こちらあやかし相談所!~妖怪怨霊どんな方からでも年中無休で受け付けます~

駆威命『かけい みこと』(元・駆逐ライフ

相談所は今日も大忙し!?

「大変っす大変っす!!」


 事務所の格子戸がガラガラガッシャンと音を立てて開くと、ライダースーツを着込んだ猫の頭と人の体を持った人ならざる者が駆け込んでくる。


 よほど焦っているのか、まだ体の周りには炎のかけらがまとわりついていた。


 彼の種族は人でも人間でも、ましてや生ある存在でもない。


  火車かしゃと呼ばれる、魑魅魍魎、妖怪なのだ。


 だが、私ことただの女子高生である静城しずき妖香あやかは怯みも怖がりもしなかった。


 だって……。


「いつでもどこでもあなたのお傍にニコニコ以下略! あやかし相談所へようこそ! 火車さん、どんな事でお困りですか?」


「静城の姉御、自分の所にとんでもないものが送られて来たんっす! とにかく見てくださいっす!」


 受付――なんて上等なものは、学校の教室を半分にした程度の豆粒みたいにちっさい事務所の中には用意されていない。


 中央に応接用のソファがふたつ、丈の低いテーブルを挟んで対面になるよう置いてあるだけだ。


 そのデスクに、封筒がひとつ、ダンッと叩きつけられる。


 ちょっと焦げ目がついているのは、火車さんだから仕方がないだろう。むしろ灰になってないだけ頑張った方だ。


 ソファに座って番茶を嗜んでいた私は、愛用の湯飲みをテーブルに置いて、封筒を手に取った。


「えっとー……なになに~?」


 封書の表面には、達筆と言えばいいのだろうか。万年筆で書いたと思しきアルファベットが並んでいた。


 …………しかも筆記体で。


 読めるかっ!!


 こう見えて英語はいっつも赤点ギリギリじゃい!


 日本人? に手紙出すなら日本語で書けやっ。


「じゃ、じゃあ中身を……」


 封筒から手紙を出しても……アルファベットがこんにちは! はい、読めませんっ。


「……火車さん!」


「お願いしやす、なんとかしてくだせぇ!」


 私は手紙を持ったまま火車さんに笑顔を向ける。


 多分もの凄く困ってて、なんか大変なんだろうなぁってのはビシバシグッグッと伝わっては来るのだが……。


 無理なもんは無理だよねテヘペロッ☆


「無理ですごめんなさい私何が書いてあるのか読めません英語出来ないんですというわけでアディオスっ!!」


「姉御ぉ~!?」


 ここは戦略的撤退。私は無理なら出来る人に頼もう。


 だいたい私はただのアルバイトなんだからこういうちょっと難しそうなのは上司に丸投げするべきだよね。


 ってなわけで私は部屋の一番奥、なんか黒くて固くて高そうな机の奥で某人型決戦兵器な司令官みたいなポーズでうたた寝をしている男の人へと助けを求めた。


「ゆ~げんさーん! しょっちょー! ヘルプミー、じゃなかったへるぷひむ!!」


「英語出来るじゃないっすか!」


「これは英語の内に入らないのっ。――幽玄ちゃん起きなさい、朝ですよぉっ。早く起きないとママ怒っちゃうんだからねっ!!」


「……妖香くんは毎回普通に起こしてくれないんですね」


 私の大声でようやく目を覚ました男――十束とつか幽玄ゆうげんが、短く切りそろえられたサラサラの黒髪から、なんかG○粒子みたいにキラキラ輝くイケメン粒子を振りまきながら口に手を当てて小さくあくびをする。


 幽玄は、世の婦女子というか、一部の男まで目覚めてしまいそうなほど整った顔つきをしているのだが、ちょいと残念な内面を知っている私にはまったく効かないのだ。


「なら寝ないでくれますか?」


 ふんとにもう、隙があったら眠るんだから。


 毎度毎度起こす方の身にもなってくれる?


