第4話 VS賢猿 ②
距離を置いたきり逃げも再アタックもしてこない賢猿に向かって俺は、ファーストアタックの時と同じように駆けていく。
しかし今回はもう足音を気にしなくていいので全力で。
愚直に同じことを繰り返す俺を危険ではないと判断したのか、賢猿は逃げようとしない。
そして賢猿に見据えられたまま、やはり先と同じように飛び上がり剣を横薙ぎに振り抜く。
それに対して、先ほど対処されたことと同じ事をする俺をなめている賢猿も、当然同じように剣に爪をぶつけてくる。
ただし不意打ちでない分お互いに先よりも強い力で。
「読んでるよッ…」
爪で弾かれることを予め予想していた俺は、その弾かれた衝撃を、体を捻ることで身体を回転させる方向に受け流し、そのまま勢いをつけて一撃目とは反対から剣を斜めに振り下ろした。
賢猿は相変わらず馬鹿みたいな反射神経で後ろに避けようとしていたが、賢猿の攻撃すらも利用することで、かなり早く回転し切りつけたので完全には避けられず、剣を握る俺の手に確かな手応えを残す。
地面に着地し、視線だけで賢猿の頭上のHPバーを確認すると、少しではあるがバーの減りが確認出来た。
一度爪に剣を当てているので二撃目で切りつけた時には抜刀のスキル効果は切れていた。
つまり、単純なステータスと武器性能によって賢猿に攻撃が通ったということだ。
速さや反射神経がずば抜けている分、防御は甘いのだろう。
これで攻撃が一切通らなかったら尻尾を巻いて逃げるところだった。
攻撃を受けた賢猿は、後ろに飛び退いて俺と距離を置いた。
もしかして、まともに攻撃を受けたのが初めてなのか?
普通、空中での無理な体勢からの攻撃なんてその後大きな隙ができる。
俺もそれは分かっている上での攻撃だったので、隙はなるべく最小にしてすぐに立ち直るように気をつけてはいたが、賢猿のスピードなら充分反撃は可能だっただろう。
それなのにそこを狙って攻撃してこないなんて、ビビってるとしか思えない。
ならーーー。
「『縮地』!ユキ!ここで1回畳みかけるぞ!」
「了解!『スターター』『パークル』」
攻撃のチャンスと判断し、縮地で即座に賢猿と距離を詰める俺に、ユキがバフ魔法を掛ける。
『スターター』は抜刀と似た効果で、あらゆる攻撃において数回の間だけ攻撃力が上昇するというもので、『パークル』は単純に全ステータスの向上。
どちらもレベルの低い俺にとってありがたい効果だ。
「『付加・火』」
賢猿に近付いた俺は、賢猿など獣系の魔物の苦手属性である火を剣に纏わせる。
あと少しで剣の届く範囲になるところで、近付く俺に賢猿が手を向けると、なんとそこから土球が放出された。
「ッ…!」
まさか賢猿が土球の魔法を使えるとは思わなかったが、少なくとも腕なりなんなりで反撃はしてくるだろうと踏んでいたので、焦らずに飛んでくる土球の下を滑るようにして潜り抜け、賢猿の目の前まで来た俺は剣術スキルを発動する。
「『昇剣』」
滑るようにして避けたことで倒れていた身体が、スキルを発動したことでシステムによって無理矢理起こされ、その勢いのまま剣を上に振り上げる。
そのときにジャンプしておき、次の剣術スキルを繋げる。
「『降剣』」
昇剣によって振り上げた剣をそのまま下に振り下ろし、剣猿を斬りつける。
昇剣と降剣はこのゲームにおいて剣を扱うプレイヤーにとってもっともポピュラーなスキルコンボである。
剣術スキルを初めとした体技系スキルは初心者にも優しく、発動さえすればシステムのアシストによって勝手に手足が動くのだが、発動する為の条件が設定されており、スキル発動時にそれを達成していなければいけない。
例えば、昇剣は足がどこかしらに接していること。降剣は足がどこにも接していないこと。といった具合だ。
この辺のスキルは基礎スキルなので条件はかなり甘い。
だからこそ、殆ど身体が倒れている状態でも足は地面に付いていたから発動できたのだ。
こうして昇剣、降剣と賢猿にようやくまともな攻撃を2発入れた俺は、降剣のスキルが地面ギリギリまで剣を振り下ろすというものなので、身体を曲げて屈ませたような姿勢になる。
「『火球』」
屈むことで射線が開けた所に、ユキが魔法を打ち込む。
これは俺たちが良く使う連携で、俺の降剣が終わる寸前でユキが魔法を放つことで、相手からすると直前までユキは俺の身体に隠れているから、魔法には気づけない。
この連携は一歩タイミングをミスれば俺は後ろからもろ魔法をくらうことになるのだが、そこは長年の付き合いというもので今までミスしたことはない。
