第14話 聖獄神超……ごめんなさいさとりん先輩もう言いません

 もてなしの基本はお茶にある。


 お客さんにはとりあえずお茶を出す。古事記にもそう書いてあるのだ。


 私と覚さんは、キッチンで仲良くお茶の準備をしていた。


 キッチンは、事務所の奥にある扉を入ったところにある。靴を脱ぐスペースとコンロとシンク、食器棚と冷蔵庫にちゃぶ台でいっぱいになってしまう3、4畳くらいの小さな部屋だ。


「すみません、覚さん。お客さんに手伝っていただいて」


「いえいえ。私は外部協力員ですから、一応所員と言えない事もありません」


「なら先輩ですねっ。グレートワンダフル先輩と、クールジャポンビューティ先輩のどっちがいいですか!?」


「どっちも嫌です」


 くぅぅ、はっきり断られてしまった。


 やっぱり聖獄神超美傑SATORIN先輩って呼び方の方が……。


「もっとよくないですよ」


「うぐぐぐ……」


 せっかく一秒前から一生懸命考えたのにっ。


「ふふっ。でもさとりん先輩ならいいかもしれないですね」


「おおっ、それなら……ちょっと普通すぎません?」


「普通が一番ですよ。ほら、手を動かして。そろそろお湯が沸きますよ」


「ふぁ~い」


 何かいい呼び方はないかなぁ、なんて考えつつ、私は戸棚から持ち込んだばかりのマイ湯飲み(妖怪の浮世絵が描かれたお気にのヤツだ)とお客さん用……ではなく幽玄さん用の湯飲みを用意する。


 ぐふふ、乙女なら幽玄さんの湯飲み……間接キシュ? ってドキドキするに違いない。


「そういう風にドキドキするのは200年ほど前に終わりました。普通の湯飲みにしてください」


「相変わらず妖怪の皆さんってお年の桁が違いますねぇ……」


 名前が知られてるのだと特に。


「幽玄さんは特に違うんですよ。3000歳は越えてるんだとか」


「さんぜっ」


 ん世界っ。


 なにその必殺技みたいな年齢!


 じゃあどんな人と恋愛しても、もうロリコンって呼ばれちゃう?


「いえいえ。体形が問題なのだと思いますよ」


「体形……」


 言われて自分自身の体へ視線を落とす。


 ザ・そそり立つ壁!


 これでSAS○KEとかしたらクリア不可能なんじゃねってくらいの現実がそびえ立っていた。


「私に手を出したらロリコン……」


「身長も加味してくださいね?」


 くっ。普通に普通の身長だからネタにも出来ねえぜ。


 合法ロリくらい小さかったらもっとネタに出来たのに。


「ネタにしないの。自虐ネタっていじりにくいんですよ?」


「は~い」


「それに……男の人を落とすのに大事なのは胸じゃなくてもっと別の所ですから」


 言葉と共に覚さんの瞳の奥で、今まで見たことない様な感情の炎が灯った。


 なにその怪しい顔ーー!!


 ぞくってした、今ゾクってしたぁ~! 鳥肌立ったぁ~!


 というか別の所ってどこなの!? 私子どもだから分かんないっ!


