第5話 ドッキリ☆大成功っ!
「やったねー!」
「ええ、きちんと怖がっていましたね」
私は幽玄さんと共に隠れていた物陰から出ると、口裂け女さんの下へと駆け寄った。
「口裂け女さん、ねえねえねえ! どよん?」
3人で散々頭を悩ませた結果、状況を想定し、相手を厳選して望む言葉を言わせることにしたのだ。
しかもただ言わせるだけでは意味がない。
口裂け女という情報を考えないように誘導してより恐怖演出を派手にしたのだ。
その結果がこれ。
さすがに失禁までするのはやり過ぎたかなって思わなくもない。
でもエロじじいだからいっか。
っていうかさ、さっきから口裂け女さんの反応がないんだけどどしたの?
と心配して見守っていると……。
「ふ……」
「ふ?」
すき焼きに入れるヤツ?
それとも陰陽師が攻撃に使ったりするアレ?
「フハハハハッ。やったわ! やってやったわ!!」
なにその魔王みたいな笑い方。
でもまあ、それだけ嬉しいって事だよね。
喜んでくれて私も嬉しいっ!
「私もまだこれだけ怖がらせられるのよっ。口裂け女はオワコンとかもう言わせないわ! これからバンバン怖がらせまくってやるんだから!」
「ですがあまり調子に乗ると逆戻りしてしまいますよ」
「相手と状況を厳選して、怖い場を作り出さなきゃいけないからねっ」
だめ、雑な襲い方。
バブルみたいにやれば儲かるみたいな時代は終わったの。
今は地域密着型が主流なんだから。
「ところで怖がらせるとどんな感じなんですのん?」
なんか口裂け女さんがやべー田代まさ○やってるんじゃないかってくらいにハイテンションでちょっと怖いんだけど。
「そうですね。口裂け女さんは、かなり長い間新鮮な恐怖心を味わっていませんでしたから……。フルマラソンした後で飲むスポーツドリンク、みたいな感覚でしょうか」
「なるほど、それは辛そうですね。私フルマラソンしたことないからよく分かんないですけど」
「そうですか……」
でも想像で補えばいいよねっ。
……ってなんか幽玄さんがちょっと気落ちしてる。
せっかく例えてくれたのに余計な事言っちゃったかな、めんちゃい。
「あれです。校庭十周とかでもめっちゃきついですからマラソンとかそれよりもっとキツイ感じですよね。それで水飲んだら生き返るでしょうね」
「はい」
あ、良かった。少し表情明るくなった気がする。
イケメン通り越した魔貌オーラも2割増しだ。
ここに女性専用人型決戦兵器が居まーす!
男性も攻略できちゃうかもしれないけど。
「あーもー……よかったぁ……」
さっき笑ってたと思ったら今度は涙ぐんでるよ、口裂け女さん。
ん~、でもそれだけ嬉しいって事だよね。
私はずっと好きだった都市伝説の口裂け女さんと話せるだけで夢みたいだけど。
とりあえず私はへたり込んでいる口裂け女さんの足元に落ちていた鋏を拾い上げる。
「……って軽っ」
竹光ってのマジだったんだ。
これ相手に当たったら絶対バレるよね。
でもすっごい、本物に見える。
「口裂け女さん、一旦帰りますよ」
「あ、はい」
幽玄さんの声で、口裂け女さんはようやく現実に戻ってきてくれたみたいだけど、相変わらずニッコニッコが止まらないみたい。
マスクをつけるのも忘れて、片足だけ夢の世界に突っ込んでる感じだ。
それでも私が荷物を持ち、幽玄さんが口裂け女さんを先導してその場を離れ――。
「あーーっ!!」
帰る、という言葉を聞いて、私はとんでもないことを思い出し、思わず大声をあげてしまった。
「な、なに、どうしたのよ」
「静城さんが大声を出す……のは別段珍しくありませんが、そういう声は珍しいですね」
悪かったわね、大声出しまくって。
「あのですね。私は帰宅途中に口裂け女さんから教われたじゃないですか」
「そうね。そうしたら何故かあなたが強引に着いて来たんだったわね」
「そうでしたかね?」
し、知らねっ!
