1話完結番外編 クリスマスの力


 クリスマス。

 それは俗に言うリア充の祭典にして、非リアにとっての獄の日。

 恋人のいないゲーマーには縁の無いイベント。


 否。


 別に非リアばかりのゲーマー(独断と偏見)にだって、クリスマスイベントクエストだったり、特別配布だったりと色々関係はある。


 かく言う俺も、朝から色々なゲームの特別ログインボーナスの回収やら、イベントの周回をしていた。


 今年は平日だが高校は先週で終わっているので、一日ゲームに集中できるのは嬉しい限りだ。



 昼頃になってようやく周回を終えた俺は、一度ゲームを終えて妹の詩乃が用意しておいてくれた昼飯を食べる。

 VRにダイブをしている時、現実の身体で空腹が続くと強制ログアウトされてしまうからだ。



「あっ、兄さん。私はこの後少し家を空けるので、お留守番お願いしてもいいですか?」


「おう、気をつけて行ってくるんだぞ」


「はいっ」



 昼飯を食べている時に詩乃が話しかけてきた。クリスマスに用事と聞くと浮ついたことを思い浮かべるが、昨日の時点で詩乃から女友達と遊ぶことを聞いていたので、今更驚きはしない。


 まぁそれがなくともしっかり者の詩乃に心配はいらないだろう。


 嬉しそうに出かけていった詩乃を見送り、俺も自室へと戻る。


 そして、ベットに横になり、最新のVRデバイスを操作してIWイリバーシブル ワールドへとダイブした。


 ちなみにIWは、昨日のクリスマスイブですらクリスマスに関しては何の告知も無いので、後回しにしていた。



[12:48シロがログインしました]



 IW内のホームのベットで目覚めた俺が横を見ると、ユキが寝ていた。


 別にユキが間違えて、最後に俺のベットからログアウトしたとかではない。

 もとよりこのホームにはベットを一つしか置いていない。

 このホームを建てる時に、最初冗談で言ったのだがお互いに意地を張った結果、ダブルサイズのベットを一つしか買わなかったからだ。


 よって俺たちは、IWから現実にログアウトする時は添い寝することになる。

 もうホームを買ってから数ヶ月経つが、先にログインしたとき、すぐそこでユキが寝ているというのは未だに慣れない。



 にしても本当に綺麗な顔立ちをしてるな。


 いや、ゲームなんだから当たり前だろと思うかもしれないが、ユキはほとんどのゲームで現実と同じ顔にキャラメイキングする。


 そりゃぁよくよく現実のユキと見比べれば差異も見つかるが、ぱっと見でわかる違いは本当に髪色くらいしかない。



 そんなことを考えながら俺は、ログインしてからすぐに起き上がらずにユキの顔を眺める。


 しばらく眺めていた俺は、思わず手を延ばしてその顔に触れる。



 確かユキは終業式の後、クラスの女子にクリスマス女子会に誘われていた筈だ。

 話し声が聞こえてきただけだったからその誘いを受けたのかはわからないが、今日ユキは他のゲームにログインもしていなかったし、きっとそのクリスマス女子会とやらに行っているのだろう。


 生粋のゲーマーであるユキが、特に意味もなくクリスマスイベントのアイテムを見捨てるとは思えないしな。



 ならこのIWにもログインしてくることは無いだろう。



 それならもう少し、今日くらい近くでその綺麗な顔をーー



[12:54 ユキがログインしました]



「!?」



 たった今あるはずないと考えた事態に、ユキの顔に触れていた手をサッと引っ込める。


 ていうか俺今なんか変な気分になってなかったか!?

 危なかった。これがクリスマスの罠か…!


