第9話 柳の木落ちた。もう死んでますっ!
「ただいま~! かーちゃん飯~!」
「また変な挨拶ですね、妖香くん……」
私が事務所の中に入ると、いつもの様に幽玄さんが苦笑しながら出迎えてくれたのだが……。
「はら?」
額にたらりと汗が浮かんでいる(気がする)のはいつもの事として、今日はかっちりとしたスーツ姿ではなく、紺色のジャージに白い軍手と芋臭い格好をしている。しかももう働いて来た後なのか、いくぶん土で汚れていた。
顔は全然芋臭くないけどね!
「今日は農業系の依頼でも来たんですか?」
「いいえ、定期的に行っている活動の一つですよ」
ということは、依頼ではなく自主活動か。
弟子としての腕がなるぜぇっ……とは言っても何をするのか検討も付かないんだけど。
何故に土いじりしてそうな感じなの?
「えっとですね。現代になると妖怪の皆さんが住める場所や地域が少なくなってきていますよね」
「そうですね。どこもかしこも光り輝いてますし。とくに幽玄さんの顔とか道行く女性の心臓を撃ち抜きまくってますよ」
「……私の顔についてはノーコメントです」
言ってる言ってる。
やはり幽玄さんは自身の顔について少なからず自覚があるようだった。
でもそれを鼻に掛けたりしない辺り、中身的にもかっこいいとは思う。
種族が違うから人間の事そんな風に見ないんだろうけど。
やっぱり剣は剣同士で恋愛するのが普通だよね。
こほんっと幽玄さんが咳ばらいをしたので、私も思考を元に戻す。
「それで、今日は住みやすい環境を整えるために、川べりに柳を植えようと思います。つい先日許可が下りたんですよ」
「おぉ~」
というかもう何本か植えてたのかな。土ついてるし。
「柳の木というと、これですか?」
言いながら私は両腕を胸の前に揚げ、手首から先を脱力してだらんっと垂らしてみせる。
「はい、その通りです。さすがは妖香くんですね」
分からいでか。
お好み焼きにはおたふくソース。卵焼きには塩コショウ。チョコレート菓子はキノコの里。幽霊には柳の木と相場が決まっているのだ。
ついでに
「つまり、ゴーストのせいそくちを増やすんですね!」
「その通りですが、その言い方だとポ〇モンみたいになってしまうので止めましょう」
「は~い」
むやみやたらと敵を増やすのは危険ですもんね。
「妖香くんは学生ですからジャージは持っていますよね?」
「花の女子高生ですからねっ。今ならお安くお譲りしますよ。もってけドロボー!」
ちょうど手元にあったスポーツバッグを幽玄さんに向けて差し出してみる。
今日は体育があったから、おんにゃのこのスメルもたっぷりついてるの……ぽっ。
「買いませんっ。着替えてくださいっ」
「がってん承知の助!」
私は思いきり右腕を曲げて筋肉をみせ……みせ……5ミリくらいしか盛り上がらないよう……。
確かに私は内向的だけどさ。自分でももうちょっとは力あるかなって思ったのに……。役に立てなさそうだよぉ……。
「……今の子でもその言葉使うんですね」
……私だけです、たぶん。
ちょっとショックを受けた後だったのに、追い打ちでグサッとやられてしまったので反論は心の中だけにしておいた。
それから私も事務所奥の部屋を借りてジャージに着替え(覗いてくれなかった……)、幽玄さんと共に目的地である名前もしらない川のほとりにまで謎ぱぅわーを使って向かったのだった。
川は比較的穏やかな流れをしており、幅は5メートルないくらいで、最近にしては珍しく川岸がコンクリートで固められていない。
ただ、両岸に大きく盛り土がしてあって、ちょっとした土手のようになっていた。
その土手に作られた幅1メートル位の細い道に、夕日を背にして幽玄さんが立つ。
時間は18時に少し届かない位で、あと一時間もしない内に夜の帳が降りてきてしまうだろう。
