第22話 ごてごー邸

 私達はさとりん先輩から教えられた住所に向かい、そこでとんでもない豪邸を目の当たりにすることになった。


 幽玄さんの事務所が10個くらい合わさってもまだ足りないほどの敷地を鉄柵と生垣が囲い、敷地面積の7割を豪邸が占めている。


 更にその豪邸はソーラーパネルが設置されていたり、窓ガラスの一部がステンドグラス風になっていたりと、とにかくお金がかかっていることが容易に見て取れる造りになっていた。


「ほげ~……すんごいお屋敷」


 やだ、ちょっと女の子としてははしたなかったかも。


「さすがは座敷童子が憑いただけはありますね」


「ですねぇ。これはもうカルヒ〇スを2倍くらいに薄めるだけで飲んでますわ。むしろ原液いっちゃえますわ」


「それは普通に5倍希釈だと思いますよ。原液を飲むと喉が痛くなりますし」


「さらっと言われて聞き逃しそうになりましたけど幽玄さん原液飲んだ事あるんですね……」


 とにかく私の様ないつもお小遣いできゅうきゅう言っている女子高生には分からない世界の住人という事だ。


 だ、だからといって幸せとは限らないもんねっと負け惜しみを心の中でぶつけた後、幽玄さんの為にインターホンの前を譲る。


 べ、別に気後れしたとかじゃないんだからねっ。


「それでは妖香くん、予定通りにお願いします」


「はいっ。私は座敷童子ちゃん――安治あんじエリカちゃんの姪って設定ですね!」


 あの座敷童子ちゃんは30年ほど前は12歳の少女としてこの世界で生きていた。


 その際、何らかの形で村田さんのおばあちゃんと関わりがあったらしい。


 おばあちゃんはこの近所で駄菓子屋を営んでいたためその線ではないかとさとりん先輩は言っていたが、証拠があるわけではないのではっきりとは分からないけれど。


「そして私は妖香くんの兄、安治幽玄です」


「お兄ちゃん、お兄様、兄上、兄君、あにぃなどなど13種類以上ありますけどどれで呼べばいいですか?」


 この世界でもっとも萌えるのは妹キャラだと妹の居ないお父さんが力説してたからきっと幽玄さんも私に萌えてくれるはず。


 いつもお世話になっているぶん、サービスしなきゃね。


「どれでも妖香くんの好きに呼んでください」


「じゃあ、幽玄ママにします」


「今兄の呼称の話でしたよね?」


 さすがにママは冗談だから言ったりしないけれど。


 でも私がママとか呼んでも絶対幽玄さんの人間離れした顔を見せれば一発で上書きされてどうでもよくなっちゃうよね。男でも女でも。


 そのぐらい幽玄さんの顔は絶大な武器なのだ。


「目的は、村田一家がどのような状況にあるのかを探る事です」


 幽玄さんはコホンと咳ばらいをすると、気を引き締め直す。


 私もそれを倣って真面目モードに入った。


 きっと10分くらいはもつだろう。……自分の事なのに自信ないけど。


「そうすれば、座敷童子ちゃんが何を思い悩んでいるのか分かるかもしれないからですね」


「そうです」


 幽玄さんは「それでは」というと、お屋敷のインターホンを鳴らした。


『どちら様でしょうか』


 ほとんど待ち時間など感じなかったくらい、即座に無機質な声で応答があった。


 声質からいくと、女性の様だ。


 幽玄さんが顔をカメラに向けつつ簡単な自己紹介をした後で、用意しておいたそれらしい言い訳を並べ立てていく。


「親族のエリカがこちらのおばあ様、村田むらた佐代子さよこ様にどうやら縁があったとの事ですので、何かお話でも聞けないものかとこうして参った次第です」


『…………』


 幽玄さんの言葉に、女性は何も返事をくれなかった。


 恐らく女性は返事をしないんじゃなくて、出来ないんだと思う。


 絶対、幽玄さんの顔に見蕩れてるんだろな。


「もしもし?」


『ああ、いえ、はい、申し訳ございません。少々電波状況が悪かったのか、聞き取れませんでして……。今参りますので少々お待ちください』


 インターホンに電波とか関係ないでしょ。


 理由つけて生で見たいんでしょ、絶対。


 幽玄さんって超絶が付くほど美形だしね~。


 私の予想通り、その後出て来た家政婦さんは、明らかに浮ついた様子で幽玄さんの話を聞き、たぶんというか絶対話を一つも覚えないまま奥に引っ込んで、成金御殿の女主人である村田雅美さんを引き出してくれた。