「あれ、シロもログインしてたんだ」


「あ、あぁちょうどさっきな」


「さっき?12;48ってなってるけど」


「…!」


 不味い。

 ゲームだと言うのに冷や汗が流れるのを感じる。


 そう、このゲームIWでは、ログインしていないときでもパーティメンバーのログイン履歴が残るのだ。


 そこには当然俺のさっきのログイン時間があるわけで…。


「あれ〜?ログインしてから6分間も起きずに何してたの?」



 ユキは寝ころんだまま、俺の顔をにやにやとのぞき込んでくる。



「くッ…」


「もしかして、私に見とれてたのかな?」


「毎回言ってるが、お前の顔なんて今更見飽きてるわ。何年一緒にいると思ってんだ」



 いつもはこれで誤魔化せるが…。



「じゃぁ何してたの〜?六分間も」



 そう、これだ。

 どうしたものか…。



「あぁ〜、今日は何しようか、とか、いろいろ考えてたんだよ。ほら、俺いつも考え事を良くするだろ?」



 逸る気持ちを抑え、早口にならないように気をつける。

 自分で言っておきながら相変わらず苦しい言い訳だ。



「それこそシロはいつもアイテムの準備とかしながら考えてるよね。そういうこと」


「…ユキこそ俺のこと良く見てるじゃないか」



 俺はいつもの癖を指摘され、苦し紛れにそう言うと、ユキはクスっと笑った。


 あぁ、俺はユキのこの顔を良く知っている。この顔は勝ちを確信してる顔だ。



「そりゃぁねぇ?何年一緒にいると思ってるの?」


「うっ…」



 ついさっき俺が言ったことをそのまま返された。

 これにはもう俺は言い返せない。



「あれ〜?シロ、顔赤いよ?照れちゃった?」



 さっきの変な考えもあり、見慣れているはずのユキの顔に照れているのを指摘される。


 完全にユキのペースになってるな…。


 言い訳ももう浮かばない。


 よし、こういうときは開き直るのが一番だな。うん。


 そう決めた俺は、引っ込めていた手を延ばし、ユキを自分の胸に抱き寄せる。



「あぁ、別にいいだろクリスマスくらい。かわいい幼なじみに我慢せずに見とれるのも…」



 ユキの耳元でなるべくしんみりとした雰囲気で呟く。


 予想外だったのかユキの身体が一瞬ビクッと跳ねる。


 これでは更に後に引けなくなる気がするだろうが、後はこう言えばいい。



「なんてな。どうだ?俺の懇心のクリスマスジョークは」



 ここで抱きしめていた腕をパッと放し、少し離れてからニヤっとして言葉を続ける。


「どうしたんだ?顔、耳まで真っ赤だぞ?」


「…ッ〜〜〜〜!!!!」



 ユキは一瞬呆気に取られた後、布団で顔を隠してじたばたしだした。


 フッ、完全にやり返してやったぜ。


 俺は完全にベットから起き上がり、



「そういやユキ。なんでログインしてんだ?終業式の日にクラスの奴に誘われてなかったか?」


「……女子会とか言ってたけど、なんか合コンっぽかったから断った…」



 ふてくされてはいるが、布団から目まで出して答えてくれる。


 その仕草にまたドキッとするが、なんとか顔を逸らして誤魔化す。



「そっか、彼氏とか、興味ねぇの?」



 いやこれこそ俺何聞いてんだ。


 誤魔化すのに咄嗟に口をついて出た言葉に自分で驚く。


 これじゃ俺がまるで、ユキのそういう関係に興味があるみたいじゃないか。

 せっかく諸刃の剣を使ってまで主導権を握ったのに、また奪い返される…。


 しかし、返ってきたのは予想とは全く違うものだった。



「間に合ってる…」


「え…?」


「もう間に合ってるの…」


「…彼氏、いたのか?」



 まさか過ぎる返しに衝撃を受ける。

 いや、別にショックなんてことはない。

 ゲームだけの幼なじみの俺には関係のない話だからな。

 うん。ないったらない。



「…違うよ。シロとゲームする時間割いてまで彼氏なんて欲しくないってこと。私の暇な時間は、シロでもう間に合ってるの」


