第24話 本当の依頼

 私と幽玄さんは、情報収集し終わったところで一旦事務所へと戻ることになった。


 そんな私達を格子戸の前で出迎えてくれたのは……。


「さとりん先輩っ!」


「こんにちは、妖香あやかちゃん」


 黒髪ロングで和服を見事に着こなした、メガネビューティーのさとりん先輩だった。


 敬愛する女性ひとに再び会えたことが嬉しくて、私は思わず彼女の首っ玉にかじりつく。


 むにょんというとんでもなく柔らかくかつハレンチな感触に、一瞬だけ害意が湧いたものの優しく抱きしめ返してくれたらなんかどうでもよくなってしまった。


「ぐへへへ~。さとりん先輩はワシのもんやでぇ」


「そういう台詞を言うと色んな人から恨まれちゃいますよぉ」


 誰から恨まれるのよ。


 注意の台詞が予想外すぎるってばさ。


 ……そんな私の思考をも読みとったのだろう。


 さとりん先輩は、口元に作りものめいた笑みを浮かべ、視線を泳がせながらうそぶく。


「それは……。妖香ちゃんが知ってしまえば将来に色々と影響が……」


「あばばばば」


 ま、まさかホントに私が壁になっちゃう?


 おう、あの壁いい的になるぜとか言われちゃう?


 え、笑顔でしょんにゃことぉ~。


 にょいにょいっともらしちゃいそうでおじゃるぅ~。


サトリさん、いつもありがとうございます。あまりからかうと妖香くんが本当に信じてしまいますよ」


「あらあら」


 ホントに冗談なの? と視線で問いかけても、さとりん先輩はニコニコと怪しげな笑みを浮かべるだけで答えてはくれなかった。


 ……あと何回、オレはあの事を聞けばいいんだ。教えてくれ、ゆーちゃんっ。


「それじゃあ中で整理をしましょうか」


「幽玄おにーちゃん、待ってぇ~」


「それ、村田さん宅で一度も言いませんでしたね」


 まあ、顔つきが違い過ぎて言っても信じてもらえそうになかったですけどね。


「ツッコミが冷静すぎぃ~」


 村田さんの家で限りなく空気と同化していたうっぷんを晴らす様に絡みながら、全員で事務所の中へと入っていった。






「それではまず、情報を整理しましょう」


 そう言って、幽玄さんはホワイトボードに5つの紙きれをマグネットで止める。


 上から順に、座敷童子(安治エリカ)、佐代子(故人)と浩一郎(父)、雅美(母)、誠一(息子)と書かれてあった。


「我々の目的は座敷童子さんの本当に望むことを突き止めることです」


 幽玄さんの言葉に従い、私はホワイトボードの一番上に今の言葉を書き留める。


「それを念頭に置いて、それぞれの関係を整理しましょう」


 ういっす。


 なんか探偵になったみたいでドキドキすりゅう。


 コーヒーと帽子を準備しとけばよかった。


「まず座敷童子さんですが、故人である佐代子様とは生前及び死後、どちらとも交流があり、良い関係を築いていたようですね」


「あ、あと、息子さんもなんかあったっぽいと私は思います」


 誠一は、忘却の彼方にあった記憶に、僅かながらだが掠めるものがあったからこそ思い出そうとしたのだ。


 あんな粗野な性格だから、なにも思い当たることが無ければ、そもそも試みることすらしないだろう。


 それは幽玄さんも同じことを感じていたのか、大きく頷き同意してくれる。


「あの豪邸が建ったのは10年ほど前で、それから何度か周りの土地を買収しながら大きくなっていったようです。それまで村田一家は、今座敷童子さんが住んでいる家で暮らしていたようですよ」


 さとりん先輩がそう補足しながら、何やら書類を1枚差し出して来る。


 私に手渡されてもなにがなんだか分かりませんっ!


