第8話 風と共に去りやがりましたねコンチクショウ!
部屋の中心に用意された応接スペース――中央に丈の低い机があり、その両脇にソファが設置されている――に、一目連さんが座り、それと対面側に私と幽玄さんが並んで腰を下ろした。
「依頼ってもまあ、ちょっと幽玄の顔見に来たついでのようなもんなんだがな」
「分かりました! じゃあ私がちゃちゃっと解決しちゃいますから穴が空くほど存分に幽玄さんの顔をお眺め下さい。味見をされたいのでしたらとんかつソースもお付けしますよ!」
「私は串カツか何かですか?」
おぉっ!? なんだか段々幽玄さんが突っ込みしてくれるようになってきたぞ?
これは嬉しい、更に頑張らねば。
「はっはっはっ、ずいぶんと楽しい嬢ちゃんじゃねえか。幽玄、お前どこで拾って来たんだよ」
「襲われたんです!」
「人聞きの悪いことを言わないでくださいっ」
「でも事実ですよね」
「口裂け女さんが、というのを付けてくださいよ」
私と幽玄さんのやり取りを見た一目連さんが、更に大きな声で笑い声をあげる。
正直そんなに笑う様な事を言ったつもりはないのだけれど、ツボに入った様だ。
多分、アタフタしている幽玄さんを見るのが面白いのだろう。
「それで、襲われた後メロメロにされてしまったので押しかけ弟子に来ました!」
「妖香くんが妖怪や都市伝説が大好きだからでしょう。先ほどから言葉が足りませんよっ」
わざとですっ。
お婆ちゃんが言っていた。男の人はこうやって既成事実を積み上げればいいと……。
「あっはっはっ! 幽玄、お前のそんな顔久しぶりに見たな。いい弟子持ったじゃねえか」
「そうですかね」
どうやら幽玄さんと一目連さんはかなり親しい仲であるらしく、幽玄さんは珍しくも拗ねた子どもの様な顔を見せる。
「こういう手合いの女は意外と手ごわいから重宝すると思うぜ。いい弟子じゃねえか」
「おぉっ、ありがとうございますっ!!」
とりあえず私の中で勝手にランク付けしていた一目連さんの良い人ランキングがぐいーっと天元突破していく。
このまま私の援護をしてくれたら、きっと月に到着して帰ってくることは無いだろう。
「ですが、彼女は一応人間でして……」
一応ってなんですか一応って。
はい、妖怪まな板です。……チクショウ。いつか……いつか……。
「そういう人間が居なかったわけじゃないんだ。別にいいじゃねえか」
「それは……そうですが」
どうやら幽玄さんの中では私の事についてそこまで踏ん切りがついていたわけでは無かったらしい。
曲げた人差し指を顎に添えて、物憂げな表情をする。
あーよかったー、隣に座ってて。正面から見たら目が潰れちゃう。
もうちょっと自分の顔が大軍宝具な事自覚して?
「危なくなったらお前が守ってやれ。力は有り余ってんだろうが」
「…………」
どうやら幽玄さんが否定しないって事は、力という点においてはそこそこに自身があるのかもしれなかった。
まあ、一生お世話になりたくはないのだけど。
「えっと、危険な事があるって事は何となく理解してます」
妖怪の話を見ていたら分かる。
酒呑童子とか、殺生石だとか、色んな危険がいっぱいだ。
そもそも都市伝説は、人間の命を奪ってしまう様なオチが多い。
恐怖を味合わせるのだって、殺してしまうほどの危険を味合わせれば手軽に稼げるだろう。
だから基本的にタブーになると、幽玄さんは言ったのだ。
「でも、それでも関わりたいんです」
「……な? この嬢ちゃんは割と分かってると思うぜ?」
「……それは、理解しています」
分かってたんだ、ちょっち恥ずかしい。
「だから了承したんですよ」
幽玄さんの優しい瞳が私の頬をくすぐる。
自分でも真っ赤になっている事を自覚できるぐらい、顔が熱くなってしまった。
「そんじゃあ、依頼なんだが……」
多分空気を読んでくれたのだろう。
一目連さんが足元に置いた鞄をゴソゴソとあさくりだして……。
「これなんだよ」
テーブルにごとりと何かを取り出した。
それは――。
「新しく買ったんだけどな。どうにも3Dに見えなくてよ」
「いや、ゴーグルかいっ」
正確にはヘッドマウントディスプレイだけどっ。
なんか依頼内容が現代的すぎぃ!!
ねえ、一目連さんって一応妖怪と神様の間くらいのちょっと偉い存在だよね?
それがなんで近所のおっちゃんみたいな悩み持ち込んでんの!?
「せっかくエロい動画が臨場感たっぷりに見られるって思ったのに全然でなぁ」
「しかも目的エロ動画っ!? 私おんにゃのこー!! 胸部装甲ゼロだけど女の子ぉー!!」
「はっはっはっ、いいじゃねえか。男の
くぅぅ。確かに変に隠されるよりかはいいかもしんないけど、堂々とされてももにょるっていうか。
あ、幽玄さんはそういうの興味あるの? と思って視線を向けると、幽玄さんは私以上に耳まで真っ赤にして、顔面を両手で覆ってしまっていた。
どうやら私以上に耐性がゼロらしい。
ちょっと可愛いかも。
「幽玄お前、いい加減この方向の免疫付けろって。お前一応剣の付喪神だろうが。剣って言ったらだん――」
あーあー聞こえないー。私の耳はそういうの聞いちゃダメな様に出来てるのっ。
って、幽玄さん剣の付喪神なんだ。なんか主人公みたいな設定なのに、なんでこんな最低な状況でネタバラシするのよぅ。もっとロマンチックな状況で聞きたかった!
