第1話 こんにちは都市伝説
「ねえ、私きれい?」
帰宅部な私がいつもの様に部活動に勤しんでいると、いきなり背後から声をかけられる。
割とっていうか、かなり他人とのつき合いが少ない私は、その声にはまったく聞き覚えが無く、はい? なんてよそ行きの声で返事をながら振り返ってしまったのだが……。
声の主を見て、思わず固まってしまった。
「わたし、きれい?」
もう一度小首を傾げながら聞いてくるその人は、白いワンピースを着て、ちょっと手入れされていない黒髪をストレートにして、顔のほとんどを隠してしまうくらい大きなマスクをしていた。
その姿はまさしく、私が望んで止まなかった……。
「口裂け女だー!!」
私の大好物にして人生のうるおい、都市伝説!
その内のひとつ、口裂け女の格好とそっくりだったのだ。
しかも聞いてくる言葉まで一緒とか、もうめっちゃテンションあがるっ。
なにこれなにこれっ。というか完成度たかっ!
「……だ、だから、私きれい?」
あっ、ごめんなさい。なんか目が怖い。
というか声が震えてる。そっか、3回目だもんね。
え、これってなんかそういうドッキリ?
動画を撮ってニヨニヨ動画とかに上げる系?
やばっ、こういう時ってきちんと怖がった方が良かった? って色々思うよりも反応しなきゃダメだよね。
えっと……撃退アイテムは何も持ってないから……。
「普通です?」
ちょっと自信なさげに対策法を実践してみる。
ポマードって3回となえる方が良かったかな。
なんて思っていたら、突然その口裂け女さん(仮)が、両手を地面についてがっくりとうな垂れてしまった。
あれだ、orzなんてのがちょうどピッタリあう体勢だ。
「あ、あの~……?」
なにか悪い事しちゃいました?
急性地面とお話したくなります症候群を発症しちゃったとか?
もっしも~し。
「うえぇぇぇぇぇんっ。もぉやだぁ~~っ!」
「ワッツ!?」
いきなり大の大人が本気でギャン泣きし始めたんですけど?
ちょっとというか、かなりどうするべきなのか困っちゃうぞ。
「なんでこんなに私の対策知られてるのよぉ!」
涙のかけらを散らしながら、がばっと勢いよく顔をあげた口裂け女さんカッコカリが、何故か睨みつけてくる。
もしかして本物……な訳はないから、自分が口裂け女だって思ってるタダの痛い人?
中学2年生辺りから発症したまま大人になっちゃった人とか?
「だって有名ですから、口裂け女」
「有名なのは40年以上前でしょぉ? 私ずっと引きこもってたんだからね!」
え、引きこも……。
何故そんなカミングアウトをされるの?
っていうか40年引きこもってたわりにはそんな年齢に見えない気が……。
もう一度口裂け女さん(自称)の目元なんかを見ても、小ジワなんかまったくなくて、20代のハリとツヤを維持しているように見える。
見えるだけで実はすっごい努力してますとかあるかもしれないけど。
「ほら、いくつも映画とかありますし、怖い話のまとめサイトとかでは殿堂入りしてますから」
「プライバシーの侵害じゃないの、そんなのっ。今すぐ削除してよ」
「都市伝説にプライバシーって認められるんですかね」
「うわあああぁぁぁぁんっ」
私の一言がトドメになってしまったのか、口裂け女さん(マニア?)は、またも大声をあげながら泣き出してしまう。
それはもう、ドン引きするくらいに。
でも、こんなに口裂け女の事が好きなんて、ちょっと共感しちゃう。
私も都市伝説に人生捧げるくらいどっぷりハマっちゃいたいもん。
なんて、私が勝手に分かった気になってうんうんと頷いている――現実逃避じゃないからねっ――と、
「すみません、ちょっとお聞きしたいのですが……」
なんて申し訳なさそうな感じで背後から声をかけられてしまった。
……またかい。後ろから声かけるのが流行ってるのかな。
まあ、これ傍から見たら私が女の人を泣かせてるもんね。
泣かせたくて泣かせてるわけじゃないけど。
というか、私だっていきなり絡まれて、いきなり泣かれてしまっただけで、巻き込まれた被害者なのだ。
「あのあのっ。これ私のせ……い……じゃ……」
背後から声をかけてきた人は、きっちりとした黒いスーツで身を固めている目も覚めるような美形の男の人だった。
イケメンとか軽く言ってしまうと失礼になりそうなくらいに整った顔立ち。細いがしっかりとした眉をひそめ、いかにも困っていますって感じの表情をしている。
……なるほど、美人局か。
女性を泣いたところでこの人がって私、花の女子高生だから逆じゃない?
