献灯使

 全米図書賞という賞を受賞した作品です。ページ数は少ない方で、持ってみても厚みがなく軽いのですが、内容はその限りではありません。

 おそらく、かつてない大災害と原発事故に見舞われ、国としての体を成さなくなった日本の話です。表題作と、設定を共有した他の作品を合わせた短編集で、どの話もしっかりとした起承転結があるわけではなく、ぶつ切りになった印象でした。

 設定としては、前にも紹介した、「ボラード病」に似ています。違っているのは、「ボラード病」がB県という限られた地域に限定された話であることに対して、本作は日本全体が災害によって崩壊していることです。

 災害後の日本では、生まれる子供達はみな病弱で、老人だけが年を取らずに何年も元気なままでいます。外来語は消滅し、インターネットも無くなっています。安全な食べ物は少なくなり、日本といえば、もう消滅した国、放射能でおかしくなった国。そういう世界です。

 架空の未来をさも本当にあるかのように書いたのではなく、どちらかというと幻想的で、小さい頃に読んだ奇天烈なストーリーの絵本の記憶ような小説です。文体もかなり独特で、人を選ぶと思います。


 日本といえば、災害の国です。私も大地震で滅びた後の日本を舞台にした「断層都市」という短編小説を書いたことがあります。


 東日本大震災や豪雨災害があったとき、避難所の列に大人しく並ぶ日本人の姿が海外で称賛を浴びた、なんてニュースを聞いたことがあります。さも日本人のモラルや道徳性が、他国よりはるかに優れているかのような取り上げ方に、私は疑問を持ちました。(日本人を侮辱する意図はありません)

 日本で今までに起こった災害は、どれも地域が限定されており、日本国という国そのものの存続が危ぶまれる事態に陥ったことはありませんでした。

 避難生活が辛く苦しいものであっても、いつかは日常が戻ってくることを、日本人は信じています。元通りの完璧な復興でないとしても、少なくとも、明日の生死すらわからないという状況に放り出されることは、有り得ないわけです。

 被災者を助けてくれる国や、人というものに対する信頼が、他のどんな国家よりも厚いからこそ、日本人は厳しい状況においても秩序を失わずにいられるのではないか、と私は考えました。


 なら、これまでにない規模の天災に襲われ、その信頼が大きく揺らいだとき、一体何が起こるのか。そこに戦争や原発事故といった人災が重なったら? 未来は人の予想を簡単に超えてしまうし、災害はいつ起こるか知れません。

 その、来るかもしれない未来をシミュレートしたのが本作です。(私が同じことをしたのが「断層都市」です。主人公は悲惨な過去を知らない未来人なので、セカイノオワリの『RPG』のような雰囲気で、廃墟と森をひたすら歩く小説にするつもりでしたが、書いてみると全く別の陰気な話になりました)

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