第10話 この路を行けばどうなるもこうなるもなくて普通に帰宅します
雄叫びをあげた私に呼応するかのように、幽霊さん達から歓声が上がる。
気合は十分。私は背中に負った柳の苗木を下ろすと、幽玄さんに手を差し出す。
「ゆーげんさん、私の聖剣を貸してくださいっ」
「スコップですね」
「そーとも言います」
世間的にはそんな風に言われてますが、私の中では聖剣なのですっ。
幽玄さんが背中のリュックから取り出した長さ30センチくらいのスコップを受け取り、天高く掲げて見せる。
紅の光を受けて橙色のスコップがてかって見え、周囲の幽霊さん達からはおぉっとどよめきが起こった。
「やりましょう、幽玄さん。いやさ師匠! 一人はみんなの為に!」
「なんだかんだで
「まかせてくださいっ。今の私は赤色に染まっているのでいつもの三倍くらいの速度を出せますっ」
テンションも三倍です!
というわけで気合満タンな私は、そのまま幽霊さん達の体を通過して道のわきに足を踏み入れると、びしっと聖剣を地面に突きつける。
「では師匠、ここほれワンワンお願いしますワン!」
「はい、分かりました。ところで犬の吠え声には幽霊さん達を祓う力があるので気を付けてくださいね」
「え!?」
そんなんあったの? ちょっとそれはびっくり。
「分かりました、口裂け女さんのファン辞めます!」
「それは辞めなくていいです」
相変わらず丁寧に突っ込みを入れながら、幽玄さんは全ての荷物を下ろすと、何故かから手で私のところにまでやって来る。
やる気がないのかな、と一瞬思ったが、腕まくりをした幽玄さんは手首を曲げたり捻ったりして、殺る気満々のアサシンみたいな表情を浮かべていた。
「それでは少々土が飛び散りますから妖香くんは下がっていてください」
はい? と聞き返せるような雰囲気ではなかったため、私は土手をちょっとだけ降りて待機する。
何をするのか見守っていると、幽玄さんは右手で手刀を作り――。
「はっ」
目にも止まらぬ速度で地面に突き刺した。
「は?」
今度は私が驚く番だった。
しかもそれだけでは終わらない。
幽玄さんは肘まで突き立った腕をスコップのように使い、固い地面をまるで水か何かのようにゴバッとすくい上げたのだ。彼のみせた力は、人間にはあり得ないどころの話ではない。人間とかけ離れた力だった。
そのまま手の中の土くれを、両手で掴んで粉々に砕くと出来たばかりの穴やその周辺に振りかけていく。
都合10秒と経たないうちに、苗木を植えられる状態にしてしまった。
「妖香くん、苗木を植えて貰えますか?」
それに私は即座に反応できなかった。
今見た光景の衝撃で、体が動かなかったのだ。
「…………」
そんな風に動けないでいる私を見た幽玄さんは、最初、しまったという表情をした後で、寂しそうに笑った。
だが、幽玄さんは勘違いをしている。
私は怖くて動けないんじゃない。
「……幽玄さん」
「なんですか、妖香くん」
私はたまらず幽玄さんの所に駆け寄ると、彼の手を取り、目を覗き込む。
「か○はめ波教えてください!」
人外の力を振るう幽玄さんという存在に感動していたのだ。
ごめんなさい口裂け女さん。本気でファン辞めちゃいます。
なにこれなにこれ!!
こんなアニメみたいな事出来る存在が居たの!?
アニメじゃない! って歌い出したい気分なんだけど!
「……妖香くんは相変わらずノリと勢いで生きてますね」
一瞬言葉に詰まってからなんとかそれだけ絞り出した幽玄さんは、どんな顔をしていいのか分からないっていう顔をしていた。
たぶん、私が強がりで言ってるんじゃないかって疑っているんじゃないかと思う。
「なら夜景の見えるホテルの最上階で波○拳教えてもらう方に妥協します!」
「夜景の見えるホテルに行く理由が全く見当たりませんね」
「ありますよー。見ろ、ゴミどもがうようよと地上を這いまわっておるわって言えるじゃないですか」
「めちゃくちゃ悪者っぽいですよ、それ」
それに私はどちらも使えませんと断られてしまった……残念。
これだけ人間離れしてたら気とか魔力なんかもあるかなって思ったのに。
「と、とにかく急いで植樹を済ませましょう」
「らじゃー」
私は幽玄さんの手を離すと、スコップを持っていない方の手で敬礼をして見せる。
確かに空は茜色から紫色へと変化しつつあり、そう時間が経たないうちに紫紺へと変わりそうだった。
「うっし、それじゃあ植えるけど……」
視線を周囲で揺蕩っている幽霊さんへ向ける。
男女が手を握って見つめ合っていたというのに彼らは平然とした様子だった。
まあ確かにそんな雰囲気でもなんでもなかったもんね。
「おみゃーらなにか要望はあるかいっ。方向とか深さとかなら聞くぜいっ」
「それならワシは西側に枝を向けて欲しいのぅ」
「あーそういうのは多分最初だけになるんじゃないかなぁ」
なんて、一人一人の願いを聞きつつ、私は苗木を穴の中に入れるとスコップで土をかけ、ペシペシ軽く叩いて固定する、という事を何度も繰り返したのだった。
「あーっと、手元が見えないからもうちょっと火の玉の火力上げて! もしくは私に構わずバーニングファイアーギガマックス撃って!」
「むむぅ、意外と幽霊づかいの荒い子じゃのう」
