第20話 宣言布告っ!

 まさかいきなり断られるとは思っても見なかったのだろう。


 座敷童子ちゃんはあんぐりと口を開けて、変な体勢でプルプルしている私を穴が空くほど見つめている。


「妖香くん……」


 来たなっ、幽玄さん!


 さあ、突っ込みたまへ。


「その変なポーズは何ですか?」


「お断りしますのポーズですっ!」


 おとーさんに教えてもらいましたっ。


 断る時はこういうポーズをするのが礼儀だそうです。


「私はしませんからね」


「ぶーぶー」


 師匠なんだから弟子に会わせてくださいよ~。


「ま、待ちなさい、なんで断るの? これは依頼なのよ? 解決してくれるっていうから私は……。それよりもなんであなたが勝手に断るのよ!」


 座敷童子ちゃんは納得がいかないのか、顔を真っ赤にして噛みついてくる。


 確かにこれは私が断ったのであって、幽玄さんが断ったわけではない。でも、間違いなく幽玄さんは私に賛同してくれるはずなのだ。


 ところでこの体勢続けるのきちゅい……。


「いえ、私でもその依頼は断ります。なぜなら完全に意味がないですから」


「はぁ!?」


 座敷童子ちゃんは目を吊り上げて怒っている。


 彼女からしたら、本気で気にして悩んで私達に助けを求めたことなのだろう。


 それを幽玄さんは意味がないと切って捨てたのだから当然の反応だ。


 ……ゆーちゃん、もっと言葉選ぼうよぉ、って思わなくもないけれど。


「見た目、特に相手からどう見られるかを気にする時、大概問題は外側にあります」


 そもそも、いったい誰に見せるのだろう。


 旅館ならば噂になって客を呼べるから意味もあるだろうが、ここは普通の家でしかないため、人間の来客対策ではない。


 家に遊びに来る誰か、例えばあやかしの友達とかに見せつけたいのなら、日本人だと知ってもらうだけで終わる話だ。


「その外側にある問題を解決する手段として間接的に外見を変えようとする。つまり、本当に解決して欲しい問題は別にあるんです」


 私達が来た時、座敷童子ちゃんはひたすらに依頼内容を話さなかった。


 恥ずかしいという事もあったのだろうけど、どう相談していいか分からなかったのもあるのではないだろうか。


「ですからそちらの問題解決ならばお受けしますよ」


 多分、幽玄さんにとって日本人に見られる様にするという願いをかなえる事は容易いはずだ。


 化ける方法を教える、この座敷童子ちゃんが日本人だと周知させる等々、あやかしのことを情報でしか知らない私にだって色んな解決方法が思いつく。自身もそうであり、かつ3000年以上も生きた幽玄さんならもっと出せるだろう。


 それでも断ったのは、それが座敷童子ちゃんにとってなんの解決にもならない事を理解しているからなのだ。


「ういっす! 私も座敷童子ちゃんの為なら一肌でも二肌でも脱ぎますよっ。実は私、まだあと二つの変身を残しているのですよ、おっほっほっほっ」


「妖香くんは人間だから変身できませんよ……ね?」


「何故そこで疑問形になるんですかぁ~」


 幽玄さんは私が本当に変身できると思ってるんですか?


 いっぺん幽玄さんが私をどう思ってるのか問いつめたくなって来たぞ。


「と、ところで、そのポーズはいつまで続けるのでしょう?」


 それはただの話題逸らしで、幽玄さんの額に玉の様な汗が浮かんでいる事からも明らかだったのだけれど……。


 足が疲れて来たので素直にポーズを止めることにした。


 私の足が床につくと同時に、座敷童子ちゃんが再び大声を出す。


「ふっ、ふざけないで! 私は……」


「本当に悩んでいるのは事実。それは分かります。ですが、その悩みはご自身で解決すべきことで、私達が解決することではありません」


 だからゆーちゃんはちょっと言い方がきついの!


