第15話 通報しますた

 覚さんと楽しい時間を過ごしてから数日が経ち、ドッキリに使った道具などの回収を済ませて通常業務に戻ったある日のことだった。


 妖怪さんがもうすぐ訪れるという事で、私はいつも通りソファに座って宿題を片付けていた。


 ……だって幽玄さんに言われたんだもん。


 一方、そんな極悪非道で血も涙もない命令を下して来た幽玄さんはというと、所長デスクに肘をついて趣味だと自称するうたた寝を敢行していた。


 おにょれ。私を放置して先に寝ちゃうなんてしどいわっ。


 私はあなたの為を思ってこうやって宿題に打ち込んでるというのにっ。


 DVよ! ドラゴンク〇ストVよっ!


 幼馴染を選ぶように強いられているのっ!


 そんな風にむかっ腹(八つ当たり)がたった私は、シャーペンを置いて立ち上がると、相変わらず夢の中で揺蕩っている幽玄さんの前まで歩いていくと……。


「す~……」


 胸いっぱいに悪意を籠めてから、


「お帰りなさいっ、あなた!」


 大声を張り上げた。


「……うん?」


 私が幽玄さんを起こすのは毎度のことになりつつあったので、幽玄さんは片目を開けて私を見るなんて言うちょっと薄い反応をみせる。


「お風呂にする? 食事にする? それとも~。た・わ・し?」


 言っておくけどお風呂掃除ね。


「……トイレ掃除は昨日しましたよ」


「おしいっ」


 同じバスルーム(英語圏)だけど微妙に違うのっ。


 ここは日本だし。


「それでは解説の幽玄さん。依頼主さんがもうすぐいらっしゃるとの事ですが、今回はどのようなアプローチをなさるのでしょう?」


 私の言葉で幽玄さんはようやくもう一方の目も開き、壁にかけられた時計へ視線を送る。


 どうやら私が適当に言ったことはたまたま当たった様であった。


 幽玄さんは欠伸をかみ殺しながら目に涙をため、殺人的なドキバクオーラをまき散らす。


 なんかドッキリするよりこの顔見せた方がよっぽど覚さんの胸が高鳴ったんじゃねって思う。


 私もヘルメッツが無かったから即死だった……。


 やべーよゆーちゃん。もっと自覚しなさいって。


「解説は……妖香くんに必要なんでしょうか。むしろ妖香くんの方が解説しませんか?」


 むむむ、ボケを素で返されてしまった。


 確かに知ってますけど~。


 私の知ってることって紙の百科事典に書いてあるようなことだけなんですぅ。


 覚さんがあんなに美人だったこととか知らなかったしぃ。


「えっと、まあいいでしょう。今回の依頼主さんは……」


 せっかく解説しようとしてくれたのに、タイミングよく格子戸がゴンゴンッと打ち鳴らされる。


 恐らく依頼主さんが訪れたのだろう。


 でもなんだかずいぶん下の方から音がした気が?


「ご紹介した方が早いですね」


 そう言って幽玄さんは立ち上がると、ただいま参りますと大きな声で断ってから入口へと歩いていく。


 当然、私もその後ろをついていった。


「踏まないようにお願いしますね」


 そんな忠告を私に告げると、幽玄さんは扉を開けながら、


「お待たせしましたべとべとさん。お越しください」


 依頼主であるべとべとさんを招き入れた。


 べとべとさんは幽玄さんの忠告通り、とても小さい体をしていて、サッカーボールに大きな口を描き、小さな足を二本くっつけた様な外見をしている。


 毛だらけで目が付いてたらまたネズミの国が文句付けて来そうであった。


「べとべとさん……さん、いらっしゃいませ~」


 べとべとまでが名前でさんが敬称なのか、べとべとさんで一つの名前か分かんなかったので、迷ったがさんを二つ付けておく。


「俺ぁよぉ、べとべとさんって呼ばれてるけどよぉ」


 うわっ、声渋っ!


 ぶるわぁぁって言いそうな声してる!


 声だけで惚れちゃいそう!


