第6話 押しかけ見習い
私は深く息を吸い込むと、ガラリと目の前の格子戸を開けて自己紹介と共にぶりっ娘ポーズを取ってみる。
中に居る人にどう思われるかは――知らねっ!
「毎度どうも~っ。呼ばれてないけど来ちゃいました。ただの人間には興味のないただの人間な
私がここに来るの二回目だけど。
「静城さん、こんにちは。学校帰りですか?」
「イエスッ! さすがにサボって来ちゃうような悪い子じゃないですよ~」
帰宅部のエースだった私が学校終わった途端に全力疾走一目散にここへと向かいましたよ。
人間変わるものですなぁ。
「……そうですか」
「そうなんですっ」
少し困った感じに形のいい眉を顰める幽玄さんへ、最高の笑顔を作ってみせる。
何故困っているのか、それはもちろん私が原因だ。
だが私には夢があるっ。
あいはばどりーむっ。その後は忘れたっ。
「約束ですからね。私を弟子にしてくださいっ」
そう、私は一度だけの依頼内容を、そんな風に使ったのだ。……その代わり誰からも助けてもらえなかったから、お父さんとお母さんからたっぷりとぎゅうぎゅうに絞られちゃったけど。
でも私はめげないんだから。
このお願いなら私の好奇心を満足させ……じゃなかった。人ならざる存在の方々にご奉仕するという私の目的を達成することが出来る。
なおかつ幽玄さんに労働力を提供できるというお互いウィンウィンでチュイーンドリュドリュと深い関係になれるのだ。
私ってばあったまいーっ。
「そ、それは依頼とは少し言いにくい内容だと……」
「なら必ず幽玄さんの弟子になれる方法を教えてく~ださいっ」
「…………」
幽玄さんは自分が言った事なので、引くに引けないのだろう。
あーとかうーとか言いながら、視線をさまよわせている。
大方どう断ろうかと考えているのだろうが、そうはさせないもんねっ。
私は好きなものに対してはかーなーりーっしつこいのだ。
お母さんにしこたま怒られまくってもまだめげずに妖怪・幽霊大好きなんて趣味を続けているのだから。
「分かりました、幽玄さん。やっぱりこう、親子の盃とか血の契り的な儀式をやらないとダメってことですね。任せてくだせぇ。腹マイトでも鉄砲玉でもやってやるですよ!」
「そんな物騒な事はお願いしませんっ」
「私、幽玄さんの為なら何でもしちゃうの……」
うふふふ、だから弟子にしてね。ねえ、いいよねぇ。
うふふふふ……。
「目が怖いですよ、静城さん」
「いやぁ、そんなに褒めないでくださいよ」
「褒めたつもりはまったくなかったんですが……」
い、一応演技だったんだからねっ。
本気でなんて、思ってなかったんだからねっ。
「はぁ……仕方ないですね……」
やたっ。この反応はもしかして……?