懐中電灯を使ってもいいのだが、片手で持つと作業がし辛く、頭にタオルを使って固定すると、八〇墓村みたいな感じになって上手く照らせないのだ。
結果、幽霊さんの周りに浮かんでいる火の玉を使うのが一番手っ取り早かった。
「いっせいのぉ……ふんっ」
火力が上がって一気に手元が明るくなる。
ただ、その時間は短そうだったので、私は急いで土をかぶせてポンポン土を叩いて固めていく。
最後にやりのこしがないかを確認すれば……。
「よぉーし、終わったぁ!」
私の手元にあった苗木は全て植え終わったはずだ。
途中、穴を開け終わった幽玄さんが半分持って行ったので、そちらが終わっていれば、今日の活動は全て終了した事になる。
「終わったかの。ふいぃ~、疲れた……」
一応幽霊なので息はしていないはずなのだが、最後に手伝ってくれたおじいちゃん幽霊は、大きなため息をつくとともに肩を激しく上下させていた。
なんか霊力とかあるのかもしれない。
「ありがとさんくーおじいちゃん。いや、我が同士である英霊よ!」
「こちらこそ、すまんかったのぉ」
「おじいちゃん、それは言わない約束でしょ」
イエーイとあげた手でハイタッチ……はスカって出来なかったけど勝利をともに分かち合えたからいいのだ。
あ、手が泥だらけだったや。
パンパンと手に付いた土を払ってから幽玄さんを探して辺りを見回したが、既に日も落ちていて数メートル先にすら視線が通らなかった。
「おじいちゃん、近くに懐中電灯あるはずなんだけど見える?」
「うむ? すまんのう。遠くのものなら見えるのじゃが、近くのものは見えにくうてのぉ」
「幽霊も遠視とかあるんだ!」
う~ん。もっかい火の玉出してってはちょっち辛そうだから難しいよね。
どうしよっか。
このまま歩くと土手から転げ落ちて幽霊さんの仲間入りなんてしても笑えないし……。
「妖香くん、ご苦労様でした」
暗闇の中から幽玄さんの声が降って来る。
よく見えないが、どうやら意外と近くにまで来てくれているみたい。
……顔が光ってない、だと? 絶対発光してると思ったのに。
「あっ、幽玄さんも終わったんですか?」
「ええ、合計で42本。全部植え終わりましたよ」
さすが幽玄さん。仕事はや……って42!?
「そんなに植えたんですか?」
「俺が追加で持ってきてやったんだよ」
「ふぇっ」
その声は、一目連さん!?
気配は感じなかったのだが、この低くて渋い声は隻眼の神様一目連さんのものだった。
「おお、今回は私どもの為にお手を煩わせてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
ねえおじいちゃん、私の時より腰低くない?
よく見えないけど、これぞ正統派日本人ってくらいにペコペコしてるよね。
「俺はなんもやってねえよ。礼を言うなら嬢ちゃんたちに言え」
「はい、ありがとうございます」
まあ、もう言ってもらったからいいけどね。
「それじゃあ片づけをして帰りましょうか、妖香くん」
「そうしたいのはやまやまなんですけどね。ちょっと周りが見えなくて……」
ああ、と合点がいったのか、幽玄さんが頷く。
そのままトットッと軽い足音がしたと思ったら、きゅっと私の右手が何か温かくて柔らかいものに包まれた。
瞬間的に、理解する。
これは幽玄さんの手で、紳士的な幽玄さんは私の事を心配してくれて、手を繋いでくれたのだと。
「な、なんばしとっとですか!?」
「えっと? あ、危ないかなと思って手を取ったのですが……」
そうですね! 私もさっきあなたの手を握りましたね!
でも私がするのはいいんですが、幽玄さんからされるとなかなかハードルが高いともうしますか、色々と準備が必要なんです! ってああぁぁこんな事言ったら意識してるとか思われちゃいそうだよぉぉ。
「か、懐中電灯貸してください! ありましたよね!?」
「ああ、それもそうですね……」
多分、私がパニクっている姿が見えているのだろう。
キシシッという意地の悪そうな忍び笑いが聞こえて来る。
「おい、嬢ちゃんの為だ。お前達、気合入れて光れ!」
「なっ」
反論しようとしたのだが、一目連さんの命令を受けて全ての幽霊さん達が応えた。
細い道の両脇に植えられた柳の木一本一本に、青白い火の玉が灯っていく。
街灯ほどの明るさは無かったけれど、ぼんやりと幽玄さん達の顔が見えるくらいにはなっていた。
うぅ、顔が見えるとちょっち恥ずかしいよぉ。
「まさしく
「ありがとうございますっ」
当てつける様に礼を言ってから、幽玄さんと手を離す。
体を動かした後だからだろう。なんとなく熱さを感じた私はパタパタとジャージをつまんで風を服の中に送る。
怪談話で涼を得られない自分が、こんな時だけは少し残念に思えた。
「幽玄、雨はそこそこ降らしとけばいいよな?」
「はい、あまり沢山でも根腐れしてしまいますから」
なんて、さすが神様だなぁって感じの会話を背に、私はスコップなどの荷物をまとめて背負う。
そして幽玄さんと共に、レッドカーペットならぬあやかしロードを歩いて帰路に就いたのだった。
「なにザマス? あ、サインが欲しいのですね。分かりましたわ、をーっほっほっほっ!」
「それは何の真似ですか?」
「成金女優ですっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます