第17話 変わる変われば変わる時

「は、離せっ。俺は何も悪くないっ。悪いのは全部茜の奴なんだ!」


 ん~みゅ、なんて典型的な台詞。


 オリジナリティがないって通信簿に書かれちゃうぞ。


 というか、その言い方だと現在悪いことをしてますって自覚してると認めるようなものだゾ。


「その茜さんというのがどなたなのかは知りません。ですが、あなたのなさっている事を見て、明らかに犯罪行為だと仰る方がいらっしゃるのですよ」


「はぁ? 関係のない他人なら余計口を出して来るなっ。これは俺と茜の問題だ!」


「口だけで事が済みそうにないので、こうして拘束させていただいています」


 幽玄さんが、少し強い口調と共にストーカーの腕を捻り上げる。それが痛かったのか、ストーカーはうっと短く声をあげ、抵抗が小さくなった。


 よくは分からないのだが、幽玄さんの関節技がばっちり決まっている様で、たぶん危険が危ないことはないだろう。


 私はべとべとさんを抱えたまま――離したくないぃ~――ストーカーの顔が見える位置にまで回り込んだ。


「あのですね。とりあえず、事情を聞かせてもらってもいいですか?」


「はぁ!?」


 幽玄さんに抑え込まれても、まだストーカーは元気が有り余っているのか、下からねめつけられる。


 あ、この位置だとパンツ見られちゃう。危ない危ない。


「えっとですね……」


 私は念のために一歩後ろに下がった後、更にしゃがんで見えない体勢を確保してから話を続ける。


「私達は、警察じゃありませんし、正義の味方でもありません。ただの一般市民です」


 幽玄さんはどうなのか知りませんけど。


「だから、どんな方法であれ事件が起きなければいいんですよ」


 あれ? なんかお前をターミネートするみたいな言い方になっちゃったな。


 怖気がするような美貌の男性(ただしクソダサな格好)が、女子高生に顎で使われてるような感じになってるし、相当誤解されてそう。


 ストーカーもなんかあからさまに顔を引きつらせてるし。失敗失敗。


「ごみんなさい、幽玄さん。この人離してあげてください」


「えっ?」


 私の一言で、ストーカーの緊張が一気に解ける。


 たぶん、これで私達の言葉をきちんと聞いてくれるはずだ。


「妖香くん、それはさすがに――」


「はい、ひとつだけ約束をして貰えればの話です」


 幽玄さんに釘を刺した後、ストーカーの目をまっすぐ見つめる。


 彼に何があったのか私は知らない。


 茜が悪いと言っていたが、本当にそうなのかすら私には判断できる材料がないのだ。


 毎日のように付きまとっていた、という事だけでこのまま警察に突き出すことは出来るが、それでこの人の人生がめちゃくちゃになってしまうのは、少し可哀そうな気がしていた。


「自由になっても、逃げずに事情を話してくれませんか? それが条件です。もちろん、私達はあなたの話を聞く間、一切口をはさみませんし、警察を呼んだりもしません」


 どうですか? と問いかけると、ストーカーはしばらく思案した後、わかったと言って頷いたのだった。








「はい、こちらお詫びも兼ねてです」


 私たち以外に誰もいない公園のベンチに座ったストーカーに、幽玄さんが缶コーヒーを手渡す。


 どうやら移動中に買ったものらしく、ストーカーは熱そうにそれを弄ぶ。


 次いで私の方を向き、


「妖香くんは甘い方がいいですか?」


 缶コーヒーを二本見せて来た。


 どうやら選べと言いたいらしい。


「べとべとさんは甘いの平気ですか?」


「……何故、俺に聞くんだってばよぉ」


「一緒に飲みませんか? きゃっ、言っちゃった」


 一つの缶コーヒーを妖怪さんと仲良く分け合うなんて夢みたい。


 もう興奮して鼻血でそう。


「俺ぁ人形のふりをすることになってるの、忘れちゃいねえかいお嬢ちゃん」


 くっ、そうだった。


 過去にそんな事を言った私を殴りつけに行きたい。


 ユウえもんタイムマシン出してぇ。


「妖香くんは要らないのですね?」


「いただきますっ」


 む、幽玄さんがなんかご機嫌斜め?