「さんさんって呼ばれたのぁ、初めてだぜぇ」


「ごめんなさいっ。じゃあべとべとさん様がいいですか?」


「俺の事はべとべとさんって呼んでくんなぁ。気軽に、ふれんどりぃになぁ」


「了解しましたっ」


 べとべと・さん、なのかべとべとさんなのかは永遠の謎にしておこう。


 ちょっとくらい謎のある男の方がカッコイイからねっ。


 べとべとさんは鷹揚に頷く(お辞儀?)と、べとっべとっと名前の由来になった、湿った足音を響かせながらソファへと歩いていった。


 ちなみに床は全く濡れていないのでさすがの名人芸である。


「妖香くん、解説は必要ですか?」


「今のところは必要ありますん」


「……どっちですか?」


 らいじょーぶですっ。という意味のサムズアップをしておく。


 それから私達はそれぞれソファに腰を下ろし、依頼内容を聞くことになった。


「俺ぁよ、真夜中人間の後ろをつける妖怪だ」


「はい」


「それに人間を傷つけない事を信条にしているぅ」


 べとべとさんは妖怪の中でも珍しく、まったく人間に危害を加えないタイプだ。


 足音がして、ずっと後を付いてくるだけ。


 それが嫌だったら、べとべとさんお先にお越しと言えば足音は消える。


 YES人間、NOタッチを地で行く実に紳士的な妖怪なのだ。


「ちょっちだけ俺ぁ正義感っていうのが強くてよ。そんでちっとばかし見逃せねえ自体が起きたから依頼に来たってわけよぉ」


 べとべとさんは、どうやらストーカー被害に怯える女性を見つけたのだが、こんな体ではどうしようもない。警察も相手にしてくれないから助けてやっておくんなましぃって事だった。


 いや、めっちゃいい人? やん。


「なるほど、分かりました」


 幽玄さんが何故かいい笑顔で頷くと、


「切り刻めばいいのですね」


 さらっととんでもないことを口にする。


「はい、ストーーップ!!」


 幽玄さん雑ぅ!


 偶に全てを焼き払えば解決だっていう力イズパワーみたいな思考になるよね。


 どっかの魔王様かな?


「どうしてですか? そういう輩は鷹揚にして止まらないものです。ちょっと死ぬ直前なくらいに切り刻んであげれば一生近づいてきませんよ」


「確かにそうかもしれませんけどぉ!」


 うむむむ、このことに関しては幽玄さんの方が正しい様なそうでない様な……。


 私もストーカーは最低だと思うけどさ。だからって死ぬ直前にされなきゃなんないかって言うと違う気もするし。


 犯罪者……ってまだ犯罪を犯してないから一般市民か。その一般市民にも一応人権がー……ってもうヤバい所にまで来てるんだよね。


 どうすんべー!


 一介の女子高生には重すぎる問題だってばさ!


「と、とりあえず状況を確認してからでも遅くはないと思うので、まずは見に行きましょうそうしましょう!」


「……まあ、そうですね。手を出して来たら手間が省けますし」


 幽玄さん。やっぱりかなり自覚ありますよね、自分の顔。


 そりゃあ女性に声かけたら指先ひとつも使わずに落とせるでしょうよ。


 したらストーカーが嫉妬に狂って襲い掛かって来るかもしれませんよ、ええ。


 めっちゃマッチポンプ!


 さすが幽玄さんは3000年以上生きてるだけあってちょっと老獪だった。


 だいぶ脳筋かもだけど。


「幽玄さん!」


「なんですか?」


 私はちょっとためらってから、


「幽玄さんって……もしかして何百人切りとかしちゃう人です?」


 と聞くと、幽玄さんの顔が面白い様に真っ赤になって行って、首をぶんぶか左右に振りながら、


「しませんっ、そんな事は! した事もありませんっ!」


 なんてゲロってくれた。


 ふふふ、幽玄さんの秘密ゲットだぜぇ。


 計画通り。


 あーでも良かった、私の知ってる幽玄さんだ。


 だいぶ、安心した、かな。

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