「なんだ、そういうことか…。まぁあれだ、クエスト行くか」


「うん!」



 一瞬驚いたが、ユキの言葉を最後まで聞いて嬉しいような照れくさい気持ちになった俺は、誤魔化しを込めてそう提案した。


 今のだらしなくにやける顔を見られる訳にいかないからな。


 ユキはそれを聞いて、嬉しそうに返事をして起きあがったので、いつも通り二人で準備を整えてホームを出た。



〜〜〜〜



 それから俺たちは、クリスマスということは忘れて、ただいつも通りクエストをこなしたり、センターシティで雑用品を買い足したりした。


 その間に俺たちは、pkからクリスマスに男女二人でゲームをしている事にいちゃもんを付けられて一悶着あったが、楽しく過ごすことが出来た。



「いや〜いっぱい買っちゃったね」


「まぁ雑用品ばかりだけどな」



 もうすっかり暗くなった街を、何でもない雑談を交わしながら歩く。


 このゲームは日の動きを現実と合わせているので、12月も末の今、18時近くにもなればもうすっかり真っ暗だ。



[18:00 クリスマス特別イルミネーション]



「「え?」」



 ぴろりんっ、という軽快な音と共に届いた運営からのメッセージに、俺とユキは揃って声を上げた。


 そして、その声と同時に、街が一気にライトアップされ、夜空にはオーロラがかかる。


 日中街を見ていた時にはlEd等の照明器具は確認できなかった。

 その状態から一気にライトアップするのは、ゲームならでは、って感じだ。


 ユキが空を見上げて声を上げる。



「わぁっ、ねぇシロ!きれいだね!」


「あぁ、まさかこんなの用意してるなんてな」


「サプライズってやつだね」


「まぁ、サプライズというか、敢えて告知しないことでリア充を排除したようにも思えるけどな」



 クリスマスのこんな時間までログインしているのは、非リアくらいなものだろう。



「確かに、こんなにも凄いって分かってれば皆ログインしてるもんね」



 ユキはくすくすと笑いながら俺の言葉に同意した。

 俺はそんなユキの楽しそうな横顔を見て、もっとその顔が見たいと思ってしまった。

 だから俺は、いたずらな笑みを浮かべてユキに話を振る。



「なぁユキ、クリスマス、っていうならまだ何か足りない気がしないか?」


「足りない…?」


「あぁ、小さい頃とか、クリスマスに降ってくれれば良いなって、思ったことはないか?」


「…降る。あっ、雪!」


「ご名答だ。ならもうわかるな?『換装』」



 俺の服が白と青を基調にしたものに変わり、手には雪剣が握られる。



「うん!『換装』」



 ユキの服も俺と同じ白と青のものに変わり、手には雪杖が握られる。


 それを確認した俺はユキの手を取り、ユキを見て頷き合い、声を合わせてユニークスキルを発動する。



「「『白雪』」」



 ユニークスキルを発動すると、俺達の着る服に雪の結晶模様が浮き出て、更に俺の持つ雪剣とユキの持つ雪杖が白く輝き、武器の周りに雪がちらちらと現れる。


 そして、このスキル最大の特徴。

 どこからともなく雪が現れて雪が降り始める。

 更に唯一危惧していたオーロラも都合の良いことに、雲には隠れなかった。


 街の周りの人たちは突然の雪に感嘆の声を上げている。



「ホワイトクリスマスだね、シロっ」


「あぁ、うまくいって良かったな」



 そんな周りの人たちの反応を見て、ユキも嬉しそうに弾んだ声で話しかけてくる。


 柄にもなく雪を降らせるなんてロマンチックなことをやってしまった。

 まぁユキも嬉しそうににしているし、クリスマスくらいそんなのもありか。


 そう思った俺は、ユキも含めて周囲の人が皆して空を見上げている中、俺はユキの顔を盗み見る。



 雪とイルミネーションに彩られたユキの笑顔はとても輝いていて、綺麗だった。

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