ハーモニー

 虐殺器官の続編です。とは言っても、ほとんど関連のない内容なので、本書を先に読んでも構わないと思います。 


 世界を混乱に陥れた〈大災禍ザ・メイルストロム〉と呼ばれる戦乱から数十年、世界は〈生府〉によって管轄される医療社会を形成していました。

 ライフスタイルを専門家に管理させ、WatchMeにより体の健康を見張る高度福祉社会では、人間一人一人の体が社会的リソースとして大切に扱われます。

 健全な食生活や生活管理によって健康を保つのは人々の義務であり、自殺などもってのほか。風邪になる人なんていないし、そもそも病気というものは存在しません。そこはまさしくユートピア。

 しかしそんな優しさに包まれた社会の仕組みからこぼれ落ちた人がいました。

 女子高生だった主人公トァンとその友人キアンは、そんな世界に異を唱える美少女ミァハに誘われ、三人で餓死することを選びます。私の体は私のもの――。

 しかしキアンの裏切りによって計画は失敗します。ミァハのみが死に、二人は治療とカウンセリングを受けて社会復帰を果たします。

 十数年後、紛争地域で自堕落な生活を送るトァンは、その行為が上司に露呈したことをきっかけに日本へ帰国します。

 懐かしい友人キアンとレストランで食事を取っていたとき、彼女は突然、ナイフで自らの喉を掻き切って自殺します。最後にキアンが残した言葉は、「うん、ごめんね、ミァハ」でした。


 文章全体に共通するのは、ETMLというシステムによって書かれていることです。ETMLが何の略かについてはあえて触れませんが、HTMLを使ったことのある方なら、より楽しんで読めるのではないでしょうか。私が本作を初めて読んだのは中学生のときだったので、時折挿入される意味の分からない文字列に仰天しました。


 作者の伊藤計劃さんは、亡くなる約三ヶ月前に本作を執筆しました。おそらく病床で書き進めたものと思われます。

 病気によって命を奪われた作者が、病気のない世界を息苦しいディストピアとして書いたことに、どんな意味が含まれているのか非常に興味を惹かれました。

 

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