第1話 自由な世界
[16:57 シロがログインしました]
二ヶ月前からサービスの始まったフルダイブ型VRMMORPG【
「あ、やっほ」
寝室を出て居間へ行くと、先にログインしていた仲間でありこのホーム唯一の同居人でもあるユキが出迎えてくれた。
「おう、ユキのが早かったか」
「まぁシロは今日掃除当番だったしね」
「あぁ、めんどかった」
「昔みたいにさぼらないだけマシだね」
そう、この会話からわかるようにリアルでの俺とユキは同じ学校に通っている。
そして、物心ついたころからの幼なじみだ。だから俺の昔を知っているし、俺もユキの昔を知っているのだ。
しかし、幼なじみで同じ高校に通ってはいても、現在リアルで話すことはほとんど無い。
というのも良くある話で、昔は毎日のように遊んでいたが、中学生になった辺りでお互いに男女を意識してしまい、そこで周りからはやし立てられてそれが恥ずかしくて距離を置く。
まったくもって本当に良くある話だ。
今思うと馬鹿馬鹿しい限りである。
俺らが今更そんな恋仲なんぞなる訳が無いというのに。
しかし、幸か不幸か今ゲームで会っているように、昔の俺達も現実では距離を置いても、誰にもからかわれる事のないゲームでは会い続けていた。
「ん?どうしたのそんなに私を見つめて」
「いや、少し思うことがあってな」
これがもっと昔で、フルダイブ型VRのない時代だったらゲームで会うというのも難しかっただろう。
それこそ完全に交流は途絶えていたかもしれないと思うとゾッとする話だ。
「へぇ〜、私を見つめながら思うことか〜」
ユキがにやにやと俺を見てくる。
「…一応言っとくが、別にやましいことじゃないからな」
「な〜んだ、てっきり私に見とれちゃったのかと思ったよ」
「ばか言え、お前の姿なんて現実でもゲームでも見飽きたわ」
「ゲームは毎日会って話してるから分かるけど、現実でも私のこと見てるんだ?」
「うっ…そ、そりゃ同じクラスだし、視界にも入るだろ」
完全に墓穴を掘ったことを後悔しつつ、それとなく理由をつけてなんとか取り繕う。
「そっかそっか、まぁ私アバターの容姿現実とほとんど変えてないしね。見慣れててもおかしなことは何も無いね」
さっきから変わらないにやにやした顔で、ユキが下から覗き込むように俺を見てくる。
完全にやられたっ…!
確かに今のユキのアバターは、160センチほどの身長でスレンダーな体型、背中の中程まで伸びたまっすぐな髪、そして幼げな顔。ここまで現実とほとんど同じである。
違うのは現実ではきれいな黒髪が、アバターである今は根本が紺で、毛先に向かって水色にグラデーションになっていることと、おそらく胸を若干盛っていることくらいだろう。
つまり、ユキの言うように容姿の変わらなさを指摘すればいいものを、俺の言い訳では現実で見ていることを自ら暴露しているようなものだ。
これ以上この話をしていてもユキのにやにやが増すだけなので無理矢理話題を変えることにした。
「あ〜、ところで今日の予定はどうするんだ」
「ん〜、今日は水曜日だから、とりあえず週一の定期クエストでナタおばさんのとこに行こっか。その後のことはクエストしながら適当に決めよう」
俺のあからさまな話題転換に、ユキは相変わらずにやにやしているがしっかりと今日の予定を教えてくれる。
俺とユキは昔からどのゲームでも二人組で活動しており、それはこのゲームでも変わらない。
そしてこれまたどのゲームでも決まってユキが予定管理をしてくれている。
「了解。それじゃ早速ナタおばさんのとこ向かうか」
それから俺とユキはお互いサクッと準備を済ませて家を出た。
ナタおばさんの家までは少し距離があるから俺達は雑談をしながら走る。
「にしてもこのゲームほんとに凄いね。自由度高いし、感覚とかもまるで現実だよ」
「あぁ、プロジェクト発表時から期待はしてたが、まさかこれほどとはな」
プロジェクトとは、このゲームの開発プロジェクトのことである。
10年ほど前にフルダイブ型VRを初めて完成させた企業【
その【ESTA】が二年前に発表したプロジェクトが【