 私は幽玄さんのママじゃありませんっ。


「私から趣味を奪わないでくださいよ」


 そうやって幽玄はため息混じりの苦笑を一つかます。


 ほらまたイケメンビーム撃ってる。


 止めなってば、どこかで女子高生が撃ち落とされてるかもしれないでしょ。


「それで、なんの用ですか?」


「親分、これなんですが……」


 幽玄は黒いネクタイを正しながらソファへと歩いて来ると、火車に片手で挨拶をしてから手紙を受け取った。


 そのまま少し目をすがめながら手紙を読む。


 ……遠視なのかな? お年寄りだもんねぇ。


「えー……これは……」


「何が書いてあるっすか?」


「火車君。キミが我が社の権利を侵害しているから止めなさい。じゃないと訴えるみたいなことが書いてあるようですね」


「おー、読めるんだすっごい。さすが所長」


 今度英語教えてもらおうかな。


「いやそっちよりも内容が先っすよ!?」


 そだったそだった。


 訴訟ってまた穏やかじゃないなぁ。


「訴訟って、自分なにも身に覚えがないっすけど?」


 あやかしが訴訟って、まあ違和感しかないもんね。


「そこらへんは何も書いてないんですか?」


「……みたいですね」


 幽玄さんは手紙をもう一度ざっと眺めてみたり、ひっくり返したりしているがそれらしきものは見つからないようだ。


 何がアウトとかもっときちんと書いといてくれてもいいのに。


 じゃないと直しようがないじゃん。


「あっ、誰から来てるのかで分かるかも?」


「それもそうですね」


 幽玄はひとつ頷くと、封筒をテーブルからつまみ上げて――。


「なっ!?」


 驚きに目を見開いた。


 しかも何故か全身を小刻みに震わせている。


 ……あの幽玄さんが、怯えるほどの相手?


 誰だろ、想像もつかないや。


「…………これは、まずいですね」


「え、そんなにヤバい相手だったんですか?」


「マジっすか!? 自分消されるっすか!?」


 なんで消されるのよ。訴訟だっつってんでしょ。


 まあ、社会的には抹殺されそうだけど。


「荒事なら私の得意分野なんですが……。これは相手が悪いですね」


「で、誰なんですか?」


 私の質問に、幽玄さんは深刻な顔で頷くと、その答えを絞り出す。


「……ネズミの国です」


「マジっすかぁ!!」


「やっばぁーーーっ!!」


 ネコの妖怪なのにネズミに怯えるとかこれいかに!!


 ってガチもんじゃん! え、ホントに何したの火車さん。


 めっちゃ権利に厳しいから、遭難したらSOSの代わりにネズミさんの絵を描けば次の日には使用料を請求に来るぜヒャッハーと言われてるくらいなのに。


「と、とにかく一度出向いて話し合いをしましょう。直接会って話し合えば何がまずいのか教えてくれるかもしれませんから」


「うっす」


「妖香くん、出かける準備を」


「はいっ」


 幽玄さんが必要なものを準備している間に、私は手鏡で自分を映し、失礼が無いか確認をする。


 ちょっと大きくってコンプレックスな目とか、お前はトイレの花子さんかっていうおかっぱ頭とか、いかにも元気だけが取り柄ですって感じの顔が鏡の中から見返して来た。


 とりあえずは失礼になりそうな感じではないと思う。


 着ているのは紺のセーラー服だから、色々と正装が必要な場所でも行けるはずだ。


 ……悲しくなるほどドレスとか似合いそうにないぺったんたんな体型だけど。


 いいもん、未来があるもん。まだ16歳だもん。


 なんてちょっと沈んだ気分を盛り上げてから、メモや筆記用具が詰まっている愛用の学校鞄を手に持てば私の準備は終わり。


 幽玄さんもちょうど終わったらしく、黒いコートと手にはいつものつばのある帽子……ではなくてヘルメットを持っていた。


 私の不思議そうな視線に気づいたのか、幽玄さんはその理由を説明してくれる。


「火車君は結構早いからバイクで行こうと思ったんです」


 って事は私も乗らなきゃだよね。


「火車さんおねぎゃーします!」


「うん……うん?」


 ゆーげんさんどしたの?


 なんかひざカックンでもされたみたいな顔して。


「火車さんの車に乗るの憧れだったの!」


 だって妖怪とか都市伝説みたいな怖い話大好物な乙女ですよ?