 ダメダメ教えないでっ。私はまだ知らないままで居りゅ~っ。


「ふふっ、知りたくなったらいつでも教えますよ?」


「…………その時が来たら」


「はいっ」


 湯気が吹き出しているヤカンを手にした覚さんの瞳からは既にヤバい光は消えている。とりあえずは大人の階段をのぼらずに済んだようだ。


 メガネは強キャラ。あや覚えた。


「じゃ、じゃあお茶淹れておいてください。私は……」


 少し古ぼけた冷蔵庫の扉を開け、中に鎮座していた紙の箱を取り出した。


「お菓子は幽玄さんが用意してくれたんですよ」


 紙箱の中にはケーキが入っている。


 しかも私……のお母さんおススメのケーキ店だ。


 私はお小遣いを妖怪とかのグッズや書籍に全部突っ込んでるから知らないの。


 女子力低いとか言わないで……。 


「あら、幽玄さんが? 何かしら」


「知りません。でも、覚さんの好きそうなものを買って来たって言ってました」


 だから、私もどんなケーキなのかは知らない。


「あら」


 私の予想した通り、覚さんの声が一段階高くなる。


 知らないプレゼントを開ける楽しみというのは、覚さんにとっての驚きと楽しみになったみたいだった。


「こういうドキドキも楽しいんじゃないかと思いまして」


「そうね、幽玄さんが私の事どう思っているのか楽しみだわ」


 ちなみにこれは私の仕掛けだ。


 男の人ってワッて感じに驚かすことばっかり考えてて、こういう方向の楽しんで驚かせることは考え付かなかったみたいなのよね~。


 そんな突飛な事じゃなくてもいいのに。


「箱を開けるのは事務所にしましょう」


「大さんせーですっ」


 そんなわけで、紙箱とお皿とフォーク、急須に湯飲みをお盆に乗せて事務所へと移動し、手早くお菓子の準備を整えたのだった。


「それじゃあ覚さんが開けてください」


「いいの? じゃあ遠慮なく」


 覚さんはうきうきした手つきで金色の封を剥がし、紙箱を開いていく。


 その中に在ったお菓子は二つ。


 一つは覚さんのものと思しきホワイトチョコで周りをコーティングし、フルーツで飾り立てた背の高いケーキで、とっても綺麗で美味しそうだ。


 もう一つは多分私のだろう。


 っていうか、こっちが覚さんだと失礼極まりないんじゃないだろうか。


 だって……。


「何故にコロッケ?」


 きつね色に揚がったサクサクの衣が眩しい、おやつとしても食べられるお菓子というよりはおかずであるはずの食品が鎮座していた。しかも手づかみで食べられるように紙で挟んである。


 幽玄さんってば、私はケーキよりコロッケの方が好きってイメージなの?


 いやいや、コロッケも好きだけどさぁ……。


 貰いものに文句言っちゃいけない。これをお茶菓子として食べるのがいいだろうと幽玄さんが考えてくれたんだ。


「私ちょっとチンしてきますね」


「は~い。どうせだから半分こしましょう。私もそのコロッケ食べてみたいですし」


「ありがとうごぜえますだぁぁ! 聖獄神超美傑SATORIN先輩~~」


「あ、半分わけしたくなくなってきたかも」


「ごめんなさいさとりん先輩、許してください」


 なんてちょっとした掛け合いをしながらキッチンに行くと、何故か電子レンジがなくなっていた。


 つまりこのまま食べろと幽玄さんは言いたいのだろう。


 冷たいコロッケってあんまり美味しくないんだけどなって思いながらしぶしぶソファに戻る。


 私の思考が読める覚さんも、事情が分かっているのかしょうがないよねって顔をしていた。


「それじゃ……」


 さすがにあまり待っているとお茶が温くなってしまうので、視線だけで食べちゃおうかと話し合い……。


「いただきます」


「はいっ、いっただっきま~す」


 覚さんはケーキを、私はコロッケにかぶりつい――。


「あまぁぁぁぁっ!?」


 サクッとした衣までは確かにコロッケの触感だったのだ。


 でも中身は予想していた物と全然違った。


 クリームチーズの酸味とそれを包み込む様な甘さ。そして生クリームの旨味。衣はサクサクのクッキーだ。


 これは間違いなく……。


「チーズケーキ!?」


「え?」


 たった一つの甘いお菓子。見た目はコロッケ。中身はチーズケーキ。その名は名探偵……じゃなくて名前なんだろ。知らねっ。


 ふっしぎ~~。やるなゆーちゃん。


 ごめんね、突飛な事されたらやっぱ凄い驚くし面白いや。


「覚さんも食べてみて下さいよ、絶対驚きますってコレ」


「そうなの?」


 ちょっと失礼かなとも思ったけれど、食べかけのコロッケもどきをあ~んしてあげた。


 上品なおちょぼ口でちょこっと齧った覚さんも、私と同じ様に目を見開いてコロッケを見る。


「ホント! コロッケなのに味がチーズケーキ!」


「ですよね、ですよね。すごっ!」


 これは知っていても驚く!


 信じられないお菓子っていうか、視覚がどうしてもお菓子と認識してくれないのだ。


 作った人すごっ。


「あらあらまあまあ。今日のは本当に凄いのばっかりですね。とっても嬉しい」


「今日のはって、いつもはどうなんですか?」


「いつものも悪くはないのだけど、今回はまた違った刺激なんですよ」


 いわゆる女性視点的なサプライズだから新鮮なのだろう。


 さあ、まだまだあるから楽しんでってくださいね。


「はい、ありがとうございます」


 私の心の声にそう答える覚さんの笑顔は、女の私でも見惚れるくらい綺麗だった。

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