そんな昔の事なんて私は覚えてないのっ。
ほら、私ってば未来に生きる女だから。
「私、家に何にも連絡入れてないんですよ」
「……今、午前0時30分です」
「なによ、これからじゃない」
確かにもうすぐで草木も眠る丑三つ時とかいう幽霊さんたちにとってのパーティータイムが始まっちゃうね。
でもね、でもその時間って……。
「人間は普通眠る時間ですね。確かに静城さんのご両親が心配されてらっしゃるかもしれません」
「なんですよ~。なもんでひっじょーにまっずいっす! なんて言い訳しよう……」
本当の事言ったら絶対鉄格子付きの病院に連れていかれるだろうし、そうなると大好きな都市伝説や妖怪たちとアディオスしなくちゃいけなくなっちゃうぅ!
この前買ったばっかりの妖怪大百科だってまだ4周しかしてないのにぃぃっ。
なんて頭抱えて懊悩していたら、私の肩にぽんっと手が置かれた。
どなた様? 幽玄さんだったらセクハラって叫んで、その美貌でお母さんを黙らせてもらおうかななんてちょっとだけ考えたり考えなかったりしたのだけど……。
「口裂け女さん……」
私を慰めてくれているのは口裂け女さんだった。
彼女は照れ隠しのつもりか、私の肩に置いたのとは逆の手で頬をポリポリと掻きながら、口先を尖らせて早口にまくし立てる。
「まあ、なに、私の相談に乗ってくれた事には感謝しているわ。最初は面白半分なのかと思っていたけれど、自分の事を忘れるくらいに本気だったみたいだし」
「……もしかしてデレた!?」
都市伝説とのガールミーツガール?
ホラー好きの少女、都市伝説と付き合うってよ。始まっちゃう?
「そんなんじゃないわよっ!」
なーんだ、残念。
「……ただ……そうね」
そこまで言うと、口裂け女さんはこほんと咳ばらいをしてから真面目な顔をして私と目を正面から合わせる。
あまりにシリアスな様子だったので、やだ、意外と強引なんだから……とか言って茶化したりできない感じだ。
ちょっちこういうの苦手なんだよね。
「私の悩みに真剣になってくれた事は、感謝してるわ。ありがとう」
「…………」
口裂け女さんのストーレートで真摯な言葉は、まっすぐ私の胸を貫いていく。
自分でも自分の頬が真っ赤になっていくのが自覚出来た。
もうホント、こういう時どうしていいのか分かんないよぉ。
「私からも。静城さん、協力していただいて感謝いたします」
だから幽玄さんはその輝く顔を何とかしなさいっ!
私の心臓が爆発しそうになってる所に出て来られると、本当にヤバいんだって。
滅っ! ってするよ?
「ま、まあその……私こういうの好きなんで、力になれたのなら良かったでしゅ」
噛んじゃった……。
なんか幽玄さんが笑ってるように見える。
いやいや、幽玄さんはいっつも微笑んでるような感じだから関係ないし。……多分。そう考えないと私が死んじゃう。
ただでさえどうしていいか分からなかったのに、それに加えて居たたまれなさと羞恥心が合体融合しちゃって大変な事になっていた。
「それでひとつ、お礼をしたいのですが……」
「お礼!?」
卒業式とかで先生をリンチするあれ!?
それはお礼参り! ってなんで一人でノリツッコミしてるのよ!
あーもー、考えられない~。
「本来私は妖怪・魑魅魍魎のさまざまな問題解決をするなんでも屋の様な立場なのですが、特別に静城さんのからの依頼も受けさせていただきます」
「い、依頼?」
ああ、もしかしなくてもこの流れって、お母さんに怒られそうな私を救ってくれるとかそういう流れなのかな。
「はい。ただし一度だけですが」
「一度だけ……」
少しだけ、頭が冷えて来る。
つまり、幽玄さん達はこう言っているのだ。
これでお別れ、と。
せっかく妖怪や都市伝説的な存在が本当に居るって、こうして会う事が出来たのに……。
夢のように楽しい時間は、もう、終わり。
私は現実という、今は色あせて見える世界に帰らなきゃいけない。
…………そんなの、絶対に嫌だ!
「どんな事でも依頼していいんですか?」
「ええまあ。私が叶えられることだけですが」
つまり宇宙からやってくるサイ○人を倒してくれとかギャルのパンティおくれっていうのはダメなのね。
元から願うつもりなんてないけど。
「じゃあ――」
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