第5話 VS賢猿 ③

 あれから速度を上げたことで、徐々に賢猿との距離を少しずつ詰める俺とユキ。


 しかし賢猿も止まる気配はなく、木から木へと飛び移るようにして逃げるので、攻撃をしようにもなかなか捕捉ができない。



「くそっ、このままじゃジリ貧だ。よし。ユキ、燃やそう」



 燃やすと言うのは、賢猿の前方の森を燃やして逃げ場をなくす、ということである。



「ほんとにやるの!?キリヤ君とかに怒られても知らないよ!?」


「最悪アレ使えば消せるだろ」



 アレ、と言うのは、例のX Worldクロス ワールドのイベント最後の優勝商品のことだ。



「あ〜、そっかその手があるのか」


「だから全力でやってくれ」



 正直それでもそれなりの範囲が燃えることになると思うが、今は後のことは気にしない。



「それじゃ、怒られるときはユキが怒られてね。『火球・分散・極小』」



 ユキが魔法を唱えると、ユキの上方に小さな火種ほどの大きさの火球が無数に現れる。


 このゲームの魔法にはオリジナルのシステムとして『コマンド』と呼ばれるものが存在する。


 コマンドの存在は運営から説明があったが、その一つ一つの詳細説明は無く、プレイヤーが自分で見つけていくスタンスだ。


 運営曰くコマンドは日々運営によって開発され、追加されているらしく、その数は現時点で百近くもあるらしい。


 コマンドは、今ユキの使った『分散』『極小』のように魔法名の後に付け加えることで、 それぞれその名の通り、『分散』は魔法の分散、『極小』は魔法を本来よりも極めて小さくする。と言う具合に魔法に対して影響を与える。


 簡単に言ってしまえば、既存の魔法を好きにいじってオリジナルの魔法を作っているようなものだ。


 そのコマンドを用いて火球を極小に分散させたユキは、それを賢猿の前へと飛ばす。


 その火種の数は凄まじく、さながら火の雨と言った様相だ。


 そうして広範囲に大量にばらまかれたことにより、火は一瞬にして燃えあがり、広がっていく。


 火が弱点の賢猿は当然逃げ場がなくなり、動きを止める。


 火の海と俺たちによる挟み撃ちする形だ。



「『付加・火』」



 賢猿に追いついた俺は、早速効果の切れていた火属性を付加し直し、まだ背を向けている賢猿に抜刀して切りかかる。


 奇しくも本日三回目ともなるファーストアタックと同じ構図だ。


 そしてやはり変わらずに反応され、爪で受け止められる。しかし同じことを繰り返せば、相手の反応からわかることも多い。現に前の二回と比べて違うことが二つ。


 種族は違えども賢猿からはっきりと伝わる焦燥感。

 そして、爪の弾きが明らかに弱いこと。


 賢いこいつは、きっとさっきの連撃を受けて気づいているんだろう。 

 今まともにやりあっても俺には勝てないことに。

 だからこそさっき逃げたんだろうしな。


 もしもこいつが他のプレイヤーとやり合いまくった後でスキルを大量に覚えていて、更に鍛えられでもしていたら逆に俺が追いつめられていただろう。


 だからこそ、こいつは今、ここで倒す。



「バフ掛け直すね。『スターター』『パークル』」



 賢猿に弱く弾かれた俺は、ユキのバフを受けたのを確認して牽制の意を込めて『居合い』を放つ。


 抜刀状態で放った訳でないので威力はかなり下がるが、牽制でしかないのでそれでいい。

 現に賢猿は俺にビビって覚えたての縮地まで使って大げさに逃げる。

 これで距離をとることができた。


 俺は距離を置いたことで、焦らずに剣を収める。

 この後の攻撃の流れでhpを全て削りきる為に、更に剣を強化する。



「『付加・雷』」



 通常剣への付加は一種類しか出来ないのだが、付加状態の剣を鞘へ収めると纏っていた火や雷は行き場を失い、刀身に吸い込まれ、鞘から出すと纏っていたものは無くなり、色の付いた剣になるのだ。

