第7話 は、初めてなの。優しくしてね?

 幽玄さんの了承を得られた私は、嬉しいなんてもんじゃなかった。


 これで私は大好きな幽霊や妖怪に都市伝説の皆さんと、直に触れ合う事が出来るのだ。


 夢にまで見た事が実現するなんて、マジでテンション上がるぅ!


 サイコーにハイってヤツだぜ!!


「やったーー!! ありがとうございます幽玄さん、いやさ師匠!!」


 私は両手を天に突き上げて、興奮のあまり大声をあげる。


 ただ、さすがに抱き着くのはやめておいた。


 絶対逆セクハラにしかならない。私の方が警察に連れて行かれちゃうってくらい幽玄さん美形だし。


「師匠はやめてください。せめて……所長でお願いします」


「はいさ所長!」


 びしっと敬礼をして応える。


 ちなみに手のひらを見せないので海軍式だ。


「それでまずは何をしましょう!?」


 今なら何でもやっちゃうよ~。


 まずはワックスがけをしちゃう?


 それとも木人との修行?


 精神と○の部屋入っちゃう?


 いけない、思考が戦闘よりすぎ。


 私は女の子なんだから、色仕掛けとかそっちを…………幽玄さんのが色っぺぇだよぉ……。


「そうですね……」


 幽玄さんはちょっと鬱入っている私の内心に気付かないまま、少しだけ思案した後、すぐに部屋中央のソファを指さした。


「ここに座って下さい」


「うぃっす!」


 言われた通りにソファへ飛び乗ったら、意外と強いスプリングが私の骨ばったお尻をボインっと跳ね返して来る。一応このソファってお客さん用だろうに、私が座っていいのだろうか。


「ここから何をするんでしょう!」


 瞑想? 瞑想ですか?


 それともまずは雑巾がけ?


 私がご飯を作って、幽玄さんがこんな不味いものが食えるかぁっ! ってちゃぶ台返しすりゅ?


「そのまま座っていてください」


「はいっ」


 何か特別な訓練器具とかでも取って来るのかな、なんてワクワクしながら待っていたのだが、幽玄さんは部屋の奥に備え付けてある校長先生が使っている様な机のところまで歩いていき、柔らかそうな椅子を引き出して座ってしまった。


「ふぅ」


 なにその一仕事終わりました感のあるため息。


 まだ何も始まってないんですけど?


 私達の戦いはこれからなんですけどぉぉっ!?


「あの、ひとつだけいいですか?」


 学生の常で、つい片手をあげて質問してしまう。


 僕の悪いクセですねぇ。


「なんでしょう」


「やる事下さい」


 暇なんです。


 私、引っ込み思案で分かりにくいかもしれないけど、止まったら死んじゃうマグロみたいな性格してるんです。


「そうですねぇ……」


 と幽玄さんは呟くと、目をつぶって何事か思案し始める。


「いつもはこうして依頼が来るのを静かに待ってい…………」


「待って、どうしたんですか?」


「…………」


「もっしも~し?」


 へんじがない。しかばねのようだ。


 って無視されてるの? やだ、ショックなんだけど。


 私幽玄さんに何かした!? ……したね!


 めっちゃ心当たりあるわ。


「ご、ごめんなさい幽玄さん。ちょっと出しゃばりすぎましたね」


「…………」


 うぅ……まだ無視されてる。


 こんな急にされると辛いよぅ。


 そんなに悪い事した? って、それは人の感じ方によるもんね。


 謝らないと……。


 私は幽玄さんの言いつけを破ってソファから立ち上がると、幽玄さんのデスクへと近づいていく。


 そして出来る限り申し訳なさそうな顔を作って、


「すみませんでしたっ」


 謝罪と共に深々と頭を下げた。


「ちょっと調子に乗っちゃってましたよね、ごめんなさい。でもこういう系統の話とか子どもの頃から大好きで、関われるって分かったらどうしようも無かったんです」


「…………」


 まだ許してくれないのかな。


 うぅ……で、でも謝らなきゃだよね。


「お願いします幽玄さん。許してくださいっ」


「…………」


 そうやって必死に謝っても、幽玄さんはずっと黙っており、規則的な呼吸音が聞こえて来るだけだった。


 …………って、呼吸音?


 もしかしてー……と私がそーっと顔をあげてみても、幽玄さんは身動き一つしない。


 というか、反応が、ない。


「ゆ、幽玄さん、もしかして寝てます? もし寝てたらゴ○ラの鳴き真似してください」


 反応、なし。なんだ、起きてるのか……じゃないわいっ。


 絶対寝てるっしょこれ!