 その雅美さんも幽玄さんの顔を見た瞬間、のぼせ上って夢中になっしまったのだが。


 ほんと、幽玄さんの顔ってウィルスかなんかだろうか。






 通された客間は、大理石のタイルにもふもふのカーペットを敷いて、壁も同じ素材で窓枠は金箔張りと、いかにも成金ザマスって感じのデザインでちょっと目に痛い。


 うげっという悲鳴を飲み込んだ私を誰か褒めて欲しいものだ。


 そんな家の主でもある村田雅美さんは50代くらいの女性で、少し茶色く染めた髪にくるくるのパーマをかけ、本当に鏡見たのかって問いつめたくなるくらいの厚化粧で顔面を塗り固め、趣味の悪い紫色のカーディガンと少しタイトなスカートを履いていた。


 もしかするともしかするのかもしれないけど……幽玄さんを? いやいや、少しは歳考えろお前幽玄さんはロリコンじゃねえんだぞって怒鳴りつけたくなったがやめておく。


 幽玄さんマジご老人。


「今お茶とお菓子を持って来させますからね」


 雅美さんはそう言うと、小太りのお腹を揺らしながら家政婦のおばさんを急かす。


「いえ、お構いなく。私達はお話だけお聞き出来れば……」


「そう言わずに。……早くお出ししてっ」


 家政婦さんは、はいっと返事をしつつも名残惜しそうに幽玄さんの顔を何度もチロチロと見た後、弾ける様に駆け出していった。


 絶対お茶の味に期待は出来ないだろう。


「さあさあ、どうぞお寛ぎ下さい」


「申し訳ありません」


「ありがとうございまーすっ」


 結局勧められるままに私達はソファに座らざるを得なかった。


「それで、村田佐代子様は……」


「ああ、義母ははは10年ほど前に亡くなりまして……」


「それは……申し訳ございません」


 実は身罷られてらっしゃることは、既に知っていた。


 ただ、そんな内部情報を知っていけば流石に警戒されると踏んで、知らないふりをしているのだ。


 私と幽玄さんは、今知りましたよーとでも言わんばかりに表情を暗くする。


「いえいえ、そんなとんでもありません。もうずいぶん昔の事ですから気にされなくてよろしいんですのよ。それよりも安治さん、今日はどちらからいらしたんですか? ご出身はどちら? おいくつですか?」


 話を聞きに来たというこちらの要件などすっかり忘れてしまったのか、雅美さんは次から次へとまるでマシンガンのごとく質問を飛ばす。


 というか安治って設定上は私もなんですけど絶対忘れてるじゃろ、このオバハン。


 つーっか、私の事視界に入ってないでしょ。


 まったく、そっちがマシンガンならこっちはバズーカになっちゃろかいっ。


 わ、私、幽玄お兄ちゃんと男女の関係なんです……ポッ。とか言っちゃうぞぉ。


 そんな風に私がぐぬぬと歯噛みしている間に、幽玄さんはのらりくらりとかわしてするっと本題に戻してしまっていた。


 幽玄さんマジホスト。


「なるほど、つまり佐代子様は、ご実家に居ないはずの子どもの部屋を作っておられたと」


「そうなんです。それが少し不気味で……。いえ、とても穏やかで嫁の私にも親切にしてくれた、優しい姑だったんですけどね」


 子どもの部屋という事は、間違いなくあの座敷童子ちゃんの部屋のことだろう。


 もしかしたらの話だが、佐代子さんは座敷童子ちゃんのことをきちんと認識していたのかもしれない。


「そうそう、子どもと言えば最近子どもが走り回っているような物音が聞こえたり、金髪の女の子の後ろ姿がふっと見える事があるんですよぉ。私はそういう幽霊の類は信じていないのですけど、なんだか怖くて怖くて……」


 座敷童子ちゃ~んっ。おもっきりなんか失敗してるんすけど~。


 ねえ、日本人に見られたいってもしかしてこういう理由?


 幽霊にしか見られなかったから!?


 いやいや、そんなあっさい悩みじゃないでしょ。凄く追い詰められてそうな顔してたもん。


「不思議な事もあるものですね。私が何かお力になれればよいのですが……」


 現在進行形で力になろうとしているのにも関わらず、幽玄さんは白々しくもそう言ってのける。


 裏側を知らない人がそんな甘い言葉をかけられたらコロッといってしまうに違いなかった。


「他に何か佐代子様のことでなにか思いあたることはございませんか?」


「そうですねぇ。昔のことですし、私が嫁いできた以前の事は知りませんので……」


 幽玄さんのためならばどんな小さなことでも思い出して見せると、雅美さんは眉間にシワを寄せて必死に頭を絞り上げ――。


「なんだよお袋。若いツバメでも引っかけて来たのか?」


 唐突に、乱暴そうな男の声が割って入って来た。

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