 もちろんその状態でも属性付加が消える訳ではない。

 むしろ纏う場所が空くことで、追加で属性を付加出来るようになる。


 この裏技はまだあまり広まっておらず、抜刀を軸に戦う俺だからこそ発見できたものだ。


 こうしてただの鉄剣だったものは、刀身が付加・火の効果で赤くなり、その周りに雷を纏った中二心をくすぐるものになる。



「さて、22時も近いし、火が燃え広がる前に倒さないとな」



 賢猿が俺に向かって土球をいくつも飛ばしてくるので、それを避けつつ賢猿との距離を詰める。

 賢猿はさっき後ろに逃げたことでいよいよ真後ろに火があるのでもう完全に逃げられない。


 近づかれた賢猿は土球が当たらないので爪での直接攻撃に切り替えてくる。それをジャンプして避けた俺は、そのまま下にある賢猿の腕の肘から先を切り飛ばす。

 これまでステータスの差でそこまで深く切れなかったが、雷を付加すると剣の切れ味がま増すので、抜刀やユキのバフと合わさってようやくそこまで刃が届いたのだ。


 腕を切られた賢猿は、痛みで叫びながら、残った手で殴ってくる。


 それを咄嗟に剣で防ぎ、直撃は免れたが、勢いは殺せずに吹き飛ばされ、木にぶつかる。



「くッ…さすがにきついな」



 今の一撃でHPの半分が持って行かれた。

 やはりいくら優勢とはいえ、ステータスに大きな差があるから、このように衝撃を受け流せずまともに一撃を食らえば、防御を挟んでも致命傷になり得てしまう。


 今ので半分持って行かれたということは、もう一撃でも賢猿の攻撃を受ければ終わりということだ。



「ふぅ…」



 俺が死ねば必然的にユキも危険になる。

 いや、ユキなら逃げることくらい出来そうではあるが。


 まぁクエスト失敗は確実だろう。

 俺は気合いを入れ直し、賢猿を見る。

 賢猿も腕を切り落とされたことでHPはあと僅かだ。


 今までの攻撃によるHPの減り方と賢猿の対処から、賢猿のHPを削り切る流れを思い描く。

 正直賢猿も死を目前にして怯んでいた状態から興奮状態になっている。

 瀕死の獣ほど危ないものは無いという言葉は有名だろう。


 賢猿の血走った目が、これまでとは違うということを否応無く訴えてくる。


 だからこそこちらも、ミスったときは死ぬという覚悟を持ってかからないと、それこそこちらの攻撃は賢猿には届かないだろう。


 剣を収め、身を低くして一気にトップスピードに持っていく為に脚に力を込める。



「『縮地』!」



 本気で地を蹴り、距離を詰める。

 しかし、当然賢猿も、この程度の速さは目で追える。

 賢猿は俺の動きに合わせて残った腕を振るい、それと同時に賢猿の上に土球が出現する。

 恐らくこれまでの戦闘で賢猿も学んでいるのだろう。


 地面すれすれで腕を振るえば、俺は上に跳んで避けると思ったのか。

 だからこそ賢猿は事前に、頭上に土球を用意したということだろう。


 確かに俺は今まではそうしてきた。

 でも、そこまで俺は呼読んでるよ。賢猿。



「『居合い・抜刀』『縮地』『付加・雷』」



 二重付加は、それを鞘に収めると二重目の付加は消えてしまうので剣を抜くのと同時にかけ直す。

 そして俺は、居合い・抜刀を横から振るわれて来た腕に当てる。

 一瞬拮抗を見せた剣と腕だったが、そこは強化を重ねていることもあり、俺の剣が勝ち、賢猿の腕を真っ二つに切り裂く。


 そのまま切り裂きつつ縮地で横を抜けた俺は、振り向きながら瞬時に剣を鞘へ収めてすぐに引き抜く。


 これで再び抜刀の効果が付いた。

 ユキのバフも残っている。

 

