第16話 ストーカーさんちーっす!
べとべとさんからの情報によれば、その女性は夜中9時頃にいつも疲れ切った顔をしながら駅から帰って来るとの事だった。
なので私と幽玄さんとべとべとさんで、駅の入り口が見えるファーストフード店に陣取ってずっと外を観察していた。
「お嬢ちゃんよぉ」
「しっ。人にバレたらべとべとさんが困るんですよ? 静かにしてください」
しゃべって動くおもちゃなんて言い逃れするには少し流暢すぎる話し方なのだ、べとべとさんは。
ロボットにしてもべとべとしてて生々しすぎるから、SANYの開発した新型AIZOUがシンギュラリティに達したんですなんて言い訳も通らないだろう。
「…………しかし、だなぁ」
「いいからべとべとさんは私に抱かれててくださいっ。そしたら人形って騙せますから」
妖怪をお膝の上に乗せて撫でたりぎゅってしたり堪能し放題とかここは天国か。
も~サイコーっ!
うへへへ、名前も知らない女の人、もっと遅くてもいいのよ?
「妖香くん。少しいいですか?」
「……も~、幽玄さんなんですかぁ?」
私の至福の時間を邪魔しないでくださいよ~。
「私は本当に……」
そう言って幽玄さんはスーツ……ではなく、ださださなTシャツに黄色いジャンパーと藍色のジーンズを見下ろし、顔のマスクとセンスの欠片も無い丸メガネをいじくる。
「こんな格好をしないといけないんですか?」
「あったり前ですよ。死者を出したいんですか?」
幽玄さんがいつものスーツ姿で人前に出て見なさい。視線だけで女性をバタバタと殺していくわいっ。
微笑んだ日には飛行機とかも落としちゃうからね!?
今こういうクソダサな格好していることで、なんとか封印できてるの。
っていうか、そんな格好してても近くにいるOLさんと大学生らしき女性グループが幽玄さんの事チラチラ見てますからね。
今までどんな風に生きて来たんですかって逆に聞き返したくなりますよ、ふんとにもう。自覚してたんじゃないの?
「妖香くんがそう言うのでしたら……」
「はいそうですっ」
慣れてる私だって偶に致命傷を負うんですから。
なんてちょっとじゃれ合いながら女性を待っていると……。
「居たっ」
べとべとさんが女性の到来を教えてくれた。
視線? (べとべとさんには目が無いけど)の先には、グレーのパンツスーツを着た、髪の短い女性がショルダーバッグを握り締め、かなりの早足で歩いている。
「急ぎましょう」
「はいっ」
私達は慌てて店を出ると、女性の後を追ったのだった。
女性をつけてしばらく経つと、なんだか女性はせわしなく周囲を見回しだした。
どうやら後をつけられている自覚はあるらしい。
ただ、今現在ストーカーらしき人影は見えないため、私達が原因なのだろう。
とりあえず物陰に隠れて作戦タイムとしゃれこもう。
「ん~。女の人を怖がらせるのは本意ではごじゃりませんが、幽玄さんはどうでごじゃるか?」
「……私としてはこの格好だけで不審者扱いされそうなのですが」
むむっ。せっかく私が見立てたのにぃ。
幽玄さんの魅力を削ぐための格好なので当たり前なんですけどね。
「分かりましたっ。では突撃しましょう」
決めたら即行動に移る!
速さこそ正義! 悩むのなんて時間の無駄だっ!
「ま、待ってください。なんて声をかけるつもりですか?」
「へーい、そこな彼女ー。一緒にべとべとさん愛でない~? とか言えばどんな女性でもイチコロですよ」
やーん、我ながらなんて完璧な口説き文句っ。
私だったら絶対一発で落ちちゃうっ。
「俺を勝手に使うんじゃねえぜぇ」
「それは妖香くんだけしか引っ掛かりませんよ」
「はっ、そうか! 私とべとべとさんの仲に遠慮して!?」
「べとべとさんを抱きしめていてもそういう関係には見えないと思います」
おにょれ幽玄さん。私とべとべとさんの仲を引き裂こうというの!?
ちょっと持ちやすくてお手頃な感じがするのにイケボなべとべとさん超好きなんだけど。
枕にしたいくらい好き。
「お嬢ちゃん、俺ぁ妖怪だ。悪いが、お嬢ちゃんを幸せにしてやるこたぁ出来ねえ。他をあたんな」
「うわっ。マジイケメンっ!」
でもフラれちゃったぁ……。
いいもんね、次の恋を見つけるもんっ。
「ところでもう先に行ってるから早く追いかけな」
「え?」
ごちゃごちゃやってる間に女性は住宅街の中へと消えて行っており、既に影も形も見当たらなかった。
べとべとさんが彼女の帰路から家まで全部知って居なければ、大失態だ。
「やばっ」
私は慌てて物陰から飛び出すと、女性の背中を追いかけるべく走り出したら――。
「うきゃっ」
「わっ」
曲がり角から突然出て来た何かとぶつかり、しりもちをついてしまった。
うぅ……よかった。べとべとさん無事で。
潰しちゃったらめちゃんこ悲惨な事になってたよなぁ。
「大丈夫ですか、妖香くん」
「……うぅ、大丈夫じゃないです」
「どうしました?」
幽玄さんは私の返答で焦ったのか、しゃがみ込んで顔や体に視線を走らせる。
その瞳は私の事を本気で心配しているのか世話しなく揺れ動き、こんな状況だっていうのに、ちょっとだけ嬉しいと感じてしまう。
「私としたことが、食パンを咥えてませんでした」
街角で誰かとぶつかる時は食パンを咥える。これ、常識。
「……怪我が無い様で安心しました」
あっ、ちょっと視線が冷たい!