 相変わらずちょっと雑なんだから。男の人ってこういうところガサツだよね、も~。


「えっとね、座敷童子ちゃんが、例えば髪を黒く染めて、カラーコンタクト入れて、整形手術して、着物を着たら日本人みたいな顔に慣れると思うよ。でもそれって座敷童子ちゃんって言えるのかな?」


 もちろん整形手術とか変わる事そのものを否定するわけじゃない。


 コンプレックスになっていて、自身をどうしても持てない人はむしろやるべきだと思う。


 それは、容姿自体が問題だからいいのだ。


 座敷童子ちゃんは、問題を解決する手段としてそういうことを言い始めたからダメなのだ。


「そんな事どうでもいいわよっ。私がいいって言ってるから――」


「おばあちゃんが用意してくれたって言ってたよね、この部屋」


 私の指摘で座敷童子ちゃんが凍り付く。


 何も言わずともそれが答えなのは明白だった。


 だいたい、日本人に見られたいのにそれとかけ離れたゴスロリ服なんか着ているちぐはぐな行動からしておかしかったのだ。


 本当の依頼はきっと、そのおばあちゃんと関係があるはずだ。


「私も幽玄さんも、座敷童子ちゃんの味方するよ。どんなことがあってもそれは変わらないから」


 もし座敷童子ちゃんが大魔王で世界の破滅を目論んでるとかでも乗りかかった舟じゃあ。世界滅亡さしたるでぇ!


 まあ、座敷童子ちゃんはツンデレないい子ちゃんだからそんな事思わないだろうけど。


「その点は妖香くんに完全同意します。ですから……」


「勝手に決めつけないで」


 彼女の声と瞳には、思わずぞっとしてしまうほどの拒絶が宿っていた。


「私の問題に土足で立ち入らないでくれるかしら」


 やっぱり、別の問題があったのだ。


 ただしその問題は、本当の意味で知られたくない事なのかもしれない。


 座敷童子は富をもたらす。


 その富が色々な場所で様々な軋轢を生むことは、様々な物語としてこの世界に残っているのだ。


 でも、それが座敷童子自身の手で解決されたという話は……残念ながら残っていなかった。


「この問題は私が自力で解決しなきゃいけない問題なの」


 座敷童子ちゃんは、もう追い詰められて視界が狭くなってしまっているのだろう。


 自分がしでかしてしまった事だから、自分がなんとかしなければならないと。


 でも、私達を強く拒絶する瞳の奥底に、私は確かに別の感情も見つけていた。


 だから私は言えるんだ!


「お断りしますっ! パート2!!」


「妖香くん、そのポーズは必要ですか?」


「必要ですっ!」


 これは私のポリシーの様なものなのだから、お断りしますのポーズは絶対に必要不可欠なのだ。


「こんな時にふざける様な人に頼めるはず――」


「ごめんなさいでもこんな時だからふざける必要があるの!」


 何か一つの物事だけに根を詰めすぎると、どうしても周りが見えなくなってしまう。


 でもふざけようとして余分な事を考えれば少しは視界が広がるし、笑えば心の余裕だって生まれる。


 私はきちんと信念をもってふざけてるのだ。


「座敷童子ちゃん。笑顔ってとっても素敵なんだよ」


「――――っ」


「さあ、ゆーちゃんもママと一緒にしなさいっ!」


「いやー……それは私のキャラではないといいますか……。それより誰がママですか」


「じゃあパパでもいいからっ」


「女を捨てないでください」


 む~、ノリが悪いぞぉっ。


 微笑むだけで女が落ちていくから良いと思ってるなぁ!?


 今はイケメンだってパンツ一丁の半裸にならなきゃ売れない時代なんだぞぉ!


「とにかく私は座敷童子ちゃんの味方になるって決めたからっ」


「勝手すぎるわよ! 他人には踏み込んで欲しくない事だってあるの。それぐらい分かりなさいっ」


「分かってるけど踏み込むのっ!」


 それがその人の為になる事もあるからっ。


 ひとって一人では何もできない。


 あやかしだってそうだろう。


 それをよく分かっているから、幽玄さんは忘れるくらい昔からこういう事をやり続けて来たのだ。


 私はポーズを崩して仁王立ちになると、ビシッと人差し指を座敷童子ちゃんに突きつけて、


「座敷童子ちゃん、私はあやかしが大好きなのっ! だから嫌って言われても絶対味方しちゃうもんねっ。覚悟しなさいっ!!」


 そう宣言した。

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