 それもそっか。私が無理言って話聞くことになったんだもんね。めんちゃい。


 私はお礼と謝罪を続けて口にしながら、熱さ対策に制服の袖で手を包んでから缶コーヒーを受け取った。


 飲むのは不可能そうだったので、少し持て余しながらストーカーの隣に座った。


「それじゃあお話聞きますバッチコーイッ」


「……君は人生が楽しそうでいいな」


「ええまあ」


 今はべとべとさんと一緒に居られるだけで幸せなの。


「悩みなんて一つもないんだろうな。俺もそうなりたいよ」


 そう毒づくと、ストーカーはめがっさでっかいため息をついてから、話し始めた。


 ひたすら悪口と文句と愚痴を挟みまくりながら語られた話を要約すると、リストラ! 浮気! 破局! のリウキョクコンボでせいやーっとワンキルを喰らったとの事だ。


 付きまとっていたのは、もう憎いのか愛しているのか分からなくなっていたらしい。


 ……女子コーセーには重すぎますっ!!


 どーせーっちゅうねん。


 助けて幽玄さんっ。


「……同情できる点があるのは事実ですが、だからと言って犯罪に手を染めていい理由にはなりません」


 うっわー、シビアー。


 確かに正論だけどさ、もうちょっとなんかこうなんとかならないのかな。


 まあ、幽玄さんは剣の付喪神だからバッサリ斬り捨てちゃえるのかもしれないよね。ふふふ、どやぁ。


「ですが、今こうして止まる事が出来たのですから、これからは新しい道を歩まれてはどうですか? 就職先の紹介くらいは出来ますが」


「え、人間のも出来るんですか?」


「……人間?」


 ストーカー改め澤田さんが、変な所に反応してしまう。


 そういうのは内緒にしないとダメという事だったので、私は慌てて別の言い方をして誤魔化してみる。


「幽玄さんって自由業みたいな感じですから紹介できるのかな~って思いまして……」


「自由業だからですよ。こう見えて色々な所に貸しがありますからね」


「ふえ~、しゅごい」


 私が驚くと、幽玄さんはちょっと得意げに胸を逸らして見せる。


 自慢できるのが嬉しいのかな?


 いつも尊敬はしてますよ、一応。


「ですから澤田さん」


「ありがたい申し出だが、もういいんだ」


「はい?」


 就職先決まったの?


「全部吐き出して、なんだかどうでもよくなっちまった」


 澤田さんは全身をどかっとベンチに預け、未開封の缶コーヒーを額に当てると、死んだ魚の様な目で空を見遣る。


 辛いことがあり過ぎて、すっかり燃え尽きてしまったのだろう。


 ……ちょっとだけ、分かる気がしないでもなかった。


「なんであんなに必死になってたんだろうなぁ……」


 私達は澤田さんを止めた。


 色んな事があって、エンジンが止まらなくなってしまっていた彼を、止めてしまったのだ。


 一度焼け付いたエンジンは、大規模な修理が必要で、修理せずに動き出すことはないだろう。


 どうでもいい。


 その言葉はきっと、自分の命に対しても向けられているかもしれなかった。


「それだけ、お好きだったのでしょう?」


「リストラされただけで男作って出て行くようなヤツだったけどな。あー俺見る目ねえなぁ……」


 ……だから重すぎぃ。


 妖香ちゃん、こういう空気は苦手すぎるの。


 なんとかしてパッとお悩み解決しちゃいたいけど、そんなの難しいよねぇ。


 むむむむ、こう一瞬で何もかも変えちゃうような手段があればいいんだけどなぁ。


「では月並みですが、ご両親に報いる為に生きてみるというのは?」


「どっちももう死んでるようなもんだ。色々あってね」


 うみゅみゅみゅ。この瞬間を待っていたんだーくらいの一発逆転はないかないか?


