二冊目:追い風の星くず

 カタンとランタンを置く音が洞窟内に響く。生ぬるい風が、肩ほどの長さの髪を撫でつけながら、海の向こう側へと走っていった。それにつられ顔をあげると、見えたのは大きな月。


 夜になって黒く染まった海は、月明りに照らされキラキラと光っている。


 故郷から転がり出て幾日幾週間たったことだろうか。一昨日からずっと暗い森の中を微かな物音に怯みながら歩き、今日ようやく草花が咲き誇る丘の上に立って深く息を吸った。青々としたその香りはとても懐かしく、そして遠く感じられた。


 そう少しセンチな気分になっていると、砂を蹴りつけながらこちらへと走る足音が聞こえてくる。慌ててランタンの灯りを消すと、洞窟の奥、月の光が届かない方へと、擦るように早歩きで逃げる。


 そこから振り返り見えたのは、洞窟の前を楽しそうに走って通り過ぎていく幼い子供だ。表情はとても楽し気で、ポケットからはキラキラと光る何かがポロポロとこぼれ落ちてしまっている。


 走って洞窟から飛び出し、走り去っていった方向へと顔を向けるがすでに姿はなかった。下を見れば謎の発光物。


 キラキラと黄色く光る落とし物は、発光する金平糖と形容できる見た目をしている。それがいくつも散らばっていてこんな夜でも見つけやすい。その発光物はどういうわけか、この洞窟の前にしか落ちておらず。まさかわざとではないよなと、悪い癖であるのだが、少し疑ってしまう。


 拾い集めてみたものの、落とし主の行き先が分からなければ返すことは困難だ。どうしたものかと考え事をしながら両手の上に乗せ、チャラチャラともてあそぶ。


 「これ!」


 突然真横から聞こえた声に、ヒッと情けない声をあげながら飛び退いた。


 ついさっきまでザッザッと、足音を鳴らしながら通り過ぎて行った子が、今度は音も無く隣に立っている。その手には丸型で光の無いランタンを持って。


 震える声を押し殺してなんとか手を差し出す。


 「落とし物……拾ったんだけど、これ」


 と発光物を見せると、その子は何も言わずランタンの頭の部分を外し、そこへ一粒ずつ放り込んでいく。カランと子気味良い音が何度か響く、私はその一連の流れを黙って見守るしかできない。


 すべて放り込むと今度はさっき落とし物がこぼれ落ちていたのと反対側のポケットから、液体が入った瓶を取り出して私に手渡そうとする。月と手元の黄色の発光物以外の灯りが無いので本当の色は分からないが、藍色のインクのようだと思った。


 「これ、どうするの?」


 困ってそうたずねると、てっぺんが開いたままのランタンを差し出す。入れろということだろうか。


 瓶のふたを外し発光物が入ったランタンの中へとすべて流し込んだ。中の物は沈むでも浮くでもなく液体の中をたゆたっていて、光は液体に遮られることもなく辺りを灯し、ランタンは灯りとしての機能を果たしている。


 「あげる!」


 こんな夜に良く響く声と輝かんばかりの笑顔でそう言った子は、私の手元にランタンを残したまま、今度は海の方へと駆け出した。風のような子だな。


 風のようなその子は、浜辺を走り回り、波を飛び越え、水面を走って、追い風と共に水平線の方へと消えていった。


 目を丸くしたままの私の手元では、丸いランタンがカタンと音を立てて揺れている。

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