そのプロジェクトの内容は、初の開発から八年経って開発が進み、その結果陥っていたフルダイブ型VR業界の低迷期の打開。
そのために【ESTA】を初めとした、大小構わずその他のフルダイブ型VR業界の企業全てが手を組み、新型VRとそれに対応した一つのゲーム【
全ての企業が開発に携わると言うことは、そりゃぁそれぞれ開発が得意なジャンルはRPG、格ゲー、音ゲー、内政ゲーetc.と言うように、てんでバラバラに決まっている。
普通に考えればそんな中開発したゲームなんて、それぞれのジャンルがぶつかり合ってしまい、ろくなゲームになるとは思えない。
しかし【ESTA】はゲーマー達のそんな不安に対して、プロジェクト発表の時に全てのジャンルを完璧にゲームに組み込むと、そのためのジャンルVRMMORPGなのだと豪語したのだ。
それを聞いた全ゲーマーが心躍らせたし、もちろん俺もその一人だ。
「確かにこのゲームのメインストーリーはRPGだけどさ、私達みたいにメインストーリーとは関係ないとこで動いてる人も多いもんね」
「あぁ、それこそ初めの頃は、CPUが商業とか内政してたが、今じゃプレイヤーが商売してるとこも多いしな」
「それにさ、ナタおばさんはCPUだけど全くそんな感じしないよね、本当に人間みたい」
「全CPUにAIを導入してるらしいからな」
これも【X World】の発表に含まれていた内容だ。
「それも本当なのかなぁ、AIだったりこのグラフィックとか無線ですらラグを一つも感じないこととか、メモリ容量エグいことになりそうなのに」
「まぁな、到底信じられないが実際そうなんだから受け入れるしかないだろ。現にこのソフトと媒体を普通に買おうとしたら合わせて10万以上するしな」
「そっか、あんまり金額のイメージ無かったけど、それだけ高ければ妥当なのかな」
「まぁ俺らはこのゲームと媒体、イベントで手に入れたしな」
そう、俺とユキは実はこのゲームをお金を払って手に入れた訳ではない。
【X World】のプロジェクトの一環で、参加企業の中でもそれぞれのゲームジャンルで一番の大手の企業、更にその看板作品のゲームで開かれた、それぞれのジャンルのトップを決める大会。
その中の一つに出た俺とユキはなんとか優勝し、その景品として手にしたものの内の一つがこのゲーム、IWとそのVR媒体。というわけだ。
俺達はそこまで話したところで俺たちはナタおばさんの家に着いた。
「ナタおばさ〜ん。ユキで〜す。今週の依頼を受けに来ました〜」
「はいは〜い。あらユキちゃん待ってたわ。いつもありがとうねぇ」
玄関の前でユキがそう声を掛けると、中から見るからに人の良さそうなおばあさんが出てくる。
この人がナタおばさんだ。
このIW内で有名なお菓子を作り売っている人で、その材料を俺達二人に指名定期クエストとして依頼をしてくれている。
「いえいえ、指名依頼はありがたいですから。それで今日は何を採ってくればいいですか?」
「実は新商品を作ろうと思っているのよ。それでね、その材料を採ってきて欲しいのよ」
「えっ!新商品ですか!?ナタおばさんのスイーツの新商品…楽しみすぎる…!何が何でも採ってきます!」
そう、何を隠そうユキは、ナタおばさんのスイーツの大ファンなのだ。
「ただねぇ、その材料は珍しくてね。ユキちゃん達でも見つけられるか…。それに私も見たことがないからそれで本当にスイーツを作れるかどうか…」
「大丈夫です!ナタおばさんのスイーツの為なら!」
こいつ、好きな物に対して躊躇無さすぎだろ。
「そうかい?それなら今回もあなた達にお願いするわ。【幻の実 ラマの実の採取】これが今回の依頼だよ。勿論、達成の暁には報酬は弾ませてもらうよ」
「はい!任せて下さい!」
〖指名定期クエスト〗
幻の実 ラマの実を採取しよう!
・制限時間:本日中
・クエスト範囲:フルワールド
・達成条件:ラマの実の納品
・達成報酬:5万E
ナタおばさんの新作スイーツ
・クエストヒント:なし
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