2 . 海に立ちかえる魂

記憶の海に、すべてが飛んでいく。


箱庭の空の下に青空が広がり、静かに星が吸い込まれる。


生まれる前に知っていたことに出会い、

やがて、こだまの一つを拾った。


このこだまは巨大で次々と絵を見せる。


桜も、森も、木立のさまも、奇妙な家も、ああ、生まれる前の記憶だ。


それが見えるか、大地に鳥が悠々と飛び立つのが

それが見えるか、すべてが遊び転び笑うのが

あした、どんな悲しみが訪れたとしてもただすすみ続ける、

巨大な力が。


永遠に終わることのない力が、また、弾みをつけ飛び立とうとしている。


なめるように目で味わうが良い。

すると自然がお前に光を投げかける。


お前はそれそのものとなり、それに取り付かれるのだ。


海底の泡でたわむれる子供が見えるだろうか。

あれは、原始の奇妙な命だ。


いまだ天敵の居ない海で、まだまっくらな光もない海の世界で、

生まれてきてははしゃぐ、命だ。


いまだ、命の歌は、なりひびいている。


消える日はない。


秩序の番人よとうそぶく者が時々、耳など貸すなとがなり立てるが、それは無意味な風の声。


たとえ地上に何をこしらえても、土の消える日はないように、あの巨大なこだまが世界から消える日など訪れない。


終わることのない力。消えない響き。

そのこだまは永遠だ。


記憶の部屋の向こうで、奇妙な生き物たちが交わり、絵を描く。


人間とも肉ともつかないが、優しいものだと思われた。

それは、ごく懐かしい母体の姿のようだった。

羊水のなかでときめいて夢見た、親の姿だったのか。


あらゆる記憶。力強い記憶。

こだまの姿は一度見えなくなったが、もどりつつある。

こだまの音を、忘れてはならない。

こだまが、私の、耳に、小さく聞こえる。


この下にこそ天が生まれ、この上にこそ大地がある。


はるか昔、みんなそこから降りていった。

わたしはそれを見送って、なにもわからず笑っていたらしかった。


何も予想せず

何も予測せず

りんごもかじらずに


ただただ笑っていた。


その時はみな同じ生き物であったようだ。

離れてはいたがどこまでも伸びる地下茎で結ばれていた。

その後わたしも下に降りて、忘れてしまったけれど。



こだまのなかには超越生命体が光っている。


それが春と夏と秋と冬を壁と天上に貼り付けた部屋で笑っている。

超越生命体は赤ん坊である。

赤ん坊は外のことを考えない。中のことも考えない。魅せられて笑っている。

世界を信じている。春の庭のつくしやら、夏の庭のパラソルがはね返すギラギラした光を自分だと思ってる。


死も生も変わらず、部屋にはありとあらゆる美しいものがあふれていた。


こだまはそれを知っている。


あの家、冬の家、ご馳走の家。

静かにしんしんと積もる雪、秋の滝つぼ。


終わりもなく、始まりもなく、宇宙の始まりからそこにある。


それでも、夜はどうしても、そのことを覆い隠そうとする。

夜になるとりんりん列車が来る。帰らない葬列がはじまることを私はしっていた。


りんりんりんりん。大人は不気味な世界に居た。

りんりんにしたがって、まつろってうごく、そういう亡霊だった。

私は亡霊になったようだ。


不気味な舟の意味、不気味な記号の意味。

恐れおののいて震えた。


いつからだろうか、下らぬ知識をひけらかして、

私は知っていると思い込み。この世の災厄を常識ぶって

やり過ごせると思い込んだ。


そんな嘘を忘れてしまわねばならない。


忘れたら、真夜中の窓に魚が顔を出す


くすくす笑いながら目が三つある生き物が、

今日の目はどれにしたものかと聞いてくる。


右の目が好きだよ、と言ってあげると、他の二つを食べて飲みこもうとする。


『それは一回消したら戻らないよ?』

そう言おうとしたけど、彼女は勝手に右の目だけになってた。


すべて、この庭のものは忘れられていく。

生まれいずる者たちは忘れている。


時と、地球と 文字盤と、シイラカンスがおどってる庭。


全ては左上の太陽に照らされて、はっきり存在している。

そこに生まれた草を、みんなで悼んでいる。


ああ、もうじき、生まれる。


なにかがはじまる。嬉しいのか、悲しいのか

誰にもわからないが、なんだか静かに悼んでいる。


どうにも思い出した。


いまでも目をつぶっているだけで、その庭がそこにあること。

本当は今でも影が走る青いトンネルの国にいる。

魚の尾が、魚の頭が、奇妙な鱗が見つめる古くて優しい国に。

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