あ、幽玄さんも耳を覆ってる。
私と一緒だ……ってなにか言ってる?
「……とうにすみません、静城さん。一目連さんはこういう方でして……」
ああ、謝ってたのね。
幽玄さんが謝る事無いのに、生真面目だなぁ。
というわけで私は、大丈夫ですよっていう意味を込めて顔の前でパタパタと手を振る。
幸い一目連さんはもう18歳未満は立ち入っちゃいけない話題を終えてくれていたようで、かのいやらしい話題が耳に侵入してくることはなかった。
「そのですね、幽玄さん」
「はい」
「い、一応私もちょっとは理解があるつもりですから大丈夫ですよ」
「お、嬢ちゃんありがたいねぇ」
「は、はい。依頼ですしね?」
一度お父さんのも掃除お手伝いしてたら見つけちゃった事あるし。
ベッドの下に書くすなやっ。今時中学生でももっと巧妙に隠すでしょっ。
「そ、そう言っていただければ……」
「だから、もし幽玄さんのえっちな本を見つけてしまったとしても大丈夫ですからね。知らないふりしますから」
「持っていませんっ!」
もの凄い食い気味で否定されるのだけど……否定されると疑わしく思っちゃうの。
だって女の子だもん。
「いいんです。幽玄さんが名刀大百科とか眺めながら「ぐへへへ、村正ちゃんのまっすぐな刀身はなんてえっちなんだ。やっぱり起伏の無い体が最高だよ」とか「お、虎徹は
「それめちゃくちゃ異常性癖にしか聞こえませんからねっ!? どこの世界に名刀大百科を18歳未満お断りな書籍として扱う人が居るんですかっ」
「だって……幽玄さん刀の付喪神だって聞いたから、同族がいいのかなって……」
「だからって抜き身の刀に興奮したりはしませんっ」
しないんだ……。
あ、でも抜き身の刀にか。同じ付喪神同士なら変わるのかも。
「人間の姿に化ける付喪神は、人間に対して憧れの様なものがあるから、人間の体にも欲情するぞ」
なんてタイミングに笑いながらぶっこんでくるの、一目連さん。
ナイスアシスト!
「まっ、まさか私のこの実る前の果実を思う様味わおうと!? 背中か胸か分からない体が素敵だよって思ってたんですね!」
「それはおも――」
否定しようとしたところで、幽玄さんの体がギシッと停止する。
多分否定しちゃうと私が傷つくかなとか思ってそうだなぁ。
一目連さんと違って中身まで出来てるとか……ちょーいじりがい……じゃなくてイケメンなんですね!
「分かりました! じゃあ今度から――」
「いや、さすがにでかい方が好みだよなぁ?」
あんですと?
今、なんて言いやがりましたか、あぁん?
でかいのなんて飾りなんですよ。エロい人にはそれが分からんとです。
私の殺意がドバドバ溢れまくる視線に、一目連さんがうおぅって感じにびくつく。
「いやいや、そうだな。小さいのも趣があっていいな、うん」
「そ、そうですよ。妖香くんはとても愛らしいですよ」
「ありがとうございますっ!」
でも取ってつけた様に言われても全然嬉しくないですっ!
「そ、そうそう。俺仕事思い出したから帰るわ。邪魔したな、幽玄」
私の地雷を踏みぬいて大爆発させたと悟るや否や、一目連さんはガルルルルッと唸る私の前でささっと荷造りをしてから立ち上がる。
「も、もう少しゆっくりしていってもいいんですよ?」
たしゅけてって顔に書いてるみたいだけど大丈夫よ?
幽玄さんは何も言ってないんだから。
「い、いやぁ、急ぐからな」
「そうですか」
「じゃあな」
それだけ言い残すと、一目連さんは会話を切り上げて、さっさと出て行ってしまった。
勝手にやってきて勝手に去っていくとか本当に嵐みたいな神様だ。風を操るらしいけど、自分も風になれるとはこれいかに。
「ふんとにもう、なんだったんでしょう」
一応、お見送りとして玄関に立って誰もいない外に向けて手を振っておく。
今去ったばかりのはずなのに、無機質なアスファルトだけがまっすぐ伸びていて、一目連さんの背中すら見えなかった。
「多分、私の所に妖香くんがやってきたことを聞いて、様子を見に来たんだと思います」
幽玄さんは、少し苦笑するような、寂しさと嬉しさが半分ずつ入り混じった様な表情を見せた。
なんだかんだで一目連さんが来た事が嬉しかったのだろう。
騒がしくも気のいい一目連さんと、少し引き気味な幽玄さんは、相性が良さそうな事は何となく想像がついた。
「私と彼は兄弟……いえ、従兄弟みたいなものですから」
「そうなんですか」
幽玄さんはどういう人なのだろう。
今日は少しだけ垣間見えた気がするが、よく考えてみれば私は幽玄さんの事を全くと言っていいほど知らないのだ。
それでも無理やり押し掛けたのは、たぶん彼が善性に寄った存在だから。
多分、それさえ分かっていれば十分なのだろうけど……。
これからきっと、色んな事を知ることが出来るのかな?
なんて事を思いつつ、私は一つ鼻息をふんっと噴き出して私の中に在った怒気を追い出すと、少しだけ丁寧に格子戸を閉めたのだった。
「あ、ちなみに片目だと3Dに見えないそうですよ」
「よく覚えてたね、妖香くんっ」
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