第23話 情報収集完了! でも私は欠伸してただけ

 思わず顔をあげて声のした方を見ると、そこにはギンギラギンの金髪に、革のジャンパーや金のネックレスを付けたド派手で悪そうな二十歳過ぎくらいの男が立っていた。


 彼の眼と口は嗜虐心に吊り上がっていて、初対面としての印象は最悪だった。


「親父には黙っててやるから金くれよ」


誠一せいいちっ!!」


 先ほどお袋と言ったことと、今の言葉で彼が村田家の一人息子、村田誠一であることを知る。


 なんともヤンチャに育ってしまった様だ。


「この人はお客様よっ。失礼にもほどがあるでしょう!」


 アンタもな。


 この人ってなんじゃい。私の存在忘れてませんか?


「初めまして、村田誠一様でらっしゃいますね。私は安治幽玄と申します」


「……お、おぉ」


 幽玄さんの顔を正面から見た誠一は、一瞬目を見張って驚いたが、すぐに気を取り直して頷く。


 やはり女性にこうかはばつぐんだ! でも、男性にはそうもいかないらしい。


「妖香デェス! 今日はおばあ様のお話を聞きに参りました!」


 やったじぇ~。この家に来て始めて私を認識してくれる人が居たぁ。


 うぅ……いつもはうるさいって言われるのにここでは完全空気でつらたんだったのぉ。


「婆ちゃんの?」


 なぜそんな話になるのかと誠一の眉がひそめられる。


「安治エリカ。私達の叔母に当たる方が随分お世話になったそうなので、話でも伺えればと思いまして」


「金髪で可愛い感じのする女の子です」


 そして私よりも胸が大きい……。


「エリカ……金髪……」


 誠一は何故かそう呟くと、何故か考え込むようなそぶりをみせる。


 もしかしてだが、おばあちゃんである佐代子さんの他にもこの誠一とも何かかかわりがあるのかもしれなかった。


 時系列的に考えれば、人間の安治エリカちゃんが座敷童子になってからのことだろうが。


「あの、何かご存知ですか?」


「……いや、知らねえ」


 知らないと言いつつ、少しぐらいはなにか思いあたることがありそうな顔だった。


「ほんの少しだけでもいいんです。なんなら間違っていても構いません」


 なにか手掛かりが欲しくて食い下がったのだが、それが鬱陶しかったのかもしれない。


 誠一は私を冷たい瞳で見下ろすと、煩わしそうにチッと舌打ちをする。


「知ってたとしてもお前らに教える義理はねえ」


 そう拒絶されてしまっては、それ以上何も言う事は出来ない。


 誠一はそのままふいっと顔を背けると、パチンコ行ってくると言い残して去って行ってしまった。


 後には顔をしかめた母親の雅美さんと私達が残され、非常に気まずい空気が漂っていた。


 そんな空気を払拭するべく私はあはは~と誤魔化し笑いを浮かべながら、


「元気のいい方ですねっ」


 なんて当たり障りのないことを言ってみたのだが、無言で首を横に振られてしまう。


「お恥ずかしい所を見られてしまいまして……すみません」


「いえ、そんな事は」


 まあ、なんとも言いようが無いよねって思った矢先、幽玄さんが口を開く。


「こうして良くしていただいたお礼になるか分かりませんが、よろしければ雅美さまの心中に溜まった想いを吐き出していただけませんか?」


「そんな、悪いわ」


「私には雅美さまがとても御辛そうに見えます。お一人で抱え込むのも必要かもしれませんが、誰かに頼る事も必要だと私は考えて居ます。私はその力になれませんか?」


「あらあら、まあ……」


 幽玄さんはそう言いながら身を乗り出して雅美さんの瞳を見つめる。


 国が傾くのではないかと思うほどの魔貌を前にしては女性の自制心など薄紙も同然。


 先ほど拒絶の言葉を発した舌の根も乾かぬうちに、べらべらと凄い勢いで回転を始めてしまった。


 まさに女垂らしっ!


「見ての通り、もう私たちは家族として崩壊しているのです」


 一人息子の誠一はああだったから分かるが、どうやら雅美さんの夫、村田浩一郎との関係もあまり芳しくないらしい。


 土曜日の午前中だというのに一切姿を見ない事からもなんとなく想像がつく。


 それから、雅美さんから語られた話は、決して面白いものではなかった。


 金にあかせて女遊びをする夫の浩一郎や、誠一が大学を中退し、働きもせず不良仲間とつるんで遊びほうけているだの、自分は結婚当初から身を粉にして働いて、小さなスーパーを大きくしてきたのに感謝もないなどの愚痴が山ほど出て来たからだ。


 そして……何故か幽玄さんに、独り身になろうかしらとか言いながら、チラッチラッと顔を窺ったりもしていた。


 お前も不倫する気満々やないかいっとは突っ込めないので黙って空気になっておく。


 幽玄さんはそれら全てを真剣に受け止めていたのは尊敬すべきことだろう。


 そのまま時間は過ぎ去り、エアべとべとさんを抱いて、欠伸をかみ殺しながら退屈になん十発目かの感謝の正拳突きを喰らわせたところでようやく雅美さんの愚痴が止んだ。


 私の拳が音速を突破する前に終わってくれてよかったよ、ホント。


 内容はあとで幽玄さんにまとめて教えてもらお。


「ありがとうございました。おかげさまで、とても有意義なお話をうかがうことが出来ました」


 嘘だっ!! って言葉が幽玄さんの鉄面皮に弾かれて宇宙の彼方に消える。


 そのぐらい完璧な笑顔を見せられてはさしもの雅美さんでも遮る事は難しく、幽玄さんは優雅に一礼しながら立ち上がった。


 隣で話を流し聞いていた私としては、お腹いっぱいもう勘弁してくださいって感じだったので、内心さぁ脱出だぁとウキウキしながら幽玄さんに続いて帰り支度を始める。


「そうですか? それなら嬉しいわ」


 嬉しいと言いつつ雅美さんの目は、まだ物足りないのと訴えている。


 数時間話し続けたくらいでは準備運動が終わって温まって来た程度なのかもしれなかった。


 もちろんそれに付き合うつもりはセガが新ハードを発売する可能性位存在しなかったが。


「それでは、失礼させていただきます」


「しっつれいしまーす」


 私現時点でな~んにもやってないわ……。


 マジ役立たず。


 弟子なのだから本来はこんなものだと自分で自分を慰めながら、幽玄さんと共に村田邸を後にしたのだった。


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