第12話 わたしを見て

「はい、はい。分かりました、ありがとうございますさとりさん。お礼はいつものですね。はい、それでは」


 幽玄さんは卓上に置かれた黒電話へ向けて一礼した後、チンッと涼やかな音と共に受話器を置く。


 そのまま流れる様に綺麗な所作で、書いていたメモ用紙を手に取り、わたしの隣に帰って来て腰を下ろした。


「メンバー募集しているグループが分かりましたよ」


「マジですか!?」


「はい、こちらになります」


 幽玄さんが差し出した紙片に、くねくねさんはもの凄い勢いで食いつく。


 今後の都市伝説生が掛かっているのだから目が血走るほど懸命なのも分かるけれど……ん? 顔がはっきり見える?


 恐らくは幽玄さんがくれた加護のお陰なのだろうが、それまでと違ってくねくねさんの顔が細部まで見える様になっていた。


 そういえば、顔を見たら目から頭の中に入って来てくねくねになっちゃうから足元だけしか見えないようにするのが対処法だったっけ。


「どんなグループがあるんですか?」


「えー……くねくね・イン・ザ・フューチャーやKUスラッシュNEとか、マイクネ・ジャクネソンなど私でも聞いたことがあるグループや有名人がちらほらありましたよ」


「すっごくシュールな名前ですね!」


 くねくねから離れないのかな?


 というか聞いた事あるんですね。


 人間世界でいうスワップとか荒野あれのみたいなグループなのかな。


 でもまあ、くねくねさんが本気で打ち込めるグループが見つかれば……。


「駄目だっ!」


 私達の願いも虚しく、くねくねさんはダンッと大きな音を立ててテーブルに拳を叩きつけた。


「ど、どしたんですか?」


 聞くまでもないだろう。彼が望むグループが無かったのだ。


 私と幽玄さんは、どうします? ってな感じで目配せし合ったのだが、答えはそうすぐに出るものではなかった。


「これだけしてくれて悪いんだが、俺の求めるくねくねは、こいつらと一緒じゃたどり着けない域にあるんだ……」


「そ、そこまで……。しゅごい自信とこだわりですね」


「ああ。だから俺は妥協したくないんだ!」


 んむむむむ。


 私も宿題しなさいっていうお母さんの反対を押し切ってまで妖怪大百科読んでるから分かりみ。


 ちなみに昨日言われたばっかりなんだよね~。


「なら、もう解決方法は一つしかありませんね!」


「…………そうだ、な」


 探してないのならば独立、つまり一人でやるしかない。


 ただしそれは非常に辛い道のりだ。


 後から出て来る杭は打たれて当然。


 更に観客は既に面白いと分かっているところに行って、新しいものに冒険しようとはしない。


 ほとんどの場合、例えそれがどれだけいいものだったとしても伸びなくて当たり前っていうのが世の常である。


 だから、有名な人、グループ、事務所に人が集まっていくのだ。


 例え自由にできないと分かっていても、有名というだけで見てもらえるかもしれないから。


「ああ、分かっちゃいたんだよ」


 くねくねさんの顔にはためらいと苦悩が色濃く浮かんでいる。


 分かっているけど踏み出せない。


 自分の未来全てをその手で持つことは、とんでもなく辛いことなのだと、何となく私にも想像がついた。


 本当は、軽々しく言ってはいけない事なんだと思う。


 それでも……私がその背中を押してあげるんだ。


「くねくねさんっ! 私にくねくねを教えてくださいっ!」


「んあ?」


 予想通り、くねくねさんはなんでそんな事をという感じの怪訝な顔をしている。


「ちょっとどんなのか興味があるんです!」


「動きを見ると感染するかもしれません。それに妖香くんは気を付けると言ったばかりですよ」


「分かってます! だから私が指導してもらって、私がくねくねするんです」


 私がするのは物まねだから、本物を見る事にはならないはず。


 それに幽玄さんが守ってくれているのもあるから、たぶん感染しないはずだ。


「お願い幽玄さん許してください。何でもは出来ませんけど出来る限りのことをやりますから!」


 幽玄さんが望むのなら、妖怪の名前100個暗唱とかイラスト100枚連続模写だってします!