 あとはこの状況で動物系の魔物の最大の弱点である首に一撃入れれば、計算上は倒せる。


 賢猿は人二人分ほどの背丈があるので首に剣を当てる為に俺は、背を向ける賢猿の首めがけて跳ぶ。


 しかしさっきのカウンターもそうだが、跳ぶとどうしても隙が生じることになる。

 だからこそ俺は賢猿の腕を両方とも切り、背中側へと周った。

 これで賢猿はこれまでと同様に反応したとしても、もう対処することはできない。


 俺はそこまで考え、勝利を確信して剣を振るう。

 しかし、ここで予想外のことが起きる。


 なんと賢猿が咄嗟に、土球を剣と首の間に作り出したのだ。

 最大まで強化した剣は熟練度の低い土球など簡単に切り裂き、賢猿の首に届くだろうが、問題はそこではない。

 土球を切ってしまうと、抜刀の効果が切れてしまう。


 そうすると例え首に一撃を入れたところで、HPが削り切れない。


 賢猿が抜刀スキルも獲得していたことを考慮すると、賢猿は抜刀スキルの効果を理解しているのだろう。

 その上での土球による抜刀の効果キャンセル。

 ここに来て猿の本領を発揮されたということか。


 土球を剣が切り裂き、抜刀の効果が切れたことを俺は感じる。

 ダメもとで本気で剣を振り抜きはするが、もうこの後俺は空中で身動き取れず、更に大降りで隙だらけの俺は、賢猿の残った脚なりなんなりで攻撃を受け、死ぬだろう。


 ここまでか。



「『転送』『転送』『付与・雷』」



 賢猿の首に俺の剣が当たる直前。

 ユキによってかなりの早口で一気に唱えられる呪文。



「は…?」



 首を深く切り裂かれ、倒れる賢猿。

 HPを確認すると、完全に尽きていた。


 今、何が起こったんだ…?

 俺の計算は間違っていなかった。

 抜刀の効果がなければ、確実にHPを削り切ることは出来なかったはずだ。

 訳も分からず呆気に取られ、ドサッと地面に落ちた俺の元へユキが駆け寄って来た。



「大丈夫!?シロ!」


「あ、あぁ。ユキ、今のはなんだ…?」


「貯めてたスキルポイントで新しい魔法を取ったの。『転送』は物体を任意のところに移す魔法で、『付与』は良くシロの使う『付加』のバフ魔法バージョンってとこかな」


「まてまて、全く意味がわからない」


「んーと、つまりねーー」



 そこからのユキの説明によるとこうだ。

 まずユキは、賢猿と俺の戦闘を遠くから眺めているうちに賢猿が土球な扱いに慣れていっていることを危険視した。


 そして、この短時間で魔法の扱いに慣れていく様から、賢猿は俺の想定以上にめちゃくちゃ頭がいいのでは?と考えた。


 そうなると、他の俺が使うスキルについても理解している可能性が高い。


 ここまで考えたユキは、俺の動きからどのようにして賢猿を倒すのか察し、更にそれを賢猿がどのようにして邪魔してくるかを考えた。

 その結果、扱い慣れてきた土球で抜刀の効果を無効化してくる可能性が高いと予想したらしい。


 それなら私がそれを更に邪魔しようと考えたユキは、そこであることを思いついた。


 それが、『転送』というスキルを使って、俺の腰にある鞘を俺の振るう剣にぴったりと『転送』し、それをもう一度瞬時に『転送』して剣から鞘だけを外すことで、抜刀スキルの効果を引き出そう。というものだった。


 しかし、それだと一度鞘に収めたことで二重付加の雷の効果が切れてしまうので、味方へのバフ魔法として存在する『付与』の魔法で掛け直した。

 と。そういうことらしい。



「正直信じらんねぇな…。転送のスキルって扱い超ムズいって聞いたことあるんだが?」


「うん、普通のスキルと違って明確な座標指定が必要だからね、ぶっつけ本番で成功してよかったよ〜」



 とんでもないことをしたのにその自覚が無いのか、あっけらかんとしているユキ。


 通常の火球や土球の魔法は、対象をロックオンして放つだけなので誰でも簡単に扱うことができる。

 しかしそれに対して『転送』などの座標指定型の魔法は、XYZ座標を明確に魔法の効果範囲として指定しなくてはならない。


 転送の対象が動かず、ゆっくり落ち着いて座標を指定するのなら誰でも扱えるだろう。

 しかし、それが戦闘中で対象が高速で動くとなると話は別だ。

 魔法の難易度は跳ね上がり、誰でも使えるものではなくなる。

 実際、座標指定型と呼ばれる魔法はいくつかあるが、そのどれもがネットでは、戦闘中は碌に扱えない。と言われている。


 いや、正確にはトッププレイヤーの中には戦闘中に扱える人間も存在するらしいが、それだって何度も練習を重ねた上で、だ。


 それこそ今のユキのように、魔法を取得してすぐにぶっつけ本番でなんて、他の誰にも出来やしないだろう。


 本当に、ユキは昔からこう言ったセンスというか、天才というか。とんでもないことを当たり前かのようにする節がある。


 まぁおかげで助かった訳だが。


 そこまで黙って考えていた俺は、賢猿を倒したことで嬉しそうにするユキを見て口を開く。



「お前ってやつは…、本当に最高の相棒だよ」

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