「そうですか。それは申し訳ありません」


「気にする必要はねえよ。天涯孤独ってのは楽でいい――」


「ですが――」


 先ほどまでのキツイ言い草は何処へやら。


 幽玄さんが必死になって説得を重ね、完全に諦めの境地に達した澤田さんはそれを適当にあしらうという構図になり果ててしまっていた。


 多分何と言われようと暖簾に腕押し糠に釘。妖怪大百科を読んでる私の生返事張りに響くことはない――。


「あーーーっ!!」


 がばちょと立ち上がって大声をあげた私を、澤田さんと幽玄さんが見つめて来る。


 べとべとさんが居ないのは、目が無いからと私が抱いているから……ってそれよりも私は大変な事に気付いてしまったのだ。


 変わらなければいけないのなら、本当に変わってしまえばいい事に。


「澤田さんっ」


 私はその場でくるりと回転すると、べとべとさんを澤田さんの顔面に突きつける。


 ってなんで怖がってんのよぅ。


 こんなにかっこかわいいのに。


「妖怪とか都市伝説にご興味はありますか!?」


 澤田さんはたっぷり十秒以上沈黙した後、


「はぁ?」


 とちょっと間抜けな返事をしてきたのだった。 








「…………妖香くん」


 幽玄さんは先ほどから頭痛か眩暈を堪えているのか、額に手を当てて目をつぶって沈痛な表情をしている。


 何か大きな問題でもあるのだろうか。


 だってこれは素晴らしい解決方法だと思うんだけれど。


「ずいぶんとぶっ飛んでるじゃねえか、お嬢ちゃん」


 腕の中から渋い声でお褒めの言葉を頂ける。


 やったね。


「これでもう、みんなハッピーですよ」


 澤田さんはすっかりやる気を取り戻し、新しい道を邁進している。


 いやぁ、いい事したなぁ。


「そうかもしれませんがね。さすが妖香くんとは褒められませんよ」


「えー?」


「アレを見てくださいっ」


 幽玄さんが指さした先には、公園の滑り台がある。


 その上に激しく動く、白い人影がふたつ。


「いいか相棒っ! もっと魂を込めてくねくねするんだっ!!」


「おうよっ。こうかっ!?」


「まだロックが足りねえぜっ!」


「こうだなっ!?」


「それだぁっ!!」


 澤田さん改め新生澤田くねくねが、白くなった体を激しくくねらせる。


 そこには無気力だったころの姿はない。


 情熱に満ち溢れ、新たなくねくね道を切り開くことに邁進する、くねくねの姿があった。


「澤田さんをくねくねに変えてしまうって、完全にアウト一歩手前の解決方法じゃないですかっ。人間としては死んだも同然ですよ?」


「え、でも幽玄さんなら戻せるんですよね?」


 幽玄さんはだいぶ高位の存在で、そういう霊的な力が強いらしく、その気になればくねくねの力と人間とを切り離して元に戻せるらしかった。


 でも、今の澤田くねくねの楽しそうな姿を見ていると、戻りたいなんて全く思ってい無さそうだけど。


「できますけど……」


「じゃあ問題ナッシングじゃないですか」


 くねくねさんは念願だった自身のくねくねを分かってもらえる仲間が出来て嬉しい。


 澤田さんは人間を捨ててくねくねとして生きられるから嬉しい。


 私は知り合いの都市伝説が増えて嬉しい。


 幽玄さんはべとべとさんの依頼をこなせて嬉しい。


 もう全員ハッピーでウィンウィンでバッコーン場外ホームランな結果じゃないだろうか。


 昔の人も言っていたではないか。本当に何もないのならば幻想に生きるほかない。それでも何もないよりはマシだって。


「相棒よぉ。俺達なら世界が取れるぜぇっ!」


「ああ、絶対取ってやろうなっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る