 火車に乗れるなんてレア体験、逃す手は無いっしょ。


「……親分、いいんっすか?」


「……いや、私は別に構わないんですけどね。火とか大丈夫ですか?」


「火力を弱めればなんとか行けるっす」


「やーりぃっ」


 私はパチリと指を鳴らすと、我先にと事務所のドアへと向かう。


「妖香くんは好きですね、こういうの」


「もっちろんでーす」


 なんて言いながら格子戸を横に押し開けて……。


 私は理解した。


 火車は、元来炎を噴き上げる牛車を猫のあやかし――一説には猫又――が曳いている妖怪だ。車とは切っても切れない縁がある。


 たぶん、火車さんは現代に合わせたつもりだったのではないだろうか。でかい車の部分を改造した大型バイクが事務所前に乗りつけられていて、しかもタイヤは常時火を噴いているのだ。


「どうしたんですか、妖香くん」


 ガラガラッと格子戸を閉じた私は、とある都市伝説・・・・を思い出していた。


 そう、この相談所にはあやかしだけでなく、様々な都市伝説も関わって来る。口裂け女だとかくねくねだとか、そういう類だ。


 私は幽玄さんを通り過ぎると、


「おもっきし身に覚えあるはずでしょ、あのバイクは何!?」


 火車さんに食ってかかった。


「え、自分現代に適応しようとバイクになってみたっす。火を噴き出してかっこいいっすよね?」


 ほうほう、それで牛車じゃなくて二輪車、つまり大型バイクにしたのね。そこまではよかろう。でもね……。


「ちなみに乗ったらどうなるの?」


「え、えっと……」


 私の眼光を前に、多少怯みつつも火車さんはぼんっと音を立てて変じ……。


「こうやってしゃれこうべになるっす」


「はいアウトーー!!」


 しかもドクロになった顔からは常時炎を噴き上げていてどう見ても権利的にヤバいあの格好全開だ。


「どう見てもゴースト○イダーでしょうがっ。何考えてんの、パクリは犯罪よっ!」


「た、確かにゴ○ストライダーも参考にしたっすがネズミーランドに関係ないっすよ? そんなに似てないっすし。自分的にはもっと腕にシルバー巻くとか……」


「あのアメコミ会社はネズミーランドに買い取られたの! とにかくあれが原因だからグダグダ言わずに今すぐ直すっ! それとも私がピンクまみれのハートフルでキャッチーなデザインに変えたげよっか!?」


「は、はいっす!」


 火車は敬礼を一つすると、慌てて出て行った。


 これで相談は終了だ。終了なはずだ。


 ネズミーランドは有名なのだから都市伝説の一つや二つ存在する。


 その内の一つ、子どもの描いた絵にも訴訟を起こす、なんてのがあるのだ。


 今回はあやかしと都市伝説が絡み合った騒動だったという訳だった。


 まったく、あやかしなんだからもっと気を付けて欲しい。


 相変わらずあやかしの皆さんって都市伝説には弱いんだから。


「…………終わったんですか?」


「終わりました」


 私はふんすと鼻息荒く、胸を逸らしてみせる。


 見よこの超合金板ぼでぃ(涙目)。矢でも鉄砲でも弾き返してみせるぜ!


 でもネズミーランドだけは勘弁な。


「切った張ったの依頼なら得意なんですけどね。こういう依頼を妖香くんが解決してくれるから助かります」


 きらんって歯を光らせないでください。


 というか今回は解決というか火車さんの自滅ですから。


「でも私は英語読めませんでしたし」


「妖香くんも200年ぐらい頑張ればどんな言葉でも読めるようになりますよ」


「いや、死んでますって」


 私は普通の人間なんですぅ。


 そんな会話をしながら私はいつもの定位置へと戻っていく。


 幽玄さんは、出掛けるための道具を仕舞って、今回の件をファイルに閉じたらまた趣味のうたた寝に戻るのだろう。


 こうして私達の相談所は続いていくのだ。


 ……こんなに素早く解決できることってほとんどないけどね!


 最初の時なんてもう解決できた気がしなかったし。


 そういえば、元気にしてるかな、口裂け女さん――。

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