第2話 しれっと居ます。だって好きなんだもん

「あ……」


 私の体に痺れるような緊張が走る。


 目の前に居るのは都市伝説そのものだ。


 返答を間違えれば、持っている包丁やハサミで襲い掛かって来るという。


 場合によっては人死にが出たという話もあるのだ。


 だから……。


「口裂け女さん、見てください」


「え?」


 ……ダメだ。


「この方、少し怖がっているかもしれませんよ?」


「ホントに!?」


 ……もう、我慢できない……!


「こ、怖い? 私怖い!?」


「怖いです! 超怖いですだから一緒に写真撮影とかして貰ってもいいですか!? うきゃーっ!! 本物とか会えると思ってなかったぁー! ヤッバ、ヤッバいって!」


「…………」


 だって本物とか会えると思わなくなくない!?


 都市伝説よ都市伝説!


 非実在青少年……とはちょっと違うか。


 とにかく存在しないと思っていた口裂け女さんが実際に存在したのだ。私が興奮するのも当たり前だと声高く主張したい。


「ああ、えっと、サインとかは……。ノートしかないや。色紙ってどこ売ってるのぉ? コンビニにあるかな? あ、ちょっと待っててもらうことって出来――」


「出来るわけないでしょぉぉぉっ!?」


 怒られちゃった。


「そんな嬉しそうな顔して怖い怖いって信じられるわけないじゃないっ。私はまんじゅうか!」


 ノリ突っ込みする口裂け女さんとか超貴重じゃん。録画しとけばよかった。


 スマホスマホ……ってああ、家に置きっぱだ!


「すみませんすみません。でも私大好きなんです口裂け女さん!」


「大好きならもうちょっと怖がりなさいよっ」


「こわーい」


 我ながらなんて名演技。もういいよね?


「絶対怖くないヤツだわこれ」


 くっ、一瞬で見破るとかさすが伝説の口裂け女さん、手ごわい。


「なになんでバレたの!? みたいな顔してんのよ、バレバレだからね」


「そ、そんな顔してませんよ? 私はこれが恐怖に引きつった顔なんですっ」


「ぜんっぜん怖いって感情が伝わってこないわよっ」


 口裂け女さんはキッパリそう断言したあと、もういや~と嘆きながら再びしゃがみ込んでしまった。


 そうなって、さすがに申し訳なかったかなぁなんて思えて来てしまって……でもどうすればいいのか分からなかったため、唯一の救い……になるかもしれない男の人へと視線を向けた。


 ……向こうも悲しそうな顔でこっちを見てますがな。


 どうすんのよ、これ。


「と、とりあえず……移動しません?」


 ひとに見られたら超誤解されそう。


 誤解じゃないかもしれないけど。


 はい、私が泣かせましたごめんなさい。先生に言わないで。


「そう、ですね」


 わーい、イケメンと始めて心が通じ合った気がするー。


 全然まったくこれっぽっちも嬉しくない状況なんだよなぁ……。


「それではえっと……」


静城しずき妖香あやかですっ」


「静城さんですね。私は十束とつか幽玄ゆうげんです。幽玄とお呼びください」


「はい、分かりましたお願いしますっ」


 ただいきなり名前呼び捨てとか無理です。


 クラスの男子ですら名前で呼んだことないのに。


 でもいいの。私は都市伝説とかホラーに生きるから。


 ちょうど本物も出て来たことだし、ぐえっふぇっふぇっ……っていけない顔がニヤついてきちゃう。だって嬉しいんだもん。


 なんて私の脳内葛藤などいざ知らず、幽玄さんは口裂け女さんの肩を抱く……と思いきや、ひょいっと猫のように小脇に抱えてしまう。


 一方、抱えられた口裂け女さんは泣くのに忙しいらしく、ベランダに干された布団みたいな感じになっていた。


「……すごい力ですね」


「とりえですから」


 平然とした顔でそう言ってのけると、こちらへ、と先導するかのように歩き始める。


 …………そういえば私がついていく無いよね。ま、私は大好きな世界に足を踏み入れられるんだから好都合~。


 そんな事はお口にチャックしちゃいま~す。


 んでわ行きまっしょい!