「だからちょっとだけ、先っぽだけでいいですから先っぽだけ!」


「その言い方を今すぐ止めるのなら了承しましょう。お、女の子がそんな事言ってはいけませんっ」


「どういう意味なんですか? 実はお父さんが酔っ払ってお母さんに言ってたのを真似してみたんですけど」


「こほんっ。……よく知らない言葉を使わないって事も追加します」


 増えちゃった……。


 まあいいや。これであとはくねくねさんがいいって言えば教えてもらえる。


「というわけで、お願いできますか?」


 聞きながら私はソファから立ち上がり、ゴーサインが出た瞬間に場所を確保できるようテーブルに手をかけた。


 くねくねさんはそんな私をしばらくなんだコイツって感じの目でみていたのだが、


「まあ、構わんが……」


 と受け入れてくれた。






 それからみんなでジュザッとテーブルやソファを動かし、場所を確保する。


「おいっす、お願いします、コーチ!」


 部屋の真ん中に仁王立ちした私は、左手を斜め下に、右手を斜め上にまっすぐ伸ばしてポーズを決める。


 スーパー!


「うむ」


 気合は十分、なんでもやったるでぇ!


「ではまず基本から。両手を上で合わせて、軽く全身を波立たせてみろ」


「はいっ」


 ぱんっと音を立てて手を頭の上で合わせると、とりあえずこんな感じかなぁとくねくね体を――。


「違うっ! 馬鹿野郎ぉ! お前のには魂が入ってねえんだ! もっとお前はくねくねだって思いこんでからやれっ」


「はいっ」


 こ、こうか!? 私はくねくね私はくねくね……。


 そう……私の体には関節が100……1000……もう全身の骨全てが間接になって、スライムみたいにドロドロになれる……。


「違うっ! 成り切るわけじゃないっ。お前はそのものだっ」


「うぃっす!」


 それから3時間ほど私はいくつかのくねくねをやり続けたのだが……。


「ダメだダメだダメだ! だいたい人間には無理なんだよ! 体が硬すぎるんだっ」


「すみませんっ! でもやってみせますっ!」


「無理なん――」


「無理じゃないですっ!」


 分かってる。


 物理的には不可能ってことは。


 人間の骨はまっすぐで硬い。関節は決まった方向にしか曲がらない。


 くねくねにする事自体が向いていない。


 でも――。


「私は最初の時からどれだけくねくねさんに近づけましたかっ?」


「…………ほとんど近づけてねえよ」


「分かりましたっ」


 現実は厳しい。


 最初の頃よりはくねくね出来てるかなって思ってたけれど、プロの目から見たらまだまだひよっこもいい所らしかった。


 だけどくねくねさんは言ったんだ。ほとんどって。


 少しだけど進んでることは確かだ。


 私はこの三時間で一歩近づけたのだ。その先が何万歩も必要だとしても。


 だから私は必至で体をくねくねさせて練習する。


「どこを改善すればいいですか?」


「…………」


 くねくねさんは答えてくれない。


 私の事を見て、ずっと痛そうにしている。


 たぶん、私の言いたいことを感じ取ってくれているから。だから、痛い。


 ふと、部屋の隅に立ってずっとこちらを見ている幽玄さんと目線が合う。


 頑張って、と幽玄さんの瞳は言っていた。


「お願いしますっ!」


 もう一度頼む。


 それで……、


「……分かったよ」


 くねくねさんは折れたのだった。


「ああ、そうだ。俺だって分かってる。分かってた。自分がやりてえならやればいい。他人からどう見られようと、思われようと、自分は進んでいく」


 努力したら努力するだけ上手くなる。


 実力は身についていく。


 そこに他人は関係ない。


 自分だけが問題なのだ。


「俺はそういう意味で純粋な頃を忘れちまってたんだ」


「……そうじゃないですよ。認められれば嬉しいのは誰だって同じじゃないですか。それが不純だとは思いません」


 好きの対義語は嫌いじゃなくて無関心だ。


 誰からも認められないのは辛い。


 死んでしまいたくなるほどに。


「両方必要で、大事なのはそれをどのくらい優先するか、ですよ」


「ああ……」


 さて、そろそろ応えてもらえるだろう。


 分かってくれたのなら、自然と答えは胸の中に生まれているはずだから。


「どうしますか?」


 私の問いに、くねくねさんは何度も何度も頷いて、


「やるよ。俺は、やってやるよ」


 私でなく、自分自身に言い聞かせるようにして、そう応えてくれた。

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