い、いつ如何なる時でもユーモアを忘れてはならないってどっかの偉い人も言ってたのに!
私が何ともないことを確認できた幽玄さんは、はぁとため息をつくと、今度は私とぶつかった何か――多分男の人へと近寄り、大丈夫ですかと声をかけた。
「お嬢ちゃん、その男が例のヤツだ」
ぼそりと、腕の中でべとべとさんが呟く。
どうやら今私がぶつかった男の人がそのストーカーさんらしい。
……食パン咥えてなくてよかった。
ん~、とりあえずお話した方が良いよね。
って言ってもストーカーだーとか騒いだら逃げちゃうだろうし……。
幽玄さんがこのこと知ったら問答無用でなます切りにしちゃうかもだし……。
どうしよ。
なんて頭を悩ませながら私は立ち上がると、スカートの汚れを払ってからストーカーさんと対面した。
ストーカーさんは、ぼさぼさに伸び放題の頭して、薄汚れたトレーナーにジャージと、ちょっとばかし不潔そうな格好をしている。
しかも先ほどから俯いてばかりで、物腰穏やかに語り掛ける幽玄さんとまともに話そうともしないようで……。
なんとなーく意味ありげな雰囲気バリバリの人だった。
「グーテンモルゲーン!」
「…………ども」
くっ、なんかテンション低い。
仕方ない、べとべとさんを見せてあげよう。これでテンションマックスに――。
「ひっ、なんだその人形は!?」
「えぇっ!? めっちゃ愛らしいしカッコイイじゃないですか!」
怯えるとかセンスない!
この口だけの顔みたいな丸っこい胴体。ちょこんとついた足。
もうすっごいエモいでしょ!
ムッと来た私が、どれだけべとべとさんが素晴らしいのかちょっとばかし説教してやろうかと思ったところに幽玄さんが、
「妖香くん、グーテンモルゲンは朝の挨拶ですよ。今は夜なのでグーテナハトです」
なんて冷静に突っ込んでくる。
現在の時刻、午後8時半なり。
間違えちゃった、恥ずかしっ。
「ワタシ、ニーホンゴ、ワッカリマセーン」
「アゥフ サッチ スパィヒン?」
なんですと?
「…………翻訳ぷりーず」
「ドイツ語でお話ししましょうか?」
ぐぬぬ、さすがバイリンガル幽玄さんめ。
私だってオン〇ゥル語なら話せるもんね!
「なんなんだ、アンタ達……」
そんな風にボケとツッコミを繰り返していたら、当たり前だけどストーカーさんに困惑されてしまった。
というわけで名乗らねばなるまいっ。
「良くぞ聞いてくれましたっ」
私はこう、なんとなくうにょんうにょんとポーズを取って……とって……。
「……幽玄さんなんなんですかね、私達」
答える言葉を見つけられなかった。
探偵事務所っていうのも違うし、何でも屋とか看板を背負っているわけでもない。
なんか幽玄さんのところにあやかし達から相談事が入って来て、それを解決するって感じであって、所属するグループ名とかはなぁ~んにも決まっていなかった。
「問題を持ち込まれ、それを解決するのが当然の様になっていましたが、それを為す私達が何かと言われたら答えられません。強いて言うなら私の個人名でしょうか?」
幽玄さんってさ、ちょっと雑な所あるよね。
っていうか3000年以上ずっと流れで人の相談に乗ってたの?
人が良すぎぃ。
「……問題っ!? もしかして茜のヤツが!?」
っしまった。
そういう人だってバレちゃった!
ストーカーさんはヤバいと思ったのか、即座に踵を返して走りだしてしまった。
だが――。
「失礼します」
たった一歩、幽玄さんが大きく踏み込んだだけで、ストーカーさんに追いついてしまい、目にもとまらぬ早業で腕を捻り上げ、地面に押さえつけてしまった。
「私は十束幽玄と申します。少々お聞きしたいことがございますのでお時間よろしいでしょうか?」
そう慇懃無礼な態度で問いかける幽玄さんの声は、その正体の剣の様に鋭く、冷たかった。
……でもそのクソダサの格好で台無しなんだよね。
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