 ってな感じでうきうきしながら幽玄さんの後を付いていったのだった。








 ブロック塀がずっと続く迷路の道をいくらか歩いたと思ったら、突然目の前にボロ……昭和感あふれる二階建て一軒家が現れた。


 口裂け女さんと出会ったのは通学路という事で、そのあたり一帯の地形は頭と体に叩き込まれているはずなのだが、私の脳内マップにこんな事務所は存在しない。狐につままれたような感じとはまさにこのことなのだろう。


 いや、違う。現れたのではなく、入り込んだと表現する方が正しいのではないだろうか。


 全ての家々がこの……クラシックハウス――ボ、ボロクナイヨ――に背を向けて・・・・・おり、現世と現世の狭間、なんて印象を私に与えて来るからだ。


「どうぞ遠慮なくお上がりください」


 相変わらず口裂け女さんをハンドバッグみたいに腕に引っかけた幽玄さんが、格子戸を横に引いて部屋の中まで存分に御開帳してくれる。


 やだ……全部見えちゃう。


 なんて恥ずかしがるような物は一切無く、学校の教室を真っ二つに切ったくらいの面積で、タイル張りの床の上に直接ソファやデスクが置かれているだけのザ・事務所って感じの殺風景な部屋だった。


「はえー」


 幽玄さんの、探偵はコーヒーを嗜むもんだぜって雰囲気からすれば、あまりにも色気がなさすぎるなーなんてちょっと失礼な感想を持ってしまう。


「……じゃ、じゃあ、おっじゃまっしまーす」


 一応断ってから足を踏み入れる。


 そういえば土足でいいんだろうかって思ったが、幽玄さんも事務所内に土足のままで入ると格子戸を閉じてずんずん部屋の中に入っていったから構わないのだろう。


 あ、口裂け女さんがソファーの上にだけどぺいって感じに投げ捨てられてる。


 意外に扱い雑……。


 そのまんまゴミみたいになってるし。


 幽玄さんは、一仕事終えた感でポンポンと手を払ってから私の方へと向き直り、


「それで今後の事ですが、静城さんは……」


 あれ? って感じで首を傾げた。


 ヤバい。私がここに居る必要性が全くないことに気付いてしまうっ!!


「私は人間代表として色んな事知ってますからね! なんせ代表ですよ!? 人間の事ならどーんと聞いちゃってください! 敵を知り、己を知れば百戦危うからずっていいますよねっ!? ねっ!?」


 なんて私は執拗にわたし必要でしょアッピールを続ける。


 ……勝手に代表名乗っちゃってるんだけどいいよね。


 好奇心は止められないのだっ。


「……まあ、確かに人間側の意見も聞きたかったところですし……」


「ですよねー? ですよねー?」


「危なくなればアレをすれば大丈夫でしょう……」


 なにー、聞こえなーい。


 なんかすっごい危ない事言われた気がするー。


 もしかして私、用済みになったら東京湾にチンされちゃう?


 やめて~。私が死ぬときはチェーンソー持った殺人鬼に追いかけられながらゾンビの群れに突っ込んで、猫又のもふもふに顔を埋めて、ぬりかべに漫画みたいにぺったんこに踏みつぶされるのがいい~……って私がぬりかべか、HAHAHA!


 ……鬱だ、死のう。


「なぜ一人で百面相してらっしゃるんですか?」


「気にしないでください」


「……はぁ。とりあえずソファにお座りください」


 勧められるままに私は口裂け女さんの隣にまで行くと、彼女の頭を持ち上げて腰を下ろし、膝枕をしてあげた。


「……なぜいきなり膝枕をされてらっしゃるんです?」


「気にしないでください」


 ちょっと口裂け女さんと触れ合って、癒されたいなとか思っただけです。


 口裂け女さんも私のされるままになってるし、きっとウィンウィンなので無視してください。


「……そうですか」


 幽玄さんは気にしない事にしたらしい。


 彼は笑顔の仮面を被ると、対面側のソファに腰を下ろす。


「では、口裂け女さんの依頼ですが、現状のままでは解決が難しい――」


「はいっ!」


 私は現役女子高生らしく、びしっと手を上げて幽玄さんの言葉を遮った。


「なんでしょうか?」


「そもそも、依頼って何ですか?」

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