第13話 驚きと笑顔が報酬ですっ
「ゆーちゃん元気してたかしらっ! ママは会えない間とっても心配していたザマスのよっ」
会えなかった理由は、私が三時間もくねくねしすぎたことで、全身がひどい筋肉痛になってしまい、休日二日間をずっと寝て過ごしていたからだ。
「ははは。妖香くんの元気な声が聞けて良かったです」
くっ、ちょっとだけ勇気を出してあだ名っぽい感じで呼んでみたのに大人の余裕でもって返されてしまった。
べ、別に悔しくなんてないもんねっ。
「ちょうどいい時に来てくれました。妖香くんの知恵を是非貸してください」
事務所内は幽玄さん一人で、依頼などは持ち込まれていないようだったが、私が頼られて断るはずもない。いそいそと事務所に入ると、幽玄さんのデスクまで小走りで駆けて行った。
「にゃんですか?」
「以前、くねくねさんの件で外部の方に調べていただきましたよね」
「はいはい、覚えてます」
「
覚と言えば、真っ黒な猿の様な外見をしていて、こちらが考えることを読んで何でも当てて来る妖怪だ。
今風に言うなら、サイコメトリーの使い手って感じだろう。
確かに、そんな存在なら情報収集はうってつけのはずだ。
「報酬は、彼女を驚かせることなんです」
「驚かせる?」
それが報酬? という私の不思議そうな顔をみて、幽玄さんは更に情報をマシマシアブラカラメしてくれる。
「なんでも思考を読んでしまう彼女ですから、そういう驚く事っていうのがとても少ないんですよ。今では驚かせてもらうのが彼女の趣味みたいなものなんです」
「はーはーはー、分かりました」
つまり日常に刺激を求めているわけザマスね。
「でもなんで幽玄さんに?」
「私は彼女より多少高位の存在ですから、読まれないようにすることが出来るのですよ」
なるほど、それなら幽玄さんが後ろからこっそり忍び寄って、実は私、昨夜は一睡もせずにスペラ〇カー攻略してたんですとか囁くだけで驚いちゃうよね。
「ただ、これまでにも何度かその報酬をお支払いしているのですが、少々ネタ切れ感がありましてね」
「んむむむ。それは確かに難しいですね」
有名な話であれば、木片が偶然跳ねて当たったのだが、毎度それで驚くはずもない。
同じ刺激ばかりあれば、いずれは慣れてしまうからだ。
「おっけーです。不詳の弟子めがお手伝いいたします!」
それから私と幽玄さんは、色々と驚かせる……というかドッキリみたいなイタズラを考えたのだった。
コンコンッと格子戸が叩かれる。
依頼かな? それとも
「受け取りに来た方ですよ」
なんて顔も見ないうちから私の心は読まれてしまっていた。
「悔しい、でも読まれちゃうのビクンビクン」
「全然悔しいとは思っていませんね」
くすくすと悪戯っぽそうな笑い声と共に、格子戸がカラカラと開き、
件なの? 覚なの? ゲシュタリュト崩壊しそう。
そんな覚さんは、黒いしっとりとした髪を太ももまで伸ばし、赤い布に金糸を基調にした鮮やかな刺繍が施してある着物を見に纏って……。
「はりゃ? 人間さん?」
顔にちょこんと小さな丸メガネをかけて、あまり派手さはないけれど清楚な感じのする日本人顔の女性だった。例えるなら、静かに一輪だけ活けられた菊の花って感じだろうか。
黒いお猿さんみたいな容姿を期待してたのに、普通に美人さんとかちょっともにょる。
「妖怪ですから、ある程度歳を経れば化けられるのですよ」
「あー、そうですよね~……ですよね~」
幽玄さんも剣の付喪神とからしいし、人間に紛れ込んで暮らしてたりしたらそういうの必要そうだよね……。
残念だけど。
「ふふふっ。思考を読まなくても顔を見るだけで分かるなんて素直な人ですね、静城さんは」
「ありがとーございますっ」
わたくし、正直で一直線がモットーでありますっ。
是非清き一票をよろしくお願いいたしますっ。
「……っと、そうだそうだ。私、
「あっ、はい。わたくしは覚と申します。宜しくお願い致しますね」
遅ればせながら私達は頭を下げて名乗り合う。
既に互いの事は幽玄さんを通して知っていたが、礼儀として必要だ。
「すみません。わたくし何時も心を読んで知ったつもりになってしまうんですよ」
「いえいえいえどーぞどーぞ。あ、でもぉ。初めてのキスの記憶は覗かないでくださいね。ぽっ」
したことないから覗けないだろうけどね!
