魚舟・獣舟

 オーシャンクロニクルシリーズの第一作となる本作は、「華竜の宮」と世界観の共通する表題作と他五編です。


 地殻変動に伴う海面上昇により、陸地の殆どが海に沈み、人類が陸上民と海上民に分かれた世界。海上民は必ず双子を出産し、片方は人の姿、もう片方は魚ような姿で生まれてきます。それが魚舟です。

 魚舟は生まれてすぐ海に放され、時が流れ生き残ったものだけが、同時に生まれたヒトの片割れの元に戻ります。

 何らかの理由で片割れに出会えなかった魚舟は、やがて人と交わることができなくなり、凶暴で孤独な獣舟へ変貌するのです。


 私が一番好きだったのは、全体の約半分を占める「小鳥の墓」という中編です。

 人も手に入る情報も厳選された教育実験都市、通称「ダブルE区」で暮らすちょっとズレた主人公は、そのあまりの清潔さと住民たちの有り余る善意にのまれ、息苦しさを覚えます。

 外の世界の猥雑さが懐かしくなったころ、勝原という不良少年に出会った主人公は、彼に引っ張られるまま実験都市の外へ出入りするようになります。

 華やかな外の世界で、実験都市には無い刺激と危険を楽しむ勝原やその仲間を、あくまで冷ややかに見つめ続ける主人公の人生は、そこから徐々に狂っていくのでした。

 読んでて鬱になります。あまりにも暗いストーリーと読後感なので、人には薦めづらいです。でもこういう人間の暗さや残酷な社会は、私も書いてみたいと思いました。

 他にも、人間を餌にして食い尽くすキノコをテーマにした「くさびらの道」や、妖怪の住む街を舞台にした「真朱の街」など、どれを読んでも楽しめる短編集です。

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