「条件があります」
そう言うと、幽玄さんは指を3本、私の顔の前で立てる。
「3つ約束してください」
「しょうがにゃいにゃあ……。優しくしてくださいね」
言いつつ私はセーラー服の胸元を指でいじくってみせる。
その効果はてきめんで、ちょっとしたボケのつもりだったのに、幽玄さんは途端に顔を真っ赤にしてしまった。
意外と純情なのね。
幽玄さんほどイケメンだったら、女をとっかえひっかえ選び放題だろうに。
「約束ですっ。静城さんに何らかの行為を求めるわけじゃありませんっ」
「ラジャーです、サー」
あんまりやり過ぎてせっかくの取り分をふいにしてしまってもいけない。
私はちょっとだけイタズラ心を治めると、敬礼してびしっときをつけをした。
「こほん……。そ、それではまず一つ目ですが、危ないことは絶対にしないようにしてください」
「分かりましたっ。でもそんなに危ない事ってあるんですか?」
昨日の口裂け女さんとか、竹製の包丁使って傷つけないようにしてたのに。
確か、本当に人間を傷つけるわけじゃなくて、恐怖だけを貰う事が目的だったっけ。
「人間に対しては基本、傷つけるような真似はしない事になっていますが、妖怪同士での争いだったり、習性として人間を傷つけてしまう妖怪だって居ますからね」
「なるほど」
たぬき合戦してたりするかもしれないもんね。
「それでは二つ目ですが、必ず午後10時までには帰宅すること」
「え~」
そんな~。それはさすがにおーぼーだ~。
丑三つ時が一番、妖怪や幽霊などの魑魅魍魎が元気になる時間帯だっていうのに、それだとほとんど会えない可能性が高いじゃない。
同じ時間帯にある深夜アニメなら録画して見られるけど、お化けとか録画できるのは呪いのビデオだけだよっ。
そんな私の不満を見て取ったのか、幽玄さんは否定するかのように頭を振る。
「昨夜、お母さまからあれほど怒られてしまった後でしょう?」
「うぐっ」
深夜1時に帰った私を待っていたのは、鬼の様な顔をしたお母さんだった。
それはもう怖くて怖くて、口裂け女さんから逃げ出したあの男の人の気持ちがめちゃくちゃよく分かってしまった。
しかもお説教1時間もされるし。
お腹空いたし眠いしで散々だったのだ。
「あ、でも幽玄さんなんで知ってるんですか?」
「……外にまで聞こえてましたから」
しまった、みたいな顔をしたがもう遅い。
つまり幽玄さんは私の事が心配で後を追いかけて来てくれていたのだろう。
むふぅ、もしかして脈アリアリだったりして?
「とにかく、それだけは譲れませんっ。本来は10時でも遅いくらいなのですよ?」
むぅ……。都市伝説や妖怪ならいくらでも出てきて欲しいのだけど、変質者とか誘拐犯だったらやだしなぁ。
あやたんってばぷりちーだから危険が危ないの。
…………考えてて虚しくなってきた。
私みたいな妖怪チチナシを襲う人なんているんだろうか。
低身長でロリロリしてるのならまだしも、割と平均位で胸がないだけのそんなに可愛くないのに。
まあ、世の中には女だったら誰でもいいなんて人も居るか……。
「はぁい。基本的には10時に帰りますけど、何か特別な事があったら……もうちょっとだけダメですか?」
「よほどの事でなければ認めません」
「むむぅ……分かりました」
まず認めて貰えないだろうなぁ、残念。
でもいいもんね。いつかは認めさせてやるっ。ぐふふふふ。
「最後の一つは、親御さんにきちんと了承を――」
「あ、それは貰ってきました」
そう言いながら私はお父さんが書いてくれた手紙をポケットから取り出して幽玄さんに差し出す。
どうよ、この根回し。
ひとの相談に乗るんだから、自分の問題を片付けられる能力を持っとかないと話にならないからね。
「……最後の一つですが、もう一つ付け加えます」
「え~~っ」
それはずるっこだぁ。
3つって最初に言ったじゃん~。
親が許すと思わなかったんでしょ、どうせ。
甘い甘い。私のお父さんは砂糖どころかサッカリンやエリストールのように大甘なのだ。
「べ、勉強の成績が落ちたら禁止です」
……実は思いつかなかったから無理やりひねり出した説、あると思います。
なんかお母さんみたいな事言っちゃってまあ。
幽玄ママは仕方ないなぁ。
「学生は学業が本業ですからね」
「それくらいならオッケーです。じゃあもういいですね?」
自分が言った事なのに、幽玄さんは少々渋っている様だった。
こうなったらもう地面に寝っ転がって両手両足を振り回しながらやだやだやだやだってダダをこねてやろうかな、なんてことを考え始めるくらいには時間が経ったところでようやく、
「……仕方ありませんね」
と言いながら認めてくれたのだった。
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