というかこのひとが笑顔を見せるっていうか魅せるだけでほとんどの女性が自分から財布を差し出すんじゃないだろうか。
私みたいな万年金欠女子高生に詐欺とかしても何もないよ?
この前、妖怪大百科っていう図鑑みたいにおっきくてブ厚い本買ったばっかりなんだからね。
あ、でも内臓売れって言われたらどうしよう。
もちろん断るからね。
「最近の女学生は貴女のように口裂け女という都市伝説の事をご存知なのでしょうか?」
「え? なんですと?」
こんなカオスな状況でそんな事を聞かれるとは思ってもいなかったので、ついつい素に戻って聞き返してしまった。
私のバカ! せめて対イケメン用の猫を10匹くらいかぶりまくった声を出せばよかったのに。
「いえ、ですから……」
「あー、いえいえ理解しました。分かりましたよ、あいあんだーすたんですです」
えっと、まずは全力ダッシュしている私の灰色の脳細胞を宥めてすかしてこねこねしてリラックスさせて………………何言おう。
えっと、まずアンケートとかした方が良いの?
こういう時ってどのくらいの人に聞いた方がいいんだっけ。
ってその前に聞ける人がほとんどいないや。私ほぼボッチだし。
友達って言えば
じゃあ友達100人作る方が先?
この人そんなに待ってくれないよぅ。
「だいたい感覚でいいですよ。口裂け女という都市伝説の知名度はどのくらいですか?」
やっばいこの人超紳士!
なんかちょっと優しくされただけでフルマラソンが終わった時くらい心臓がドキドキしてる!
マラソンしたことないけど。
「あ~えっと、本とかよく読む子は結構知ってると思います。それからネットとかでも見かけたりすると思うんで……7割くらいは知ってるんじゃないでしょうか」
「そうなんですね、ありがとうございます」
「あんまりよぉぉぉ~」
私の言葉を聞いていたのか口裂け女さん(になりたい人)は、更に泣き声のボリュームを上げる。
「泣かないでください、口裂け女さん」
……なんですと?
そこの銀河級でイケてる顔をお持ちの名前も知らない方。
今そこのちょっとうるさい女の人の事、口裂け女って呼びませんでした?
え、ホントのホントに本物なの?
「うぅぅぅ……無理ぃ。私はもう一生部屋から出ないぃ。そのまま部屋のカビになって、残りのお化け生を生きていくのぉ」
「そう言わずにですね。今回はたまたま知っておられただけですから。7割という事は、次の人こそ口裂け女さんの事を知らず、素直に怖がってくれるはずですよ」
「もう心が持たないのぉ」
「そう言わずに、せっかく外に出たのですから頑張ってください」
「いやよぉ、やりたくないぃ」
男の人が苦心しながら説得しても、口裂け女さん(本物?)はイヤイヤと首を左右に振るだけでその場から動こうとしなかった。
よほど精神的なダメージが大きかったらしい。
そんなやり取りを続ける2人に私は、
「あの~……もしかして……本物の口裂け女さんなんですか?」
と、恐る恐る声をかけてみた。
好奇心が半分、疑い半分ってところだったのだが、男の人は至極真面目な顔でため息をつき、口裂け女さん(判定待ち)は心外だとでも言いたげな顔をして立ち上がると、顔のマスクに手をかけ、勢いよく剥ぎ取った。
「……ねえ、わたし、きれい?」
マスクの下にあった女性の顔は、比較的整っていると言っていいだろう。
ただし、口が耳元まで大きく裂けていなければ。
今まで自称だとか色々と失礼な事を考えていた自分を呪いたい。
彼女は、掛け値なしに本物の口裂け女だった。
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