弱点の火の効果も相まって怯んでいた賢猿は、持ち前の反射神経も生かせず、俺の後ろから瞬時に入れ替わるようにして現れた火球に対処できず、もろにくらった。
それを見届けた俺は、身体を曲げて屈ませた姿勢のまま、再度剣を鞘に収める。
「『居合い・抜刀』『縮地』」
『居合い』は身体を曲げておくことが発動条件で、ちょうど降剣後の姿勢から発動が可能なスキルだ。
これだけなら別に鞘に収める必要はないのだが、わざわざそのワンアクションを挟むことで『居合い・抜刀』と言うスキルに変わり、威力が跳ね上がる。
更に、ここに『縮地』も合わせることで、ただその場で剣を振るうだけの『居合い』が、一瞬の内に相手の横をすり抜け、そのすり抜けざまに斬る。と言う様に変化する。
言ってしまえば、スキルの特性を組み合わせた裏技のようなものだ。
因みに縮地を合わせるのに関しては、技の見た目は格好良くなるが威力的には何も変わらない。
しかし、俺にはこれを使うしっかりとした理由がある。
「『旋剣』」
賢猿の後ろに周る形となった俺は、振り向きざまに『旋剣』を放った。
この剣術スキルは、その場で身体を1。5回転させて回転斬りを放つスキルで、普通に相手と向き合った状態で使うと、スキル終了時に相手に背中を向ける形となり、隙を見せることになる欠陥スキルだ。
しかし、逆にこうして相手に背を向けた状態で使えば、ギリギリ剣を2回当てることが可能な超優秀スキルに早変わりするのだ。
ここまで最初の昇剣から旋剣まで数秒のうちに都合5発、火を纏わせた斬撃を入れた俺は、反動で技後硬直に陥る。
技後硬直は体技系スキルを発動するとなるもので、本来は一瞬でしかないが、昇剣、降剣、居合い・抜刀、旋剣とコンボで繋ぎ、技後硬直を無視していた分大きくなって返ってくる。
このコンボの後だと技後硬直はおよそ1秒。
スキルコンボは繋げれば繋げるほど技の威力は増していくが、その分リスクもあるということだ。
技後硬直で体が動かないので視線だけでHPバーを確認すると、既に半分を切っていた。
予想以上にダメージが通っているな。
弱点属性の火の影響だろうか。
火属性は一定時間火傷ダメージも入るので、それもあるのだろう。
そんなことを考えていると、賢猿は急に向きを変えて「キィー!」と叫びながら森の中へと凄い速さで走り始めた。
「えぇ!?」
「なっ…!?あいつ逃げやがった!」
予想外過ぎる行動にユキが驚きの声を上げた。
俺は技後硬直により反応が遅れる。
くそっ、エリアボスが逃げるのは予想外だろ!
思わず心の中で悪態を吐いてしまう。
「ユキ!追うぞ!最悪火で囲んで逃げられなくする!」
俺とユキは、縮地を使って賢猿を追いつつ話す。
「えっ!?それ後でどうするの!?」
「それはその時考える!とにかく今逃がすのはいろいろと不味い!」
「不味いって?ラマの実のこと?」
「それもあるが、それよりもスキルだ」
俺は木々を転々と移動する賢猿の背を見据えつつ予想を口にする。
「スキル?」
「あいつ名前の通り頭が凄く良いんだ。それで恐らく俺らの使ったスキルを見て覚えてやがる」
「えっ!」
「気になって今追いながら鑑定の結果を詳しく見たら、俺らがこの戦いであいつに見せたスキルが全部レベル1で書かれてたよ」
それを聞いたユキも走りながらウィンドウを開き、そして驚いたように目を見開く。
「じゃぁさっきの土球も?」
「あぁ、おそらくな。今ならまだ弱いが、放っておいてレベル上げられたらたまったもんじゃないだろ」
「確かに…。正直ここで逃したら私たちはもう戦わないだろうけど、前線組の人達が私達のせいで苦戦するっていうのは少しね…」
「木で剣なんて作られたらやっかいなことこの上ないだろうしな」
俺の見せた剣術スキルは、杖がなくても一応は発動できる魔法や、ただの体技スキルの縮地とは違って剣が無いと発動できないのだ。
しかしその分剣を作られてしまえば、人間の倍ほどもあるあの図体で繰り出される剣術スキルは驚異でしかないだろう。
「それに、ここで逃げられるのは癪だろ」
「うん!ラマの実も今からまた探してなんていられないよ!早く倒してナタおばさんのスイーツ食べるんだから!」
「さっきまで他のプレイヤーへの迷惑を考えていたとは思えないな」
現金なユキの言葉に苦笑を漏らしつつ、俺たちは一向に追いつく気配のない賢猿の背を見て、更にスピードを上げた。
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