多分この思考も読まれてるのだろう。覚さんはくすくす笑いながら私の先導に従って事務所の中へと入って来る。
「しまった! ドッキリなんだから伝説の黒板消しトラップを仕掛けるの忘れてた!」
「それは読まなくてもバレるという意味で伝説ですか?」
「何を言ってるんですか。バレバレだからこそ全力で引っ掛かりに行きたくなる魔性のトラップじゃないですか!」
どう引っ掛かるかも腕の見せ所だ。
普通に引っ掛かって、や~ん汚れちゃった~。とかぶりっ子するだけじゃ素人のすることだ。
どうせ汚れるなら、着替えなきゃ~とか言って私の黄金のナイスバディを見せつけるくらいのお色気サービスをしなきゃダメなのである。
「ナイス……」
「何か言いましたか?」
ねえ、言いました? 異論でもあるんですか?
ねえ、ねえ。
「いいえ、なにも」
「ですよねぇ。それじゃあ覚さんはソファに座って大きいなチクショウ半分くらい寄越しやがれいいじゃねえかよまだあんだからよぉげっへっへ」
覚さんは着物に似合わないほど豊満な胸をお餅……じゃないお持ちで、しかしそれがエロティックに見えるかというと、全然違うのだからまたずるい。
私のこうなりたい理想の女性像を三次元に出力したらこうなるって感じのナイスバディだった。
「心の声が混ざってますよ」
「どうせバレちゃうので言っちゃうことにしました」
キラッ。
「そういう方はなかなかいないので好感が持てます。ですが……」
覚さんは話しながらソファに腰を下ろそうとしたところで、ピタリと止まる。
空気椅子でトレーニング?
マッスル・マッスレ・マッスりゃー?
「……これに仕掛けてますか?」
「……ひゅー、ひゅー。な、何のことですかなぁ?」
「口笛吹けてませんよ」
くっ、なんか覚さんのむねむねに私の意識を集中させてドッキリの事を考えない作戦が見破られてしまった!?
考えないようにって意識するだけで…………あぁ~ムリィ!! らめぇ~考へちゃうぅ~~。
「以前はソファに座布団なんて置いていませんでしたからね」
覚さんの言う通り、ベージュ色をした布製のソファに、普段は直接座ってもらっている。
だが今日だけは仕掛けをするために、幽玄さんが生活している二階の部屋から座布団を持ってきてもらったのだ。
しかし……やりおる。
能力だけに頼らず洞察力を磨いているとは……。
「ふふっ。昔はそれで痛い目を見ましたからね」
なんて言いつつ、覚さんは立ち上がると座布団を取り上げてしまう。
案の定、そこには風船の様な形をしたおもちゃ――知らずに座るとおならみたいな音が鳴るイタズラグッズ――が置かれていたのだった。
「くぬぅ……」
私の仕掛けがっ。
「これは静城さんが仕掛け――きゃっ」
何とはなしに覚さんはそのおもちゃも手に取った瞬間、おもちゃという抑えを失ったバネ仕掛けのおもちゃがぴょいんっと勢いよく覚さんの眼前に飛び上がる。
自分は完全に見抜いたと油断していた覚さんの口からは、清楚な外見に見合った愛らしい悲鳴が漏れた。
私だったら、ふんぎぇ~とかきったない悲鳴上げそうだもんなぁ。
見習おっと。
口元に手を当てて……きゃっ。よし、脳内しゅみれーしょん完了。
「ふふふっ。今のは驚いてしまいました。でも、静城さんはご存知なかったですよね?」
「はいっ。今のは幽玄さんが仕掛けたんです」
私が仕掛けをした後に、幽玄さんも仕掛けをしてまわったのだ。
だから、私は私の仕掛けを知っているが、幽玄さんの仕掛けは知らない。
仕掛け人は全ての仕掛けを知っているはずだという盲点を突いた、二人になったからこそ出来るドッキリというわけだ。
「さあ、まだまだ仕掛けはありますから、是非楽しんで行ってくださいね」
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