火星ダーク・バラード〈文庫版〉
著者は上田早夕里さん。最近この人の本ばかり読んでます。
本書は文庫化の際、結末を含めた全体に改稿が及んでいるので、サブタイトルに〈文庫版〉と付けました。
舞台は火星。凶悪犯罪者ジョエル・タニを列車で護送中の水島とバディの神月は、奇妙な現象に見舞われ、ジョエルは逃亡、神月は殺されてしまいます。唯一無傷で残った水島は、治安管理局から神月殺害の容疑をかけられます。
自分をはめるため、事故を隠蔽するために何か大きな力が働いていることに気づいた水島は、冤罪を晴らすため、また神月を殺した本当の犯人を探るために独自調査に臨みます。
同じ頃、「プログレッシヴ」と呼ばれる新人類の少女アデリーンは、自分の力の暴走によって引き起こされた列車事故に心を痛め、事故の真相を探るために水島に接触します。
自分が何をしたのか、すべてを知って償おうとするアデリーンを、彼女を所有する火星総合科学研究所はあらゆる手段を用いて妨害しようとするのです。
反抗的なプログレッシヴには電撃を与え、恋人も能力も、はたまた言葉すら奪って支配しようとする研究所は、その絶大な権力を行使して二人を確保しようとします。
火星政府、治安管理局、科学研究所、ジョエル・タニから神月の恋人ユ・ギヒョンまで、あらゆる組織と人に追われ、二人は火星中を逃げ回り、真相解明を求めます。
上田さんの小説は、登場人物のほぼ全員が、平たく言えばキャラが立っており、一見するととてつもなく嫌な奴や、あまり出番のない脇役にすら、感情移入が可能になっています。例を挙げるなら、アデリーンの監視役のジャネットやユ・ギヒョンなどです。
でも、アデリーンの父親グレアムは最後まで好きになれませんでした。このクソ野郎さっさと死んじまえ、と何度思ったことか。
個人的な話ですが、愛情を注いでいるはずのアデリーンへの態度や考え方が、私の大嫌いな人を想起させたのも理由の一つです。
極端に潔癖な性格のせいで歪んでもなお、自分は正しいと信じているあたりや、娘の受精卵をいじったときのセリフとか、アデリーン射殺命令が出たときのセリフとか……ドン引きさせられました。
出番は少ないながら、読者に強烈な印象を与える殺人鬼ジョエル・タニは、以前紹介したことのある「魚舟・獣舟」という短編集に収録されている「小鳥の墓」の主人公でもあります。(水島もちょっとだけ登場してます)
先に「小鳥の墓」を読んだので、どっからどう見ても異常者としか思えないジョエル・タニの言動にも少しくらいの人間性が垣間見えるシーンがあるかも……と注意しながら読んだのですが、彼は最後までサイコ野郎のままでした。
SFは、素人には難しい科学理論や専門用語のせいで敬遠されがちなジャンルですが、「火星ダーク・バラード」はそんな方でも一読する価値ありです。
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