提供すること……というのはあくまでも表向きの話です。

 カールに与えられた本当の仕事は、住民を監視して趣味や思想などの個人情報を省庁に送り、犯罪行為を目撃すれば必ず通告して国家に貢献する、いわば秘密警察のようなものです。カールは事前に投与された薬品のおかげで眠る必要が無いので、より長い時間国家に仕えることができます。前任者は与えられた仕事がこなせなかったために捕まってしまいました。

 住民の部屋に忍び込み、カメラを仕掛けたり家具を漁ったりしながらカールは淡々と省庁のタスクをこなします。大変なタスクをこなしても、与えられる報酬はわずか。家族が病気になったり息子の学費を工面したり、カールの苦労は絶えません。

 様々な事情を抱え、時に命の危機に晒される住民たちは、頼れる管理人カールにいろんな頼み事をしてきます。眼鏡が無い、恋人が欲しい、銃が欲しい、亡命を手伝ってほしい、隣人から原爆の設計図を盗め……。

 きりきり舞いのカールの元には地下室の電話を通して次から次へと省庁から命令が届きます。省庁の電話に混じるのは、反政府勢力からの協力要請や命を狙われた元二重スパイからのSOS。

 誰を守り、誰を密告するのか。政府の忠実な飼い犬として生きるのか、それとも革命に身を投げ打つのか……。プレイヤーの選択が少しずつエンディングを変化させていきます。


 言論や報道の自由が存在せず、政府による国民へのあらゆる弾圧が日常化した世界観は冷戦時代の東側諸国を彷彿とさせます。ゲーム中での西暦が1984年なのは製作者のユーモアですね。ゲーム中、何度も存在が示唆される「偉大なる指導者」はビッグ・ブラザーのパロディでしょうか。

 決められた条件をクリアすることで解除される実績の名称にも、「戦争は平和」「素晴らしい新世界」など他作品へのリスペクトが見られます。

 カールの行動によって分岐するエンディングには、戦争、革命、評価、移住の四種類があります。おそらく最も良いエンディングは戦争終結、革命成功、家族全員生存での移住(おそらく西側諸国への脱出)ですが、私はまだこのエンディングには辿り着けていません。移住成功自体が難しいので、一度政府に尻尾を振りまくって最高評価を目指したのですが、恐ろしいエンディングに辿り着いてしまいました。

 前任者が主人公となるサブストーリーも存在します。こちらではハッピーエンドを迎えられたのですが、ナレーションがまた後味が悪くて悪くて……。主人公は自分が幸せになるために一体何人の人生を踏みにじったのか。私なら考えたくないです。

 

 旧ソ連の会社に制作されただけあってリアルな全体主義国家の空気感を味わえる本作。全編をプレイするにはお金が必要ですが、広告が無く、有料故に細かいところまで作り込まれた内容なので、ディストピアものが好きな方におすすめです。

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