「さあ、それでは時間も押し迫っていますからさっさとやりましょう」
柳の苗木をいくつも手に持ち、背中のリュックには園芸用品を詰め込んだ状態でもなお男前な幽玄さんが発破をかける。
「押忍っ!」
「おぉー!」
「やれ嬉しや嬉しや」
「ようやく腰を落ち着けられますな」
「…………」
私が気合を入れると、それに合わせて幾人かの勝鬨やら拳やらため息やらがあがる。
「私が穴を掘りますので妖香くんは柳を植えていってください」
妥当な役割分担だとは思う。
力の強い幽玄さんが穴を掘って、私が植える。もの凄く当たり前なのだけれど……。
「その前に一ついいですか?」
「どうぞ」
私はぐるりと私達の周囲に視線を巡らし……私達を囲むようにふよふよと浮かんでいる幽霊さん達を見つめた。
ざっと数えても30人以上は居る。
ちなみにみんな仲良く半透明に透き通っていた。
わーい、みんなひこう成年だぁーって違うわっ。
「なんでこんなに居るんですかっ!!」
私が悲鳴みたいな突っ込みをした途端、周囲に居る幽霊――足も無いのに何故か杖を手にした老人や、腰が90度曲がったおばあちゃんやサッカー小僧みたいなやんちゃ盛りの男の子などなど――たちが一気に騒ぎ始めた。
「わたしら住むところがなくてのぉ……」
「幽霊なのにホームレスかっ!」
消える年金問題とかそういう高齢化社会の波が幽霊にまで波及してんのっ!?
じゃあ消費税が増えたのも影響するのかなっ?
「若いもんは電柱の方がええじゃろうが、ワシら古いもんはやっぱり柳でないと力が出んのじゃ」
「何その洋館じゃなくて畳がいいみたいな理論っ」
我慢しておじいちゃんっ。朝ご飯はさっき食べたでしょっ。
「俺、昔から憧れがあってさ。へへっ、死んだら柳の木の木陰から出て来て恨めしやって言うのが夢だったんだ」
「もっと前向きな事に夢を持ちなさいっ!」
何その夢は甲子園に行くみたいな感じですんごい後ろ向きな事言うなっ。
でも方向性としては私も同じ感じだから微妙に否定しにくいっ。
「柳を提供してくださるとは、ありがたやありがたや。仏様の様なお方たちじゃ」
「仏さまはおじいちゃんの方でしょっ!」
あーもう、突っ込み始めたらキリがないよぉ!
なんでこんなに居るのぉ!?
逢魔が時だっていっても多すぎでしょ! 待機児童みたいにわらわらと。保育園落ちたピー(自主規制)かいっ!
視界一杯に広がる幽霊さん達の波に、いっぱいいっぱいになった私は目がぐるぐるになってしまう。
「妖香くん。それだけ事情は切迫しているのですよ」
「それは聞いてましたけどぉ~」
普段は私が幽玄さんを慌てさせているのだが、今はそれが逆転してしまっている事が嬉しいのか、幽玄さんはちょっとだけ満足げな表情を浮かべている。
「いいですか? こういう地道な仕事を積み重ねて信頼を勝ち取っていく。これが社会なんです」
「ふぁい」
こう、建ち並ぶ柳の木陰からゆらって幽霊が出て来てリア充カップルを爆発しろ~って脅すくらいだと思ってたのだけど、全ての柳から幽霊さん達がこんばんわってこれじゃあド〇フのコントじゃない。
幽霊の美学とかそういうのが全部ふっとんじゃう!
「ですから頑張りましょう。私の弟子なんですよね?」
「それはそうですけど……」
ぐぬぬ……。問題って色々あるのは分かってたつもりだけど、こういうのは想像できてなかった。
確かに私が甘かったのかもしれないけど……。
ここで現実から逃げてちゃダメだ。
しっかりしろ、私。
幽霊がちょっと私のイメージからズレたからなんだ!
「っしゃあ!」
私は両頬をパンパンと叩いて気合を入れると、ぐっとこぶしを握り込んでみせる。
「じゃあ今からあなた達のお家? を作ったげるから待ってなさいっ!」
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