3.真夜中について知っていることについて語らせてください
真夜中の花が咲いている。
闇菱の花が咲いている。
闇に投げ込まれた心は、自転車のライトを浮かび上がらせた青いペンキの壁に、
ぬたぬたと、カトレアを抱えた女の影を浮かび上がらせる。
それは笑いながら、人を原始の海峡の口へと誘おうとする。
もしあなたが、「いいよ」と言ってしまったら、それはあなたの心にさっと入り込み、あなたを分解し始める。
四角と言い張れば四角、三角と言い張れば三角になるような、そんな名づけようのない心の動きにすべて名前をつけ、すべてを細かく分解する。
そして元の構造とはまるで違ったものになる。
あなたはバラバラになる。
あらゆるものがそうであるように、それは元には戻らない。
だから目をつむって行きすぎねばなるまいよ。
その女は、百年千年も街角に立つものの前に現れ続けている。
今は書物でしか会えない過去の人々の、人生が真夜中にかかる時分にはいつも花を抱えて現れた。
その女に会えば人は、「これは真夜中なのだ」と悟るしかない。
ダンテも暗い森に至ったころに、この女に会ったろう。
平安の夜闇に検非違使が向こうを向いているときだけ、この女は立ち現れていたろう。
英雄がミノタウロスを殺そうと迷宮に立ち入ったときも、燭台の影にゆらゆらと揺れていた。
世界中の人々が、あらゆる時代にそれを見た。
一人じゃない。時空を超えて、あなたは彼らとともにそれを見ている。
振り返ればその女を見つめる百もの瞳がある。
肝心なのは、それを知ること。
たったひとりで、それに向き合ってはいないことを、知っておくこと。
あらゆる人々とこの夜、ともに辻に立っていることを、知っておくこと。
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