 会話の途中で眠るとか○NE PIECEかっ。


 の○太君レベルの寝つきの良さじゃん。羨ましいっ……じゃなかった、とりあえず幽玄さんを起こさなきゃ。


 まったくもー。


 私は毒づきながらデスクを迂回して幽玄さんの隣に行く。


 その間も幽玄さんは全く微動だにせず、ぐっすり夢の中にいらっしゃるようだった。


「…………」


 近くで見る幽玄さんの顔は、美の神様が丹精込めて作った美術品のように整い過ぎており、いくら眺めて居ても飽きそうにないほど美しい。


 一本一本が星の瞬く夜空を編んだかのように艶やかな黒髪と、同じ色をした長いまつ毛。鼻筋も歪みなくすっと通っており、主張しすぎない口元と相まって知的に見える。


 また、大理石を磨き上げた様に艶やかな肌は女の私でも羨ましくなるほどきめが細かかった。


「とりあえずー……」


 さっき滅茶苦茶心配になって謝った恨みをこめて、息を吸い込むと……。


「キャー、幽玄さんのえっちぃ! はやくズボン上げてくださいぃ!!」


「な、なんですか!?」


 私が幽玄さんのすぐ真横(耳元は勘弁してあげた)で上げた大声に驚いたのか、幽玄さんが跳ね起きる。


 その後すぐに自分の服装をチェックして露骨にほっとしてたあたり、私が叫んだ内容も理解しているみたいだった。


「なんですかじゃねーですよ、幽玄さん。話してる最中なのに突然眠られたんで、こちとらめちゃくちゃビックリしたでごぜえますよ」


「今の君の起こし方も相当ビックリしましたけどね……」


「それは我慢してください」


 なんかこう、他人を普通に起こしたりすると心臓発作起こす体質なんです。


 とりあえずなんでもなかったことを確かめ合い、お互いに胸を撫でおろす。


 幽玄さんくらいなら、うるせえ! 見られて役得だろ! って言いきっても多分通る気がするんだけど、そうじゃないところを……いや、普通に羞恥心があるか。


「まったく。なんか起きたのかとも思ったんだが、どういう状況だこりゃあ」


「ひゃいっ!?」


 突然男の人の声が割って入り、私は思わず悲鳴を上げてしまった。


 はい、意外とノミの心臓なの。


「一目連さん」


 幽玄さんが、玄関口に立っている男の人の名前を呼ぶ。


 一目連さんは、紺色の甚平を少し崩して着ているちょっとだけだらしない感じのする人で、何となく幽玄さんと似た感じの容姿をしている。つまりめっちゃカッコイイ。


 違うところは、気だるげな雰囲気と常に閉じられている左目、それから口調だろうか。


 ところでなにこの部屋イケメン率高すぎて感染しそうなんだけど。


 私もちょっとだけカッコイイ男になってるんじゃないかって思えて来る。


 思えて来るだけだけど。


 妖怪系の男の人って容姿端麗で顔からイケメンビームを10連射ぐらいしてないといけない法律でもあるのって感じだ。


「よぉ。ちょっと野暮用で立ち寄ったんだが……。その娘はなんだ?」


「妖香くんは……」


 やっべ、隠し子ですって言いてぇ~。


 さすがに反応なくてドキバクした後だから言えないけど。


「静城妖香。弟子一号っす」


 いいつつ私は左手を腰だめに構え、右手をまっすぐ左斜め45度にビシッと伸ばしてみる。


 ライダー!


「……さっきの叫び声といい、ずいぶん愉快な子みたいだな」


「あじゃじゃっす!」


「もうさっきから勢いで言ってますね、妖香くん」


 勢いって大事ですから。


「そうだ、お客様ですよね一目連さん!」


 よく見れば一目連さんは肩から銀色のパソコンカバンの様な物を提げている。


 これはもう何か依頼をしに来たに違いない!


「いやまあ、そうだが……」


「らっしゃーせーっ! 一名様ご案内ー!」


「居酒屋かなにかですか?」


 下働きをするのは弟子というか見習いの常であるので、私は全速力で一目連さんの所にまで走っていくと、背後に回り込んで背中を押し、無理矢理部屋の中へ入れてしまった。


 居酒屋じゃなくてぼったくりバーかな。


「いや、俺の件は別に今じゃなくたって……」


「まーまーそう言わずに。私の経験値稼ぎに付き合ってくださいよー」


 というわけで、私は強引に一目連さんをソファに座らせ、依頼を受ける事になったのだ。


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