 へい幽玄さん、パ~ス。


 書類は私の前を素通りして(私の体だけが目的だったのねっ)幽玄さんの手元に渡った。


 幽玄さんはきちんと書類を読解できるのか、視線を走らせてはうんうん頷いている。


 うみゅみゅ、私の立場が……。


 ここは名誉を返上せねば。


「座敷童子ってその家の子どもの前によく姿を現すそうですから、誠一……さんと面識があってもおかしくは無さそうですよね」


「そうね。その場に私が居ればもう少しなにか分かったと思うのだけど……」


 妖怪サトリ


 その力は相手の心を読み取ったり、記憶を消したりもできるらしい。


 多少うろ覚えの記憶だって、人間に化けられるくらい力の強いさとりん先輩ならば楽勝で読み取ってしまえただろう。


「推測はそこまでにしておきましょう。ですが、だいたいこれで座敷童子さんの動機は見えてきますね」


 探偵の推理でいう、ホワイダニット。何故そうしたのか。


 これは非常に簡単だ。


 本人が言っていた通り、おばあちゃん――佐代子さんのため。


 恐らくはお世話になった恩返しがしたいのだろう。


 それに付随する形で、浩一郎さんや雅美さんや誠一さんが来る。


 ならば何故、私達を頼ったのか。


 これが私達の目標である本当に望むことに繋がって来る。


 ただ、雅美さんの話や誠一さんの言動を見て、なんとなく見当が付いていた。


「覚さん。村田家資産状況の推移を教えてください」


「ええ」


 さとりん先輩は頷くと、手元にある別の書類をまた私に手渡して来た。


 今度の書類はグラフだったので私にもきちんと理解できたため、幽玄さんと一緒になって眺める。


「25年前に村田浩一郎氏が脱サラをしてスーパーマーケット、ヴィレッジ・ガーデンを始める。これが大当たりしてどんどん規模を拡大していくわ」


 30年前ほどに、安治エリカちゃんが亡くなって座敷童子となる。


 生まれ変わった直後から取り憑いたとすると、25年前に行った商売が座敷童子効果で大成功を収めたと考えても納得がいく。


「そして10年前が最高潮だったけれど、それからは安定して現在の状態を保っているといったところかしら」


 10年前といえば、ちょうど豪邸に移り住んだ時間軸と一致する。


 そこで座敷童子が家に住んでいるとその一族は栄える、という効果が切れてしまったのだろう。


 ただ、座敷童子が出て行ったわけではないし、家もまだ浩一郎名義で所持している為衰退することはないといったところか。


 座敷童子ちゃんの力パないの。


「ありがとうございます」


 幽玄さんはふぅとため息をつきながら私の手から種類を受け取り、先ほどの書類と合わせてホワイトボードの隅に貼り付けた。


 そのままの姿勢で幽玄は語り出す。


 きっと、私に今の表情を見せたくないんじゃないだろうか。なんとなくだがそう感じた。


「……私が雅美様からお聞きした話ですが、10数年前から浩一郎様は金がある事をいいことに、不倫や夜遊びを繰り返していたそうです。それに影響されたか誠一様もあまり素行のよろしくない連中と付き合い始め、今に至っては仕事もせずにぶらぶら遊びほうけていると」


 それが最後のピースだ。


 人間は、お金があった方が苦しい思いをしないですむ。


 でもそれは、幸せになれることとイコールではない。


 お金を持ちすぎて不幸になったという人はたくさんいる。


 恐らく村田一家もそのひとつなのだ。


 そして村田一家が他と違う点は――座敷童子ちゃんの存在。


「座敷童子ちゃんは、自分のせいだって思ってるんでしょうか」


「……恐らくは」


 家庭が壊れてしまったのは、究極的には一家の心が弱かったことが原因だ。


 しかし、お金の魔力に心惑わされなければ、違う道を歩んでいたかもしれない。


 そんな風に座敷童子ちゃんが自分を責めてしまう事は仕方のないことだろう。


 そうだ、座敷童子ちゃんが本当に望んでいたことは……。


「自分のせいで壊れてしまった家族を取り戻したい……」


「それで、妖香ちゃんはそれが分かってどうしたいの?」


 冷たいさとりん先輩の声が、私の心に滑り込んでくる。


 何が言いたいのかは、分かる。


 こんな身内の恥は、本来なら知られたくないのが普通だ。


 でも私達は断る座敷童子ちゃんを振り切って、知られたくない事と分かっていて無理やり手を突っ込んだのだ。


 能力のせいで、望むと望まないに関わらずそれをしてしまっているさとりん先輩だから、その酷さをよく知っているのだろう。


 でも、今ならまだ間に合う。


 私が耳を閉ざして目をつぶり、何もしなければ、座敷童子ちゃんに私達が知ってしまったということを知られない。


 知らないということに出来る。


 優しい無関心で、形だけ慰めることができるのだ。


 ――そんなの、私の求める未来じゃない。


「もちろんっ」


 愛想笑いをしてお互いの傷をなめ合うなんて私の趣味じゃない。


 どうせ舐め合うならべとべとさんに舐めてもらいたいっ!


 あの丸い体、大きい口。


 もう全身べとべとになる勢いで舐めて……ってなんかこれは18未満はお断りな行為に思われちゃうぞ。


 私はゴールデンレトリーバーに舐めまくられて顔面がべとべとになるあの感じを想像しているので、そこら辺誤解しないでね、さとりん先輩。


 あ、なんかやっぱり妖香ちゃん可愛いなぁって感じの視線やめてくださいよ、も~。


 私に惚れると火傷するぜっ。


「私はあやかしの皆さんと本気のお付き合いをしたいので、薄っぺらい関係はノーセンキューですっ!」


「妖香くんらしい返答ですね」


 幽玄さん分かってるぅ。


 そう、私は……。


「はいっ。私はどんな時でも味方だって座敷童子ちゃんに言ったじゃないですか。第一、私は返事をする時はいかYESでしか返事出来ないんです!」


「じゃあ、薄っぺらい関係になって?」


 さとりん先輩ってば、またそんな試すようなこと言って。


 分かってるんでしょう?


「私の返事はNOですっ」


 私は握りこぶしを突き上げ、力の限り反逆の言葉を口にする。


「一瞬で嘘をつきましたね」


「自分に嘘をついていないのでモーマンタイですっ」


 幽玄さんが苦笑いを浮かべ、さとりん先輩が本気で笑う。


 二人は少しだけ違う顔をしているけど、胸の内にある感情は一緒だ。


 この感情を、一体感を、座敷童子ちゃんとも分かち合えたらどれだけ素敵だろう。


 そうなるためにも私は全力でこの案件を解決することを心に誓ったのだった。


「それでっ! どうすればっ! いいのでしょうかっ!」


 今の私はやる気がメラメラと燃えさかり、バーニングでカムチャッカファイヤーしていた。


 無補給でマラトンの丘からアテナイまで走りとおせる気がするくらいだ。


 あくまでも気がするだけ。


 42.195キロ走るとかマジ無理。


「そうですねぇ……」


 なんでもやりますよっ、幽玄さん!


「何をするかは決まっていないので、これから考えましょうか」


「…………はい」


 もしかしなくても、空回り?

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